碧玉の国
碧玉の国
北部は人類未到達地域と、国土の一部を占める魔獣の森。南は蒼玉の国にある広大な魔獣の森と砂漠地帯、西には大きな山脈、厳しい自然環境と魔獣達に囲まれた国。
国土自体は蒼玉の国の5分の1程度でしかない。その国土の3分の1は砂漠地帯であり、街は3つしか無い。
王都ドラケンスバーグと、国境の街ラス・ダシャン、そしてオアシスの街アイル。王都ドラケンスバーグ付近には魔獣が少なく肥沃な大地が広がっており、人口の多くはこの街に集中している。国境の街ラス・ダシャン付近も肥沃な大地ではあるが、北の魔獣の森が近いため、そこまで多くの土地を利用することが出来ない。だが、すぐ近くにある砂漠地帯との境目には魔獣が余り来ないため、ここで大規模な牧畜を行なっている。穀物等はドラケンスバーグ、肉などのタンパク質はラス・ダシャンからと言う2箇所で交易しているようなものだ。その為、富の集約は著しく偏り、貧富の差が激しい事で問題が起きている国でもある。
ドラケンスバーグとラス・ダシャンまでは、直線距離ではさほど無いのだが、水場はあるが多くの岩等で荒れた土地なのと、整備するにはゴツゴツしすぎている場所な為、整備された街道であれば10日で済む距離であるところが、実際は17日かかってしまう。一般的な商人は、多少苦労するが、南ルートの砂漠越えをすることが多い。こちらであれば、何もなければ14日で済むことが多いからだ。
ただ、魔獣は基本砂地の魔獣、サンドリザード等砂漠特有の魔獣が多いため、北ルートの荒地地帯より強く、凶暴な魔獣が多い。その為、こちらの商人は冒険者ではなく、私設兵団を持っている場合が多い。その為、あまり冒険者ギルドは発展しておらず、各々の街に1店舗存在しているのだが、荒廃が進んでいるとも聞いている。
オアシスの街アイルが商人や兵団員達の宿代や食事代以外での通貨獲得は、水もあるが、それ以外には食料品である。こんな荒地で取れる食物は無いのに、食料品と言うのは、魔獣の肉が取れると言う程度ではなく、生産地と比べれば大した事はないが、もっと大規模に通貨を獲得できている。それは、穀物、肉類、植物等関係無く、乾燥させ、長期保存に適した物を作れるという事だ。この街のこの商売を専門に行なっている商会もいるので、仕入れては乾燥させて商品に仕上げ、仕入れと入れ替えで販売する。
国土の3分の1が砂漠地帯になっている理由だが、火と風の精霊が強く、水と土の精霊の力が弱いと言う事にある。しかし、アイルでは逆にそれを利用した長期保存に適した乾燥食材が通貨獲得手段となっている。
桜の案内で、オルティガーラ南西の、先日戦争を行った地域へ向かった。
まだ遠くから見ても、草地が踏み荒らされ、さらに点々と黒く変色している場所が見える。
既に、全ての遺体をオルティガーラ近くまで運んであり、今頃は敵兵士、味方兵士とを区別し、味方兵士の遺体は洗浄し戦没者用の墓地へ埋葬され、遺品と頭髪をまとめて家族の元へと送る手はずとなっている。そして、出身地毎にリストが作成され、遺品と同じタイミングで見舞金を送られる事になっている。冒険者に関しては酷いことだが自己責任となる。一応冒険者ギルドから家族の元へと小額のお金を渡すことにはなっているが、初めにお金を渡しているのがその理由の一部であるので、周りから文句が出ることはなかった。
敵国兵士の遺体は武器防具を剥がし、使えるものは使い、直せないような物は潰して廃棄もしくは鉄の部分は再利用にするために集められた。遺体に関しては、全て一箇所の集合墓地へと入れられる予定であり、名前の解るものを所持している者は名前が書かれ、わからないものはその他何名と言う形で書かれる事に。
