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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
76/83

一つの戦争の結末

一つの戦争の結末


 人々の声、笑い、喜び、そして悲しみの声。

 夜の灯、酒場以外にも篝火や軒並みに多く灯が燈されている。

 俺は酒の入った大きめの容器を片手に、カップを二つ持ち、とある人物を探していた。

「お、いたいた」

 街の中心にある冒険者ギルド近くの大きめの広場から少し離れた高台に向かう坂の中腹に一人座っていた人物を見つける。

「桜、飲むか?」

「フミト……」

 16歳で成人するこの世界。元の世界の常識や慣例で考えればまだいけないことなのだろうが、この世界の常識で当てはめ、桜にも進めてみる。

 生前、酒にでも頼らなければどうにもならないという事を体験したことがない。今生でも飲むことはあっても、飲まなければどうにもならない事や、精神を維持させるために飲むという事も経験したことがない。だが、今の桜にはそのお酒に頼る事、わらをも掴む様な、小さいものにでもすがりたい気持ちだろう。それほどにまで、絶望感が漂っていた。




「フミトさん、ダリアンさんはどうなりましたか?」

 時間は少し遡る。

 ナイア達は各々が戦ったデーモン達の死を確認してから俺達に合流してきた。

「たった今亡くなったよ……」

「そうですか……」

 戦争に死はつきものである。だが、身内の死で動揺しない人はそうそう居ないだろう。

 桜も放心してしまい、座り込んだまま動くことができないでいた。

 日本人であれば、周りの人の死というのは普通の生活をしている限り、ほとんど経験することが出来ない。病気や事故等の突然死は別だが、それでもさほど経験することはないだろう。

 そんな平和な社会に居た日本人の桜なら、より動揺は大きいものになるだろう。

 俺は冒険者仲間という存在を魔獣により殺された、もしくは冒険先から戻ってこないという事を幾度も経験しているので、耐性というか、許容量というか、桜よりは耐えられるだろう。

 ただ、今のパーティーメンバーがなった場合はどうなるか自信がないが。


 少し休憩をいれる。その間に桜には立ち直ってもらいたかったのだが、最終的には立ち直ることが出来なかった。

 桜が先ほどまで動けていたのは、仲間や家族の命のためだからこそ動けていたのだろう。それを考えると、そんな状況に貶めたユーベルに怒りを覚える。だが、もうこれ以上は彼に何かをすることが出来ない。さすがに死体をいたずらに切り刻むとか出来ないし、したくもない。だが、有効活用はさせてもらう。

 動く気力の無くなった桜とダリアンの亡骸二人をかくまってもらう場所を探す。だが、さすがに知人でもない亡くなった人を受け入れてくれる家はそう簡単には見つから無かった。たまたま、少し離れた位置の1軒に良いと言ってくれたのが幸いして、二人をそこに預けることに。金貨1枚の礼金と深く頭を下げお願いする。アスドバルとアネトンの二人は桜とその家族の護衛の為に残していく。正直役に立たないと思うが、最悪俺達への伝令でも出来ればと……。


 いつもの6人とメルトヒルデを含めた7人で牢所に向かう事に。

 向かう前に、休憩直前に切り落としていたユーベルの首を取りに向かう。これからは司令官である彼の首が敵国兵士の戦意を失わせる事が出来るだろうことを考えてだ。

 左にリーア、右にメルトヒルデ、最後尾にノンナと、3枚の盾を前方に集中させず、後方にも置く。真ん中には俺とナイア、ティアとレンティと言う隊列。念の為に後方襲撃を考えての隊列だ。

 ユーベルの首を持ちながら進む。すると家の中に篭っていた住人から声こそ上がらなかったが、力強く拳を握って喜んでいる表現や、手を振られることがあった。牢所の近くにある地区だけあって、ユーベルの支配が強かったのか、あまり良いイメージは持たれてないみたいだ。住人が声を上げないのは無駄に敵国兵士を呼び寄せないようにするためだろう。有難い配慮だ。

