「ねつ、熱が……」
ナナシと、シノン、ライズベンの三人は、洞窟の中で身を寄せ合っていた。洞窟と言っても入って三十メートルほどの所でドン詰まり。とても小さなものである。
馬車から落ちた後、道の脇の森の中に入ると、シェリスドラゴン達は木が邪魔で空からは襲ってこなかった。うまく逃げられるかと期待したが、彼らは地上に降りて木をなぎ倒し進んできた。
運良く岩壁にある洞窟を見つけて命拾いしたが、それも時間稼ぎにしかなりそうにない。
出口の先にはドラゴンが集まっていて、出て行くのは不可能そうだ。更に、彼らの強靭な顎がボリボリと岩を砕き、徐々に拡げていく。もう少しでドラゴンの頭が洞窟の中に入ってきそうだ。シノンが燐火を撃ってみたが、ドラゴンの強固な鱗はビクともしない。
狭い洞窟の中で、ライズベンの呻き声が響いていた。
「アアアアッ!! どうすんだよどうすんだよッ!!」
頭を掻き毟り、彼の髪はグシャグシャになっている。息は荒く、ドラゴンに喰われなくともそのうち狂い死んでしまうだろう。
ナナシと言えば、未だに血が止まらず、身を焦がす感覚に徐々に身体を支配される。シノンに寄りかかっていなければ、身体を起こしていられない。
シノンは、ギュッと傷口を押さえながらライズベンに言い寄る。
「ライズベンさん、真造霊装でドラゴンを倒せないのですか?」
「ああ? バアァァァァカ!! なんでテメエらために俺が働かなきゃなんねえんだよ!!」
「あなただって、死んじゃうかもしれないんですよ? 散々威張ってたんですから、協力して頂かないと」
「いやでも…… 俺はッ!」
ライズベンはガタガタと手が震えているせいか、持っていた真造霊装を落としてしまった。
馬車にドラゴンが追いついた時点で、発動しても良さそうなもの、この後に及んで発動を渋る理由は無いはずだ。そもそも、彼の性格からして、櫓で暴れている時に発動してもおかしくない。
ナナシは思わず、
「まさか…… 発動出来ない、のか?」
「ううう、ご、ゴメンナサイゴメンナサイッ!」
彼は蒼白になった顔を抱えて蹲る。
どうやら正解のようだ。
身体を悶えさせ、眼は焦点が合っていない。
あまりに情けない姿に、シノンは直視できないようでプイっと顔を逸らす。
「真造霊装なんだよな、それ? なんで、持ってるんだよッ?」
「か、買ったんだよッ。ずっと適合者が現れないからって、安く譲ってくれる奴がいて…… 持ってるだけで箔がつくし、み、みんな褒めてくれるしッ、女も寄ってくるし! 大体、違法な事はしてないんだ。本当だッ!」
だから自分は正しいんだ、と言わんばかりであった。
ナナシは思わず、
「呆れた」
「ゴッ、ゴメンナサイィィ!!」
ライズベンは顔を地面に擦り付け、会話も出来ないくらいに泣き叫んだ。
これ以上、彼に付き合っても仕方ないので、シノンのことを見る。
「助け、来るかな?」
「無いでしょう、危険すぎますから」
殺気立ったドラゴンの群れが相手では、救援隊も喰われてしまう。数ヶ月経ってから遺留品の回収しに来るのが精々だろう。
「おれらも…… 掘る、とか?」
「焼け石に水でしょう」
ドラゴンはまるでクラッカーでも噛むように洞窟を砕いてゆく。彼らよりも早く掘り進むのは不可能だろう。
他に良い案が無いかと考えを巡らせたいが、失血のせいで頭がうまく回らない。それどころか意識が朦朧としてきて、感覚が遠くなってゆく。
「大丈夫ですか?」
「少し、横になりたい」
「……はい、どうぞ」
身体を横にすると、ゴツゴツとした地面の上で寝心地が悪いが、頭だけは柔らかい感触に包まれる。シノンの膝だろうか。どうせなら、万全の状態で楽しみたかったと思いつつ、感覚がまた遠くなりそれも分からなくなる。頭の中が真っ白になっても何も考えられない。
このまま自然に身を任せてしまおうか。そんな事が脳裏に浮かんだ時に、髪を何かが撫でる。この優しい感触は、きっとシノンの手。ここで諦めたら、彼女も死んでしまうだろう。なんとかしてやりたいと思ったが、良案を思いつけそうに無い。ただ、遠のく意識の中で、轟々と焦がすような熱を感じるだけだった。
「……、つ?」
「ナナシ? どうしました?」
「ねつい、なんだ?」
「ええ?」
視界は頼りにならない。耳も役立たない。身体はろくに動かない。だが、それを手に入れなければならないと感じた。燃えるような熱源を目指して地面を這う。何があるかもわからずに、血塗れの手を伸ばした。
「ナナシ、ダメです」
「なに、隠している?」
「ふあッ? なんだよ、もう全部言ったよッ!!」
「ねつ、熱が……」
指先が熱い物に触れた。これだと確信した。最後の力を振り絞って、それを掴む。
瞬間、全身に痛みが走った。血管にマグマを流し込まれたような、焼ける痛み。
真造霊装、“白刃悪鬼”
手に入れたモノの名前が、頭にフッと浮かぶ。




