一つの決着
一つの決着
「さて、楽しもうか」
剣を抜きつつユーベルが俺の方に歩いてくる。嬉しそうな歪んだ笑顔なのが非常に怖いところだ。
その間に他のメンバーは全員各々の敵に向かい行動を始め、俺は剣を構え直す。
お互いの間合いに入った所でユーベルから横一文字の一撃が放たれる。
初動に遅れたため、剣の勢いが乗る前に抑えることが出来ず、バックステップで避けるしか無かった。
避けることがわかっていたのか、剣を途中で止め、突き刺してくる。
空中に飛んでいる間ではなかったのが幸いして、剣の腹で逸らしつつ体もひねって避ける。
だが、桜と力が違うのか、完全に剣を逸らし切れずに鎧の表面をこする感覚があった。
「楽しいなぁ!! 今のを簡単に避けるんだもんな!!」
「俺はお前を楽しませる芸人でも何でもないんだがな」
「そう言うな。以前戦った時も思ったが、お前と戦うのは楽しい。桜とかいう勇者も面白そうだが、お前の方が強いだろうしな」
「俺は楽しくもなんとも無いんだがな」
ユーベルの剣は以前より短くなっているためか、剣速が早くなっている。それと、若干だが、俺の前使っていた剣と比べてカタナは重くなっている。
前回、これより軽い剣でも厳しかったのに、剣速や取り回しで負け始め、防戦一報になってしまっている。
桜にカタナを渡さなければよかったと今更に後悔し始めた所でユーベルから言葉がかかる。
「少し他の奴らを見てみよう。それも楽しみだったんだ」
戦い続けることに関してはさほど問題はない。少し押されていたが。だが、他のメンバーも気になっているのには間違いない。逆に不安が増えるかもしれないが、気になりすぎて剣が鈍ることがあっても問題なため、同意し、他のメンバーを見ることにした。
まず近くに居たノンナとティア対短剣を持ったデーモンとの戦いを見ることにした。
ノンナは槍をアスドバルに渡し、剣と盾でティアの盾として防御に専念するつもりのようだ。
デーモンは短剣で攻撃速度、そして爪や足を使った体術の様なものを得意としているようだった。
だが、ノンナは今まで攻撃職で居たのでストレスがないのか、相手の攻撃を落ち着いてさばいていた。
短剣の突きは盾で抑えこみ、左手の爪を避けつつ剣で腕に傷を付け、回し蹴りのような足技にはフットワークと盾を用いて衝撃を逃がしつつティアに攻撃がいかないようにしていた。
ティアは、そのノンナの後ろで落ち着いてデーモンの利き腕に矢を打ち込む事が出来ていた。
ムラのある性格のためか、今までこの様なことが発揮できなかったのだろうか。ともかく今までにないくらい良い動きをしていた。
だが、発動された炎の魔法の着弾と同時に入れられる短剣の連撃によって、体制が崩れた瞬間に、デーモンはティアへの攻撃に行こうとした。無理やりノンナは体を入れて防ごうとする。だが、それがデーモンの狙いだったようで、すぐに体制を入れ替えてノンナに蹴りを入れる。なんとか盾で防ぎ吹き飛ばされるだけになったのだが、ティアを護る盾が居なくなったために、慌ててカタナを抜きデーモンの短剣を防ぐことになった。
不安な状況ではあったのだが、ティアがなんとか時間を稼いだ所、痛みに耐えつつ起き上がったノンナがすぐに戻りなんとか体形を戻していた。
「あのデーモンに対し、よく頑張るものだ。でも、時間の問題ではないかな?」
ユーベルの言うとおり、なんとか防いでいるが、噂のデーモンのそのままであれば、持久力も恐ろしいくらいにあるかもしれない。このままでは二人は血を見るかもしれない。
「では次だな」
剣を持ったデーモンと、槍を持ったデーモン二人を相手にしているメルトヒルデだった。
過去に一度戦った事があると言っていただけあって、上手くあしらっていた。
