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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
77/83

新しい道と帰る道

新しい道と帰る道


 暇な時間を使い、二人の武器の扱いを確認することにした。

 予想通り、アスドバル、アネトンの二人共、まともに学んでいるわけではなく、自己流で適当に剣を振っているだけだった。やはり、先日の戦闘に参加させなくて間違いなかったと。

 基本的な振り方を幾通りか教えるのだが、いまいちぎこちない。いずれ成れるかもしれないが、ひょっとしたら苦手なだけかもしれないと思い、冒険者ギルドで余っている武器を幾つか借りてきて使わせてみる。

 まずアスドバルから使わせてみる。槍、短剣、斧、弓、金槌。どれも不器用で上手く使えてない。ただ、上からの振り下ろしに関しては力強く、比較的まともだった。

 アネトンも同じように使わせてみる。同じように上からの振り下ろしはまともだった。だが、一つだけ意外と様になっているものがあった。たまたま手持ちにあったダガーだ。

 二人に、何故上段からの振り下ろしが得意なことなのかと聞いてみた所、二人の家には風呂があったそうだ。毎日力を付けるために自分たちで薪を割っていたので、自然とその動きを覚えたのではないかという事だ。

 新人冒険者にはあり得ないほどの装備を最初から持っていたことを考え、しかも風呂を持っているという事を考えると、実家はかなり裕福な家なのであろう。そう考えるとなんで冒険者なんかになったのかさっぱりだが、せっかくの仲間だ。ナイアは完全に荷物持ちにしか見てないけど、俺はある程度成長して欲しいと考えている。

 そこでふと閃く。二人共一人前は中々難しいことだが、二人で一人前なら何とかなるのではないかと。

 アスドバルは長身を生かした打ちおろしをさせるために、斧か金槌での攻撃をすれば一撃でかなりのダメージを与えることができそうだ。アネトンは意外といい体形をしているので、フットワーク等を教えて小回りがきくダガー使いになればいいのではないかと思う。アネトンが追い込み、アスドバルがとどめを刺す。この方法を説いた所、二人は納得したようなので、アスドバルは徹底的に上段からの振り下ろしを反復させる。武器は斧が良いだろう。一撃もかなり強いし、多少違うかもしれないが家で使っているように近い形で使えるだろう。

 アスドバルが練習に入った所で、アネトンには俺も得意ではないが、無手の組手とフットワークを教えることにする。ダガー等は無手の延長線上に武器があると考えれば使いやすくなると思ったからだ。うろ覚えでしか無いが、中国の武術では、武器は体の延長線上の様な事を教えていると聞いたことがある。そして、刃が親指側に来る順手と、小指側に来る逆手両方使えるようになれば、攻撃、防御共にしやすくなると思う。

 数日かけて二人に訓練を施す。アスドバル自体はほとんど斧を振り下ろすことのみだが、突進してくる敵を避けつつ全力で振り下ろす等、色々とやれることはあるので、それを想像しながらやらせる。

 アネトンに関しては相性が良かったのか、どんどん吸収していき、無手に関してはすぐに俺と同等くらいになってきた。なので、今度は両手にダガーを持たせて攻撃させる。

 無手の場合とさすがにバランスが違うので重心が崩れていた。だが、次第に速度はまだ遅いが慣れてきていた。

 思ったより様になってきた辺りで、ナイアに呼ばれる。出発する為の準備を整えるためだ。

 二人に適度に練習を終えてから戻ることを指示し、ナイアとともに歩き始めた。




 悶々としながら呆けていると、朝を迎えてしまっていた。桜と飲んでから数刻、ずっと同じ場所に俺は座っていた。朝日が俺の顔に当たり、ようやくどれだけの時間が過ぎたのかを悟った俺は、ふらふらとオルテンシアの家に戻っていった。

