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異世界に転生したので、自分探しの旅に出ます。  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
第三章 最果ての城塞 リョジュン・ベルク
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「本当ですか? 嘘ついて無い?」

 シェンゲンを出発して幾つかの街を経由し、ナナシとシノンはリョジュン・ベルクまでやってきた。

 ここより東に二十キロ行った所には大奈落グレートホールがあり、湧き出る瘴気と魔獣達は世界中に散らばるのだが、南北に走るリョジュン大山脈に阻まれ西側への影響は少ない。ただ、山脈に割れ目の様にできた渓谷から抜け出た瘴気と魔獣が、少なからず西側に抜けていく。これを塞ぐ目的で建設された鉄筋コンクリート製の無骨な要塞。それがリョジュン・ベルクである。

 内部構造はどこも似たり寄ったなため、新参者は直ぐに迷子になるちょっとした迷宮だ。

 ナナシとシノンがこの要塞に滞在するようになり、早一ヶ月が経った。

 抜けるような青空と、雪化粧をした山脈。空気も凍てつきキラキラとしている。そんな銀世界の中、二人は屋上に立ち東を眺める。二人だけでは無い、この城塞にいる数百人の転生者が揃って同じ方を向いていた。


 モコモコのコートを着込んだナナシは、ガクガクと身体を震わせながら、

「ざむい」

「今はまだ良い方じゃありませんか」


 そう言うシノンも相当寒いのか、目の前に燐火ファイアルを灯して暖を取っている。

 山の天気は変わりやすい。さっきまで吹雪いていたというのに、今では日差しが雪に照り返して目が眩みそうだ。


「これで良い方だから、大問題なんだろ…… おッ? 合図が出た」


 ピュゥゥゥと笛の音が鳴ると、屋上で待機していた転生者達は次々に飛び降りて城外に出た。

 双眼鏡を覗くと、彼方には犬ゾリに乗った転生者。掲げた旗には見覚えがあった。


 シノンは感心したように、

「二週間前に出発した隊ですね」

「大分減っているけど、頑張った方だな」


 犬ゾリは魔獣の群れに追われていた。

 巨虎ドンドラ大牙猪グロシュミューン虹色熊カラドベア。他にも、無数の魔獣達。リョジュン大山脈の東には常に、凶暴な魔獣が群れを成している。そのせいで要塞は常に臨戦体制、ナナシとシノンは戦力の一端として要塞に雇われている。

