最後の戦い
最後の戦い
「ドラゴンにはノンナ、ティア、ナイアの3人で対応!! 体の動きは鈍いだろう、だが首の動きに注意!! ベールには俺と桜で行く!!」
「「「はい!!」」」
ドラゴンと思われる爬虫類型の魔獣はイグアナをイメージするかのような巨体に、ヘビほどではないが、長い首を持つ魔獣だった。わかりやすく言えば恐竜の首長竜とでも言おうか。鱗は表面には見えないので、表皮が硬いパターンだろうと思う。俺の記憶には話だけ聞いたことがある魔獣だと思う。この大陸に昔居たとされているドラゴン種だろう。ただ、昔は冒険者もおらず、かなり苦労したのかもしれない。だが、今は対魔獣で多く経験積んでいるものが多い。ドラゴンに向かわせた3人はもうエキスパートと言ってもいいだろう。初見という事で多少不安があるが、今の彼女たちなら対応できるだろう。
「ノンナ!!前は任せるわ。ティアさん、弓で援護を。私はカタナで行きます!!」
「あいよっ!」
「任せて!」
ノンナの装備は、槍ではなく今は剣と盾にしている。槍はデーモンと戦う前に入り口近くに置いてきているので邪魔になることはない。ノンナもリーアと別れてからすぐに察したようで、背負っていた盾を左手に持ち始めていた。その為、戦闘態勢に移行する事はかなりスムーズに行っていた。
俺の想像通り、ドラゴンの体の動きはそこまで敏捷性が高くない。自重が重いことでそう簡単に方向転換も出来ないようだ。だが、それを補うための首の長さなのだろう。その為、攻撃も首を伸ばして噛み付く、後は首をしならせて頭頂部による打撃。だが、どちら共大きな動作をしているため、3人には意図も簡単に避けることが出来ていた。だが、さすがはドラゴン、数回攻撃しているが、傷が付いたところが見えない。
「ノンナ、何処か一箇所集中して斬り付けて、私はそこに合わせて斬るから。ティアさんは目をお願いします。こちらも硬いみたいで大変ですが」
ティアがこの様な遅い魔獣に対して目を狙って仕損じているわけがない。2度ほど目を穿つために打ち込んだのだが、目に薄い膜というか、第3のまぶたというか、その様な物があるようで、その第3のまぶたも硬いようなのだ。そして、その第3のまぶたも自分の意志で開閉しているようだ。確かワニ等の動物にこのまぶたのような物があったと記憶している。それが硬いのだろうと思う。つまり、この第3のまぶたの隙をつければ視力を奪えるという事だろう。
ノンナもそのことに気づいたらしく、隙をついて盾でドラゴンの目を突く様な仕草をするため、第3のまぶたの開閉は頻繁になっていった。そして、剣による攻撃は首の根本を集中して攻撃することに。ノンナにとってはそこそこ近い位置になるのだが、2列目に居るナイアにとってはそう簡単に届く位置ではなかった。だが、そこを選んだ理由は皮膚の折れ目があったのだ。頻繁に動く所は硬くなっていく場合と、わざと柔らかくなっている場合もある。内側に折れ曲がっている場所なので、柔らかいと想定して斬りつけたのだろう。
知能が高そうなドラゴンだったが、どうやらこの3人で行けるだろう。だが、時間がかかるかもしれないが。
問題はこちらだ。メルトヒルデの所で出現した青白いデーモンより、一回りは大きいだろうか。さらには腕の筋肉も発達しているように見え、手に持った大型のピック付きサイスを軽々と振り回していた。だが、もう一つ恐ろしいことが。頭が二つあるのだ。さすがにこんな生物は聞いたことがない。前世では極稀にその様なことがあったが、自然界では良いことではないと思っていた。だが、目の前でそんなものがいきなり現れているので、さすがに動揺してしまった。