 結局牢所の入り口に着くまでは敵国兵士に遭遇することが無かった。

「ユーベル閣下!!」

 牢書の入り口を入ってすぐに敵国兵士が10人程待機していた所に遭遇してしまった。

「そうだ、お前らの司令官は俺達が討ち取った。奪還部隊も到着し、既に各所は制圧されているだろう。お前らは負けたんだ。降参しろ!!」

 絶望の表情が敵国兵士に浮かび上がる。

 あげていた武器も垂れ下がり、力無く武器を落とす……事はなかった。

「ユーベル閣下の敵!!」

「殺してやる!!」

 そう言うとこちらに向かい攻撃を仕掛けてきた。

 全員入り口まで下がりつつ、陣形を整える。念の為にノンナに前に来るように指示しておいたのが良かった。

 前衛盾職3人で10人を抑えこむ。攻撃することはせず、完全に防御に徹し、後ろに回らせない様行動し、2列目以降が裏から攻撃を仕掛ける。

 ナイアとティアはメルトヒルデとリーアの間から、矢で足や腕を居抜き、レンティはスパイダーアンカーで裏で回りこむことを諦めた連中の3人を絡め取る。俺は刃の長さを利用してノンナの隣から足を突き刺し、行動不能にさせていた。

 デーモンとの戦闘を体験していたメンバーなので、疲れはしているが、そこまで強くはない相手のため、制圧にはさほど時間がかからなかった。

 最後の一人は両手を上げて降伏したので、足を刺して行動不能にすることも出来ず、監視しつつ手足を縛るロープを探すはめに。結局詰所の中に何本もロープがあったため、そんなに時間はかからなかったのだが、一人健全な状態の敵が居るというのは精神的に少し疲れるものだった。

 全員の手と足を縛り、詰所の中に放り込む。動き出しても面倒なので、全員の足も連結して縛っておく。

 思ったより時間が取られてしまったが、ようやく牢所の探索と占拠を行うことが出来た。それと、牢所内は遭遇戦になるため、ユーベルの首は詰所に置いていく。


 実際内部に入ると、俺には人の気配を感じることが出来ず、困惑してしまった。

 念の為に、感覚の鋭いティアとナイア、そしてメルトヒルデにも確認をとるが、3人ともほとんど居ないと言う事だ。だが、ほとんどと言う所が引っかかるので、慎重に探索することに。

 見晴らしの良い場所を司令部にすることがあると思うので、この建物で見晴らしが良いとすれば、所長室となる。普通ならテロや狙撃を回避するためにそんな所には造らないだろうと思うのだが、人間同士の戦いが少ないこの世界にはそういった前世での常識は無いのだろう。ひょっとしたら建てた時の所長の趣味かもしれないが。

 所長室に入り込むと血の跡と匂い、汗とそれ以外の嫌な匂いが混ざり合っていた。

 換気の為と街の様子を確認するためにすぐに窓を開く。

 遠くにある南門と見張りの塔には争った形跡はあるが、既に沈静化して居るようだ。自分たちの国、蒼玉の国の国旗が立てられていると言う事は、既にそこは占領し終えたと言う事だろう。

 冒険者ギルドの辺りとすぐ近くの広場を確認してみるが、こちらも戦闘を行なっている様子はない。それ以外の場所で幾つか、小競り合いのような戦闘をしている最中なのは見えた。もう少しで奪還成功と言うところだろうか。

「さて、この牢所を念の為に確認しておこう。ユーベルがここに居た様な話も聞いている。何か残されていないか確認しよう。ふた手に分かれて半刻後にもう一度ここに集合だ」

 メルトヒルデとノンナとナイアの3人と、それ以外のリーアとレンティ、ティアと俺の4人で別れ、牢所内を探索することに。

 俺達は奥の重罪人防を探索することにし、階段を降りていった。降りている途中、先頭に居るリーアから声がかかる。

「先程は危ない所を助けてくれてありがとうございました」

「私からもありがとうございました」

 階段の折り返しの所でお辞儀をして礼をする。話していたのは階段の降り始めだったのに、わざわざ折り返しの所で顔をあわせて礼を言うなんて律儀な娘だと改めて感心する。レンティも後ろに居るのではっきりとわからないが、多分お辞儀をしているだろう。

