王都東戦前
王都東戦前
「すまん。今のは本音も混ざってるが、とりあえず冗談だ。城の侵入経路や兵士の場外への誘導、他には細かい援助を頼みたい」
先ほどの言葉に衝撃を受けたオーシムは、俺がまともなことを言ってもまだ、口がふさがらなかったが、顎が外れた人が無理やり治すような仕草をしてからようやく話し始めた。
「ああ……、すまない。その言葉で思うところがあるのだが良いか?」
「どうぞ」
「勇者様、それとフミト、君たちだけで王城に侵入しようというのか?」
「あまり大人数で行っても目立つだけだろう?潜入して助けだすには少人数での行動のほうが良い」
「それもそうだが、俺達だけで王城で待機している兵士、多分200人はいるだろう。それを全員相手にしろと?」
「それについては問題無いだろう。もう少しすればその兵士、多分少なくとも半分、多ければ7割ほどは城から居なくなるはずだ」
「どうしてそれが言い切れる」
「知ってて言わないのか、本当に知らないで言わないのか。いや、前者かな」
「なるほど。まあ、あんた達の国だからな。知らないわけがないか」
「そこから来たんだから」
「それもそうだな」
どうやら俺とオーシムの二人にしかわかってない会話。ナイア、メルトヒルデ、ティア、レンティと、相手の2人程には理解出来ているみたいだが、よりはっきりとさせるためにその内容を口に出すことにした。
「もう攻め込んできてるんだろう?蒼玉の国、アルベルト率いる兵士約3000程が。既に北ルートの半分くらい来てるんじゃないのか?」
そう言うと、その場に居る他の人達にも驚く声が上がる。俺が見繕った数人は何も反応しなかったが、相手方にはかなりの動揺があったようだ。一人ノンナだけ、「あー」と軽い声を上げているのは気にしない方向で。
「だから、幾つか陽動、火事なんかが良いんだが、後は魔獣が襲ってきたというオオカミ少年方法とかでどうかな?」
「オオカミ少年?」
「フミト、それこの世界の人知らないでしょ」
「おおぅ……まあ、虚言による誘導だな」
「なるほど」
桜のツッコミが入るまで、素で忘れて話してしまっていた。それに類する童話はあるのは記憶にあるが、どんな名前だったか忘れてしまったので、端的でわかりやすい説明に。
「こっちの戦力は正直ここに居るメンバーと馬車の所に2人、それだけだ。だが、まとまっている時の火力はそうだな、小型のドラゴン、このくらいは倒せるだろう」
「ドラゴン!!ほんとうか!!」
「多分行けるだろう」
「それはすごい!!」
この言葉を聞くと相手側はもう騒然となってしまった。チェーリアも、姉の敵や、畏怖が混ざった表情をしていたのが、ほんの少しだけ尊敬が混ざっているような表情に変わっていった。そのチェーリアの表情を見た直後、俺の脇腹に鋭い激痛が走り、なんとかうめき声を出さずに我慢する。
「フミト! そんないい加減なこと言って良いの?!」
桜からだ。相手には聞こえないくらいの小さな声で話しているつもりだろうが、先ほどの静かな会議であったならば、聞こえてたかもしれないくらいの声にはなっていた。鎧を着ているはずなのに痛みを感じるとは、かなり強く肘による打撃を入れたものだ。それとも、この位やらなければ痛くならないだろうと本気で打ったのかもしれないが……。
「まあ、嘘は言ってないと思うよ……。シャウナブル山に居る小型のドラゴンなら倒したことあるけど、1匹なら余裕だと思うよ」
「うちらってそんなに火力あるの?」
「そらね。桜が居ない時でもグリフォンは倒しただろう?」
「そう言えばそうね」
「それに、部外非の武器もある。この武器ならば多分表皮の硬い部分の隙間を付けばドラゴンには傷を付けることが出来るだろう」
「ふーん、そんなに硬いんだ」
「まあね」
とりあえず納得してくれたようで、桜は話すことをやめてくれた。