しかし、そんな同様もしている暇が無いくらいに攻撃を仕掛けてくる。サイスなので、刈り取る形での攻撃がメインだが、今までその様な攻撃を受け慣れていないため、思い切った攻撃が出来ない。さらに、ピックを使った突きからの引っ掛けるような攻撃も使ってくるため、避け方も大きく避けざるを得なかった。しかも、タイミングよく俺の足元を狙ってくるため、現状全く攻撃することが出来ていなかった。
桜も基本は剣との戦い、元の世界でも竹刀との戦いがメインなため、この様な武器と対峙するのはかなり大変なようだ。ずっと防戦一方になっている。
しかし、防戦一方になるのも無理はないかもしれない。この二つ頭のデーモンはもう一つの頭方から、魔法を発動してくるのだ。
さほど強力な魔法はまだ発動してこないのが救いなのだが、ロックストライクやファイアボルト、アイスストライク等の簡単な魔法を連続して発動してくる。俺にとっては受けてもそこまで大した事無い威力なのも余裕が持てるところなのだが、桜にはひどいダメージを受けてしまいそうなのでしっかりと避けざるを得なかった。
「桜、魔法抵抗力上げる魔法は使えるか?」
「なにそれ!?」
「なるほど……」
この提案は俺が一人で対峙している間に魔法をかけてくれと言う意味を含めて言ったのだが、根本的にダメなことがわかった。俺が桜の元に行って唱えても良いのだが、少し立ち止まらざるを得ない為、その時に一緒にその鎌で刈られてしまうだろう。レンティも教えなかったのかと問いただしたいところだが、ここに居ないし、多分だが桜は攻撃向けの魔法を覚えたがったのかもしれない。
「しかし、残念だよ」
突然返信したベールから声がかかった。
「何がだ?」
「メルトヒルデと言ったかな? 彼女と戦うことが出来ないことがだよ」
「どうしてだよ」
俺は何か違和感を感じていた。何か俺達の事を見透かされているような、得体のしれない不安が沸き上がってきていた。
「私の子飼いに倒されてしまうからね」
「それはないだろう。あいつが大丈夫と言ったんだ。やられることはまず無いだろうよ」
「そうかね、俺の子飼いもかなり強いよ」
「そうか? 一度戦ったことあるって言ってたぞ。その程度って事は大した事無いんだろう?」
メルトヒルデのことを信用しているというのもあるが、妙な不安でわざと強気な発言をしているのは間違いない。
「それはそれで楽しみだ。ただ、その様子をおまえ達に見て貰えないのが残念だ」
「どういうことだ?」
「わからない? 余程の自信があるんだな」
「なるほど、そういうことか。お前に負けてやるほど人が出来てないんでな。遠慮無く倒させてもらうよ」
「次は負けるつもりはない。もうお前の動きは把握している」
「次だと?」
「お前なら気づいていると思ったんだがな」
「なに?!」
「あんなに激しかったのに覚えてないのか」
こんな真面目な空気なのに、隣の桜から軽蔑の目と、後ろから突き刺さるような視線が来てるような気がする。
「お前とか……?」
何を言っているのかさっぱりわからない中、何とか思い出そうとする。どっちにしても今の言葉はソッチ系ではなく、何処かで戦ったと言う事なのだろう。だが、相手が攻撃してこない状態で思い出しているのに、いっこうに戦ったことを思い出すことが出来なかった。
「仕方がないか。あの時は人間の姿だったからな」
「なに!?」
「俺だよ。ユーベルだよ」
「ユーベルは俺が殺したはず!?」
「そうだな、しっかりと殺されたよ」
何を言ってるのかさっぱりわからなかった。死んだ人間が生き返ると言う事はまずあり得ない。デーモンでもそうなのかと一瞬思ったが、人間の姿から変身できるというだけの種族なので、その様なこともあり得ない。
「何を言ってるのかさっぱりわからんが、俺の間合いを知っていると言うのは理解できた」
「それだけわかれば重畳だな。話しているのも楽しいのだが、もっと楽しいことに戻ろうか」