ここまで戦死した兵士達に配慮しているのは、自国兵士に関しては救ってくれた恩というのもあるだろうが、まだ魔獣達に君臨されている世界での信頼できる仲間と言う点が大きいのだろう。攻めこんできた敵国兵士に関しては、戦争終結後にこの費用を請求するからである。更には、この惨劇を風化させない為に大きなモニュメントにしたいのである。実際、これで2個めになるので、何処まで効果があるのかわからないのだが……。
もう一つ、いやらしい話ではあるが、味方兵士家族や平和になった時の敵国兵士家族相手のお墓参りと言う点も狙っている。人が動けば物が動き、物が動けば金も動く。汚いと言えば汚いが、いざとなった時に受け入れ態勢が整っていなかったり、墓地が荒らされていたりしたらそちらの方が問題である。前もって費用を捻出しておき、年間来人数を算出しておけば、長い目で見ればプラスになるであろう。
以上の事柄で、戦後の処理は既に終わらせてあるの。その為、遺体が散らばっていると言う事はない。だが、血の匂いに誘われ、魔獣達が集まってくるという事も考えられる。だが、運良く今の所、遭遇することはなかった。
「凄い戦いだったんだね……」
桜が思わず立ち止まり、この状況を眺め始める。
「両方あわせて約8000人だったんだ。それなりの被害があっただろうな」
「想像つかないよ……」
桜はその場で立ち止まったまま、思いを馳せてしまった。メルトヒルデを除く俺達はあまり眺めていたい光景ではなかったのだが、この先を案内してくれる桜がこの状況では動くことが出来ず、とりあえず待つことにした。
「フミト達はよく生き残れたね」
「なんとかね。俺は対魔獣の乱戦を幾つか経験しているし、彼女たちも連携さえ取れればそうそうやられることはないと思うよ」
「そう、強いんだね」
「桜だって、1対1ならそうそう負けないだろう?」
「フミトのせいで自信無くなったけどね」
「あれはたまたま俺の武器が良かっただけだろう。今は同等な武器だろ、俺が勝てる要因なんて一つもないさ」
「ホントかなー?」
「一応俺の本心だよ」
「でも、複数相手だと多分無理」
「その辺はメンバーを頼ってくれて良いよ」
「そうだね。私だけじゃ何も出来ないから。お願い」
「しおらしい桜はなんか気持ち悪いな」
「うるさいわね!」
そう言うと俺の尻を蹴り飛ばしてくる。しかし、鎧があったおかげで、蹴った桜のほうが痛かったようだ。
「もう!!」
俺に痛みを与えること無く、そして自分だけ痛かったという事が桜の気に触ったのだろう。頬をふくらませながら先に歩いて行ってしまった。
現在の戦闘時隊列の相談は終えており、決まっている。訓練はしていないが、この中で問題があるとすれば桜だけだが、彼女も冒険者活動をしていたのだ。そこまで隊列に関して気にする必要な無いだろう。
先頭が2人、左にリーア、右にメルトヒルデ。2列目に左から、俺、桜、ノンナ。3列目に左からティア、レンティ、ノンナ。4列目というか戦闘中後方索敵要因と言う名の雑用としてアスドバルとアネトン。この様な陣形になっている。リーアを左にしたのは右が狭い状況でも対応できるように成長してもらうためだ。メルトヒルデは元々前衛であれば問題なしと言う戦闘バカなので適当に。2列目は完全にアタッカーとして殲滅役。3列目は弓や魔法による補助、そして掃討役である。最後尾にナイアが配置されているので、レンティやティアに向かう攻撃はもう殆ど気にしなくてもいい状態になったのがこの陣形で一番のところだろう。ノンナでも良かったのだが、戦闘中後ろで戦う事が出来無かった時の顔がいつもぶすっとしていたのを覚えていたので2列目に。しかし、人数も多くなったからというのもあるが、このメンバーであればグリフォン5匹は平らげることができそうな気がしてきた。防御特化と言うより、前回のダグラス達のパーティーに負けないくらいに火力特化して居る様に思える。アスドバルやアネトンが使えるようになれば、更に陣形は複雑に出来、対応力や殲滅力も上がるだろう。人類未到達地域でガシガシ稼げるくらいのパーティーになれるかもしれないと思えた。