「フミト(さん)!!今まで何処に行ってたの(ですか)?!」

 家の扉を開けるといきなり二人から責められる。朦朧としている頭では色々と言われているのを理解できず、眠いから寝るとだけ答えてさっさと眠ってしまった。

 昼近くに目覚めると、家にはリーアとアスドバル、アネトンだけが残っていた。

「おはようございます」

「ああ、おはようリーア。みんなは?」

「アルドさんに呼ばれて、皆冒険者ギルドに行っています」

「ん?なんでだろう?」

「これからの事を話し合いたいと言っていました」

「あー、なるほど」

「それで、昨日は桜さんを探しに行ってから何をしてたんです?」

「あー……内緒」

 今さらキスひとつで朝までうろたえ呆けていたなんて言えるわけがない。顔が赤くなってないことを手を触れて確認して出かける準備を始める。

 冷たい目線と、なんとかして聞き出そうとちょっかい出してくるリーアを無理やりかわしつつ冒険者ギルドに向かう。

 可愛らしく言ったり、ちょっと強めに言ったり、何処で覚えたのかセクシーにせめて来たり、ティアやナイアの口調を真似たりと、寝ぼけた頭には色々な刺激が来たおかげで目が覚め、そして暇することがなかった。


 冒険者ギルドに入ると、奥のほうで何か言い争いに近い声が聞こえた。ギルドの職員に案内され、別部屋の打ち合わせ室というか作業室というか、その様な場所に案内された。

 部屋に入るとその声がより大きく聞こえ、そして誰が言い争いをしているのかがはっきりとわかった。

 まず対面で座りながら大きな声で話し合いをしているのがオルテンシアと桜、桜の隣にはティア達、そして机の向かい側のオルテンシアの隣にはダグラスが腕を汲みつつ話を聞いていた。

 まるで尋問でもしているかのように。

「だから!! 知らないんだって!!」

「そんなわけ無いでしょう?! だって貴方の国でしょう!?」

「あーもう!! 私の国じゃないわよ!!」

「なんてこと言うのよ!!」

 碧玉の国に襲われたオルテンシアにとっては、桜はその襲ってきた側に属する者だ。こういう受け答えはかなり頭に来ることだろう。だが、オルテンシアは桜の事情を知らない。それに、完全に疑っている状態なので、桜の事情を桜側に立つ俺が話しても納得してくれるかわからない。

 こうなる前に話しておけばよかったのかもしれないが、本来、オルテンシアでは正直打ち明けるに値する役かと言えば、少々足りないとも思う。ギルド長は先日の奪還戦で奮戦して負傷し、現在は治療中、オルティガーラ伯は現在この場には居ない。既に屋敷に戻り復興業務に取り掛かっている。

 だが、この状況を打開するには打ち明けるしか無いと思い、口を挟むことにした。

「オルテンシア、すまないが少し時間をくれないか」

「え? あ、はい」

「アルド、ダグラス、ちょっと良いか?」

 そう言うと二人は何も言わずに俺に着いて来てくれた。長年の付き合いだから、なにか重要なことを言いたいという事がわかってくれたのだろう。

 冒険者ギルドに他の部屋と言えばもうギルド長室しか無いため、そこを少し借りて二人に話し始める。

「アルド、ダグラス、俺の前世の話を覚えているか?」

「あれだろ、他の世界だっていう」

「ああ、桜はその俺の居た世界の人だ」

「何?!」

「彼女の言葉を全面的に信じるとすればだが、信じざるを得ない事が幾つもある。彼女がこの世界の住人ではないという事は俺が保証する」

「正直、俺はそのことさえ半信半疑なんだがな」

「だが、俺がこの世界で初めて作った商品の名前を当てたり、俺の持ってる剣の別名を完全に言い当てたんだ。それ以外にも、聞いただけじゃすぐ出てこないようなことにもすぐ対応した。これに関してはティア達に聞いても同じ答えが帰ってくると思うよ」

「そうか。それで、彼女が戦争に加担してないと言い切れる要因はあるのか?」

「残念ながら無い。だが、元の世界を知っている俺と、彼女の今までの行動や言動を考えると、正直言ってあり得ないと言える。まあ、全てが演技だったら俺もお手上げだがな」

「そうか。フミトの事は信用している。俺も信用してみるかな」

 あわせて、俺が桜から聞いた約3年前かこの世界に来たという事も伝えておく。これがあるか無いかでは、かなり違うかもしれないと思ったからだ。

 二人にこの事を告白したのは、オルテンシアのことを説得してもらうためだ。俺から伝えたとしても、一応は信用してくれるかもしれないが、桜側の擁護人物が言ったとしても、そこまで納得してくれないだろうからだ。

