レーニア~アピ街道
レーニア~アピ街道
レーニアとアピの間は基本的にただ広々とした草原地帯になっている。一般的な馬車で7日かかる。本来なら5日程度で着く距離なのだが、一般的には魔獣の少ない地域に街を作るために、街と街との間が離れてしまう。フェスティナ商会の先代が生まれた前後に村を作ろうと企画した貴族がいた。草原地帯なため、農耕地に有効活用できると判断したためだ。だが、足の早く、攻撃的な魔獣が多く生息している地域であるため、家などを建てている最中に何度も襲撃を受け、更には夜襲も多くあったため、大工などが仕事ができなくなり、撤退したという。その後、騎士団がこの地域の強い魔物を数を頼りに蹂躙していったのだが、悪い噂の立った地域での活動を始める貴族や商人は出て来るはずもなく、今でも何も作られていない。
1日目、レーニアを出発した一行は半日後、昼食を取るために休息する所だった。
「ずっと歩いての護衛はどうだい?疲れてないか?まだ1日目の半日しか経っていないが、少なくともあと6日半はあるから、無理をしないで言ってほしい。1人くらいならジルフ爺さんの馬車に乗ることができるからね」
先輩冒険者として心配してみる。決して下心があるからじゃないんだからね?
「はい!全然問題ありません!まだ出発したばかりですし、元気です!」
両手を握り、頑張ります!とポーズを取る。良い返事だ。リーアは元気な子だな。
「心配は無用です」
レンティはずいぶんとあっさりした返事。このような状態で先が思いやられる。初対面でスタイル眺めたのがいけなかったのか?と言うか、あれは装備の確認だったんだが。虫を見るような目で見られたもんな……。
「それじゃ、簡単な昼食でも」
と言葉にした所、ナイアから注意を喚起する声が。
「注意!進路右、北方面に影あり。魔獣と思われます」
かなり遠くに影が見える。1匹かな?
「ナイア、敵の数と種類は?接敵時間も合わせてよろしく」
レンジャーという職であるのと、ダークエルフであるために、視力が良いのと、索敵範囲が広い。緊急対応しなくて良いので、非常に助かる職種だ。ナイアは初心者の時から能力を発揮し、旅がずいぶん楽だった記憶がある。
「数は1、魔獣の種類はグラスボア、ご飯です。接敵は10分以内と思われます」
グラスボアは、1メートル位の草原のイノシシとでも言うものだ。雑食性ではあるが、ほとんど草ばかり食べるために、肉に臭みがなく人気の高い魔獣だ。ご飯と言ったのは初心者でも気を抜かなければ倒せる相手であり、街でも売れる商品になるからだ。少し食べましょうというのも含まれているとは思うが。
「リーア、レンティ、初の実践だ。まずは二人だけで対処してほしい。どの位できるか観察させてもらうので、好きにやってほしい」
ここで動きなどを把握し、どこに長所・短所があるのか確認しなくては。
「はい!わかりました!がんばります!」
相変わらず元気のいい子だ。お兄さんとしては嬉しい限りだ。
「はい」
こちらは淡白だ。冷静といえるのかもしれないが、少しさみしい。
「それじゃ、馬が怯えるから、魔獣に向かい少し先で待機。自分たちの呼吸で始めてくれ」
御者や他のメンバーは既に休憩体制に入り、馬に水と干し草を与えている。終わったメンバーは、ジルフ爺さんの荷馬車で食事の準備をするために荷物を解き始めている。
「行って来ます!」
二人で歩き始める。ずいぶん気合入ってるようだ。試験じゃないんだからそんなに気負わなくてもいいのに。
適度な地点で立ち止まり、レンティが魔法を『レッサーストレングス(筋力強化)』・『レッサーアボイド(回避強化)』・『レッサーアタックレイト(命中強化)』・『エンチャントシールドフォース(盾強化)』・『エンチャントシャープナー(武器強化)』と順にかけていく。グラスボア相手に魔法かけ過ぎではと思うが、まだ駆け出しの冒険者だ。リスクを減らせるのであればそれに越したことはない。と考えたところで気づく。リーアは魔法使わないんだなと。下級筋力強化は普通の村人でも普段から使う事はあるんだが、使えないのだろうか?
