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夏美さんのコスモス

 大学生になって、1ヶ月余り。日々が慌ただしく過ぎて行った。毎日が新鮮で、自由を手に入れた喜びは大きかったが、それと同じくらい実家の有り難さをヒシヒシと感じ始めていた。

 炊事も洗濯も掃除も――不慣れな手際の悪さが面倒を生み、誰にも急かされない気楽さが、つい溜め込んでしまう甘さを助長させていた。

 独り暮らしは、自分の本質が露呈する。しかも、だらしなさや不甲斐なさばかりが目について、いい加減うんざりし始めていた。


 そんなある日――。

 点けっぱなしのテレビを流しながら、レポートをまとめていると、聞き覚えのある単語が脳ミソを鷲掴みにした。


『今朝、民家の解体現場から発見された人骨は、20年以上前にこの家に住んでいた清瀬利三さんと妻のフミさんとみられています。二人は既に白骨化しており――』


 釘付けになった画面には、ブルーシートに覆われた懐かしい隣家の塀が映され、その背景に実家がぼんやり映り込んでいた。


 その夜の内に、実家から電話が、ヨウヘイと吉田の二人からはそれぞれメールが届いた。

 地元にいる彼らは、報道では伝わらない情報に触れていた。

 まとめると、こんな話だ――。


 発端は4月の末、隣家の建物と土地の所有権を持つ管理会社が、建物を解体し始めたことだった。


 老朽化が激しかった隣家は、夏美さんが借りたことで、取り壊し予定が1年延びていたのだという。

 事件のほとぼりが冷めた頃を見計らって、管理会社は家の解体に着手した。

 ところが皮肉にも、壊した家の床下から、白骨化した遺体が二体、現れた。

 この時点で警察に届け出があり、地元は再び騒然となった。


 衣服も血肉も朽ちて失われていたが、どちらの白骨の頭蓋骨にも損傷があり、鈍器で殴られて殺害された過去が刻まれていた。

 白骨の主は、骨格や僅かに残る歯形から、消えた清瀬夫妻と見て間違いなかった。


 夏美さんの祖父母――清瀬老夫婦は、やはり失踪した訳ではなかったのだ。


 その後しばらく、僕の故郷はワイドショーの餌食になった。

 しかし、目ぼしい手掛かりもなく、関係者もほぼ亡くなった手詰まり感の明らかな事件だ。

 世間の関心は薄れ、再び緩やかに風化していくかに思えた。


 だが――夏を前に、急転直下、夏美さんの実父が殺人と死体遺棄罪で逮捕された。


 生家のある四国の田舎町で、過去を忘れたように静かに独り、暮らしていたが、過熱するマスコミの執念が、彼の所在を突き止めたそうだ。

 逮捕後、父親は、清瀬家の土地と家屋の権利書を巡るトラブルがあり、口論の末、衝動的に殺害した――と罪を認めた。


 結果的に、夏美さんは祖父母の殺害犯を炙り出したのだ。


 母さんからの電話によると、夏美さん家の跡地は、塀だけが残されて更地になっているという。


 黒土が剥き出しになったままの広い土地には、恐らく昨年のコスモスの種が眠っているはずだ。

 寂涼とした空き地のあちこちで、ひっそりと息づき、蕾を膨らませるに違いない。


 やがて、来る秋。

 愛でる者のない隣家の庭で、コスモスは変わらずに揺れるのだろう。


 優しく風と戯れながら……凛と空に向かう、夏美さんの愛した花達が――。



【了】



 最後までご覧いただき、ありがとうございます。


 この作品は、通勤途中にある民家の庭を見て、思い付いた話です。


 実際には、今年(2016年)の3月末頃に書き始めました。途中、『蔦庵の女』の執筆を挟んで中断したものの、本日(7/27)めでたく脱稿できました(更新は7/28)。

 7月6日から毎夜一話ずつ、午前1時に更新しました。

 作品の長さといい、毎日更新といい、初めての試みでした。


 最初は、引きこもりの青年が、引っ越してきた隣家で行われた殺人事件を目撃した話――だったのですが、色々こねている内に、現在の形になりました。


 夏美さんに恋するヨウヘイ君の存在も、書いている内に突如現れ(笑)、彼のお陰で随分話が膨らみました。

 夏美さんに向かう想いも、当初は主人公マモルが、綺麗なお姉さんに憧れる……くらいの軽い内容だったんです。

 思いがけず、爽やかな青春群像劇になりました。……ホラーなのに(笑)。


 途中で、夏美さんの回顧パートを挟む構成は、ちょっと悩みましたが、どうしても説明したく、挿し込みました。

 マモル視点だけで描き切れずにこの形になった訳で、これは私の力不足です。


 賛否含め、忌憚のないご感想をいただけましたら、感激です。

 どうかよろしくお願いします。


 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 またご縁がありましたら、どこかのお話でご一緒しましょう。