「先程の危ない所って言うと……、ああ、あの女兵士の後か」

「はい」

「何があったの?」

「あの女性の兵士を倒した後、少し昔のことを思い出しまして。それで気を失ってしまっていたんです」

「そこで、あの男の兵士達が現れたってことか」

「そうです。私だけではリーアを護ることができませんでした」

「タイミングいい所で見ることが出来たな」

「うそうそ。フミトずっと気になってて、見える場所が見つかって慌てて見に行ったんだから」

「ちょっ!! ティア!! それ内緒!!」

 内緒にしてほしいことを勝手にバラされる。かっこ良く見せたい時に情けない所を晒されてしまう。

 耳は赤くなってないよね??

「そう言えば、その女性兵士から聞いた話ですが、かなりの数が無理やり戦争に参加させられてたそうです」

「その女兵士もその一人か……」

「はい。でも、説得には応じてくれなくて……、最後には……」

「なるほどな。お疲れ様。苦しかっただろう?」

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そうか」

 先頭を歩いているためにリーアの表情は見えない。だが、声は少し苦しみ、そして悲しみが混ざっているようにも思えた。


 牢の奥に行く通路を歩いている途中、人の気配がしたので、慎重に行動することに。万が一これが敵兵であり、こちらへの奇襲をしてくる場合、気づいていれば良いが、気づいていない場合、怪我、最悪命に関わる事がある。

 鉄格子の牢ではなく、扉型の牢に入った所で人の声が聞こえ始めた。だが、大きな声ではなく、叱られることを恐れて小さな声で話しているというような感じだ。

 扉に小さな格子のはめられた窓があるので、中の様子を確認する。中には多数の女性が詰められるように入っていた。二人ほど男性も居る。しかし、そこで驚くことが一つ。全員裸なのだ。裸で囚われていると言うのは普通の囚人では無いだろう。今までの牢屋は全部人が入っていなかったことを考えると、わざわざここに連れてこられたと言う事が考えられる。

 だが、助けだす前、念の為に耳のいいティアに会話を聞いてもらう。万が一、敵方の兵士で造反した者達と言う場合もある。さすがに裸の女性と戦うことは俺には出来ない。他のメンバーは平気かもしれないが、気分がいいものではないだろう。

 ティアが確認している間、リーアと俺は何か布地を探しに戻る。他の独房や詰所から布地をかき集めるが、少し臭う。この際文句は言う事は出来ない。裸よりはマシだろう。

 ある程度の量を確保したので二人で持ち帰ると、ティアが牢の会話の内容を報告しに来た。

 どうやら、敵国の兵士ではなく、この街の住人であり、連れ去られてきた人達のようだった。中にはこの境遇には耐えられないや、男の相手はもう嫌、殺されるよりはマシ、死んだほうがマシ等、かなり酷い境遇だったようだ。数人、こっちのほうが楽だし気持ちいいと言っている人も居たようだが……。

 敵国の事を悪く言っている人達も居た。それを遮る人が居ない為、この中に敵国兵士が紛れていないと判断する。

 最奥を確認する前にここを開放してしまうのも不安があるが、万が一このまま見逃している間に敵兵士が戻ってきて証拠隠滅のために皆殺しにしてしまうと言う事も考えられるので、助けだす事を先に実行する。

「俺は蒼玉の国、レーニアの冒険者だ。確認するが、君たちは碧玉の国の兵士達にさらわれた人達で間違いないか?」

 俺の声を聞くと一瞬静かになる。希望がかなったからなのか、騙してると思っているのか、動揺なのかわからないが、静寂が続く。だが、一人声を出した瞬間に牢内は混乱の渦となってしまう。

「出して!! ここから出して!!」

「助けて!! お願い!!」

 扉の前に殺到し、何人もが各々の要求を我先にと伝えてくる。意外と大きな声になってしまっているので、慌てて静かにするようになだめる。そして、男性二人を前に連れてくるように指示する。