だが、今は戦闘での隊列で行動しているわけではなく、アルドが手配してくれた馬車1台を中心としたパーティーのみの行軍陣形だ。一番前には索敵の出来るナイア・ティア・メルトヒルデの3人の内誰かが来て、その隣にリーア。馬車を操れるのがティアかナイアなので、二人は二人はほぼ一番前に近い当たりにいつも居ることに。俺とレンティは前と変わらず一番後ろに付き、その他は人数の少ない所に随時適当に散るというような形だった。
戦闘隊列での不安は、桜がどれだけ対応できるかが問題だ。対単体の個人的な戦闘力に関しては全く問題ない。まあ、桜も冒険者として活動してきたのだ。そこまで問題になることはないだろう。更に、これからは桜が生活していた国になるのだ。経験不足は俺達の方になるかもしれない。
ちなみにもう一つの不安がある。それはノンナである。ノンナは今この碧玉の国に行く旅でシザーリオに乗っていない。この先、王城に忍びこむことを考えると、何処かに馬を預けなければならない。この国でも馬は貴重品であるため、今借りている馬車は奪われてしまうかもしれないが、シザーリオが奪われてしまうことは致命的な事だ。その為、信頼できる預け先が無いため、ノンナにはシザーリオに一時的に降りてもらうことにした。ルブリン商会を通して、レーニアのフェスティナ商会に連れて行ってもらうか、オルティガーラ伯が預け先として名乗り上げてくれたので、そちらに任せても良かった。だが、丁度良くか、丁度悪くか、アルドに着いて行くダグラスの馬が居なかった。アルドは馬で行軍しているのに、ダグラスだけ他の兵士達と同じ徒歩。好感度は上がるかもしれないが、全く威厳が保てないという事で、ノンナが許可してダグラスに預けることに。実際、戦士養成所に居るので、馬の扱いは上手い。シザーリオと初対面の時、彼女も全く動じること無く、さらっとダグラスのことを乗せてしまい、ノンナが嫉妬したのは余談である。さらに、出発予定日前日までシザーリオとベッタリくっついていたノンナは幾人も目撃報告があったのだが、これも流しておこう。
一行はそのまま桜の案内でそのまま西の森に向かっていく。しばらく歩いていると、不自然に切り開かれている場所にたどり着く。位置的には王都北にある魔獣の森より更に北、ジャナクプル山より少し北にある地点にある、碧玉の国と蒼玉の国を隔てている森だ。この森は魔獣の森とジャナクプル山でほとんど途切れてしまっているため、強力な魔獣は出てこないと言う話は聞いている。
「ナニコレ?」
「ここ違うの?」
「いや、わかるだろ……」
「でも、私はここから来たよ? 国境はこっちからが良いんだって言われて」
「あからさまにダメだろ……」
「そうなの?」
「桜、海外旅行とか行ったこと無いのか?」
「無いよ? ハワイとか行ってみたかったなー」
まあ、海外旅行以前にこんな質問すること自体がおかしいのだが、呆れて脳が停止してしまい、そんな俺の出した言葉はこれが精一杯だったようだ。
「あのなあ、こんな所が正規なルートなわけ無いだろう……」
「えー?! ダリアンとかみんななんにも言わなかったよ?!」
「あのなあ……こんな所じゃ密入国と思いもしなかったのかよ……」