-*-*-*-


「――という訳で、お宅の庭を毎日拝見させていただいたお陰で、作品を書くことができました。ありがとうございました」


 私は、通勤途中で見かける『小暮』さんの奥さんに微笑んだ。


 小暮さんの家は、明らかに輸入住宅とわかる、大きな戸建住宅だ。

 広い庭にはキングサリやスモークツリーなど珍しい低木が植えられ、季節毎に色とりどり手入れされた花が賑やかに咲き競っている。


「はあ……お誉めいただいて、光栄です……」


 30代半ばくらいに見える彼女は、あからさまに戸惑いを浮かべて、小さく会釈した。

 彼女の姿を真正面から間近で見たのは初めてだが、ストレートの黒髪を肩甲骨付近まで伸ばした面長のクールビューティーからは、やや冷たい印象を受けた。

 私の作品に登場した『長谷川由美』が20年くらい歳を取れば、こんな容貌かもしれない。


「こう言っては失礼かと思うのですが、綺麗なお庭に比べて――そこ、車庫の横の、その砂山が気になって」


「――!」


「すみません。本当に失礼を承知で告白しますと、その砂山が妙に感じましてね」


 綺麗に手入れされた庭と対照的に、車庫の横、一畳くらいのスペースに、川底にあるような粒の細かな砂が、ドンと積み上げられている。

 緑の中の灰色の塊――これは相当、違和感を醸し出している。


「でも、コスモスって、水はけの良い土地が合うんですってね?」


「……ええ、そうなんです。よくご存知ですね」


「いやぁ、付け焼き刃なので、お恥ずかしいです」


 『緑の指』を持つ彼女に誉められて、私は思わず頭を掻いた。『緑の指』とは、草花を育てることが上手な人を指す隠語だ。


「それにしても、この砂の下に――死体、ですか」


 小暮さんの奥さんは、ちょっと眉をひそめながらも、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「ええ。庭に死体を埋めた後、剥がした芝生の色や生え方の違いを隠すために、川砂を積んだことにしたんです」


「面白いわ。もっと、お話を聞かせていただけます? 中で――お茶でもいかがですか?」


 小暮さんの奥さんは、半ば強引な勢いで、私の背を押した。

 初対面で家に上がるのは図々しいかと思われたが、他でもない小暮さんの奥さん自身が招いてくれるのだ。

 第一、彼女が自宅の庭を不名誉な舞台に使われたにもかかわらず、私の作品に関心を寄せてくれたことが嬉しい。


「――じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ……」


「ええ! ちょっと珍しいアールグレイがあるんですのよ。ぜひ一休みしていってくださいな」


-*-*-*-


「――で? お前、この女の死体、どうするんだ?」


 22時を回ってから帰宅した小暮は、ダイニングの床に転がる見知らぬ女の死体を前に、憤慨していた。

 テーブルの上に、ボーンチャイナのティーセットが乗っているのを見て――妻が殺鼠剤の残りを盛って殺害したことを察知した。

 だから、あの時、殺害に使った材料は残して置きたくなかったんだ。


「……だって、仕方ないでしょう?! この女、あの夜の出来事を、まるで見ていたみたいに話すのよ? しかも、それを携帯小説に書いたって言うの!」


「はぁ――仕方ないな。また庭に埋めるか。川砂も買って来なくちゃなあ」


 小暮夫妻は、冷たくなった訪問者の両腕と両足をそれぞれ掴み、ベランダからゆっくりと運び出した。


 月のない秋の夜。

 庭木の植え込みに隠すように死体を置いて、柔らかい芝生を剥いだ。

 その下の湿った土は柔らかく、スコップの入りもはかどった。


 庭のあちこちから秋の虫たちが、寂寞(せきばく)としたレクイエムを奏でていた。


-*-*-*-


 車庫とスモークツリーの間の芝生。

 こんもりと積まれた川砂は、畳二畳分に増えていた。


「そのうち、コスモスでも植えましょうか?」


 小暮の妻は、香りの強いアールグレイをカップに2つ注ぎなから、ベランダの外を不安気に眺めている夫に微笑んだ。


「――コスモス?」


「ええ……コスモスって、川砂みたいな渇いた場所でも生えるんですって――」


【了・本当に了】



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