縮地の魔法
「今のが縮地の魔法か!?」
アーストンが目を見開いてそう訊いてきた。
「うん」
応える私に、レリエラが呟く。
「たった10メートルって言っても実際に見てみるとすごいわね」
それにアーストンも続いた。
「ああ。戦いとかになった時に相手の意表を突くにはもってこいだよな。まあ、何回も通用はしなさそうだけど」
これで取り敢えず縮地の魔法も使えるようになった。あと、金槌がなくても釘が打てる魔法と針がなくても布に糸を通す魔法も覚えておく。人間はコツをつかむのに時間がかかるかもしれなくても、私は元々魔法で作られた人形だから、魔法そのものについては感覚が身についてるから覚えるのは簡単だ。今まで必要がなかったから覚えてこなかっただけだし。
でも、いよいよ山道の厳しい辺りに差し掛かった時、私の視界の隅で何かが動くのが見えた。すると咄嗟に手が動いて、アーストンの頭を覆う。すると私の手に、ガツンと鋭く尖ったものが当たった感触があった。カランと馬車の上に落ちたそれを見ると、矢だった。私は立ち上がってアーストンに覆いかぶさった。私の体に何本もの矢が当たって落ちる。完全にアーストンを狙ってるのが分かった。だって、私とレリエラに向かっては飛んできてなかったから。
「なんだ!? 山賊!?」
山を切り開いて作った道の山側に目を向けたアーストンが叫んだ。私も視線を向けると、そこに弓を構えた人が何人も見えた。しかも後ろから馬に乗った人が追いかけてきた。見るからに軍隊とか警備兵とかそういうのじゃないのが分かる。間違いなく山賊だ。
「くそっ! ここには山賊なんかいなかった筈なのに!」
「最近来たってことじゃない!? どうするの!?」
「数が多い、何とか振り切るしかない!」
「…ちょっと無理そうだけど…?」
レリエラが後ろを振り返りながら言った。アーストンも馬に鞭をいれて走らせたけど、確かに向こうの方が完全に速い。いくら荷物の重さは軽くしてても、こっちは馬車だから当然か。
「しょうがないなあ…」
私はそう言いながら追いかけてくる方の山賊に向かって雷撃を放った。一人、二人と雷撃に打たれて馬から落ちる。
だけど、私の雷撃の魔法は、一回につき一人しか狙えないし、タメが必要だから連射もそんなに早くない。大人数が相手だと確実に手数が足りなくなる。なのに、後ろから追ってくる人数はどんどん増えてきた。
しかも、
「ちっ! やっぱり待ち伏せもしてたか!!」
馬車が急にスピードを落としたと思ったらアーストンが吐き捨てるみたいに叫んだ。進行方向を見ると馬に乗った体の大きな髭面のボスっぽいオジサンと、弓を構えた手下っぽいのが五人、立ち塞がってた。
「馬を狙わないところを見たら俺以外は全部いただくつもりってことか…」
確かに、馬車用に仕立てられた馬はこの荷馬車よりも高く売れる値打ち物だ。山賊だったら当然、売り物になる馬は殺さない。だけど、アーストンは容赦なく狙ってきたから、邪魔になりそうなのは問答無用で片付けるってことなんだろうね。その上で、私とレリエラは傷を付けないようにってことかな。だから私とレリエラは、アーストンを庇うように立ち塞がった。山賊の狙いを考えたらこれが一番安全だから。
案の定、山賊は矢も放ってこない。馬も私とレリエラも傷付けたくないんだって分かる。それでも声も掛けてこないのは、降伏を呼びかけるつもりもないってことだ。その間にも山賊の仲間が次々と集まり始める。態勢が整ったところで押し包んで制圧するつもりなんだろうな。昨日今日、山賊を始めたばかりじゃない。相当年季が入った連中だ。
って、私が今まで読んだ本の中に書かれてた。散々本を読まされたから、こういう無駄知識ばかり増えてたんだよね。
「…どうするの…?」
レリエラが頭を寄せて小声で訊いてくる。だけど私もアーストンも答えは決まってた。
「まあ、強行突破しかないよな…」
狙いはボス一人。私が雷撃でボスを倒して足並みが乱れたところを突っ切るしかない。飛び掛かってこられたら、私とレリエラで迎え撃つ。
レリエラも剣を構えてた。アーストンと放浪の旅を続けるには、泣き虫の女の子ではいられなかったんだって。今じゃその辺の剣士よりも腕が立つって言ってた。馬車の扱いはアーストンが一番だし。当然、この形になるよね。
でもその時、後ろの山賊達の更に後ろの方が何か騒がしくなった。「なんだ貴様!?」とか「がっ!」とか叫んでる。見たら、馬に乗って槍を構えた人影が見えた。見覚えある人だった。
「ウォルシュリンゲン卿!?」
レリエラが叫んだ。確かにルパードっていうあの貴族だった。
「卑劣なり山賊ども!! 我が正義の槍の前に露と消えよ!!」
って、うわあ、すごく自分に酔ってる。
まあそれはいいとして、ルパードは次々と山賊の手下達を倒していく。槍と剣じゃ槍の方が圧倒的に有利とは言え、すごい腕前だと思った。本当に立派な騎士だったんだね。
そのルパードを崖の上から矢で狙ってるのがいるのに気付いて私は、雷撃を放った。次々と崖の上の山賊に雷撃で倒す。そんな私達に向かって、立ち塞がってたボスっぽいのが、剣を槍に持ち替えて突っ込んでくるのが分かった。
私達を人質に取ってルパードを止めるつもりだと思った。そこでアーストンも、馬車に備え付けてた槍を手に取って立ち上がり、ボスが突き出してきた槍を弾く。レリエラは剣で切りかかってきた手下の相手をする。混戦だ。
するとルパードの後ろからさらに馬に乗った兵隊が走ってくるのが見えた。ルパードが呼んでたってことか。
「くそっ!!」
それを見た山賊のボスが忌々しそうに声を上げた。その瞬間、槍を私達の馬車の馬に向けるのが分かった。襲撃が失敗したことを悟って逃げるつもりだ。その行きがけの駄賃とばかりに腹いせとして馬を殺す気だと思った。
そうはさせない!!
雷撃では突き出された槍の勢いまでは止められないと思った私は、山賊のボスに飛び掛かって体を掴んで縮地の魔法を使った。崖の方へと向かって。
一瞬で地面のないところへと移動した私と山賊のボスは、一緒に崖を転げ落ちていく。
「ププリーヌ!!」
レリエラの悲鳴みたいな声が届いてくる。
「心配しないで。私はこのくらい平気だから」
そう言ったけど、もう私の声は届かない。崖をすごい勢いで転げ落ちながら私は咄嗟に手を出していた。すると崖の途中に生えていた木の枝に腕が引っかかってそこで止まった。でも山賊のボスはそのまま転がり落ちて、やがて見えなくなる。
それを見届けた私は、足場になりそうなところを探しては縮地の魔法を使って崖を登って行った。
私が崖の上まで戻った時、ちょうど、山賊達が制圧されたところみたいだった。
「ププリーヌ! 良かった、無事で!!」
私に気付いたレリエラが、涙を浮かべながら抱き付いてきたのだった。