実際ドラゴンの鱗は本当に硬い。鱗のあるドラゴンと戦うための基本戦術は、鈍器で一箇所を執拗に攻撃し続け、鱗が剥がれた所から徐々に切り傷をつけていく。これが一番の方法だ。鱗のないドラゴンでも、表皮が部分的に硬化している品種もあり、シャウナブル山のはどちらかと言えばそちらの方だ。鱗のあるドラゴンには残念ながら遭遇したことがない。俺が生を受ける前であれば極少数居たと資料に書いてあった。ただ、ドラゴンの鱗を扱える職人なんてこの国では皆無な為全然流通していない。ひょっとしたらあの3人の爺さんなら行けるかもしれないが、流通して無ければ試すことも出来ない。その為触ったことさえ無いだろう。
オーシム側がふと騒がしい事を思い出し見てみると、グリフォンと言う単語だけが聞こえたようで、更に盛り上がってしまった様だ。
「グリフォンを倒した?!ひょっとしたら赤い英雄、それは君のことなのか!?」
オーシム側の一人の男性、それがリーアを見ながら興奮しつつ大きな声で叫んでいた。
リーアはその言葉を聞くと、耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。それも仕方がないだろう。リーアも忘れたかった過去がいきなりこんな場所、しかも敵国の首都というかなり離れた所で聞かされてしまったのだから。ひょっとしたらもう一つ恥ずかしい二つ名の方を言われてしまうのかとヒヤヒヤしてしまっても居るだろう。おっぱい勇者と……。
だが、その仕草が謙遜として映ってしまったのが悲劇の始まりだ。口々に赤い英雄様だ、英雄様が来てくれたんだ、英雄が来たという事は摂政を倒してくれるだろう等、どこぞのヒーローみたいな扱いになってしまっていた。後で聞いた話なのだが、赤い英雄の話は単純に一部の人が知っているだけでなく、西区の子供たちにも今は広がりつつある話しだそうだ。なんでこの話が広がっているかというと、俺達がグリフォンを討伐して戻ってきた日、たまたまこの開放義団のメンバーが情報収集として、ユーベルが居たと言われていたケイトウに潜入し、情報を探していたそうなのだ。潜入中にリーアの赤い英雄譚をいくつも統合し、開放義団員向けの話に組み上げたのと、子供向けに作り替えたものと両方が広まっているそうだ。
ちなみにどんな話になっているのかと聞いてみたかったのだが、その話を出した瞬間、リーアが凄く大きな声で拒絶したので断念することに。
リーアの赤い英雄と言う話が伝わっているおかげでその後はすんなりと交渉は進行することが出来た。
開放義団側の役目として、王様や王子様の囚われている可能性のある場所を導き出す役や、碧玉の国防衛隊と、蒼玉の国アルベルト隊がどの位置に居るか、勝敗はどうか等の情報収集の他に宿と食事の手配をしてもらえることになった。
もちろんタダでというわけではない。馬車に載せていた魔獣の素材や食料となりうる肉等は全て提供することに。そして、俺達以外にも戦闘部隊の様な物を組織しているので、王城に侵入する事を一つの部隊に任せたいと言う事だった。その戦闘部隊のトップだと言う者の腕前を見るために廊下でアネトンと戦わせて見ることになった。だが、僅差でアネトンの勝ちと言う状態だった。アネトンやアスドバルはアグリーバッグにメッタ打ちにされて以来、俺が毎日戦闘訓練をしてきた。夜間歩哨中も見回りするタイミングで気配を消した夜襲を二人に仕掛けたりと、色々な事で戦闘訓練してきた成果が出てきたのだろうが、今回勝つとは思っていなかった。
だが、その程度の腕前だという事で、断ることにしたかったが、断固として拒否され、受け入れなければその他の事も協力は出来ないとまで言われてしまい、受けざるを得なかった。
その戦闘部隊にはオーシムも混ざっていたので、本番時に頭が居なくなる方が問題だろうとも伝えたが、このタイミングでなければ国をひっくり返すことは出来ない。良い方向に改革することが出来ないと熱弁され、結局折れる事に。
翌日の朝から俺達は訓練を開始する。午前中は俺達パーティーのみの訓練にあて、午後はオーシム達との合同訓練となった。
