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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
81/83

王城潜入

王城潜入


 〜〜〜〜〜


 早朝暗いうちから準備を始め、開戦の報を待つ。

 王城の大まかな見取り図、北・南の王宮の大まかな見取り図は作成し、作戦計画時に各々の頭に叩き込んでいるはずだ。

 王城内部の給仕係や衛兵の中にも同士が居る。その者達に以前から聞き、そして描き上げた見取り図だ。いつか使うことになるだろうと考え、少しずつ組み上げていった開放義団にとってはとても大切なもの。今まで、指導者や味方に着いてくれる貴族が居なかったため、表立った活動は全く出来なかった。その中で唯一打破してくれそうな、この国を変えることが出来るかもしれない人物のダリアン様は既に亡くなってしまった。だが、この国のおかしな体系を考えれば一度壊してしまうのもありかと思い、ちょうど舞い込んで来た彼ら、隣の国の冒険者である赤い英雄リーア、それと彼女の属しているフミト率いる者達に乗ることにした。五条桜と言う勇者もダリアン様の連なるものと言う事で期待はしていたが、正直この国を作り変えるのには役不足だろう。勇者と言われている彼女、強いことは強い。俺達が束になってもかなわないだろう。さらに、彼女は1対1が一番得意だと言っていた。そんな彼女で、勇者と呼ばれているのは期待してしまうかもしれない。

 だが、この国を作り替える行動力や知識、知恵等は彼女に求めても得られないかもしれないだろう。その為、彼女を頭にしての革命を起こすことが出来ない。その上、勇者というものが曖昧な存在、この国の者なのか、出自はどうか、さらには他の貴族との関係など、ほとんど表立って得られる情報がないのだ。彼女に直接聞いた我々には理解が及んだとしても、それを広なければ頭には出来ない。さらに、その様なことを少し話してみたことだが、非常に嫌な顔をされた。なんでそんな事をしなければならないの。言葉こそ表に出て来なかったが、彼女の表情はしっかりとそれを語っていた。彼女にとって、現国王様と、ミカ王子様の二人を助け出すこと以外、何もいらないのだろう。傀儡にとも考えたが、フミトという勇者と近しい男が会話の途中でするりと入ってきて話題を逸らしていく。

 フミト、初めは非常に扱いやすい愚か者かと思ったが、その見解は一緒に過ごしてみると変えざるを得なかった。武力に置いては勇者と同等、更には魔法も使え、多少の悪知恵が働き、嗅覚もそこそこ鋭い。器用貧乏かと思いきや、全体的に高いレベルで維持している。専門にし、極めたものと比べれば低いと言えるかもしれないが、この国では一方に秀でて彼以上にその分野が強いものでも、彼には他の部分が弱点として見られてしまうだろう。

 そして、彼に付き添っている魔法使いと、エルフ二人。この3人がより彼女を傀儡とさせることへの誘導をより阻害させている。彼女たちは誰かが常に彼の近くに居るので、こちらが彼を女性を使って誘惑することも出来ない。そして勇者自信も彼女たちに心を開いているようだ。

 我々のように、不遇な状況下に置かれ、お互いの境遇を嘆き合うだけの関係では、ここまでの仲間意識は作ることが出来なかっただろう。

 それがわかったからこそ、彼らの国の軍隊を招き入れ、この国を転覆させることを了承したのだ。上手くいけば祖父の時代で起きた戦争と同様に、この国自体は残るかもしれない。だが、今のままでは結局同じ事の繰り返しになるだろう。王様や王子様にはその責任を取らせると言う方法もあるが、彼らが居なくなった場合には他の利益しか考えない貴族たちが台頭し、今の状態より酷くなっていくだろう。その為、今の王様や王子様には生き残ってもらわなければならない。この国唯一の良心を持った支配者階級なのだから。

 色々と紆余曲折したが、一番早い改革は現王様と王子様による、現貴族たちの追放が一番だと気付かされた。ひょっとしたら勇者はそれに気づいていたからこそ、頭になることを拒んだのかもしれない。