 この場合、犬ゾリを助けなくてはならない。


 白刃悪鬼デモントゥールを受け取ろうと、ナナシは手を差し出し、

「俺達も行こうか?」

「今日はやめませんか?」


 ところがシノンはギュッと抱え込んで渡そうとしない。最近こうして渋ることが多い。

 心配されるのは嬉しいのだが、目の前で魔獣に襲われている人間を見殺しにするわけにもいかない。


「そういうわけにはいかないよ。他の真造適合者オルグ・ホルダーは居なくなったし」

「でも…… 分かりました。どうぞ」


 シノンがショルダーバッグのように下緒を肩に掛けていた白刃悪鬼デモントゥール受け取ると、すぐさま発動させた。

 鍔の部分から光の糸が無数に伸び、ナナシの身体に絡まる。

 すると、さっきまでかじかんでいたのが嘘の様に身体は熱くなり、心の中は激情が湧いて出る。

 ナナシは思わず、ペロリと舌を出し唇を舐める。

 今は抑え込めているが、タガが外れた時どうなってしまうのか、ナナシ自身想像もつかない。

 いっその事、そうしてみるのも面白いかもしれない。そんな事を、冗談交じりに考えてしまう。


「あなた、大丈夫?」


 シノンは心配そうな声で我に帰る。彼女はナナシの袖をギュッと握り、蒼い顔をしていた。これは良く無い。シノンにこんな悲しげな表情はして欲しく無い。

 ナナシが頭を振って馬鹿げた考えを振り払うと、激しい熱量はスーッと引いていく。


「ああ。シェンゲンで暴走したのは死にかけてたからだって。あれから何回も発動したけど、平気だろう?」

「本当ですか? 嘘ついて無い?」

「随分と疑われるなぁ」

「心配してるんです」

 彼女の表情は陰ったまま変わらない。それを見ていると、ナナシの方が悲しくなってくる。


 ナナシは、シノンの手を強く握って、

「今は仕事に集中しないと。ほら、下まで一緒に行こう」

「はい」


 すると、彼女の顔はどこか嬉しそうに緩んだ。

 そうして二人は、手を繋いだまま城壁の上から飛び降りた。

 着地してから数秒間、手を離すのが惜しくてそのままでいると、遠くから冷やかし交じりの叫び声が聞こえてくる。


「おいコラ真造適合者オルグ・ホルダーッ! 働けッ! 働いて下さいッ!」

「ひいぃッ、死んじゃう~。助けて真造適合者オルグ・ホルダー~!」


 リョジュン・ベルクの転生者は猛者ばかりなので、少し時間がかかった所でどうと言う事は無いはずなのだが、彼らはみんなナナシの事が恨めしいようだ。


 仕方なく手を離すと、

「それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」


 手に残った柔らかな熱を握り締め、ナナシは跳んだ。

 白刃悪鬼デモントゥールの威力は凄まじく、目にも留まらぬ勢いで魔獣の群れを切り裂いてゆく。骸が高く積み上がっていき、城門が開くときには周囲に生きた魔獣の姿は無い。

 次第に巻き上げる雪煙が大きくなってゆく犬ゾリからは、警笛が鳴り響き注意を促す。

 フッと空を見上げると、大きな鳥が一羽、遥か上空を飛んでいた。

 この辺りで空を飛ぶモノといえば、怪鳥フレスという獰猛な猛禽類だけだ。どうやら、犬ゾリ隊を狙っているようだ。


 ナナシは頭をボリボリと掻きながら、

「弱ったな」


 白刃悪鬼デモントゥールは、あくまで適合者に悪鬼じみた力を付与するだけだ。その為空を飛んでいる相手は分が悪い。脚力も向上しているとはいえ、流石にジャンプで届きそうもない。


 どうしたものかと悩んでいると、シノンの自信に満ちた声が、

「私が落としますよ」


 彼女の前には、身の丈より巨大な燐火ファイアルが燃え盛っていた。

 それはキュッと圧縮され小さくなると、彼女の指先で煌々としている。


豪推燐火ブラスト・ファイアル


 シノンがそう唱えると、燐火ファイアルは爆音を残し、炎の尾を引いてに撃ち出された。

 それが直撃すると、大怪鳥フレスは爆炎に飲まれ徐々に高度が落ちてくる。体制を立て直した時には山の尾根よりも低くになっていた。


「よし、これなら届く」


 ナナシは脚に渾身の力を込めると、山壁を足場にして上空に向かって跳んだ。あっという間に怪鳥と衝突すると、白刃悪鬼デモントゥールをその喉元に突き立てた。

 着雪して間も無く、犬ゾリを要塞に受け入れる。これで任務は無事終了。

 能力を解いて白刃悪鬼デモントゥールを鞘に収めると、急に視界がボヤけて全身が痺れる。

 踏ん張ろうとするが、足元が覚束おぼつかず、倒れそうになる。

 すると、冷たい感覚では無く、柔らかな温もりが抱きかかえる。

 シノンだ。


「お疲れ様です。早く戻りましょう?」

「助かった」


 白刃悪鬼デモントゥールは血を欲する。

 能力を発動する為には、それに比例して適合者の血液を奪っていく。最後の力を使った時に結構な量を奪われたようだ

 発動中は気にならないが、解いた時に反動がくる。


 彼女は心配そうな声で、

「大丈夫ですか?」

「ああ、だいじょ…… いや折角だからしばらくこのまま抱きしめてくれると」

「問題なさそうですね」


 呆れた声に変わったシノンは、雪の上にナナシを放り投げた。白刃悪鬼デモントゥールを拾い上げると肩に掛けてナナシを見下ろす。


「そういうのは、時と場所を考えて下さい」

「時と場所次第では、チャンスはあると?」

「天文学的な確率ですよ」

 どこかで聞いた台詞は、やはり妖艶な小悪魔のようだった。


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