「しかし、そこまでこだわるのは、アイツを嫁にする気か?」

「ぶはっ!! 何を言うんだよ……」

「ちがうのか?」

「全然違うだろう……」

 呆れつつもとりあえず理解してもらえたことを良しとして、打ち合わせ室に戻る。

 部屋に入ると二人は、オルテンシアの後ろには行かず、机の端に立ってから話し始めた。

「オルテンシア、聞いてくれ。これから口外してはいけない秘密を話す。オルテンシア以外のここに居る皆はその秘密を既に共有している。いや、君だけを除け者にしていたわけではない。この秘密がとても特異的な物であるために、伝えることが出来なかったのだ」

 そうアルドが切り出すと、口論はしてないが、苛立っていたオルテンシアはおとなしくなった。桜の方は相変わらず噛み付きそうな顔をしているが、両脇にノンナとナイアが居るため、動き出してもすぐに押さえつけることは出来るだろう。よく考えて座っているものだと感心する。

「桜、彼女とフミトはな、異世界から来た人なんだ」

「はい?」

「意味がわからないだろうが、実際にそうなんだ。フミト、あれ何って言ったっけか、鉄の動く馬車の事」

「自動車の事か?」

「桜君、それを短く言うとなんだ?」

「クルマでいいのかな、それともカーって言えば?」

「どうだね、オルテンシア。二人共即答しただろう」

「何のことを言っているのかわからないですよ」

「しかし、私が言った言葉で同じ物体を想像したのだ。しかも我々の知らない言葉で」

「しかし……」

「わかった。もう一つ行こうか。フミト、その自動車の動かすための油の名前はなんだか答えてくれ。おっと、少し待ってくれ。俺の記憶からその答えを今からメモにかいてオルテンシアに渡す。それを読んだ後にフミトが彼女に小さな声で伝える。そしてから桜君、君がその答えを答えるんだ」

「はいよ」

「うん」

 そう言うと、簡単に羊皮紙に書いてから俺が側に居ないようオルテンシアから離れてから見せる。初めて見る言葉なので、何度も読んでいるが、しばらくするとその羊皮紙を伏せて俺に許可を出す。

 耳元で小さな声で、しかも桜には口の動きを見られないように手で隠しながら答えると、オルテンシアの目が見開いて、こちらを向く。

 ただ、このままだと俺とアルドが打ち合わせしただけにもなってしまうので、その答えを桜に出して貰うために合図する。

「ガソリン……でいいのかな?」

 その言葉を聞くとオルテンシアは座っているのにふらついてしまった。慌てて倒れないように肩を掴むと、呼吸が少し荒くなり、体も熱気を帯びてきていたのがわかった。

 数拍置いてからオルテンシアはアルドの方向を眺めるが、アルドは何も言わずに正解か不正解かを答えるように促す。

「……正解……です……打ち合わせ……は、してないですよね」

「俺と桜君は今日が初対面だ。それはオルテンシア、君も聞いていただろう」

「はい……」

 大きく息を吐くと、少しは自分を取り戻せたのか、ふらつきが無くなり、普通に座り始めたので手を話すことにした。

「アルド、よく覚えてたな。そんな事を」

「色々と聞かされたけど、それしか覚えてないって言うのが本当なんだがな。多分、もう一度聞けば色々と思い出すかもしれないが、やっぱり本当だったんだな」

「やっぱり俺の言うこと信じてなかったのかよ」

「いや、信じてたが、第3者からの証明があったと言う事さ」

「なるほどな」

「フミト、桜君と打ち合わせしてねーよな?」

「打ち合わせなんかするかよ。俺と桜の関係は俺のパーティーメンバーに聞いてくれ。俺が以前から知り合いだった場合、時系列的にあり得ないことが起きてるからな」

「そうなのか?」

 そう言うとメルトヒルデ以外の全員が頷いてくれる。ってそこに居たのかよと突っ込みたくなるくらい存在感無く今更びっくりしたのだが。

 実際にミソの事、カタナの事。これに関しては今のパーティーを組んでから出来上がったものになる。それに、俺と桜の異世界の話をメルトヒルデ以外は全員聞いている。

「まあ、疑ってないが、より真実味が増したな」

「へいへい」


 桜はまだ怒りが収まっていないように思えた。

 桜にとっては寝耳に水の話な上、冒険者仲間も殺され、父と呼んだダリアンさえ殺されてしまったのだ。それで戦争加担者と言われるのにはさすがに怒りを抑えきれなかったのだろう。ちなみに彼女の冒険者仲間の遺体はまだ見つかっていない。実際はここにあるのだろうと言う事だけはわかっているのだが、その状態が酷かったのだ。

