表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/31

「ありがとうございます、最近良く言われます」

 “少年”は日の出の少し前に出発した。

 少し歩いて丘の上に出る。朝靄(あさもや)に沈む町が名残惜しくて“少年”は振り返る。

 すると、町の入り口から丘に向かって走ってくる人の影があった。

 長い黒髪をなびかせ、整った顔立ちは少し崩れている。

 スラッとした手足を一杯に振っている綺麗なフォームだが、どこか子供っぽい走り方だった。


 “少年”は思わず、

「シノンは可愛いなあ」


 どうせ追い付かれるだろうから、彼女がやってくるの待った。

 彼女は丘を駆け上がり、“少年”の元までやってくると、息を整える事無く言葉を発した。


「ナナシッ!!」

「……シノン、おはよう」


 どう返して良いのか分からなかったので、とりあえず挨拶してみたが、一番間抜けな応えだと、口にしてから思った。

 ところがシノンの口角は少し上がる。


 何度か深呼吸した彼女は、澄ました表情を作って、

「様子を見に来てみれば部屋に居ないんだから…… どうしたんですか? こんな時間に。まだ身体も重いでしょう? 戻りましょう、今日はお宿を探さないと」

「シノン、ごめん。自分はこの町に留まれない。行かなきゃいけない」

 そう言うと、シノンの表情は曇った。


「確かに田舎町ですけど、邪険にするほど悪くはないですよ。みんな優しいし、ご飯も美味しいし。まだまだ教えたい事もありますし」

「本当にゴメン」

「なんで、ですか?」


 言うかどうか迷ったが、シノンには良くしてもらったし、隠す必要も無いので、想いを口にした。


「自分は…… 名前が欲しい。もう偽の名前ナナシは嫌なんだ。呼ばれる度に不安になって。本当の自分がどこか遠くに行っちゃうみたいで。それが嫌になったんだ」

 言葉にしてみると、心の奥の不安が安らいでいくようだった。


 “ナナシ”と言おうとする口をグッと堪えシノンは、

「ごめんなさい。私が変な名前を付けたから……」

「はい?」

「確かにセンスは無いかもしれないですけどッ」

「違う違う、響きがどうのこうのって話じゃなくて。だから、そう…… 自分探しの旅に出たい、って感じ…… かな? どこかに本当の自分がいるなら迎えに行きたい。だから本当の名前が判るまで、仮の名前ナナシを使って良いかな?」

「ナナシ…… はい、もちろん」

「良かった、それだけ気がかりだったんだ。それじゃあ……」


 ナナシが踵を返して、一歩を踏み出そうとした時だった。

 シノンの口から予想だにしない言葉が飛び出した。


「じゃあ私も行きます」

「へッ?」

「“ナナシ”の名前は私が付けましたから、責任は私にもあります」

「いや無いよ。シノンには感謝しているし…… 責任だなんて」

「この辺りは一通り見て回りましたから、次の街行こうと考えていたんですよ。良い機会です」

「それとこれとは」

 シノンは不貞腐れ、唇を突き出す。


 彼女は少し媚びるような、小悪魔的な声色で、

「……私がいたら迷惑ですか?」

「迷惑、じゃない…… 分かったよ、勝手にすれば良いよ」


 こんな時にあざとさを出すとは思っても無かったが、それだけ本気なのだと分かった。

 シノンの表情はパッと灯りがついたように無邪気なものに変わる。


「やった、ありがとうございます。じゃあ荷物を取ってくるので戻りましょう」

「結局戻るのか」


 シノンはナナシの手を握って、軽い足取りで丘を下りだす。

 早朝の寒さで冷たくなった手が、ジンワリあったかくなる。


 ナナシは思わず、

「可愛いなあ」

「ありがとうございます、最近良く言われます」

 シノンはヒラリと振り返り、満面の笑みを浮かべた。

第一章はここまで。


感想や評価やレビューを頂けるとモチベーションが上がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