「鍵がないのでこれから扉を壊す。内開きの扉なので、そちらに倒れるかもしれない。その時は二人で支えて欲しい」

 そう伝えると二人は静かにうなずき、軽く構える。

 レンティと協力して扉の蝶番をロックストライクで数発撃ちこむことに。もっと強力な魔法もあるのだが、中に与える影響を考えるとこのくらいの魔法で少しづつ壊していくほうが良いと考えたためだ。

 お互いに3発を上下の蝶番に当てた所でギギッと音がなった後、金属の壊れる音と、が床に落ちる音が響く。そしてゆっくりと部屋の内側に扉が倒れ、二人の男性に支えられて隙間が出来る。リーアと俺が扉の下部を持ち、ゆっくりと外に扉を出すと、ようやく中の光景がはっきりと見えるようになってきた。

 男としては天国の様な光景と言えなくもないが、その中の天使たちの表情が疲労、恐怖、その他負の感情が現れていたので、そんな事も考えることさえ出来なかった。

 開けてすぐ飛び出てくるかと不安に思っていたが、彼女たちは本当に俺達が助けに来たのかわからないようで、まだ部屋の奥で固まっていた。

 ティアとレンティが布地を持って彼女たちを迎えるとようやく少しづつ中から出てくれるようになった。

 とりあえず、全員に布地が回すことが出来た。とりあえずと言うのは二人ほど1枚の布地を半分に切り裂いて使ったからだ。まあ、その二人は男性なので半分の量でも問題なかったのだが。

 リーアとレンティが彼女達を所長室に連れて行くことになった。このまま彼女たちを連れたまま奥の探索に行く事は出来ないし、彼女たちをここに置いて行く事も出来ない。まあ、男性不信になってきている女性の警護は女性がやれば不安も減るだろうと言う事もあるが。

 ただ、歩き出す彼女たちの中の一人が、こうつぶやいたのがある意味印象深かった。

「またあのつまらない場所に戻るのか……」


 結局、ティアと二人で奥をくまなく探したが、無数の血の跡があった以外、特に何もなかった。正直言って、囚人が一人も残っていないのが一番怖かった。逃げ出したとしても恐怖の対象になるのだが、少ししか関わることが出来ていないが、ユーベルなら全員殺してしまった可能性もある。そちらも十分怖いことではあるのだが、住民の不安を減らすという点ではひどい言い方になるが、良かったのではないかと思う。だが、確実に犯罪を犯した者だけと言い切れないところが今のこの国の状況だ。無実の人がこの中に居たかもしれないことを考えると少し申し訳ない気持ちにもなる。

 何もなかったと落胆したくなる気持ちもあるだろうが、今は何も無かったと、敵兵が何処にも潜んでいなかったと逆に安心できる状況になれた。今の所自分たちの探した範囲だけだが、所長室に戻ると何事もなかったことが簡単に判明した。

 拠点としていたはずなのに簡単に開放すると言う事の理由が全くわからなかったが、目的も達したことと判断し、そしてこの保護した女性たちを冒険者ギルドに連れて行くことにした。

 先頭にリーアとメルトヒルデ、中衛に俺とナイアにレンティ、後方にティアとノンナ。護衛対象の住民たちを3列縦隊で進ませ、その周りを警護するという形で歩き始めた。

 遠くで小競り合いの音が聞こえるので、別の回り道を使い、時間をかけて冒険者ギルドに到着する。

 一度も敵兵と遭遇しなかったのは運が良かったのか、それとも何か街に起きているのか。

 ギルド近くの広場では戦闘が行われた跡があり、幾つかの血だまりと縛られまとめられている敵国兵士達が見えた。通り過ぎる時にその兵士達に怯える女性もいたが、列に並んでいる女性たちが慰め、励まし合いながら通り抜ける。

 全員入れるわけにもいかないので、俺だけ代表として冒険者ギルドに入る。

 既に冒険者ギルドは完全に取り戻せており、中は活発に動き回っていた。街中に居た冒険者達も、再度活動を開始し、街の中の各所にまだ燻っているかもしれない敵国兵士達や問題を解決するために慌ただしく指示を受けながら出ていく。