 牢所近くの土地に大きな穴が掘られており、その中を覗いてみると人の遺体で山になっていた。多分、ユーベル達は殺した住人や囚人を全てそこに投げ捨てて居たのだろう。その為、今は捕虜となった敵国兵士を使いながら遺体の選別、洗浄、住人か囚人かを判断して分けている所だ。桜の怒りはその点にもあるのだろう。

 その捕虜たちは、現在牢所にすし詰めに近い状態で勾留されている。6人部屋を10人でというような形なので、寝るのも不自由な状態になってしまっている。だが、街の人の不安を取り除くためには、この状態は致し方ないのだろう。


 話は先に進み、ダグラスからアルドに冒険者部隊の解散を許可して欲しいと言っていた。

 実際に、この街の食糧事情を考えると、約500名とはいえ、養い続けるのは大変だろう。冒険者もこの街から出て行かない限り仕事も少ない。報酬は先にもらってしまっている。

 アルドにとってはこの先もと思いたかったところではあるが、これ以上は遠征費用的にも厳しい状態になってしまう為、ダグラスに冒険者の解散を許可した。

「俺は一兵士として戦うよ」

「ダグラス、お前が兵士としていたら、部隊の司令官が萎縮して命令出せないだろ」

「そうか?」

「そんなもんだ。だから、俺と一緒に来てくれ」

「わかった。それでこれからどうするんだ?」

「フミトも聞いて欲しいんだが、これから俺達は、碧玉の国の首都まで攻めこむ」

「やはりか」

「一部の兵士から噂にはなっているようだが、前回の戦争の例に漏れず、今回も攻めこみ、勝たなければならない」

 先日の戦いが始まる直前の顔はここまで決まっているのがわかっていたからなのだろうな。そう思うと、他の貴族たちが来てないことに、また怒りが湧いてくる。だが、いたらいたで逆に邪魔になるので、居ないほうがいいのだが、苛つくことは苛つく。悩まし事だ。

 そう思っていた所に、桜から突然提案、と言うよりお願いが来る。

「アルベルトさん、お願い。フミトを貸して。それと、国を出る許可をちょうだい」

「何するんだ?」

「王都が攻め滅ぼされる前に助けたい人が居る」

「俺としては攻め滅ぼすつもりはない。だが、出方次第で色々と変わってくるかもしれないがな」

「そう。私としては国自体は滅んでしまってもいいと思うわ。でも、その前に助けたいのよ」

「そうか。それで、誰を助けるんだ?」

「ミカ=ファスト=ジャスパー、碧玉の国の第一王子よ」

「なにっ!! 王子を助けだすだと!?」

 さすがにアルドは椅子から立ち上がって驚く。だが、桜は腹をくくっているのか、座ったままでまっすぐアルドを見つめ続けている。

「私のお父さん、ダリアンが亡くなる直前に話したわ。摂政のベール=アンティカイネン、あいつが今全てを掌握し、今回の戦争を起こしたんだって」

「その証拠はあるのか?!」

「無いわ。だけど、あの人が、そしてあの王様が戦争を起こすなんて到底思えない! でも、あいつの名前、摂政の名前を聞いて何かしっかりと当てはまる感覚があったのよ。あの、私のことをいやらしい目付きで見るあの男のことを」

「それでも戦争責任者を助け出すことは容易に許可できない」

「どうして!!!」

「まず最初に、フミトからの信頼を得ていても、君がまだ完全に信用出来ていない。碧玉の兵士が今回の戦争に納得してなく、無理やり連れてこられた人達も居るというのは承知している。だが、君がそうとは限らない」

「私は戦争なんて知らなかったわよ! 未到達地域で腕試し出来る場所があるって言われたから着いて来ただけよ!!」

「それを証明する人は居ない。それに、君の足取りに不思議なところがある」

「何が不思議なのよ?」

「君はこのオルティガーラに始めに来たのではなく、リスィに行ったと言っている。つまり、君は合法的に国境を越えてきたと言う事では無いという事だ。さらに、越境履歴にもその記載がないのがその理由だ」