色々とわからないところが多いが、ユーベルとなにか繋がりがある、もしくはユーベルがこいつだったのか。いや、それだと説明が付かないところがある。混乱させるために言ったのであれば、ユーベルを監視し、そこで俺達の行動を知っていたと言う事なのだろうか。この様に考えればしっくり来る気がするが、これ以上余計なことを考える余裕はなかった。
やはり、俺の間合いを知っていると言う事は間違っていなかったらしく、俺が普段飛び退く位置にサイスの刃先が来る。左右のステップもよけきれずにピックがかする等、普段無意識に行なっている事がことごとく読まれていた。そうなるとさすがに余計なことを考える余裕はなく、相手の攻撃をいかに避けるか、そして、どうやって反撃するかに思考は塗り替えられていく。
桜は先程の会話が助かったようで、体力が回復できていたようだ。連続の攻撃を避けつつ、思考し、反撃をしていくと言う事はさすがに疲労する。肉体的だけでなく精神的にも。しかし、助け出したい人達が目の前に居るのだ。焦らないわけがない。ただ、意識があり、こちらのことを心配しながら見つめているのがわかっている。生きていることだけでもわかっているので、先日までの妙ないらつきは桜から感じなかった。
「フミト! 私とやった時みたいに剣の起こりで止めてみなさいよ!」
「無茶言うな! あれは腕力がある程度上の者までにしか通用しない。人外相手に出来るかわからん!」
「でも、逃げるだけじゃ何も出来ないでしょ!」
「わかったよ!」
魔獣相手ではないので、今の会話で何がやりたいかはわかってしまっただろう。
だが、ともかく相手の攻撃を緩めなくては現状どうすることも出来ない。回転する刃の中に飛び込む気持ちでベールの懐に飛び込む。
ベールの左手側に振り上げ、振り下ろす直前にカタナを当て、全力で威力を押し殺す。
「さすがタイミングは良いな。だが、力の差はどうしようも無い様だな」
「なに?!」
慌てて飛び退こうにもサイスと言う特徴ある武器のため、後ろには逃げ出すことが出来ない。俺はユーベルのサイスの柄に乗るような形で吹き飛ばされた。だが、飛ばされている最中にもサイスの刃先が俺に向かってくる。なんとかカタナを体に沿わせてサイスの刃の上を滑っていく。すくい上げられた形になったので、体勢がかなり崩れたが、運良く足が下向きに来たのでそのまま着地することが出来た。
「あぶねぇ……」
そう呟きかけた所で悲鳴のような声が上がる。
「フミト!! あぶない!!」
その声と同時に俺の体は後ろから突き飛ばされた。前のめりで転がりつつ慌てて突き飛ばされた方向を確認すると、驚愕の事実が視界に入ってきた。
「ティア……?」
それは、首の長いドラゴンに胸から腹辺りを噛み付かれているティアと言う光景だった。
ティアはそのままドラゴンに噛み付かれたまま持ち上げられてしまう。噛み付かれた痛みから悲鳴をあげ、逃げ出そうともがいているが、手に持った矢では全く傷つけることができないでいた。
「ティアを離せ!!」
「ティアさん!!」
ノンナとナイアが叫びつつ攻撃を仕掛ける。ノンナは傷付き始めた首元の表皮を。ナイアは弓に持ち替えドラゴンの目を狙う。だが、ナイアも弓の名手ではあるが、狙いを定めた辺りでティアの体を使い防ごうとする。
「攻撃できない!!」
悲痛な叫びがナイアから上がる。短いながらも濃い付き合いの仲間なのだから、助けようとするのは当然のことだろう。
そんな事も俺は一瞬忘れて呆けていた。あまりにも本来ありえ無いと思い込んでしまっている状況のため、反応が遅れてしまったのだろう。