そう桜に言っている最中にふと頭によぎるもの。なんだとろうと考えていると怪しい移動商会、インサニティ商会の事を思い出された。彼らもここを使って密入国、そして盗品を持ち帰っていたのだろう。メインの街道からかなり離れた地点であり、今まで見つからなかったのは無理ないのかもしれない。
結局、頭を抱えながらこの道を使うことに。実際、正規のルートで碧玉の国に入ることになれば、俺達は問題ないかもしれないが、桜の足取りは掴まれてしまうだろう。可能性でしか無いが、桜には保護もしくは捕獲等の手配がされている可能性がある。ダリアンが桜を連れて逃げ出したことを考慮すれば、正面から乗り込むのは不味いだろう。まあ、その前に敵対国の人間がそのまま簡単に入れるとも思えなかったが。
しばらく道なりに進む。そろそろ昼時と言う辺りでアグリーバックに遭遇した。
「森の中なのに珍しいですね」
「そうだな。普通こんな所に来ることはないんだがな」
「それでどうしますか?」
「ナイアじゃなくて、二人にやらせてみようと思う」
「はい」
「アネトン! アスドバル!! やってみるか?」
「やりますっス!」
「やります!」
そう言うと二人は武器を持ちながら気合を入れてアグリーバックに向かっていく。1匹しか居ないのに。
「俺達は昼の準備をしているから、血抜きまで終わらせてくれ」
「わかりましたっス」
水場は期待できないと聞いていた。期待に答えるようにその水場には遭遇出来なかった。その為、馬車に載せていた水用の樽から水を汲み上げて鍋に移していく。砂漠地帯があると聞いていたのと、行ったこと無い場所のため、食材や水は多めに持ってきている。その為の馬車なのだが。警戒する必要がなければ、生前の映画の様に、馬車に揺られながら快適な旅等出来たかもしれないが、魔獣が多く居て人間の力がまだまだ弱いこの世界。のんびり一人旅など夢のまた夢の話だ。
今日の昼も、いつもの硬いパン、ティアの作ってくれたミソ汁、それとオルティガーラで少なくなったが融通してくれた果物。干した果物もあるが、こちらは生の果物が痛まない間に食べ尽くさなければならないので、後回しに。
良いミソの匂いが漂う。桜もこの匂いにはたまらないようで、さっきからティアの隣でずっと作っている工程を見ている。ティアの味見段階でも、横から物欲しそうな目でじっと見ているので、ティアがちょっと呆れながら味見をするように渡すと、目を輝かせたように喜び、そして飲む。やはり、美味しかったようで、変な踊りを踊り出すのだが、途中で恥ずかしくなったのか、微笑ましく眺めていた俺を蹴りに来る。理不尽だ。
「そーいや、あいつら遅いな」
たかだか1匹のアグリーバック。リーアの初実戦でもものの数秒で決着が付いた。だが、それより遥かに時間がかかっている。血抜きに手間取っているのかと思い、二人が見える所まで行くと、ナイアが一応見ていてくれた。
「優しいね」
「一応、監督責任がありますから」
「そう。で、どうなの?」
「今ようやく倒したところです」
「え?まだ倒せてなかったの……?」
呆れながら彼らが戻ってくるのを待っていたが、かなり呆れることがあった。その呆れることとは、二人が傷だらけだったのだ。だが、いい笑顔で戻ってくるので、怒る気にもなれなかった。
「おいおい……、アグリーバック10体とか居たわけじゃないよな?」
「1匹だけっす!! 強かったっすよー!」
「ナイア、ほんとに強かったのか……?」
「いえ、至って普通の個体でした」
実際どの様なことになっていたのか聞いてみると、初の実戦と言う事で、二人はどうやら緊張していたらしい。その為、アネトンは両手持ちのダガーなのは良いが、全然フットワークが使えず、何度も頭突きをされ、吹き飛ばされていたと。アスドバルも斧の振り下ろすタイミングが全然合わず、こちらも突進されて吹き飛ばされていたそうだ。呆れて手を出そうと思ったあたりに、ようやく気を入れ替えたのか、それともスイッチが入ったのか、ギアが噛みあったように連携することが出来、追い立てた後に一撃のもとに屠ったそうだ。とりあえず、予定通りに上手く言っているという事でよしとするべきか、初動を大失敗していることで怒るべきか……。