 どうすればいいものかと考えていた所にオルテンシアから声がかかる。

「フミト、おかえり。上手く行ったようね」

「オルテンシア、ただいま。色々と報告したいことはあるけど、まずお願いしたいことがあるんだ」

 オルテンシアに連れてきた女性たちを預け、俺達はひとまず作戦完了となった。報告に関しては、当たり前だが、各所から色々と報告が上がってくるために、全部聞き取ることは出来ない。その為、書面で形として残して置かなければならない。そう考えると頭が痛いが、ユーベルのことを報告しないわけにもいかない。そう悩みつつ、報告用の羊皮紙をもらうために冒険者ギルドに戻ると見知った顔がいた。

「よう、フミト。遅かったな」

「遅かったですね。フミト」

 オルティガーラ伯を救出しに行ったデリックと、冒険者ギルド奪還に動いていたエヴァスの二人が皆が慌ただしく動き回っている中、のんびりと椅子に座ってお茶を飲んでいた。

「のんきだな、お前ら……」

「ドンケツ。他のパーティーは全員もう宿に戻ったぞ」

「うるせー。こっちはこっちで大変だったんだよ。って何だ?もう戦争は終わったのか?」

「ああ、司令官を名乗るバカが戦いが始まってすぐに名乗り出て、あっという間に討ち取られたらしい」

「はぁぁ?!」

「それで、あっという間に敵部隊は散り散りだってさ。門を死守しに行ってたフェルナンとサマンタは呆れながら見てたそうだよ」

「なるほどな。その敵司令官はなんて名乗ったんだ?」

「確か、ユーベルとか言ってたかな?」

「何っ!?それは本当なのかよ!!」

「何を慌ててるんだよ。聞いた話だが、本当だと思うぞ、フェルナンとサマンタ両方から聞いた話だからな」

「その男は強かったのか?!」

「聞いているほど強くなかったらしいよ」

「嘘……は、言ってないよな……」

「なんでぇ?怖い顔すんなよ。敵国兵士が散ったのは事実だし、その司令官は本物だったんじゃねーのか?」

「いや……ユーベルは……」

 俺達が捕まえたのが本物だったのか、それとも討ち取られたのが本物だったのか……。今となってはもうわからない。ただ、ルブリン商会の亡くなった友人、エイワスの為に俺が討ち取った方が本物であることを願いたかった。


 その後色々と聞いてみると、俺達の牢所占拠部隊がユーベルやデーモンと戦っていた時、既に戦争は集結し、後は散った兵士の掃討だけだったそうだ。門を開くと同時にフェルナンとサマンタが門の開閉装置をすぐに占拠し、防衛に入った辺りで既に騎馬隊が駆けつけていたそうだ。見張りの塔もその前に奪還していなければこれほどのタイミングで進行できなかっただろうと言っていた。

 オルティガーラ伯の救出はもっと簡単で、オルティガーラ伯は敵国兵士を毎夜酒盛りさせてふらふらにさせていたそうだ。おかげでデリック達とまともに戦える者が一人も居なかったと言っていた。

 冒険者ギルド奪還は強くはないが幾つか戦闘をし、ギルド近くで敗戦の報が入り、戦ってるエヴァス隊の敵国兵士は逃げ出そうとしたが、反撃のチャンスと見た街人達から集中攻撃を受けあっという間に降参せざるを得なかった。ここで、ギルド長が張り切りすぎてしまって、負傷したのが全体的な指揮効率の低下を招いてしまう要因の一つとなっている。

 俺達が帰るまでわからなかった理由なのだが、牢所にも戦後調査隊が派兵されていたそうだ。だが、入り口の兵士詰所に敵国兵士が縛られていたのと、すぐ近くで敵国兵士との小競り合いがあったそうで、そこに応援しに行っていたので、すれ違ったのではないかという事だった。