ようやく状況を飲み込めた俺は奇声に近い声を上げつつドラゴンの喉元をカタナで全力で突き上げる。ワニの口を閉じる筋肉の場所は大体でしか把握していないが、多分ここだろうと言う点を突く。片方の筋肉だけでも傷つけることが出来れば放す可能性がある。そして感でしか無いが、頭頂部による打撃をしていたという事で、反対側の顎側の皮膚は柔らかいのではないかと思ったためだ。実際皮膚が柔らかかったことは想像通りだったが、予想よりは切っ先が入り込まなかった。
だが、内部に異物が入り込んだと言う衝撃、そして痛みの為に、ティアを放させることに成功した。
「ナイア! ノンナ! 二人で耐えてくれ!!」
「はい!!」
口から落ちてきたティアを抱きとめ、後ろから攻撃されることを恐れずそのままドラゴンに背を向けて走りながら指示する。
「ティア!!大丈夫か!?」
痛いかもしれないが、今は安全な所に避難することを最優先にして少し乱暴に運ぶ。質問も運びながらなので、聞こえてないかもしれない。落ち着けそうな場所でティアを横たえ、外傷などを確認する。
鎧を着ているので、外傷は殆ど無かった。外の鎧は母親譲りのドラゴンレザーアーマーなのと、中に着ているのが俺が昔討伐したグランドドラゴンのソフトレザーアーマーだという事が幸いしてだろう。だが、ティアの表情は悪くなる一方だった。ただでさえ白い顔のティアから血の気が引いたような青白い顔に変わっていった。そして、呼吸が荒くなり、何処かの痛みを感じてきたのか表情が歪んでいく。短い時間なのに、額から脂汗が浮き出、うめき声さえ出せないのか歯を食いしばりながら耐えている様に見えた。
だが、ふとした瞬間、全身の力が抜けていくのがわかった。痛みの峠が越えたのかと一瞬思ったが、うっすら開いた目は虚ろであり、俺の方向を見ているのに何処か違う所を眺めている様に見えた。そして、咳とともに口から赤い液が流れでて彼女の顔を汚していく。
「ティア!?」
慌てて彼女の名前を叫ぶが、俺の声が届いている様子が無い。この反応で俺はティアの死を直感してしまったた。おそらく外傷は鎧で防ぐことが出来たが、噛まれた時の圧力は逃すことが出来なかった。その為、体の内部へのダメージが酷いのだろう。内臓破裂、もしくは背骨が折れている、ひょっとしたらそれらが複合的に起きているのかもしれない。
俺は慌てて羊皮紙を取り出す。高級羊皮紙と最高級羊皮紙だ。だが、使用用途をわざと決めていなかったのが災いして、すぐに治癒の魔法をかけることが出来ない。最高級羊皮紙や高級羊皮紙の完全記入した完治の魔法であれば、すぐにでも完治できるだろう。だが、ティアの生命力の低下速度を考えると長々と書いている時間は取れない。
その為、短縮魔法で完治を書き込むことを選ばざるを得ない。だが、ここまで生命力が低下している状況で、効果が本来の魔法より低い短縮魔法で大丈夫なのか、弱い魔法で彼女を助けられるのかがわからずに、急いで全部書くほうが良いのかと迷ってしまう。
それだけではない。腕や足の単純骨折であれば、過去に完治の魔法で治したことはある。だが、内臓損傷や肋骨はまだしも、背骨等の生命維持に重要な部分の治癒は一度も試したことがない。魔法の効果であれば、その範疇にあるはずだ。だが、過去の文献にもそれらしい記入を見たことがなかった。俺の時でも筋組織まで完全に復元できていたのかはわからない。実際に腕が動かしづらくなっていた時期もあるので少しは完治とはいえ、完全ではない場所があるのかもしれない。
そしてもう一つ、ゲーム等では何度でも回復魔法をかけて全快させると言う手がある。だが、血止めや簡単な治癒魔法では無い物、完治レベルの魔法を使った場合、それ以上体が受け付けてくれないのだ。それに大きな魔法であれば、回復させる相手の生命力も必要となる。治癒魔法とは、基本的に魔力によって治癒能力を高めると言う程度なのだから。