左に居るデーモンの剣での攻撃を盾で弾き、右に居るデーモンへ攻撃を仕掛け、槍を使わせ防がせていた。槍で防ぎ、硬直したデーモンにアイススプラッシュを放ち、デーモンを弾き飛ばした後、すぐに剣を持ったデーモンへ攻撃を仕掛ける。デーモンの左二の腕への強めの攻撃を仕掛け、左腕を完全に機能させないようにしていた。
転がされた槍を持ったデーモンは頭の角を利用した突進攻撃を仕掛けてくるが、突進される方向を見ないままにステップして攻撃を避け、剣を持ったデーモンと衝突させていた。
その隙を突き、槍を持ったデーモンの足を切りつけ、機動力を失わせる事をしていた。
「ほほぅ。フミト、お前を堪能した後、アイツと戦うことにしよう。これほど強い奴は珍しいからな」
正直一番心配していなかったのはメルトヒルデだ。それだけの人物だと知っているからだ。だが、未知の敵であるデーモンであったため、全く心配しなかったという事はなかったが。
「おや、アイツは結構強かったんだな。俺も楽しめば良かった」
そう言うとユーベルは桜の方向を見る。
桜は馬鹿正直に真っ向から剣を持ったデーモンに向かっていた。
だが、本気になった桜の攻撃に、デーモンは防戦一報になっていた。
俺との戦いは手加減をされていたのではないかと思うくらいの動きで、腕や手の甲等に無数の傷を付けていた。
さらには、俺との戦いで学んだのか、もう武器を使いこなしているのかわからないが、デーモンの剣の先端数センチくらいだが、切り落とされていた。
デーモンは剣撃でかなわないと思い、氷の礫の魔法を発動させる。だが、詠唱の時間が取れないのと、発動できたとしても細かいフットワークで移動している桜には当てることが出来なかった。
しかし、圧倒的に桜のほうが優勢に見えても、デーモンの動きには微塵も乱れもなく、傷に寄る痛みで止まること無く、そして乱された疲れも無かった。
「はははっ!! あいつはあんなに面白い動きをするのか!! こんな所で無くしてしまうのはもったいなかったな!!」
心底面白いと言う笑い声と、本当に残念と言う気持ちが伝わってきた。だが、その残念なのは彼女を自分で殺せないからと言う所なのが同感できない点なのだが。
「さて、もう一人か。おうおう、ヨチヨチ歩いちゃって、可愛いねぇ」
もう一人、最後はナイアだ。
ユーベルがヨチヨチと言うほど悪い動きではないと思う。デーモンの槍をカタナを使って逸らし、爪はフットワークで避け、そして利き腕の左腕を攻撃しては傷つけていた。見た目にはかなり優勢に戦闘を進めている様に思えた。
だが、全力で動いていたのか、ナイアはこの短い時間の戦闘なのに肩で息をし始めていた。彼女も体力が抜群にある方とは言えないが、そこら辺の冒険者よりはあると思っていた。だが、その彼女が肩で息をしていると言う事は、相当無理しているのだろう。
お互いに一歩引いた状態になり、傷口を軽く舐めるデーモン。だが、すぐに魔法を発動させる。
しかし、一瞬の集中が途切れたのか、ナイアは魔法を唱えようとしているデーモンに攻撃を仕掛け損なっていた。
初動に遅れ、なんとかその遅れを挽回しようと、発動を阻止しようと行動するが、間に合わず魔法が発動してしまった。
「ファイアボール」
走りだした途端に発動する魔法。バランスも崩れ、飛び退くには最悪な状況となってしまっていた。発動された魔法を打ち消すことが出来るのかわからないが、ナイアはカタナを下から振り上げて向かってくる火の玉を斬ろうとする。タイミングが上手くあい、切れるかもしれないと思った所で火の玉は爆発してしまう。
その爆風と炎をナイアは体全体で直撃してしまい、軽く吹き飛ばされてしまった。
魔法抵抗力が高かったおかげと、火の属性に強いドラゴンの皮鎧、さらに体表面に近い位置でより火の属性に強いグランドドラゴンの薄い皮鎧を着ているので、炎は素早く鎮火してしまった。その為、体には火傷等は無いだろう。だが、飛ばされた衝撃を体で受けてしまったため、すぐには起き上がれなかった。