 そして、既に賽は投げられた。隣の国の軍隊との開戦の報がもう来る頃だろう。そして、疑い、利用してやろうと考えていた彼らも出発の準備を整え、待機している。

 のんびりと談笑をしつつ待機している様は余裕なのか、それともだらけきっている性格なのか、それともそれだけ長い時間厳しい状況下で過ごしてきたのだろうか。鎧を着たまま寝ていると報告を受けた時はさすがに耳を疑った。だが、その理由を聞いてみると、それは当然の事だと言っていた。冒険者と言うものはそれだけ厳しい状況下で居るのだと、そのおかげで強くならざるを得ないというのもようやく納得できた。俺達の国の冒険者ギルドは腐っている。それもほとんどが商人達が自前で護衛部隊を持っているからだ。さらに、そのおかげで新規参入したい商人達は冒険者ギルドに依頼することが普通だった状況が、冒険者ギルドの腐敗で冒険者を雇うことが出来ない。そして冒険者として夢を追いかけるものもいなくなり、今の状況が出来上がったという事なのだろう。この国の大商人は大規模で大人数で行くため、夜の担当などがいるそうだ。おかげで魔獣との戦いも数で押すため、個々の能力はそこまで高くないのだろう。

 この国のことで、絶対に負けられないと思っている我々の方が本来主導的立場になり、指揮をとらなければならないだろう。だが、彼らの能力を考慮すると、そうも言っていられない。

 自分たちの国のことなのに、相手に指揮権を取られてしまうのは情けないことだ。何としても取り戻したいと考えたこともあったが、彼らの機嫌を損ねてしまっても問題だろう。さらには戦闘訓練で仲間達が彼らになついてしまっている。これが一番の問題だ。こうなってしまうといまさら自分たちが主導的立場になろうとしても違和感しか出てこなくなる為だ。

 あの優しかったラリサの形見を持ってきてもらったことについては非常に有難いことだ。だが、それを実行したのが赤い鎧を着た英雄だと知られてしまうのも不味い。ラリサは西区の男たちにかなり好かれていた。この事だけは伏せて置かなければならない。今は義団と彼らの間に溝を作ってはならないのだ。




「オーシムさん! 戦いが始まりました!!」

「わかった! 混乱に乗じて潜入する! 行くぞ!」

 全員が立ち上がり、俺を見てくる。皆が不安な目をし、足が震えているものも居る。だが、このまま止まっているわけにもいかない。もうこれ以上の機会はないのだから。

 俺が歩き始め、外に出る直前でフミト達のパーティーを見ることが出来た。彼らは今でも談笑し、散歩でも行くかのように歩いて行った。

 実行部隊でないものが見れば、やる気がないのかと思われそうな状態だが、今の俺達にとってはとても凄いことだと気付かされる。失敗しても彼らには関係無いと言う事はないだろう。少なくとも勇者様はこの国に関係している人なのだ。その彼女もその会話の中に普通に溶け込んでいる。俺達がいかにこの様な重要なことを実行するときの状況下に慣れていないという事がより理解できた。

 彼らに嫉妬している自分がいる。力でも負け、知恵でも負け、心でも負け、今の俺達に勝てているものはこの国の当事者と言う事だけだろうか。

 苛ついていても仕方がないと思い、静かに全員で歩き始める。こちらは北側の後宮に忍び込む予定であり、その侵入ルートは兵士の詰所を通っていく予定だ。その為、10人全員分のこの国の基本装備を手に入れ、着替えている。だが、この西地区にこれだけまとまった兵士が居ると、あまり良い目をされない。それもそうだろう。兵士は貴族の手先であり、手駒なのだから。

 少し早歩きで西地区を歩き終え、東側にある兵士詰所までたどり着くと、その場は騒然としていた。

 立ち止まって会話を聞いてみると、やはり攻め込んできた、戦いが始まった。そして、王城に詰めている部隊からも7小隊出発するとのことだ。小隊人数が固定されているわけではないので、確実なことは言えないが、予定通り100人以上は出発することだと思える。

 この混乱に乗じれば潜入できると思い、周りに違和感無いように整列し、そして出来るだけ早めに侵入予定の入り口に向かう。

「おい!お前たち何処に行く!」

 突然、声をかけられてしまった。だが、既にこの事も想定済みであるため、そのシナリオ通りの言葉を伝える。

「はっ!我々は統西部隊であります! アンティカイネン様に至急お伝えしなければならないことがあり、王城に向かうつもりであります!」

「そうか。ただ、今は王城内は決められた者以外は入ることができん。内部の者が居るはずだからその者に伝言をたのめ」

「はっ!了解いたしました!」

 なんとか怪しまれずに行く事ができそうだ。だが、ここで気を抜いてはいけない。このままの体制を維持し、彼らから見られない所まで進む。

 北後宮に向かうためには、王城敷地内を通り向かわなければならない。人目が無い事を確認し、北後宮まで一気に進む。王城内に人が少ないことが幸いして誰にも遭遇すること無く北後宮と王城をつなぐ通路まで簡単に進むことが出来、更にはその扉も開け放たれていたので苦労せずに進むことが出来た。