俺が完治の魔法を使った後、まともに動けなかったのは血を流しすぎただけで無く、その点もある。だが、その生命力も今のティアに残っているのかどうかわからない。
魔法を発動したが、治りきらずにただ死を待つ、短縮魔法にはそちらのリスクも若干だが含まれてしまいそうなのだ。
悩み、迷っている所にティアからかすれた声が聞こえた。
「フミト……、後ろには気をつけなさいよ……。いつでも、私が後ろに居るわけじゃないんだからね……」
この言葉で迷いを捨て、短縮魔法に賭けることにした。急いで最高級羊皮紙に日本語で完治と書き込む。短縮魔法であれば、高級羊皮紙でも効果の差が出ないのだが、もうこれはゲン担ぎだ。しかも、羊皮紙を半分に切ってもいい。だが、その手間も惜しんで大きく文字を書いた。
「ティア、今すぐ治すよ。リフレッシュ」
魔法が発動され、ティアの体が熱くなっていく。その際に痛みが戻ってきたようで呼吸が荒くなり、また脂汗が溢れでてくる。痛みに顔が歪み、また咳とともに赤い液体が彼女の綺麗な顔を汚していく。この痛みは彼女の体が死へ落ちていく所を必死で抵抗しているからだと思える。また同じ痛みを与えてしまう心苦しさはあるが、俺は彼女に生きてもらいたい。その一心で一縷の希望を持ちつつ彼女の手を握りながら魔法の発動が終わることを待ち続ける。すると荒い呼吸が落ち着き、痛みに歪んでいた表情が先ほどの死を意識させた様におさまる。全部治癒できなかったのかと心配になり、彼女の顔を見続ける。
「痛かったわよ。ばか」
開いた目には輝きが戻ってきており、力はまだ弱いが俺の手を握り返してきていた。この動作だけで俺はとても安堵し、力が抜けて座り込んでしまった。
「フミト、ありがとう」
「いや、こちらこそありがとう。耐えてくれて。それとすまない。俺がティアを殺してしまう所だった」
「フミトになら殺されてもいいわ。でも、あのトカゲには嫌よ」
冗談が出てきた。体の方はともかく、頭の方は回復しているようだ。ここまで来ればもう大丈夫と思った瞬間、近くで人が落ちるような音と悲鳴が聞こえた。
「ノンナ!!」
慌てて振り向くと、ノンナがドラゴンの攻撃により吹き飛ばされ、俺達の近くまで飛ばされていた。そしてドラゴンの攻撃を何とか避けているナイアの姿。
ドラゴンの今までゆったりとしていた感じの攻撃から、首を振る速度が一気に上がり、ナイアでもステップでよけきれずにドラゴンの皮膚にカタナで刃をあてがい、カタナに体重を預け刃で滑らせて逃げるという技を使いギリギリ避けれていると言う状態だった。だが、それでも避けきれず、ドラゴンのうねった首に当たり、着地を失敗してしまう。
慌ててナイアを助けに行こうとカタナを持った瞬間、ドラゴンの攻撃がナイアに向かおうとしていた。しかもその攻撃は今までの攻撃と違い、まるでヘビを想像させた。長めの首をしならせ首を飛ばすかのように突こうとしていた。しかもその時顎を外して口を大きく開き、ナイアをまるごと飲み込まんとしていた。
「ナイア!!」
ナイアまでの距離はおよそ30歩。魔法を発動しても、弓で射ったとしても、ドラゴンの攻撃には間に合わないだろう。ナイアも攻撃に備えるために立ち上がっている。だが、体に痛みがあるのか、満足な速度で立ち上がることが出来ていない。
諦めずに走る。一縷の希望、さっきのティアが耐え切った時と同じような僅かな希望でしか無いが。
走っているつもりだが、足が動かない。いや、動いているのだが、全然遅い。石畳の床から靴を伝わり腰から胸、首に伝わる衝撃はいつに無く一本筋が通った様な感覚がある。多分、過去一番早く走っているのだろう。彼女を助けるために、少しでも近づくために手を伸ばす。仲間を失いたくないその一心で。
だが、それでもドラゴンの攻撃には間に合わない。
無常にもドラゴンの首は弓から放たれた矢の様に鋭くナイアに飛んでいく。