アスドバルの鎧は高い鎧そのままだったので、そこまで痛んでる様子は無かったが、アネトンはフットワークを活かすために、硬い皮鎧系の物にしていたので、逆に色々と傷が多かった。
小さな切り傷の他には打ち身ばかりだったので、リーアの治癒魔法で何とかなったが、もっとしっかりと訓練しなきゃダメかもしれないと思った。
3日ほどかけて森の道を通り抜けていく。途中でベアやボアと遭遇するも、売り払うと言うより食材にする目的で向こうが逃げ出そうとしても強引に狩っていく。国境の街ラス・ダシャンに寄れれば良いが、よれなかった場合はそのまま砂漠の街まで行かなくてはならないからだ。長期保存の効く食材を中心にしていたが、それ以外にもビタミン補給のために、長期鮮度を保てる果物も持ってきている。一番長持ちするのが一番美味しくないというのが悲しいところだが、栄養価的には高いの2日に1個くらいで食べることに。
遠目に国境の街ラス・ダシャンが見える位置まで来た時、ナイアから俺と桜を呼ぶ声があった。
「あれは、碧玉の国の兵士ですね。私達の戦いで逃げ帰った人でしょうか」
「そうみたいだな。桜、どう思う?」
「この距離からよく見えるね……。多分そうかも。街の歩哨と鎧の色がちょっと違う」
「そうか、それならちょっと行かないほうが良いだろうな」
結局、国境の街ラス・ダシャンに行く事は諦め、南ルートの次の街、オアシスの街アイルに向かうことにした。予想通りと言えば予想通りではあったのだが、初めて見る碧玉の国の街と言う事で、好奇心からの本当は見てみたかったと言う気持ちはなんとか抑えておく。
南ルートの砂漠地帯は多少歩きづらかったが、前世での灼熱の大地というようなイメージではなく、多少暑いが歩きにくい砂地と言うのが一番わかりやすいところだろうか。
「この砂丘はね、鳥取砂丘みたいなもんよ。行ったこと無いけど」
「無いのに感想言えるのかよ。まあ、俺も行ったこと無いけど」
「少なくとも東京住まいで行ける海水浴場にこんなサラサラな所無いよねー」
「伊豆の白浜がさらさらだったけど、そこよりは少し乾燥してる感じかな?」
「沖縄とか行ったこと無いの?」
「無いねー」
「私もなーい」
あの日以降、桜には出来るだけ話しかけるようにしている。彼女のために、彼女の気を紛らわすために話している。だが、話しているとどうにも馬が合う感覚がある。楽しいと思う俺。今の冒険活動も楽しいと言えば楽しい。だが、この楽しいという気持ちは生前の学生時代を思い浮かばせる。友人とバカやって教師に怒られ、テストに追われ、彼女が欲しくてたまらなく、友人に彼女が居ることが羨ましく、だが彼女を作るより仲間とバカやっている時のほうが楽しいと言う矛盾した気持ち。そして、初めての……。
妙に浮つき、そして沈み込もうとした瞬間、ナイアから警告が届く。
「サンドリザードと思われます。7匹」
「わかった!アネトン、アスドバルは馬車を頼む。他は基本戦闘体形で前進。メルトヒルデに桜、この敵の特徴は?」
「爪と噛み付きに注意して。あとはグイグイ噛み付こうと近寄ってくるの」
「桜ありがとう。メルトヒルデ、追加あるか?」
「横の動きは体を曲げるだけ。回り込めれば楽」
「わかった。リーアとメルトヒルデは2匹づつ引きつけてくれ。ナイア、ティアは1匹を弓で仕留められるかやってくれ。レンティは1匹は止めてくれ。桜はリーアのカバー、ノンナはメルトヒルデのカバーを頼む。残りの1匹はどういう動きをするのか戦ってみる」
