「綺麗だな」
ミリアストを発ってから十日後。ナナシとシノンの二人は、“シェンゲン”に到着した。そこは平原の中にある大都市。木組みの街並みが歴史を感じさせ、大昔から人の営みがあった事を如実に示していた。到着したのは夕方だったせいか、仕事終わりの人がごった返し、むせ返るような活気に満ちている。
重い荷物を引きづる二人は、宿探しよりも先にある建物までやってきた。
「デカイなぁ」
「まあ、ここは有名ですから」
大広場に面した場所に、転生協会シェンゲン支部は建物を構えていた。巨大な石造りのそれは、威厳のある面構えであった。
鉄の扉を開け中に入る。広いラウンジには、ステンドグラスが彩りを創り、独特の雰囲気を醸し出す。塔内には厳つい転生者が多く、張りつめた空気であった。
「はい、行きますよー」
キョロキョロと見渡していると、小馬鹿にするシノンが腕を引く。
目当てのカウンターには、キッチリと制服を着た若い受付嬢が座っていた。
「こんにちは、ようこそ転生協会へ」
ミリアスト支部とはまた違う、感情のこもっていない出来合いの挨拶だった。
ナナシは思わず、
「仕事か」
「お仕事です」
「本日はどのような要件でしょう」
受付嬢は頬が強張りながらも、仕事をこなそうとする。
シノンが端的に説明をすると、受付嬢は手元の本をパラパラとめくり、
「ナナシ様の転生前の素性調査ですか。かしこまりました、それでは二〇〇万帝国マルク頂戴します」
「……高いな」
ナナシとシノンだけであちこち見て回っても、旅の目的は達成出来るか分からない。ナナシの前世の事を調べるなら、転生協会に依頼を出した方が良いと二人で話して決めたのだ。依頼料については見当も付いていなかったが、想像以上であった。ミリアストで稼いだ金では到底支払えない。ナナシは思わず、天井を仰いだ。
心配そうにナナシの顔を覗き込むシノンは、
「転生協会に仕事を依頼するのは結構が掛かりますから。立て替えましょうか?」
「いや、自分の身は自分で立てたい」
何回も彼女の財布を頼りにするのは良くない気がしたので、丁重にお断りを入れる。
シェンゲンで金を稼いでから、改めて依頼を出そうかと考えてみるが、それもまた時間が掛かりそうだ。どうしたものかと悩んでいると受付嬢が「分割払いもありますが?」と一言付け加えた。
ナナシはその言葉で一安心し、
「それでお願いします」
「では、ナナシ様の転生手帳を拝借してもよろしいですか?」
「ああ、はい」
手帳を渡すと受付嬢はパラパラとページを開き、中を確認するとバックヤードに行ってしまった。数分経って戻ってきた彼女の手には、手帳と同じサイズの便箋があった。
受付嬢は、手帳と便箋をナナシに返し、
「申請は受理しました。こちらはお客様の控えになります。他支部でもこの控えを見せれば、調査のご報告をします。紛失なさらぬようお気をつけ下さい」
「最初の報告を聞けるまでどのくらいかかりますか?」
シノンがそう聞くと、受付嬢は即答する。
「二週間程かと」
「そう、かかっちゃいますね」
「恐縮です」
受付嬢は淡白にそう言った。
頭金を納めると、二人は人混みから逃げるように建物の隅に移動する。そこには空いているテーブルと椅子が備え付けられていて、一息つくには丁度よさそうに見えた。座った二人は「何か食事でも頼めないのかぁ」などと話していると、突如として、獣のような罵声がナナシの耳に飛び込んできた。
「テメエッ!! ジャマだこのヤロウがッ!! ブった斬んぞッ!!」
キンキンと痛む耳を押さえながら振り向く。すぐ目の前には、ピアスまみれのガラの悪い男が、顔を歪ませていた。
男の隣には尻の軽そうな女が一人、詰まらなそうに葉巻を吸っている。
彼の怒りは治る様子は無い。
「そこはオレ様の指定席って決まってんだよッ! バアアァァカッ!!」
「えっと、すみません。予約があるとか知らな……」
「サッサと死ねゴラァァ!」
男がナナシの座る椅子を蹴飛ばす。咄嗟に床に手を突いて体勢を立て直すと、ナナシは何事も無いようにパンパンと手を叩いて埃を落とす。
それがまた不満だったようで、女達から手を離した男は、腰に差した刀を握り、懐から拳銃のようなものを引き抜く。
拳銃をナナシに向けると、建物の中に緊張が走る。だが、誰も彼を止めようとはしない。
「あ? 馬鹿にしやがって。このライズベン様にケンカ売った事、後悔させてやんよッ?」
「おお……」
彼の言葉はナナシの耳に入っていない。抜き身になったその刀に、一瞬で心奪われていたからだ。どうしてこんな粗野な男が、この刀を持っているのか理解不能だった。
白銀の刀身は血の気が引くほど美しく、目立つ波紋は溜息が出るほどの優雅だった。唯一無二の斬れ味を予感させる、凛々しい空気を纏っている。
ナナシは思わず、
「綺麗だな」
そう呟くと、ライズベンは一転して上機嫌に変わる。
「ああ? なんだぁ? 物欲しそうな顔しやがって。こいつはテメエみたいなクズに手の届かないシロモノなんだよ。何つったって真造霊装だかんな。分かったらテメエは消えろ」
ドッシリと椅子に座るライズベンは、刀と拳銃を納めると右手を女の腰に回した。
シノンは、ポンとナナシの肩を叩いて、
「これ以上、大事になる前に退散しましょう」
「そうだな」
「は? 女、お前は残れ。酒を注げ」
テーブルの上に脚を乗せたライズベンは、ニヤつく口でそう命令した。
だが、シノンはとびきりの笑顔を作って見せると、
「すみません。貴方のような下品な方は苦手なので」
表情とは裏腹に、明確な敵意がこもった言葉である。自分に向けられたものでは無いのに、ナナシは背筋に冷たいものが通った。ライズベンは尚更なのだろう、表情が凍っている。
「はい、行きましょう」
彼女に腕を組まれ、ナナシは建物の外に連れ出された。