 俺はこの街の奪還は半日以上かかると思っていたのだが、結局日が上がってから1刻も経たずに終わってしまったようだ。その為、呆れるくらいのすれ違いが起きてしまったと。

 怪我が無かったから良かったけど、かなり呆れてしまった。


 少人数で行動しても問題ないことがわかり、桜を迎えに行く事にした。敵国の勇者ではあるが、今回の戦争の被害者でもある。ダリアンから頼まれたこともあるし。希望でしか無いが、そろそろ桜も復活してくれているかもしれない事を期待して、俺一人で迎えに行く事に。。他のメンバーはかなりお疲れだったようなので、冒険者ギルドで休憩してもらうことに。

 桜達をかくまってもらっている家に着くと、表にアスドバルとアネトンの二人が座っていた。

 理由を聞いたら、さすがに狭かったようで、外で待ってるという事に。本来なら冒険者がここに居るとバレてしまうのでやめて欲しかったのだが、現状なら問題ないのと、桜を優先するために注意は後回しにする。

 ノックすると家主がおそるおそる覗きこんでくる。俺の顔を見ると安心したようですぐに扉を開けてもらえた。

 すぐに桜の様子を見に行こうとすると、家主から申し訳ないと先に謝られてしまった。何のことかと頭を悩ませながら桜の居るはずの部屋に向かうと、桜はダリアンの隣でうずくまっていた。そして、桜の座っている位置で、家主から謝られたことの理由に気づく事が出来た。そう、ダリアンは床に寝かされていたのだ。さすがに、亡くなった人、しかも全くの赤の他人で、どのくらいの地位に居た人かわからない状態であるならば、この扱いは仕方がないのだろう。だが、緊急事態に預かってもらえた事だけでも僥倖。これ以上の望みは迷惑に値するだろう。

 家主にタンカみたいなものは無いかと聞くと、布地に木の棒が2本あるという。それを細工して即席のタンカを作ってダリアンを乗せる事に。外の二人を呼び、ダリアンを丁寧に乗せる。そして、桜を抱えて礼を言いながらかくまってくれた家を後にする。最後に小金貨2枚を手渡して。

 足取りが覚束ない桜を抱えながらなのと、人を乗せたタンカの組み合わせなので、思ったより速度が上がらなかったが、そんなに離れている位置ではなかったので、時間はさほどかからなかった。

 冒険者ギルドについてから、まず桜をパーティーメンバーに任せ、そしてオルテンシアを呼ぶ。

「オルテンシア、お願いがあるんだけど良いかな?」

「フミト? 何?」

「一人、俺達のパーティーじゃ無いんだが、亡くなった人が居るんだ。取り敢えず、その人を預かってもらいたいんだが、良いかな?」

「ええ、いいわよ。何処に居るの?」

「外に居る。着いて来てくれるか?」

「ええ、いいわよ」

 オルテンシアをダリアンの元へ連れていき、タンカの上にかぶせていた布地を剥ぐ。するとオルテンシアから笑顔が消えた。

「フミト、これはどういうこと?」

「すまない。ちゃんと説明する」

 オルテンシアの笑顔が消えた理由、それはダリアンの着ているソフトレザーアーマーに碧玉の国の紋章が描かれていたからだ。好き好んでこの街を荒らしていった国の人の亡骸を一時的にでも受けとりたくはないだろう。さらには、連れて変えることが出来なければ、ここに埋葬することになる。それを理由もなく冒険者ギルドが行なってしまうと反感を買うだけでなく、最悪信用も失ってしまうだろう。それ以外にも様々な感情が含まれているので笑顔が消えてしまった。そういう所だろうと推測する。

「この人は、隣の国の勇者、その義理の父親。戦争を回避させるために動いていた人の亡骸だよ。戦争を回避できないと知った時、この国に助けを求めたそうなんだ。だが、全く取り合ってもらえなかったらしい。勇者だけでも戦争の起きない場所にと逃げていたのだが、結局巻き込まれてこうなってしまった」

 聞いた話に少し付け加えているのは彼の性格を考えての事だ。戦争を回避するために実際に動いたのかは知らない。だが、亡くなる寸前でしか話していないが、このくらいはするだろうと理解したからこそ付け加えることが出来た言葉だ。多分、嘘は言ってないだろうと思う。この説明でわかってもらえると嬉しいが……。