「何よそれ!! 入国審査があるなんて私知らないわよ!!」

「入国審査? まあ、審査みたいなことはしているな。国の許可証を持っているか、そして、名簿への記載。最低限これは行なっている」

「そんなの知らないわよ!! この世界の常識なんて知るわけないじゃない!!」

「何っ……ってそうだよな」

 熱の入った討論になっていた所に、一気に水をかけられたかのようにアルドが落ち着く。

「君は王子様をただ単に助けたいだけなんだね? この戦争で命が失われてしまうかもしれないから」

「そうよ!! 最初から言ってるじゃない! 摂政が悪いんだって!! それに、いま王子様と王様二人は幽閉されてる可能性があるのよ!!」

 その言葉を聞くとアルドはしばらく考えこむ。振り上げた手を下ろす場所を失ったような桜はやきもきしながら椅子に座り直す。

 タップリと時間をかけ考えた後、アルドは口を開く。

「わかった。フミトを貸そう」

「いいの?!」

「フミトが良ければな」

「フミト!! いいよね?!」

「俺は問題ないさ。ダリアンとの約束もあるし、桜に手を貸そう。他のメンバーは桜、直接聞いてくれ」

 桜は立ち上がって周りを見渡す。そして、頭を下げてお願いする。

「お願い!! みんな、力を貸して!!」

 他のメンバーはお互いに微笑みつつ顔を見合わせる。そして、ナイアが代表として答えた。

「既に決めてました。フミトさんは着いて行くのでしょうから、私達も着いて行こうと」

「ありがとう!!」

 感動しながら皆に握手しに行く桜の他に一人手を上げているものが居た。

「私も行く」

「メルトヒルデ、良いのか?」

「うん。碧玉の国は少し行ったことがある。ちょっとは役に立つかも」

「桜、良いか?」

「うん!! ありがとう!!」

 お金にならない冒険になってしまうだろうが、この蒼玉の国と同じ冒険者ギルドはある。システム的にも変わってることは無いだろう。そうであれば、少なくとも極貧冒険にはならないだろうと考えつつ、アルドに礼を言いに行った。



 〜〜〜〜〜



 救出され、冒険者ギルドに連れて行かれ、そして名簿に名前を書かされる。

 説明を聞くに、後で何か手当をもらえるそうだ。ただ、私にとってはさらわれた後の生活はそこまで苦ではなかった。一緒にさらわれた人達にとっては苦痛でしか無かったみたいだけど。

 書き終わったら解散と言われていたが、その前に服と大きさのあってない靴が支給された。デザイン等何も考えない無地のワンピース。白い普通の布地を体に巻いているよりは良かったが、正直趣味ではない。もう少し飾り気のある物の方が好きだし、それより上下セパレートしている方がもっと好みである。好みでないつまらない服と靴を渡されるが、笑顔で受け取ることにする。

 着替え、記入した後は本当に解散になってしまった。まだ、戦争が終わったばかりだし、特に何も決まってないのだろう。後処理の事を考えると、さらわれた人達は全員死んでいたほうが良かったのかもしれない。そうすればこんな手間がない。だけど、たまたま冒険者ギルドに来ていたさらわれた人の親族か友人かわからないが、合うことが出来、涙を流しながら再会を祝していたのを見ると、生きていたのも悪くはなかったのかもしれないと思えた。

 その様な人は私の知り合いには居るわけがない。話をする近所の人達は居る。でも、友人とはっきりと言えるかわからない。ただ知り合いなだけとも言えそうだ。何人かはまとわりついてくるような人も居る。私のことを愛していると言ってくれた夫もいる。だけど、私にとっては正直、退屈の中の一つの風景でしか無かった。

 歩く。

 家に向かって歩く。

 あのつまらない日常に戻るために歩く。

 あの退屈で、何をしても張り合いのない、生きている意味を見出だせない場所へ戻るために歩く。

 そう思うと、早めに書き終わり、服を支給されてしまったことに後悔する。他の人を優先すればよかったと。

 ただ、途中で寄って行くような知り合いも居ない。産み、育ててくれた両親も既に他界している。遊びに行こうにも、戦争が終わったばかりというのもあるし、何よりお金が無い。無料でお酒を振舞っているようだが、飲む気持ちにもなれない。