 事前の同士からの情報によれば、北後宮には現国王様が居る部屋は2階の最北部だそうだ。現在居る王城への通路からは反対の一番奥になる。城内の女給仕達から得た情報だというのが若干信ぴょう性が下がっているが、他の情報が無いので正しい情報だと判断してのことだ。

 北後宮には大きな部屋が各階に10部屋あり、王様の執務室から談話室、会食室等、王様や王子様の住まい兼貴族たちの接待場所と言う形だそうだ。戦争がなければ人の行き来が耐えない場所だっただろう。だが今は人にすれ違うことが全くない。戦争がなければラリサ達が亡くなることもなかっただろう。だが、その戦争を今回は喜ばなくてはならない。戦争を憎み、戦争を喜ぶ。矛盾した気持ちが頭から離れないまま階段を駆け上がる。

 階段には全て絨毯が引かれ、手すりやシャンデリア等の調度品も品が良く、そして手入れが行き届いており、時間によって付いた汚れ、いや、この場合は味があると言う表現の方が適しているのだろうか。ともかくホコリ等全くなかった。その調度品を見ているとどんどんいらついてくる自分がわかった。だが、俺のそのいらつきは国王様達に向けるものではない。俺達が厳しい状況で生活せざるを得ない状況に追い込んだのは貴族達だ。だから、そのいらつきは今ではなく、今後に取っておかなくてはならないと思い、今は飲み込んでおく。

 奥の部屋までたどり着き、中の様子を音で確認する。人が居るような気配があるが、複数人ではなさそうだという事を確認し、一気に全員で飛び込み寝室へと直行する。

「遅かったな。随分と待ったぞ」

 低い男性の声。だが、その声の発する位置がおかしかった。まだ貴族が起きている時間ではない為、寝室だと思っていたのが間違いだったというわけではなく、寝室に入った後から聞こえた言葉だ。そして、ベッドの高さからの声でもない。俺達より高い位置からの声だった。

 薄暗い室内を目を凝らして確認すると、部屋の奥から山羊の頭をした黒い魔獣のような者、フミト達がデーモンと呼んでいた者が剣を持ちながら歩いてきた。

「上手く踊らされてくれたようだな」

 話を聞くしか出来ていない自分に気づく。なんとか剣を出し構えるが、相手の異形さで萎縮してしまっている。この中で魔獣との戦闘経験があるものもいない。それが余計に萎縮している要因でもある。だが、それ以上に相手から感じる力の差というか、強者のオーラとでも言うのだろうか。なんとか周りの仲間を確認するが全員足が震えているのがわかった。しかし、ここで死ぬわけにもいかない。それに、この情報を俺達より強い彼らに伝えなくてはならない。

「マルキ! 俺達が隙を作る! 彼らに、フミト達にこの事を伝えに行ってくれ!!」

「は……はい!」

 この中で一番若い者を彼らの元へと走らせる。本来なら一人でも戦力が欲しい所だ。逆に彼らを一人でもいいので呼んできて欲しい所だ。だが、この魔獣がでてきたという事は他にも多く出てくる可能性が高い。後は二人を助けることが出来る可能性を少しでもあげようと考えてのことだ。

「いくぞ!」

 気合を入れた声を発すると2人がデーモンに向かっていく。だが、剣の突きと、左手の爪で二人が刺されてしまう。そしてその様子を見てしまっていたマルキはより足がすくんでしまい、動けずに居た。

