魔導書
「私はポタリア騎士団のルパード・ウォルシュリンゲンと申します。美しいお嬢さん」
ルパードと名乗ったその男の人は、すごく丁寧に頭を下げてくれたけど、でも同時に馴れ馴れしい態度には私は正直言って困ってた。こういうの好きじゃないから。
なのにそのルパードという人は、私の傍から離れようとしなかった。荷物の積み込みを終えていよいよ出発という時になっても私に話し掛けてきた。
「私は貴女を一目見て恋に落ちてしまいました。この想いはもはやとどめようもありません」
どうしてこんなことになってしまったかと言ったら、ポタリアについてからも時間を無駄にできないということですぐに書物が保管されているという蔵に向かったんだけど、それはポタリアでも歴史のある貴族の別荘になってる建物の蔵で、ルパードはその貴族の次男坊らしい。休暇で、静養も兼ねて立会人としてこの別荘に来てたんだって。
「これで荷物の受け取りは完了しました。つきましてはこの書類にサインを…」
そう言って書類を差し出した私の手を、ルパードが掴んだ。その瞬間、ハラハラしながらその様子を見てたアーストンとレリエラが、ギョッとした顔になるのが分かった。パッと見だとレリエラが施してくれたメイクのおかげもあって人間と区別がつかない私だけど、さすがに触られると気付かれてしまうかもしれないから。
一応、分かりにくいように手袋もしてる。だけど私の手を掴んだルパードの視線がその手に向けられるのも分かった。『あれ?』って感じの顔もしてた。
「お客様。ご厚意は大変ありがたいのですが、私共も次の仕事がございますので、先を急がねばなりません。今日のところはご容赦願います」
レリエラがなるべく冷静な感じでそう言うと、
「あ…ああ。失敬」
とルパードがようやく私の手を離してくれた。それから書類にサインをしてくれて渡してくれたんだけど、その時も私の手を見てた。気付かれたかな。
別荘から出て、ボーデン商会の事務所へと戻る為の復路についた私達は、何とも言えない微妙な空気になってた。
「あのボンボン、大人しくしててくれるかな…?」
「どうかな…かなり違和感覚えてるっぽい感じだったけど…」
「少し急いだほうがいいかもしれない。この先の裏道はまだ割と安全だった筈だから、そっちを使って先を急ごう」
「大丈夫? ナフィには安全第一って言われてるのに」
「大丈夫だと思う。あの裏道は僕も仕事で何度か使ったことあるけど、山道が少し厳しいだけで危険ってほどの道じゃないから。それに、もしものことがあってもププリーヌの魔法があればなんとかなるさ」
そう言いながら私の方を見たアーストンに向かって私も応えた。
「私は二人の決めたことに従う…」
そう。私は人形だから。人間がそう決めたんだったら好きにしてもらっていい。
「ごめんね、ププリーヌ」
レリエラはそう言うけど、今回のことは私がルパードに変に目を付けられてしまったのが原因だし、構わない。私もなるべく早くここから離れたい。あの感じでしつこくされるのはイヤ。
と言うことで、私達は分かれ道を裏道の方へと馬車を向けたのだった。
今、私が使える魔法は、人間を気絶させることができる程度の雷撃と、荷物の重さを減らすことができる石軽の魔法の二つだ。馬車一杯の荷物になった本の重さを減らして、馬の負担を軽くしてある。これなら少しくらいの山道でも無理なく馬車で移動できる。それに裏道は手入れが行き届いてない場所もあって状態が良くなかったりするから余計に荷物は軽い方がいいしね。
山道に差し掛かって道も少し悪くなってきたけど、荷物の重さを私の魔法で何とかしてるから特に問題もなく進めた。これなら、公道を通るよりも半日ほど早く隣の国に入れると思う。隣の国に入ってしまえばもしルパードが追いかけてきたりしてても勝手には自分の国を離れることはできないはず。だって、国を守る為の騎士団だから。それに騎士が無断で別の国に足を踏み入れるのは外交上も問題なんだって。場合によっては侵略しようとしてるっていう風にも思われるって言ってた。
人間って本当に面倒臭いなあ。
でもまあとにかく今は順調に進めてるし、その間、私は再度仕入れた本のチェックをしてた。蔵では傷み具合を簡単にチェックしただけで、中身まではしっかりと見られなかったからだ。ざっと見た限りでは今まで見てきた本と内容がかぶるものも多かった感じだし、あまり期待はできないかな。
そんなことを思いながら本を読んでた私だったのに、ある本を開いてみた時、思わず「あれっ?」って声が出てしまった。それに気付いてレリエラが「どうしたの?」って訊いてくる。
「これ、魔導書だ…」
そう呟いた私に、「え!?」と二人が声を上げた。
「魔導書? 魔法のことについて書かれてる本ってこと!?」
レリエラに訊かれて私は「うん、それ」と応えてた。
「マジかよ? ホントにそんなものが残ってたんだ…」
アーストンも驚いたみたいに言う。でも私は冷静だった。だって。
「だけど、魔導書って言ってもこれ、初心者向けの簡単な解説本って感じかな」
って私は言った。
「初心者向け?」
「うん。魔法を始めたばかりの人でも使える程度のちょっとした魔法のコツを説明してるだけの本だね。弱い電撃とか、石軽の魔法とか、半日の間だけ疲れなくする魔法とか、一日お腹が減らないようにする魔法とか、人形のふりをする魔法とか、一週間だけ水浴びしなくても臭くならないようにする魔法とか、字が読めなくても本が読めるようになる魔法とか、金槌がなくても釘が打てる魔法とか、針がなくても布に糸を通す魔法とかかが載ってる」
「…なんだそれ? 随分としょぼい魔法だなあ」
とアーストン。
「だから初心者向けってことなんでしょ? でも、ちょっとくらいは役に立ちそうな魔法もあるんじゃない?」
とレリエラ。
「う~ん。でも、ここに載ってるものは殆ど、私には関係ない魔法だから……」
「あ、そうか。電撃も石軽ももう使えるし、疲れないとかお腹が減らないとか人形のふりするとか水浴びしなくても臭くならないとかなんて人形のププリーヌには関係ない話だよね」
「金槌がなくても釘が打てるとか針がなくても布に糸を通すとかは地味に役に立ちそうだけどな」
「私の魔力であと使えそうなのは、縮地の魔法くらいかな」
「縮地の魔法?」
「10メートルくらいの距離を一瞬で移動する魔法」
「って、たった10メートルかよ!?」
「瞬間移動の魔法ってすごく大きな魔力が必要なんだよ。私の程度だとそれが精一杯。でも使い方次第では役に立つかも」
「使えるのようになるの?」
レリエラにそう言われて、私は魔導書に書かれてるのをしっかり記憶して、馬車から飛び降りた。
「あ…っ!」
驚く二人の前で私は、一瞬で馬車の上に戻ってたのだった。