魔法をかけ終えたところで、お互いの戦闘範囲に入ったようだ。二人が構え始める。グラスボアが走り始めた。
グラスボアと接触する寸前、リーアが左に回避し、グラスボアの右脇腹を通りぬけ座間に剣をなぞる。深くは切っていないようだが、グラスボアの注意をひくことには成功した様で、立ち止まってからリーアに体の向きを変える。再度突進するつもりのようだ。
グラスボアは、再度突進を始めた。リーアは先ほどと同じようにうまくかわす。今度は右側に。交わした途端、右足を踏ん張り、盾による一撃をグラスボアの頭に食らわす。若干ふらつきながらグラスボアは距離を取る。そこに合わせてリーアは突撃し、剣を突き立てつつ、盾で頭を押す。
盾で大きく押し出した後、大きく一歩下がった瞬間、レンティが魔法を発動させる。「ロックストライク」下級土魔法で、岩を打ち出す魔法だ。ロックストライクがグラスボアの頭に命中し、グラスボアは絶命した。
かけた魔法はほとんど有効活用している。初心者にしては、素晴らしい戦闘だと思う。二人でよく練っていたのだろう。
「お疲れ様。良い戦闘だったよ。よく考えられた連携だね」
歩みながら賛辞を伝える。
「ありがとうございます!うまく体が動きました。レンティのおかげですね」
やりきったようないい笑顔で応える。実際うまく避けていると思う。大抵の場合、前衛盾職の初心者は盾で突進を受け、受けきれずに飛ばされるというのが通過儀礼となっている。今までも数人は飛ばされた冒険者を見てきた。ノンナも同じく飛ばされた口だ。ナイアがいるので、最悪な場合、弓による援護射撃をしてもらえれば事なきを得るのがわかっているため、二人でやらせたのだが、想像していたより遥かに良い戦闘実績だ。ここで数枚回復魔法を使うつもりであったので、いい意味で肩透かしを食らった。
「このくらいは当たり前です」
レンティの方を見るとそう答えられた。でも少し満足している顔だ。
魔法も前衛職の特徴を掴んでかけているので、無駄撃ち魔法が少なく、いい結果が出ている。その上、敵の弱点に向けてピンポイントで命中させている。グラスボアは火属性が弱点ではあるが、火属性で倒してしまうと、まず毛皮が売れなくなり、それに肉が焦げたりして売れない部分が出たりするため、冒険者の中では危険度が高い状況でなければまず火は使わないで倒す。これを教えていないのにやり切るとは大したものだ。
「さて、レンティ。『ブロワ』は使える?使えるなら上に向けてお願いしたいんだけど」
空気を送ると言う生活魔法を聞いてみる。素人でも5分位は維持できる魔法だ。
「当たり前です。どちらから上に使うのですか?」
レンティが質問している間に、グラスボアに近寄り、喉元を切り、首を斜面の下に向ける。
「グラスボアから上に向けてお願い。血の匂いが広がらないようにね。まぁ、上空まで行けば風が吹いてるから広がっちゃうけど。血が抜ける1時間位は維持してもらえると良いな」
魔法を使わなくても良いけど、たまにウルフなどが寄ってくるのだ。
レンティが『ブロワ』を上方に向け発動させ、上昇気流を作る。
「ありがとう。疲れたよね、ご飯だ。食べに行こう、準備は進めてるから、食べるだけになってると思うよ」
二人を連れて馬車まで戻ると、ノンナとジルフ爺さんが出迎えてくれた。
「嬢ちゃん達やるねー」
「すごかったよ!」
爺さんがリーアの隣に移動する。
「ありがとうございます!」
深くおじぎをするリーア。空振る爺さんの腕。どうやら肩を抱きたかったようだ……。この爺様は……。
照れ隠しをしている爺さんをよそに、ノンナとリーアは話しながらみんなの輪に入っていった。レンティの目がまた虫を見るような目でこちらを見ながら二人について行き輪に入った。今回は俺じゃないよ?なんで俺まで……。
昼食の輪に入り、食事をもらう。
固いパンと干し肉と野菜を茹でたスープと果物だ。
冒険者の中には毎食本格的に作る人もいて、調理道具を持ち歩いたりしている。塩銀亭の親父さんことハイルがその一人だ。エルフなのに食道楽を進むとても奇特な人。レーニアにいる時にはとても助かってはいるが。パンをちぎりスープに浸し、食べながら会話に入る。今の会話はリーアがグラスボアによる突進をうまく回避したことについてだ。
「リーアちゃん!初めてなのによく突進避けることできたね!私なんか正面から受け止めて飛ばされちゃったんだよ?」
尊敬します!って文字が浮かび出てるような眼差しでノンナがリーアを見つめる。飛ばされた後で「あはははは!やーるねー!」と笑いながら突進が止まるまで力でねじ伏せようとした方もある意味尊敬できると思うのだが。その時は結局ナイアが横から弓で仕留めたのだ。ふとナイアの呆れた顔が視界に入る。同じ気持でいたようだ。
「私、そんなに力が強くないので、回避して相手を釘付けにしなさいと指導を受けていたんです。うまく発揮できて嬉しいです!」
どうやら戦士養成所にはいい教官がいたようだ。昔は戦士はこうあるべきだ!と言う信念みたいなものがあり、一辺倒の戦い方しか教えず、新人冒険者の負傷率は高かった。
「私達が入学する前に、戦士長が変わったみたいで、育成方針がかなり変わったと聞きました。おかげで今褒められてるんですね。戦士長に感謝しなきゃいけないですね」