「マルキ!! 急げ!!」

 マルキはその言葉を聞くと声も出せずに走っていった。

 残りの戦力は俺を含めて7人。

「2人ずつで右腕、左腕と両方を攻撃、一人は攻撃を受けることに専念、もう一人は攻撃。残り3人は正面から牽制! 行動急げ!!」

 二人を即座に殺され、萎縮していたが、メンバーはなんとか行動に移す。

「生き残ることが出来るのか……」

 厳しい戦いになりそうだ……。




 〜〜〜〜〜




「桜、ここからでいいのか?」

 俺達はミカ王子様を救出するために、王城南側にある調理室様搬入口にいた。ここを通る理由は南後宮に向かうために必要なことなのだそうだ。

「そのはずだよ。ここでおやつ貰ったことあるもん」

「おやつかよ……」

 ここの料理人達は気さくないい人達ばかりらしく、ダリアンさんとの訓練後、よくここで飲み物やお菓子等をもらっていたそうだ。兵士の訓練場は北側にあるのだが、桜を好奇の目に晒したくないという配慮なのだろうか、こちらにもある小さな練武場を利用して訓練していたと聞いた。ひょっとしたら、ここに居たからこそ、ミカ王子様と接点を持つことが出来たのかもしれない。それとも、ミカ王子様と繋がりを持たせたくてここでやっていたのかもしれないが。

「しかし、誰も居ないな」

「そうね。普段なら朝食の仕上がる匂いがしていてもいいんだけど。戦争だから今日は返されたとか?」

「桜もこの言葉を知ってるだろう、腹が減っては戦は出来ぬってな。だから、本来なら居なければならない。その点を考えるとこの状況はおかしい」

「そう? 簡単に進めて楽じゃないの?」

「簡単かどうかはわからないだろう」

「それじゃ、どうするの?」

「罠とわかってても行くしか無いだろうな。ミカ王子様の消息もわかってないからな」

 搬入口から侵入するも、全く人に出会うことがなかった。ティアとナイア、メルトヒルデからも人の気配さえ無いと言う報告が来ている。だが、なにか違和感はあると言っているので、確実に罠なのだろうと判断する。だが、ここに王様と王子様が居るのは3日前の目撃証言があるため、それを信じて進むしか無い。その目撃証言の信頼性は正直なんとも言えないが、現在得ることの出来た情報と、本隊が来る前に助けださなければならないと言う時間的猶予を考えると行動せざるを得なかった。

 王城内の端のルートを使い、南王宮までつながる渡り廊下まで来る。障害物がないため、そのまま進んでいいものか一瞬迷ったが、弓や魔法に寄る襲撃だけを警戒し、進むことにする。

 しかし、何も起きずに南後宮まで入ることが出来た。しかも、南後宮の入り口の扉も鍵が閉められておらず、意図も簡単に入ることが出来た。その上、罠と思えるような物も配置されておらず、逆に不安になってきた。

「2階の奥から2番目だったよな?」

 ミカ王子様が囚われているとされている部屋がその部屋だ。その為、入口近くにある階段を駆け上がり、2回通路に辿り着く。しかし、王宮というだけあって、調度品や美術品等の質がかなり良い。生前の美術館の中に展示されて居るような見た目の美しいい物から、奇抜なものまで色々な物が等間隔の台座に置かれていた。

 美術的価値を正直わかっていない俺だが、警戒しつつ歩いているメンバーの中、レンティだけがずっとその調度品や美術品を凝視しているのを見た時、どうしたもんかと一瞬頭を悩ませた。

 搬入口からと同じように、人の気配もなく、何事もなく目的の部屋の前にたどり着く。

 扉に罠がないかチェックするも罠の形跡がない。だが、念の為に扉を開けて飛び退く。扉は軽く開き、矢が飛び出たり、何かが落ちてきたり、スイッチが入るような音も何もなかった。

 問題無しと判断し、剣を抜きつつ全員で内部に突入する。入った部屋は応接室の様な作りで、低めのテーブルとソファーが向かい合い、窓際にも円形のテーブルと椅子が2組置いてあった。だが、人影はなく、ここにミカ王子様が居るのか疑ってしまった。だが、その疑問はすぐに溶ける。右奥に一つ扉があったのだ。応接室の隣には主用の部屋や準備室、寝室などがあってもおかしくないだろう。そちらに居ることを考え、同じように罠をチェックしつつ突入する。

 内部には大きな天蓋付きのベッドが一つあり、そこに誰かが寝ているようだった。

「ミカ王子!!」

 桜がベッドに駆け出して向かっていく。恩義がある人だと言っていたので、やはりずっと心配だったのだろう。俺達もそのまま桜について歩いて行こうとした途端、桜に異変があった。