午前中の戦闘訓練では、全員がメルトヒルデと1対1でまず戦うことにした。剣だけでも多分このパーティーでは最強の人物と戦うことは、経験だけでもかなり有効になる。メルトヒルデと戦っている者以外は各々相手を見つけて戦闘訓練をしている。ノンナとリーア、俺とティアとナイア。意外な所で桜とレンティが組んでいた。
桜がレンティと一緒に居る理由は、自分の知らない魔法を教わろうという事だ。ただ、レンティは頭に入っているものを口頭で説明するのに苦労し、結局教科書がわりに俺の既に書いている羊皮紙をバックごと持って行く事に。何枚かあったのと、数枚桜が覚えて損しないだろう魔法を羊皮紙に書き渡しておく。安い羊皮紙はまだまだ在庫があるし、1枚の4分の1程度で魔法が発動できるため、予備は多めに持っていたので、それにレンティが追加しつつ、メモ帳にもしつつ消費されていった。
「フミトさん、これなんです?」
レンティから一枚の呪文が書かれた羊皮紙を持って小休止している俺の元に来た。
「あー、これか。魔法を作ってみようかと思って書いてみたんだけど、発動しなくてね。マルビティンの恩師にも見せたけどわからなかったんだよ。お手上げ状態のやつ」
「どういう効果を目的としたやつなんですか?」
「魔法を打ち消すやつかな」
「どんな魔法もですか?」
「どうなんだろ?一度も発動できなかったからねえ」
「そうですか」
桜もキラキラした目で話を聞いていたが、二人してふてくされた顔をしながら戻っていった。
午後、昼食後にオーシム達が訓練に混ざってくる。午前中では俺達全員は実戦武器での訓練をしていたが、オーシム達に合わせて木剣を用意してもらっていた。
こちらはその木剣で、相手は実剣でと言う状態でも相手にならず、全体のレベルを上げることがかなり大変だった。実戦形式で戦い、無理矢理にでも戦いを仕込んでいく。実行日時はもうすぐそこなのだから。
集団戦形式と、1対1形式、2対2形式で何度も何度も倒れては起き上がらせてまた戦い、倒す事をした。単なるいじめにしか見れないかもしれないが、相手はこの国を守ろうとしている兵士だろう。仮定でしか無い事だが、例のデーモンが出てくる可能性もある。その時出来るだけ生き残る可能性を上げたいと言う事でここまで厳しくしている。もちろん、アスドバルとアネトンはもっと厳しくしている。桜が居るという事で、こちらの方が遭遇確率は高いのだから。
「フミトさん!ありました!」
訓練の少し休憩してる時に俺を呼ぶ声がかかる。開放義団のメンバーで情報収集役を行なっている一人の若い男だった。
「おお!!あったんだ!!」
「すません、身なりは良くして行ったんですが、ちょっと多く取られました」
「いや、1枚でもあれば凄く助かるよ。ありがとう」
俺がその彼に頼んだ事は、羊皮紙を探してもらうことだ。現在高級羊皮紙、最高級羊皮紙が1枚も無い状態だ。完全に使いきってしまい、高火力の魔法や治癒精度の高い魔法が現在使えない状態だった。普通の羊皮紙でも切り傷や火傷なら治すことができるが、生きるか死ぬかの戦闘の場合に切り傷で済めば良い方だろう。治癒魔法が使えるのがリーア、メルトヒルデ、桜の3人だが、この3人も普通の羊皮紙と同じレベルまでしか治すことが出来ない。しかも桜は覚えたてで、まだ発動に時間がかかる。高火力も、レンティが覚えてきているが、グリフォンを落とした時に使った魔法をまだ唱えることは出来ないだろう。
「高級羊皮紙1枚と、最高級羊皮紙1枚です」
「助かるよ。ありがとう!!」
「しかし、探し回りましたよ。この国ではそんなに良い物滅多に使わないですからね。一番安いのはいっぱいあったんですけど」
「だろうね、マルビティンかリモ以外では王都くらいしかそんなに見かけないからね」