食べられてしまう!! そう思った時に奇跡は起きた。
赤い影がナイアのことを突き飛ばし、ドラゴンの攻撃から逃してくれたのだ。
その赤い影はそのまま上顎と下顎を片方は剣、片方は盾で防ぎ、ドラゴンの飲み込まんとした攻撃を防ぎ、軽く後ろに飛ばされ、そしてしっかりと着地した。そしてその影の正体は、先に黒いデーモン達の時に別れたはずのリーアだった。
「リーア!!」
「みなさん、大丈夫ですか?!」
「すまない! 戦力を分散させられ、俺がミスしたおかげで瓦解しかけた」
「わかりました!!私はまずこのドラゴンですかね?」
「ああ、頼む」
リーアがその返事をした瞬間、開いたままの入り口から見慣れたメンバーが走り入ってきた。
「よかった。生きてた」
メルトヒルデを初め、レンティ、アスドバルとアネトンだった。
「アスドバル、アネトンはティアの護衛に付いてくれ、ティアの弓の回収も頼む。それと、メルトヒルデとレンティはリーアと一緒にまずドラゴンを倒してくれ!」
「わかった」
「わかりやした!!」
皆が来てくれた。間に合ってくれた。ティアも、ナイアも命を落とさなかった。単純なことだが、これだけで自分の地に落ちていた気分が上がり、戻っていくのがわかった。浮き足立ちそうな気分を無理に抑えこみ、桜のもとに走り戻る。戻る前に、ティアにやられた一撃をお見舞いするために、アイスランスをドラゴンの目に向けて発動する。タイミングが良かったのか、ドラゴンの右目を氷の槍が貫き失明させた。
「桜、すまなかった」
「わたしこそ……。ティアさん大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だろう」
「よかった……」
実際はまだ不安で仕方がないところがある。だが、今はこの状況を落ち付かせるために相手を倒すことを優先した。
リーア達はドラゴンをいとも簡単とはいかなかったが、リーアとメルトヒルデがドラゴンを翻弄し、その隙にノンナが傷つけた箇所をノンナやナイアが集中して刺し、切りつける。ノンナは槍に持ち替えたおかげで、全力で攻撃することが出来、2度ほどの攻撃でドラゴンの皮膚を貫通し、肉にまで届かせることが出来た。
メルトヒルデは左側から翻弄するついでに俺が傷つけた顎の下の傷を徐々に広げる事でドラゴンの気を引き、リーアは斬りつける二人の護衛と言う形となっていた。レンティは幾度もアイスランスをドラゴンの左目に向かい放ち、メルトヒルデとリーアだけに攻撃を集中させないようにしていた。
アスドバルとアネトンは、デーモンと戦っていたのにも関わらず、無傷だったようだ。メルトヒルデがよほど細かい指示をして戦ってくれたのだろう。最悪一人は離脱せざるを得ないかと思っていた。ティアの弓はアネトンが拾ってくる間、アスドバルはティアの前に立ち、斧を構えつつ護っていた。仕草だけとはいえ少し頼もしい。
ティアは、ただ護られているだけは嫌だと言わんばかりに、弓が届いた時点ですぐにドラゴンに攻撃し始める。離れた場所からも精密射撃が出来るのがティアの腕のいいところだ。レンティがアイスランスで攻撃した直後に同じ箇所を攻撃するので、ドラゴンの瞬きはかなりの回数になっていった。おかげでメルトヒルデとリーアの負担はかなり減っていった。
コンビネーションによる攻撃と言うのは体験したことなかったようで、ドラゴンはどんどん押され、ほとんど動いてなかった足元も後退る。だが、それも遅かったようで、首元がどんどん切り刻まれ、出血が激しくなり、最後にはその巨体を横たえるようになった。
「フミトさん、ドラゴン倒しました!!」
ベールからの攻撃を結局解決の糸口が見つからず、ずっと逃げ回っていた桜と俺のもとにリーアが走り寄ってくる。こうなればもう多対一となる。いくら強いデーモンだとは言え、俺が自信を持って強いと言えるパーティー相手にするのは手こずるだろう。