 大きめのベッドであったため、前かがみになりながらベッドに乗り上げ、王子様の表情を確認しようとした所、突然腕を掴まれたのだ。

「え?」

 そう桜が言葉を発した瞬間、事は起こった。

 その起き上がった人の首がゴトリと落ちたのだ。

 首を切った者、その犯人は素早く桜と反対側に走り込んでいたメルトヒルデであった。

「おい!!メルトヒルデ!!」

 他のメンバーも全員が息を呑む音が聞こえた。ミカ王子を助けに来たはずなのに、殺してしまった。しかも、話をする前に意図も簡単に首を切り落とす。これはこの国の人達に、開放義団のメンバーになんて言えば良いか。最悪俺達はこの国から指名手配されるだろう。さすがに戦争犯罪人として先に処刑した等言う事などは出来ないだろう。それに、そんな事はそこに居る桜が許すわけがない。なんて詫びれば良いか悩みつつ口を開こうとした瞬間、桜から声が漏れた。

「誰?」

「へ? ミカ王子様じゃないのか?」

「こんなブサイクじゃないわよ」

「なに? それじゃ、誰だよ」

「変身前は楽」

 最後にメルトヒルデから一声かかった。

「変身って……、まさかこいつは!?」

「そう。デーモン。楽々」

 クルクルと喜び回りながら答えるメルトヒルデ。だが、回転していた時、片足がベッドに当たり、バランスを崩して転倒してしまう。

 ベッドから降りてきた桜の手には一瞬驚くものが持たれていた。デーモンに返信する前の男の腕、肘から先を持っていたのだ。だが、メルトヒルデと桜の切る方向が良かったのか、全く返り血が付いていなかった。

「ミカ王子は何処なの?」

 そう言うと、何事もなかったかのようにその腕を放り捨て、俺の方に振り向く。頼もしいというか、呆れるというか、ともかくその事について反応することが出来ずに、ただ単に次の行動を答えてしまった。

「俺が聞いたのはここだ。ひょっとしたら隠し通路みたいなものがあるかもしれない。2〜3人で組んで探してくれ」

 そう伝えて全員で探し始める。しかし、四半刻探してもそれらしい通路等は全く見当たらなかった。どうしたものかと悩んでいた所に廊下から足音が聞こえ始め、全員が隠れつつ臨戦態勢を整えることに。

 足音は走り疲れた様な重い足音であり、息も切れ切れの音が聞こえる。何処かから逃げてきた者か、それとも敵の陽動か。目で見て判断するまでは念の為に敵対行動として対処する。

 扉が無造作に開かれ、息が切れた声でその者は叫び始めた。

「フミトさん!! 王子様はここにいません!!」

 その者は開放義団の戦闘部隊に居た一番若いマルキと言った青年だった。

「ゲームの中ボスが、この次何処にいけば良いか教えてくれるのってとっても親切設計ね……」

 桜のこのつぶやきに対して俺は頷くこと以外出来なかった。




 マルキからによれば、どうやら意図的に情報を流し、俺達をおびき出して始末しようという事なのだろう事がわかった。単純に手のひらの上で踊らされていたと言う事なのだろう。本来ならここで桜は負傷、良くて戦線復帰できない怪我等を追わせている予定だったのかもしれない。そう考えるとベール=アンティカイネンの思惑通りに行っていないのだろう。それとも、おもてなしの用意が終わってないから時間稼ぎというのも考えられるが。

 それと、ミカ王子様と現国王様の居場所も伝えられた。王城の謁見の間に移動されたとのことだ。誰からの情報かと尋ねると、戦ったデーモンから伝えられた情報らしい。ひょっとしたらこちらのデーモンもそれを伝える役目があったのかもしれない。どうやって言おうか、色々と考えていたのかもしれないと思うと、少し居た堪れない気持ちになるが、メルトヒルデが何喰わない顔で首を傾げているので悩むことを止めた。

 オーシム達を助けに行こうかと考えたが、それを口にしようとした瞬間マルキから王様と王子様を優先して欲しいとのことを伝えられた。プライドの高いオーシムの事を考えると、むやみに手伝いに行く方が面倒事になるだろうという考えもあり、素直に従うことにする。あわせて、急がないと二人の命はないとも言っていた。急がざるを得ないだろう。