実際オルティガーラでも探してもらったのだが、結局1枚も無く、途中のオアシスの街アイルでも幾つか店を探してみたが見つけることが出来なかった。元々商会でしかほとんど使われることのない羊皮紙、その用途も記録用や伝達様に使われるのがほとんどなので、使用後破棄されるものも多く、安いもので十分だったのだ。高級なものを必要とする場合は魔法書を作る時、それ以外では街や貴族などが長期保存用の資料を作る時以外ほとんど使われることがない。そんな中高級を1枚、それに最高級も1枚見つけてきてくれたのだ。多少高くても気にしなかった。実際は小金貨5枚渡したんだけど、その殆どが戻って来なかった。使われたと言う事は無いだろう。無いと思いたい。
「オーシムさん!! 本隊が戻ってきます!!」
どうやら訓練期間は終わってしまったようだ。
「報告を頼む」
訓練を終え、主要メンバーを全員打ち合わせ室に集め、報告を受ける事に。
「現在、本隊約800が王都東にて防衛線を張っています。アルベルト卿の部隊は約2500、防衛部隊から約半日の地点で待機中です」
「そうか! それで、アルベルト卿はどの様な返事をしてくれたのだ、会えたのだろう?」
「はっ! フミト様を一発殴っておいてくれとおっしゃられました!!」
その言葉を聞いた全員が、能面みたいな顔をし、一斉に俺の顔を見てくる。
「フミト、どんな文面書いたのよ……」
呆れた顔をしながら代表でティアが口を開いた。
「こっちの国の人が行っても絶対信用してくれないだろ?だから、俺しか知らないことをちょちょっと書いただけだよ」
「報告の初めにこんな事を言ってくるって、相当な事書いたんじゃないの……?」
「まあ……ね……」
グランサッソの一件以来、腰痛は大丈夫か?それに行軍中のお相手どうしてるんだ?の様な事英雄扱いされ、更には貴族様となった相手にこういう事書けるのは深い知り合いぐらいしか無いだろうと言う考えにおいて書いたのだが、ちょっとやりすぎた様だ。
「あわせて、ダグラス様も大笑いなさっていました!
「そう……。詳細お願い……」
「はっ! 元々1000ほど残っていたラス・ダシャン残留部隊を中央突破で敗走させ、その時点での捕虜が約150ほどだそうです。中間地点辺りで再度戦闘になりそうだったそうですが、にらみ合いの後、戦わずに引いたとの事です。そして2日ほど前に今の地点にたどり着いたとお伺いしました」
「それで、戦端が開かれるのはいつの予定だ?」
「はっ! 連絡がとれたので、明後日にするとの事です!」
「そうか。わかった。皆も聞いたと思うが、明後日に城の北、南の後宮に潜入する。だが、戦端が明日開かれれば、それに合わせて潜入する事になる。各自いつでも潜入できるように準備をしておいてくれ!」
翌日、いつでも潜入できるように朝から準備して待機する。待機場所は用意された宿ではなく、会議した建物の一室を借りていた。報告は全てオーシムの元に来るので、すぐに行動できるようにという配慮をしてもらった。
早朝からずっと待機しているが、結局昼過ぎても戦端が開かれることはなく、ただただ待ちぼうけをするだけになってしまった。
夜襲と言う事も考えられるが、攻めこむとすれば碧玉の国部隊の方だろう。だが、約3倍の兵士相手に、しかも油断してない部隊相手に夜襲を仕掛けても逆劇を喰らうだけだろう。だが、最悪夜襲という事も考えられるので、すぐに出られる様に準備してから寝ることにした。
鎧のまま寝ようとしている所に相談を受け、答えていた時に言われた一言だが、鎧のまま寝るのって凄いですねと。冒険者であればやれて当たり前の行動。街の外に出ればいつでも死と隣合わせの状況なのだ。そして明日はその死を与えに行くか、迎えに行く事になるのだと。その覚悟が無いまま今日まで過ごしていたのかと少し悲しくなってしまった。
そして翌日の早朝、開戦の報が入る。
今回少なめになってしまい申し訳ございません。
それともう一つお断りを。来週の更新が私事で更新することができません。申し訳ないのですが、少しお待ちいただきたいと思います。
そして、出来るだけ間に合わせるようにしますが、再来週の月曜日の更新も出来るか少々自信がありませんので、こちらも先にお断りをさせて頂きます。