歩きながら指示し、陣形を整えて行く。近づいていくと大まかな体形がわかってくる。大きな砂漠の砂に同化しそうな黄色系のトカゲだ。大きさは中型のワニくらいはあるだろうか。だが、頭の大きさはそれ以上であり、尻尾の太さも足の太さもワニより大きい。コモドオオドラゴンをもう少し頭を大きくし、口を広げた感じだろうか。今の所はノタノタとゆっくりと歩いてこちらに向かっているが、いつ速度を上げてこちらに突進してくるかわからない。初めて遭遇する魔獣というのはやはり緊張するものだ。
約200mほどでナイアとティアが矢を放つ。先頭にいる1匹の両足に矢が刺さり、動きが止まる。首を振りながら足を振っている所を見ると、感覚が鈍くなく、痛覚があるようだ。続けて2射目を放つと、目と喉に矢が突き刺さり、痛みに悶えながら転がる。3射目を放つと悶えた時に見えた腹側の胸辺りに矢が刺さる。3射目があたった後は次第に動きが鈍くなり、動かなくなった。
レンティは右奥のサンドリザードを狙い、スパイダーウェブを放つ。上手く範囲に入り2匹が網に絡み取られ、動けなくなる。
転げまわっている1匹と、後ろの2匹に目もくれず、残りの4匹はまっすぐこちらに向かって来る。多少足を早めたようで接近速度が上がる。こちらも、近づき攻撃を仕掛ける。
メルトヒルデは魔法で右から2番目に攻撃を仕掛け、2匹まるごと引き付けるつもりだろう。リーアと桜で1匹、そして俺が1匹。ティアとナイアなら前二人が攻撃を仕掛けている隙間から狙うことも出来るだろうから、俺がヘマしなければ完勝だろう。
左端に居る一匹目掛けて少し回り込つつ走り始める。どうやら俺の大きな行動はサンドリザードの目に付いたようで、端の1匹が俺の居る方向に向かってくる。
一気に速度が上がる。ウルフほどではないが、ボアの突進程はあるだろうか。意外と大きな体でこの突進は少し面を食らった。だが、すれ違いざまに左前足を切りつけ、機動力を削ぐ。痛みで大きく体をよじるが、怒りだろうか、またまっすぐ俺の方に向かってくる。俺に近づくと首を伸ばして足に噛み付こうとするが、軽くワンステップして横に避ける。だが、首がグルンと動き、俺の足に追尾してくるのが見え、慌ててカタナで頭を突くと、慌てて引っ込めた。ただ、これ以上の攻撃は特に無さそうなので、少し間合いを開け、こちらから突進する形でカタナを頭に突き刺すとすぐに絶命した。
仲間の方を見てみると、桜やメルトヒルデが経験者なので、俺より早く桜とリーアが倒しており、振り向いた時には接敵している最後のサンドリザードを倒した所だった。
倒し方としてはボアより突進が弱いのでしっかりと避けて、少しずつ傷つけていくと言う形が良いのだろう。今のパーティーは武器が良いので簡単に傷を付けることが出来ているが、レンティのローブに使われている素材がこのサンドリザードであり、腹側の鱗はレザーアーマーに縫い付け、スケイルメイルとなっている。下手な刃の立て方であれば、アスドバルやアネトンの武器では簡単に通ることはないだろう。
メルトヒルデの指示でサンドリザードの皮を剥ぎ、肉の塊に変えていく。内臓は砂の中に埋めるのだが、簡単に掘り起こされそうな気がしてならない。
サンドリザードの肉は鶏肉みたいな味らしく、あまり臭みが無いそうだ。基本この碧玉の国の中だけで消費してしまうため、俺達の国には入ってくることがない。この旅の間に食べることができたら良いなと思いつつ馬車に積み込む。
6日の行程中、結局魔獣と遭遇できたのは初日と最終日前日だけだった。
「ヘビ嫌いヘビ嫌いヘビ嫌いヘビ嫌い!!」