 しかし、この情報がもたらされると言う事は、俺達の存在が知られている、もしくはこの情報も偽物であり、誘導するものである可能性を考え、常時戦闘態勢で進行することにした。マルキは南後宮出入口までは同行するとのこと。現在北後宮に戻ってもどの様な状況になっているのか、彼らは無事であるのかは自信がない。だが、それでも行くと言っていた。オーシムは彼らのリーダーなのだからと。

 王城南後宮側出入口にたどり着いた時にメルトヒルデが全員を止める。

「来る」

 その声と同時に2階から剣と鉄の爪を持ったデーモンが2匹飛び降りてきた。

「やっぱり罠か」

 驚いたことに俺のその声にデーモンが反応した。

「そうとも言えないぞ。お前たちが探している人はこの奥だからな。今どうなっているかはわからんが」

 もちろん挑発だろう。こんな挑発に乗ってしまうわけにも行かない。だが、桜は違った。その言葉に動揺し、いかにも早く先に進みたい様な顔をしつつ俺をじっと見ている。

「あのなぁ……」

 そう言いかけた所で前と後ろから声がかかった。

「「フミトさん!! 私達が残ります!! だから先に行ってください!!」」

 その声の主はリーアとレンティだった。

「おいおい、居るかどうかわからないんだぞ?」

「でも、万が一居た時、そして手遅れだった時。私にはそれが心配です」

 リーアからその様な言葉が出てきた。だが、経験したとはいえ、非常に強い相手のデーモンだ。1匹でさえ本来手こずるだろう。

「だがな……」

「大丈夫です!! すぐに追いかけます!!」

 その声にはとても真剣な思いが込められているようだった。その為、俺はその声に押し負け、承諾してしまう。

「後からついてこいよ」

「はい!」

 行き掛けの駄賃に俺とメルトヒルデはデーモンにアイスランスを放ち、無理やり道をこじ開け進む。さらに通り過ぎた後には鉄の爪を持ったデーモンの右腕に2本矢が突き刺さっていた。

「すぐに追いつきます!!」

 その声を背に俺達は走りだした。



 〜〜〜〜〜



「リーア、やっぱりあの時のこと思い出しちゃうよね」

「うん。レンティが残ってくれて嬉しいよ。でも、絶対に護るからね」

「わかった。私も魔法で全力出すよ」

「出しちゃダメ。まだ先があるんだから」

「わかった。でも、リーアも次があるんだから、怪我はだめだよ?」

「うん」

 二人は顔を見合わせること無く会話し、そして笑い合っていた。2体のデーモンの覇気を受け流しながら。



 〜〜〜〜〜



「くそっ!」

「フミトごめん」

「いや、あの二人なら大丈夫だよ」

 俺のいらだちに対して桜から謝罪の言葉が来る。大丈夫だと思いたい。ただ、精神的に脆いところがあるのがわかって以来、凄く不安に思っているのもある。だが、あそこまで真剣な声、無下にするわけにもいかなかった。

 そして俺達は出来るだけ早めに事を終わらせるために駆け足で王城内を走っていた。シンプルな構造な王城であった為、大きな通路を曲がるまで剣戟の音が後ろから聞こえ続けた。

 大きな通路が途切れる所、中庭に入り、直進して横断しようとした所、またメルトヒルデから制止の声が飛ぶ。慌てて臨戦態勢を整えると、またもや2階からデーモンが飛び降りてきた。

 だが、今回のデーモンは今まで見たデーモンが2匹、長剣と長槍。それ以外に青白くてふた回りほど大きくしたようなグレートアックスを持ったデーモンが1匹現れた。

「フミト。ここは私が残る」

「メルトヒルデ!? 大丈夫なのか?」

「うん。この白いの戦ったことある」

 何処でだよって突っ込みたかったことだが、任せろと言うのだ。任せても問題ないのだろうと思う。だが、1対3は非常に不利になる。いくらメルトヒルデでも心配になる。

「誰か残そうか」

「それなら、アスドバルとアネトン」

「大丈夫なのか?」

「うん。逃げるだけならなんとか出来ると思う」

「二人は良いな?」

「「了解っす!!」」

「あんな一件があっても、お前らも仲間なんだ、生き残れよ!」

「「はいっす!!」」

 そう言うと、メルトヒルデが青白いデーモンに斬りかかりに行く。その隙に俺達は中庭を駆け抜ける。だが、そのまま通り過ぎるわけにも行かない。同じように一匹のデーモンにアイスランスを放ち通り抜ける。だが、俺が魔法を放つ前に矢が腕に刺さり、その隙に魔法が着弾したので槍を持ったデーモンは横腹に氷の槍が突き刺さっていた。