陣形は今までやったことのない形、半径陣になっていた。全員がこのサイスから逃げなくてはならない為、固まっていることが出来ないからだ。レンティとナイアだけは後方に下がり、遠距離の攻撃と言う形は取っているのと、ティアとアネトン、アスドバルの三人はもう少し後ろでドラゴンの時と同じように立っている。これは誰が指示したわけでもなく、訓練したわけでもない。全員の意識がまとまったような感覚があり、自然とこの形になっていた。パーティーとしての成長もここまで来たかと感慨深いものがあった。
「残念だ。ドラゴンを倒してしまうほどの者達を殺さなければならないとはな」
「まだ手の内を全部見せてないとか言うのか?俺にはそんなふうには見えないんだがな」
ベールがまだ強者の体勢を崩さない。ゲームじゃないしそうそうそんな事があるわけがない。わざとそう言って相手の同様を誘うのが手だと考え、強気な態度に出る。
「次からは全力で相手するとしよう」
そう言うとベールは攻撃を再開する。だが、すぐに俺の考えが甘かった事を実感する。ゲームほど激しい変化は無かったが、攻撃速度の大幅増加と、魔法の種類が圧倒的に増えたのだ。
「アイスランス」
「ブロックストライク」
「ファイアボール」
「ウィンドバースト」
次々と魔法を放つ。さらには四属性をくまなく使いきり、前衛だけでなく、後衛のレンティやナイア。それだけでなくその奥のティア達まで攻撃範囲にしていた。
「レンティとナイアの護衛は俺がやる! アネトン、アスドバル!ティアを頼んだぞ!!」
「任せてくださいっす!!」
魔法の防御が高い俺が付いたほうが二人を活かせると考え、二人の前に立つ。アイスランスやブロックストライクに関しては物理的な部分もあるため、カタナで軌道を逸らしながらと言う事になるが、ファイアボールやウィンドバースト等はこの鎧と中に着ている鎧のおかげでほとんど熱くもなく、魔法の効果もすぐに霧散してしまった。
ティアの方に飛んでいく魔法に関しては、アイスランスとブロックストライクに関してはアネトンが両手に持った短剣で軌道を逸らし、ファイアボールとウィンドバーストに関してはアスドバルが斧を使って地面に叩き落す様な形で防いでいた。だが、二人共慣れないことを無理にしているため、そして先ほどのデーモンとの戦いが激しかったのか、見る間に疲弊していった。
だが、前衛の四人が未だに逃げ回っていたわけではない。攻撃されるタイミングも四分の一になっているため、少なくとも一人くらいは攻撃する余裕ができてきた。
巨体を相手にするセオリーとして、足元を攻撃すると言うのがある。それを忠実に守り、一撃ずつゆっくりと、そして着実にダメージを蓄積させていった。
多少攻撃の手が緩み始めた所でリーアとメルトヒルデが一気に攻勢に出る。一緒に盾でベールのサイスを押さえ、持ち手を斬りつけはじめた。二人の隙を付いて魔法攻撃しようとしている所に、ティア、ナイア、そしてレンティから二つの頭目掛けて矢と魔法による攻撃が入れられる。
さらにはその妨害行為で相手の魔法発動を阻害することもあった。
俺と桜があれほど悩み、苦労したデーモンも、腕や足が血まみれになり、終いには膝から崩れ落ち、武器も落とすことになった。
「行くよ!」
「はい!」
桜とリーアが二人あわせて止めの一撃を相手の心臓に突き刺す。痛みに苦しみ悶えていたが、両腕が赤く染まり動かせない状態になっている者にはどうすることも出来ず、ただ仰向けに倒れていった。
本日2投目。
いつも月曜11時の更新と言う時間だけで見に来てくださっている方にはこの様な時間でさらに短時間での更新と言うのは少し驚かれたかもしれません。
ですが…