 その為、向かう方向は結局一つ、自分の夫が居る家に向かうしか無かった。

 重い。

 歩く足が重い。

 疲れたわけではなく、体に不調があるというわけでもない。

 つまらない日常、つまらない夫、つまらない自分に戻らざるを得ない場所に戻るのが嫌で足取りが重い。

 国の兵士達が大きな戦いで勝ち、そして街を取り戻した。あの息苦しい状況から開放された。それを祝い、騒いでいる。

 その騒いでいる人々は今の所ほとんどが笑顔だ。何人かは泣いていた。嬉し泣き、それ以外の悲しみの涙。多くの人が亡くなったのだろう。でも、それ以上の多くの人が助かったのだ。嬉しい笑顔のほうが多いのは当たり前なのかもしれない。

 周りを眺め、色々と考えながらゆっくりとだが歩く。しかし、前に進むと言う事は自然と着いてしまう。よく知っている風景、よく知っている道、よく知っている建物、そして、中まで知り尽くしている夫の家。

 扉の前に着くと、開けるのをためらってしまう。ただ、このままここに立ち尽くしていても、近所の人に見つかってしまう。周りの人達は私がさらわれたことを知っている。目の前で兵士達にさらわれたからだ。話好きの人達、もう私が知っている人には全員さらわれたことが伝わっているだろう。逆に言えば、良くここまで誰にも見つからなかった。

 色々と話をされるのが嫌なので、諦めて扉を開けることにした。

 家に入ると人の気配がある。夫だろうか。だが、夫なら普段入ってすぐの部屋にあるテーブルで黙ってお茶でも飲んでいるだろう。いつもここに居るからだ。その為、夫以外の人も考えられる。ひょっとしたら、夫も居るのかもしれない。夫がつまらない人なのも、私が相手だからなのかもしれない。死んだはずの私の代わりに新しい女性でも連れてきているのかもしれない。そう考えるとなんで私はこんな所に着ているのだろうと、なぜ生きているのだろうと、やはり帰って来るべきではなかったと思ってしまう。さらわれた先は、性処理相手としてでも必要とされていた。だが、ここではもう必要とされていない。つまらない場所だとしても、悲しくなってきてしまった。

「あら!! クレア!! 生きてたのね!! 良かったわー!!!」

「あら、おば様、どうしてこちらにいらっしゃるんですか?」

「知らなかったの? 貴方の旦那のこと」

「え?夫に何かあったんですか?」

「聞いてないの?」

「助けられたばかりですので、知人にあったのはおば様が初めてですし」

「そうなの。ちょっとこっち来て」

 隣の家の女性に連れられ、夫の寝室に向かうと、そこには包帯に包まれた夫が居た。

「おば様、夫はどうしたんです?!」

「最初はね、あなたが連れ去られた日に兵士に向かっていって斬られちゃったのよ」

「え?!」

 普段おとなしく、何を考えているかわからないと思っていた夫がそんな事をするとは到底思えなかった。

「それでね、傷が治ってきて動けるようになると、また牢所に行って傷をつくって帰ってきたのよ……」

「そうなんですか……」

「この傷も、一昨日……」

 見ると、まだ包帯に血が滲んでいる場所があった。思ったより広範囲なため、かなり深手の傷なのがわかった。

「みんなも止めたんだよ。でも、貴方を助けだすんだって。この人が叫んだ所は初めて見たわよ」

「そうですか……」

「でも、もう安心だね。貴方が帰ってきたんだから。起き上がった時に、顔を見せてやんなよ?」

「はい……ありがとうございます」

「それじゃ、私は帰るよ。なにかあったら言うんだよ?」

「はい」

 痛みにうなされ、脂汗をかいている夫の汗を拭く。拭いた時、少し痛みに歪んだ顔が和らいだ気がした。

「私は何も見えていなかったのね。こんなにも思ってる人が居たなんてね……」

 あんなにも戻ってくるのが嫌だった場所なのに、あれだけ悩んでいた心にあったモヤが無くなっているのに気づいた。




今回も日曜日ギリギリで書き上げています…。というか、終わったからと、もう一つの3話を書いている所でふと、あれ?サブタイトル考えたっけ?と戻ってみるとあるはずの部分が空欄。時間は23時過ぎ。慌てて再度読みなおして良いタイトルを探し出す。こんな事やってました。

人によってはタイトル考えてからの人もいらっしゃるでしょうが、自分は後付ですね。稀にこれを書くんだって決めてから文章を書くこともありますけど、収まらなかったり、足りなかったりと言うのがあるので、結局後付の方が楽という事で。

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