 〜〜〜〜〜



「アネトン、槍のデーモンの腕を両手の短剣で細かく斬りつけなさい。矢を穿たれた所を中心に。決して深追いはせずに斬ってはすぐに飛び退きなさい。アスドバル、槍のデーモンが体制を崩した時に一気に踏み込んで腕を攻撃しなさい。同じくすぐに飛び退くこと」

「「了解っす!!」」

 青白いグレートアックスを持ったデーモンを相手にしつつメルトヒルデは二人に命令する。そして二人はその行動を忠実に守りながら幾度と無く槍を持ったデーモンを攻撃していく。

 実際にほとんど傷ついていることはないのだが、微妙に傷を付けられそして、いらつきを貯められては飛び退いていく。さらに追いかけようとすると斧によって腕を攻撃され、痛みが増して行く。この様な行動のため、この槍のデーモンは3体で一気にメルトヒルデを取り囲み、攻撃するという手段が取れずに、メルトヒルデとしては有利な立ち位置を確立させていた。

 メルトヒルデも、その様子を背中で感じており、完全に信頼してと言うわけではないが、背中の心配をすることはかなり減る事になった。

「さて、フミトから貰ったこの剣。丈夫です。少々、本気で行く」



 〜〜〜〜〜



 謁見の間の扉を、罠の形跡を確認してから蹴り開け、そして壁に飛び退く。中から魔法の発動や矢による一斉射撃等は無く、ゆっくりと中を覗き確認すると、玉座に一人の派手な男が座っていた。

「ようやくたどり着いたか。勇者桜よ」

「ベール=アンティカイネン! ミカ王子と王様はどこ!?」

「裏の壁面を見てみろ。そこに居る」

 玉座の裏にある壁の2メートルほど高い所に王様と王子様と思われる身なりの綺麗な男性が二人磔のようにされていた。両足をまとめて白っぽい何かで留められ、腹、両腕、そして首にも同じようなもので留められていた。

「桜!! 私達は構わない!! 逃げてください!!」

 壁に磔にされている若い方の男性から絶叫に近い大きな声が届く。

「ミカ王子!! ベール!! 二人を下ろしなさい!!」

「勝手に助け出せば良い。だが、邪魔はさせてもらう」

 そう言うと、部屋の両隅から挟み撃ちのような形で黒いデーモンが現れてきた。

「そうそうこの拘束具は魔力で出来ている。フミト、お前が切ったデーモンの角並に二人を拘束しているものは固いぞ」

 何故俺がデーモンの角を切り落としたことを知っているのか気になったところだが、切ることも取り外すことも難しいという事なのだろう。二人を救出して逃げ出すという事は難しそうだ。

「まず殲滅する! 桜は右から、ナイア、ノンナ、サポート頼む。ティアと俺は左のをやる」

 挟み撃ちだが、やることは変わらない。ユーベルの時と比べて人数が多い上に既に戦いの経験がある。相手が強敵だとは言え、そして桜の目標が既に目の前にあるという事で、物の数分で両方を屠ってしまった。

「フミト、君との戦いは私の中で最上位に入るくらい楽しいものだった。それを再度確認させてもらったよ。桜も十分楽しめそうだ」

「どういうことだかわからんが、もうお前だけだ。王様と王子様を開放するのなら命だけは助けてやる」

「フフ、君たちとの戦いがこんなに楽しみで仕方がないというのに。さて、私も本来の力を取り戻すとしようか」

 そう言うと着ていた衣服を剥ぎ取り始める。まさかと思った瞬間、赤黒いデーモンへと変身して行った。そして、玉座の後ろの壁にかけてあった大きなウォーサイズの様なものを手に取り、こちらを向く。

「さて、私だけで君達をもてなすには少々自信がない。なので、頼れる仲間を用意した。そちらも楽しんでおくれ」

 その言葉と同時に俺達の右側の石壁が大きく崩れ、首が長いトカゲのような魔獣が現れた。




2週間お待たせいたしました。おまたせした理由はこの後なんとなくわかるのではないかと思います。

後書きも短めに。

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