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「急げ急げ急げ!」


 8時になった瞬間、俺は急いで制服から私服へと移行し、コンビニを出てバイクに跨った。

 寒い。めちゃくちゃ寒い。2月だ。冬だ。そりゃ寒いに決まってる。こんな中で、彼女は一体どれほど待っているのだろうか。


 ――早く行って暖めてあげないと。


 とてつもなく気持ち悪いセリフを俺は真剣に心の中で呟いた。


 目的の公園に着いた。バイクを降り、敷地に入る。ベンチに人影が見えた。

 

 あれは……そうだ。あの子だ。

 ごめん。寒かったよな。遅くなってごめん。


 夜の中にいる彼女は、普段より綺麗に見えた。

 恋の力か。

 病気か俺は。何が恋の力だ。恋のせいじゃない。ただ彼女が綺麗なだけだ。

 やべえ。やっぱり俺だいぶ気持ち悪いぞ。


 俺は彼女の前に立った。


「遅くなってごめん」


 そう言うと、彼女も頭を下げた。


「それで、どうしたの?」

「あ……はい。えっと、えーっと、ですね。はい」


 やばい。照れてる仕草めっちゃかわいいん。

 死ぬ。ここで萌え死ぬかもしれない。やめろ、やめてくれ。殺さないでくれ。


 彼女はもじもじしながら鞄の中から一つの小さな包みを取り出した。

 きた。確変チョコレート。今年諦めていたマジチョコレート。

 

 人生、何が起こるか分からない。


「あの、作りました。頑張って」


 て・づ・く・り。

 真心こもってるやないかい。


「で、あの……うおっ……ふぃー。はい。はい。そう、なんです」


 何、今この子緊張で吐きかけたの?

 どんだけ想われてるの俺?

 ここは俺が紳士的に、スマートに受け取ってあげなければ。

 クールに。それでいて嫌味のないように、自然とスマートに。


「渡したいんですけど、渡し方が分からなくて、急に呼び出しちゃってすみません」

「いいよ、全然。むしろ嬉しいよ」


 彼女がこちらに近付く。射程範囲内。手を伸ばせば、彼女を抱きしめる事も可能な領域。

 あらゆる場面を想定しろ。いけるなら、その場で抱き締めてしまえ。


 そして、彼女が包みを両手で差し出した。






「ごめんなさい」


 何故か頭を下げながら、チョコを渡す彼女。


「どうして謝るの?」


 急にどうしたと言うのだろう。この場面で何を謝る必要があるのだろう。急に戸惑いを混ぜられた心が、不安の色を掻き立てた。


「わかんなくて。やり方がどうしてもわかんなくって。でもこの気持ちをどうしても伝えたくて」


 わかる。わかるぞ。でもその健気さがまたいいじゃないか。それでいいんだよ。

 ちゃんと届いているから。

 だから何も謝らなくていいんだ。


「ありがとう。大丈夫だよ。十分すぎるほど――」

「違うんです!」


 遮る彼女の声。

 驚いて身体がびくりと少し撥ねた。


 違う?

 違うって、何が?


「あなたじゃないんです」


 ――へ?


 あなたじゃ、ない。

 ん? 

 何?

 どういう事?


「あなたじゃなくて、あなたなんです」


 なぞなぞですか?

 あなたじゃなくてあなた、これなーんだ?

 分かりません。さっぱり分かりません。


 何これ。何これ。ナニコレ?


 彼女の視線。ぼーっとした視線。

 今まで気恥ずかしくて、ちゃんと見れなかった視線。

 今初めて、ちゃんとその瞳を見返した。

 見返した、はずだった。


 ――あれ?


「初めて見た時、一瞬で恋に落ちました」


 俺の視線と彼女の視線。

 向かい合った俺には分かる。

 小さな、でも確かな。そして確かになるととてつもなく大きな違和感。


 彼女の目は、俺を見ていない。

 

 視線は、少しずれた、俺の、後ろを、見ている。


「私、あなたの事が、好きになっちゃいました」


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