それは良い仕事だ、戦士長。
「私が今養成所で勉強したらどんな戦士になっていたのかなぁー?」
ぽわーんとノンナが想像し始めるが、
「変わらないでしょ。あんたは」
冷静なツッコミがナイアから入る。思わずうなずいてしまう。
「あ!ひどいよ!私だってリーアちゃんみたく舞ってみたい!」
「はいはい。無理無理。だってあんたお馬鹿でしょ」
「なによー!ちょっとナイアの方が頭良いからってー!ぶー!」
ナイアはかなり知性が高いと思うのだが。レンジャーに特化しているが、基本前衛でもそつなくこなしてくれる。流石に専門職には劣るが、魔獣の数が多い時など、回避しつつ敵を釘付けにするのが得意だ。リーアのようなスタンスだが盾を使えないので、やはり緊急時以外は向かない。魔法は生活魔法くらいしか使えないが、発動が早い。精霊魔法も風精霊と契約しているので、少しは使うことができる。万能とは言わないが、卒なくいろんなことをこなしてくれる。
「はいはい。ノンナは見た目は賢い子だよね。それで、レンティの魔法発動はとても良いタイミングでしたね、二人で打ち合わせをしていたのですか?」
文句を言うノンナを手で押しのけながらレンティに声をかける。
「ありがとうございます。リーアとは幼なじみなので、簡単な打ち合わせで発動を合わせました」
カップを両手で持ちながら嬉しそうに答える。いい子そうなのに、なんで俺にはこんなにきつい態度なんだろう。
「幼なじみですか、いいですね。阿吽の呼吸とでも言うのでしょうか。素晴らしいと思います」
自身をつけさせるのはいいことだと思う。この二人の性格だと天狗にはならないと思うので、ここで釘を差すことはしないでおく。
「そんな事無いです、お二人のほうが言葉のやり取りしか見てませんが、連携すごいのではないですか?息がぴったりあってます」
リーアが褒められ慣れてないのか慌てつつ返答する。
だが、あんまり言わないで欲しい一言が出てしまった。一人増長しやすい人がいるんだよね。
「そーでしょー!私とナイアは息ぴったりなんだからね~!もう運命の人!」
「私は貴方じゃ嫌です。異性が良いです」
「ナイアひどい!私じゃ役不足っていうの?」
「はい」
「それじゃ私男の人になる!」
「気持ち悪いからやめてください」
笑い声が絶えない。7年前はこんなやり取り最初はしてなかったなと思い出しながら食事をすすめる。俺にも冒険者仲間がいたが、皆地位が向上し、役職に着いたり、結婚したりとそれぞれの道に進んでいった。俺にも誘われたことがあったが、柄じゃないので断った。
「二人の冒険者カードを見せてもらえませんか?そういえば確認していなかったので」
ナイアが思い出したように言う。そういえば俺も見ていなかったなと思い出す。
冒険者は本人確認のために冒険者カードを見せ合うことがある。今回はナイアとノンナの二人がいたために、つい確認を怠ってしまった。
「わかりました。取得したばかりですので何も特筆すべきところはないと思いますが」
二人ともナイアに差し出す。
「記入内容は、宣言と変わらないですね、リーアさんがアイガーで、レンティさんがマルビティン出身と。白級なのは当たり前ですね」
ナイアから受け取り確認する。が、特に問題ないので二人にカードを返す。
「お二人は何級なのですか?高そうに見えるのですが」
レンティから俺も少し気にはなっていた質問をしてくれる。
「私たちは二人とも『街級』ですよ。一番多い層で停滞中です。それにそんなに大きな事件はそうそう起きないですしね。ただ、いつ何が起きても対応できるように精進しています。」
ニッコリと微笑みながらナイアは答える。
「フミトさんは何級なんですか?」
リーアから質問が来る。
「俺は『都市級』だよ」
レンティが驚いたが、すぐ疑いの眼差しが向けられる。なんでそんなに信用ないのかな……。
「都市級ですか!素晴らしいです。ギルドカードを見せていただいてもよろしいですか?」
隣のリーアに傷だらけのギルドカードを手渡す。
「都市級!すごいです!あ、出身がマルビティンなのに、登録がアイガーなんですね。傷だらけですね」
確認した後次々とカードを渡していく。
「アイガーの方が冒険者仲間を見つけやすいと思ったのと、依頼が多いと思ったからここで登録したんだよ。今じゃレーニアの住人と思われてるけどね。最初のカードから一度も交換してないからね、傷はついても魔法による文字で劣化が無いからそのままにしているよ」
ジルフ爺さんからカードが戻ってくる。
レンティを見ると疑いは少し薄くなってる様に見えるが、まだ信じられないようだ。
だけど、今の言葉一部嘘が混ざっております……。だって魔力無しが知ってる人が多いところでの登録って恥ずかしいじゃない……。
「さぁ、そろそろ休憩は終わりにしようか、まだ6日半あるんだからね」
号令をかけ気合を入れなおす。
盾は鈍器です。
設定が頭の中に入り始めたと書いたばかりですが、途中の細かい展開を決めていなかったので、また迷走しています。気長にお待ちいただけると幸いです。
10/25 句読点の修正
10/30 誤字修正
2016/01/04 三点リーダ修正