「勇者って言うのは誰?あわせてもらえる?」

「ああ……」

 予想と違った答えが来る。ただ桜のことを見てみたかったのか、それほど複雑な感情が渦巻いているのか、当事者でない俺にはわからない。もし、前者なら本来の桜を見てもらえれば受け入れてもらえるだろう。だが、今の桜は完全に放心し、気が抜けてしまっている。そんな状況の人を普通見て、プラスに思うことは無いだろう。受け入れて貰えない覚悟をしながら俺は桜の元へと案内した。

「貴方ね? 勇者と言うのは」

「……はい……」

 桜は椅子に脱力した状態で座っている。まだ目が赤く、虚ろで、声にも力がない。頬にも涙の乾いた後がある。俺が迎えに行った時は声も出なかったので、少しはマシになったのだが。こんな状態の人を受け入れてもらえるとは到底思える訳がなかった。

 そんな桜に目線を合わせるためにオルテンシアはしゃがみながら見上げるように桜の顔を見つめる。

 色々と質問したり、罵倒したり、この戦争の責任を取らせようとするのかと思ったが、その様なことを一切せず、ずっと桜の顔を見つめていた。

 しばらく身動きもせずにずっと見続けていたのだが、突然立ち上がってこう答えた。

「引き受けましょう」

「いいのか?!」

「ええ。フミトの頼みですしね」

「ありがとう!!」

「高く付くわよ?」

「え? ちょっと待ってくれ……」

 そう言うとオルテンシアは笑いながら外に歩いて行ってしまった。

 どうして受け入れてもらえたのかさっぱりわからない。謝罪し、土下座でもすればいいのかと言えば、そうでもないとは思う。ただ、オルテンシアには感じるところがあったのだろう。

 色々と聞いたりしてやっぱり止めたと言われるかもしれないので、素直にお願いしよう。最後の一言がすっごく気になるけど。


 報告書その他を終えた後、気づいたら昼食時間を過ぎてしまっていた。報告書は他のメンバーにも記憶の保管お願いしたので、一緒に作成していた。おかげで全員昼ごはんを食べ損なっていたのだ。ただ、この街で食べれるのかというと正直言ってわからない。数週間物流が止まっているので、食材などがもう底をついてしまっている可能性もある。どうするべきかと悩んでいた所にアルドと、この街の統治者であるオルティガーラ伯がギルド長室から話しながら出てきた。

 俺の方に軽く手を振るアルドだが、そのまま二人で表に歩いて行ってしまった。本当なら呼び止めて殴りたかったのだが、オルティガーラ伯の前でそんな事を出来るわけもなく、とりあえず桜を連れて追いかけてみた。

 すると、冒険者ギルド近くの広場に兵士が綺麗に整列し、多くの街の住人がその周りで見学していた。

「兵士諸君!! 冒険者諸君!! そして我が領民の諸君!! 私はオルティガーラ伯である。この度は私が不甲斐ないばかりに皆には苦労をかけた。申し訳なく思う」

 オルティガーラ伯が話し始めると騒がしかった広場は静まり、皆が彼の話を聴き始めた。

「隣人、知人、友人、果ては、父、母、子や孫達を亡くされた方もいるだろう。私の力が及ばなかったことをここに詫びをさせてもらう。そして、私達の街を取り戻してくれた兵士達、冒険者達よ、君たちには礼を言わせてもらおう、ありがとう!!」

 オルティガーラ伯が頭を下げると兵士達は一斉に勝利の雄叫びを上げ、街人は次々に勝利の喜びに寄る歓声を上げ始めた。

 いつまでも止まない歓声をオルティガーラ伯は手を上げて制する。次第に声が小さくなっていき、静かになった所で再度話し始める。

「夜営の兵士達には申し訳ないのだが、今日は特別な日とする。さあ、持ってきてくれたまえ!」

 伯爵がそう言うと、冒険者ギルドの裏手から何人もの人々が、樽を転がしながら来る。

「さあ!! これは私からの贈り物だ。皆で楽しんでほしい!!」

 さらに、その言葉と同時に広場に向かっている飲食店が全部の扉を開放し、周りで眺めていた一般の街人をどけながら机を幾つもならべ、そして中から料理を大量に持ちだしてきた。

