「やだなぁ、心からの応援ですよ?」
転生協会を後にしたナナシとシノンは、手頃な宿屋に部屋を借りた。
二人は荷物を整理すると、それぞれベッドに腰掛ける。狭い部屋にはベッドが二つ。他にはちょっとした家具が備え付けられているだけだ。
年頃の女の子と同じ部屋で寝泊まりするのは、野宿とはまた違った高揚感があって、面映い気持ちになる。シノンの方はあまり気にしていないらしく、いつもと変わらない様子だ。信頼されているのか、見下されているのか、判断の難しいところであった。
どうにも落ち着かないので、ナナシは話を振ってみる。
「真造霊装って、なんか凄いのか?」
「あんまり面白い話じゃ無いんですけど…… 聞きます?」
「ああ、聞く」
すると、暗い表情になったシノンは、丁寧に説明を始めた。
転生者の身体の中には“霊髄”と呼ばれる物質が備わっている。それが霊力の源であり、霊装の材料だ。通常、死んだ転生者の身体を火葬し、遺灰の中から霊髄を取り出して霊装を製造する。
「でも、真造霊装はそうじゃなくて」
こちらは、転生者が生きたまま変化したものである。
優秀な霊力能力を持っている者が、命の危機に瀕した時ごく稀に、肉体が滅ぶ代わりに胎内で霊装が造られのだ。それが真造霊装である。
「普通のが、真造の劣化コピーなんですよ」
姿が変われど、死人となったわけでは無い。そのため意思のようなものを持っていて、使い手を選ぶ。
つまり、相性と代償がある。
相性が合わなければ真造霊装は発動することが出来ない。今まで適合しなかったのが、何かをきっかけに適合することもあるし、逆もある。
代償に関しては真造霊装によって違い、場合によっては命そのものを要求する場合もある。
それだけに能力は絶大だ。
個体差が激しいとはいえ、職人が作る霊装に比べて数段上の魔術を行使できるので、真造霊装を使える利点は大きい。
適合者は、それだけで地位と名誉が送られ、何不自由なく暮らす事が出来るほどだ。
「だからさっき、誰もライズベンさんを止めなかったんです」
説明を終えたシノンは、視線を窓に向けた。夕陽に照らされた彼女の横顔は、どこか物悲しいものであった。
ナナシ自身、幾分か心が苦しくなった。
自分が何気なく使っている物が、「人間が材料です」と言われると感慨深い。
腰に下げた自分の霊装に触れると、大切に使い潰してやろうと心に決めた。
「よし、やるか」
「どうしたんですか?」
バッグから一つのブローチを取り出して霊力を流し込む。ミリアストで手に入れた“遊盾”は、未だに発動させる事が出来なかった。
善は急げ。まずはこれを発動できる様にならなければ、と思った。
「ふんぬッ」
霊力の扱いにまだ慣れていないせいか、全身は強張り、不細工な姿になっているのが分かる。
それを見たシノンは機嫌が直ったのか、猫のようにニンマリと微笑む。
「あなた〜、ガンバって〜」
「揶揄うのは、やめて頂きたい」
「やだなぁ、心からの応援ですよ?」
口元を手で隠しているが、彼女の大きな瞳がキラキラ笑っている。「プププ」と空耳が聞こえた。
ミリアストを旅立ってから始まった“あなた”呼び。慣れはしたが、たまに気恥ずかしさが全身を駆け巡る事がある。
腹は立つが不愉快でないあたり、この娘の小悪魔としてのレベルの高さを実感する。いずれ稀代の悪女になるのだろう。
ナナシは気を抜かず、霊力を流し込むみながら、
「アドバイスとか、無いんですかね、師匠?」
やや嫌味を込めてそう言った。少しは師匠らしくならないかと期待したからだ。
ところが、想像とは真逆の言葉が返ってくる。
「私、炎熱系統以外は並以下ですから、教えられる事とか無いですよ」
「おいこら」
両手を上げたシノンは照れ隠しなのか、ペロリと舌を出す。