7mほどあるサンドバイパー2匹を目にした瞬間逃げまわった桜に関しては微笑ましい視線で見ることしか出来なかったが。
正直サンドリザードより攻撃する瞬間の動きが早く、そして口が大きいために剣一本で防ぐのはかなり危うい状態だった。上顎、下顎両方抑えない限り、どちらかが口の中に入ってしまい、そのまま飲まれてしまいそうだったのだ。対峙したはずの桜が逃げ出してしまったので、メルトヒルデに聞くしか無かったが、念の為に聞いておいてよかったと思う。リーアが一瞬食べられかけたのがその理由だが。
皮を剥ぎ、身をぶつ切りにしてから馬車に乗せる。水より食料品の方が多くなってきて少し不安がある。だが、あと1日でたどり着ける予定なので残量に関しては心配しなくて良さそうだ。
翌日、予定通りにオアシスの街アイルにたどり着くことが出来た。
砂漠の中にあるオアシスを基点にして出来た街。土壁の家と大きなオアシス以外特に何もない街だ。人々は疲れきっているのか、乾ききっているのか、座っている人が多い。だが、商人達は元気に馬車を動かし、汗を垂らしながら働いていた。
サンドバイパーや、サンドリザードの肉や素材を売るために、本来なら商会を通さなければならないが、冒険者ギルドも買い取ってくれる。その為、冒険者ギルドを目指すのだが。他の商会と比べて随分と小さくみずぼらしい。同じ組織なのに、ここまで国によって違うのかと思うと少し悲しい気持ちになってきた。
中に入ると、職員も3人ほどで、皆疲れた顔をしていた。やる気の無さそうな顔をしながら魔獣の買取の対応を始める。一人は書面、一人は馬車に向かう。そこで査定するのだが、少しおかしいと思うことが起きた。メルトヒルデから聞いていた金額より少し少ないのだ。想定売価を調べておいたので、その比率がわかったのだが、市場売価の3割程度での買取だったのだ。一般の商会では4割、フェスティナ商会では6割近く。その差を考えれば、かなり買い叩かれているのが理解できる。だが、普通に商会に持ち込んでも良いのだが、そうも行かない理由がある。それは俺達が蒼玉の国の冒険者だという事だ。査定前にギルドカードを確認されているので、その為足元を見られている。開戦している敵国冒険者の品を買い取る事は無いだろう。だが、なんとか3割5分ほどに上げてもらい、報酬を受け取る。
翌日出発するために市場に向かい、食料や水を購入する。食料が少ないと言われている碧玉の国のため、やはり食料は高かった。だが、それ以上に水が高く、今回の報酬が全て無くなってしまった。こんな状況だとお抱えの兵団を持ち、冒険者も育ちにくいと言うのがあるのかもしれない。
宿に向かうと、あまり良い宿ではなかった。古びたベッドに少し集めの布が一枚という雨風が遮られるだけマシと言わんばかりの宿だった。
夜、すぐに寝付くことが出来ず、宿の外にあるベンチで座って夕涼みをしていると、ティアとナイアが顔を出してきた。
「どうした、その表情は眠れないとかじゃなさそうだね」
二人は真面目な顔をしながら俺の隣に立っていた。座るように促しても反応することがなかった。しばらく静かな時間が続いた後、ティアが話し始めた。
「フミト、桜の事好きなの?」
あまりにも直接的な言葉で引きつった笑顔のまま固まってしまった。
ようやく隣の国にたどり着くことが出来ました。自分の構成の悪さなのか、ただ単に鈍筆なのかわかりませんが。
久しぶりに街の名前を考えてみると、意外と時間が取られてしまい、本文を考える時間がそこそこ減ってしまいました。
街の名前はもうおわかりでしょうが、一応名前をお借りしている場所に法則があります。初めは響きと使いやすさ、今回のは少々近しいものと言う形で探しました。