「さあ!! 今日は勝利の祝だ!!」




 桜にコップを持たせ、酒を継ぐ。こちらの世界に来てからあまり飲んだことがないのか、鼻をヒクヒクさせながらどうしようか少し悩んでいる。

 オルティガーラ特産の少し甘いワインみたいな酒。俺は何度も飲んだことがあるのでそのまま一杯目を一気に飲み干す。

 俺のその様子を見て、意を決したのか少し口に含んでみる。

「美味しい……」

「そうか。ならどんどん飲んでくれ。まだおかわりは貰えると思うぞ」

 宴が始まってから既に2刻は過ぎている。桜はしばらく冒険者ギルド内で一人座っていたが、いつの間にかこの場所に移動していた。

 全員武器防具を家に置いてきてから、パーティーメンバーが騒ぎ楽しんでいる所をゆっくりと楽しんでいた俺は、桜が居ないことで一瞬慌てたが、何処かに出ていくあてもないし、自殺するような性格でもない。その為、各所で酒や他の店もこれ幸いと儲けるために開いているので、つまみ食いしつつ桜を探していた所、たまたま見つけたと言うところだ。

 一人になりたい時もある。だけど、そういう時は、一人になりすぎてはいけない。だけど、この状態でどんどん話してしまってもダメだ。相手に鬱陶しいと思われてしまわれ無い様に、適度な距離を保つ必要がある。その為、言葉は少なく、だけど、存在感は大きく。

 余り強くないアルコール濃度の為、意外とペースは早くなる。それとも桜は酒豪なのかもしれないが。

 ある程度減ってきた所で何も言わずにカップに酒を入れる。入れた後は何も話さず、周りの雑多な空気や星空を楽しむ。

 3回ほど継ぎ足した辺りで桜から声がかかった。

「フミト。少し肩貸して」

 ちょっと間を空けて座っていたので、すぐ隣りの位置まで移動すると、コツンと俺の肩におでこを当ててきた。

 服の袖を掴むと、泣き始めた。最初は小さく、そして次第に泣く声は大きくなっていった。

 俺はその泣くのを止めない。慰めることもしない。それに、もう声を押し殺して泣く必要はないのだから。

 泣くことによって気持ちをリセット出来る事を知っている。だから、リセット出来るまで泣けばいい。それだけ、悔しい、そして、悲しい思いをしているのだから。


 幾度か軽く泣き止み、そしてまた大声で泣く。これを繰り返した後、グズりながら肩から離れ、お酒を飲み始めた。

 また減ってきた所で酒を足し、周りの喧騒を楽しむ。

 夜が更け、人々が徐々に減り、各々にパートナーを見つけたり、宿に戻ったりしている時間帯。そのくらいでようやく桜が声を発した。

「フミト、ありがとう」

「俺はなんにもしてねーよ」

「良いの。それでこっち向いてよ」

「ん?」

 そう言われたので素直に桜の方に向くと、突然視界が暗くなり、唇に柔らかく温かいものが触れた。

 突然の事に、何が起きてるのか理解できず、固まってしまった。ものの数秒くらいだろうが、俺にはかなり長い時間に思えた。

「肩を貸してくれたお礼」

 そう言うと、桜は軽い足取りで、冒険者ギルドの方に歩いて行ってしまった。




今回も思ったように進んでいません。なんとか書ききった様な状態です。

プロットはすぐ出来るのですが、その間を違和感なく、辻褄を合わせるように書くのがなかなか決まらず、どういった言葉が良いのか、どういう展開すればこの先が上手くまとまるか等、ポンポン進まない状態です。

そう言えば、すっかり忘れていたのですが、先月末でこの小説を書き始めてから1年経っていました。

締め切りに追われてというような状態でしたので、完全に頭の中から抜けていました。

何か特別なことをと思ったのですが、何か出来るほど面白い人間でもありませんし、スペックが高いわけでもないので、申し訳ないのですが、頑張ってもう一つの3話を書くことでお許しいただければと思います。

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