デーモンはすぐに槍を持ちなおして突撃してくる。ナイアの視界には既に槍の穂先は見えているだろう。だが、痛みと衝撃ですぐには体が自由にならない。起き上がろうともがいているナイアの顔には絶望の表情が浮かんでいた。
慌てて魔法を発動させようとするが、ユーベルが俺の喉元に剣を突き出し、魔法を発動させることが出来なかった。デーモンはそのまま走り続け、ナイアに槍を突き刺そうと構える。
槍を突き刺すために勢いを付け、腕を引いた瞬間、別の所から氷の槍が飛んでくる。
「はぁぁああ!!」
さらに、気合の入った声と共に剣でデーモンの右腕を切りつけるものが居た。
「ナイアさん!! 起きて!!」
レンティとリーアだ。リーアはそのまま槍を持ったデーモンに対峙し、攻撃しつつナイアの方に行かないように牽制している。レンティは息を切らしながらナイアの元へ走り寄っていった。
ナイアを助け起こしたレンティは、3人で槍を持ったデーモンに対し攻撃を仕掛けて行った。
「うーん、残念。血は見られなかったな」
そうユーベルが呟くが、俺としてはかなり安堵した。現状、簡単な治療くらいしか出来ない。普通の切り傷や軽い火傷なら治すことができるが、先ほどの絶命するかもしれない攻撃を受けた人を助けることが出来る程のランクの高い羊皮紙は1枚も持ち合わせていない。リーアとレンティが駆けつけてくれなければ多分ナイアの命はなかったかもしれない。そう考えると余剰分を持っていない自分に腹が立つのと、その状況に意図的にさせたユーベルに対しての怒りの感情が沸き上がってくる。
「多少危ないところもあったが、俺達の方がデーモンより優勢のようだな。尻尾巻いて逃げるか?」
「楽しければいいのさ。だから、逃げるなんてもったいないことはしない」
「そうか。まあ、逃げたとしてもお前だけは追いかけるつもりだがな」
「そう言われると逃げたくなるが、逃げると美味しそうな他の奴らも食べられなくなるかもしれないからな」
「俺を倒せるのか?」
「それはもちろん。倒さなければ他の美味しい物を食べられないしな。しかし、楽しいな。殺し合いは」
「その意見には共感できないな」
「生物なんて結局生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、殺しに関わるか、関わらないかだろう。どうせなら俺は殺しに関わりたいし、殺したい」
「無限に生きる生物なんて居るわけないからな、お前の言うことに一部聞く所はある」
「ほう。これを聞いてそういう答えを出す者など滅多に居ないのだがな。居たとしても狂人ばかり。お前も狂人なのか?」
「そんなわけあるか。生きるために、食事をするために生き物を殺す。これは普通の事だと思っている。動物だろうが植物だろうが、その者の生を終わらせて俺達は生きながらえている。これは自然の摂理だ」
「お前は俺に近いのかもしれないな」
「戦いを楽しむという点はある。感情に流されて殺したくなるという事もある。だが、殺しを楽しんだことは一度も無い」
「そうか。お前と道が交わることはないのか」
「俺にとってはお前と道を違えていると言う事は良い方向に進んでると思えるのだがな」
「さて、そろそろ俺達も楽しい殺し合いに戻ろう」
お互いに向かい合い、剣を構え直す。相変わらずにやけた顔つきのユーベルだが、戦いに高揚してにやけてしまう様に思えた。
先手はユーベルが打ち込んでくる。片手による高い所からの振り下ろし。隙が多い為に俺は魔法を発動させる。
「ファイアショット」
だが、魔法を体でそのまま受け、怯むこと無く剣を振り下ろしてくる。元々ダメだろうなと思って放った魔法なので、バックステップをしながらその剣を避ける。
「同じ手は喰わんぞ」
「美味しいからもう一度食べてみなよ」
「胸焼け起こしそうだからな」
今度は左右からの連撃。大ぶりな為、簡単に後ろに下がり避ける。そして今度は別の魔法を放つ。
「ロックストライク」
今までの大ぶりな挙動から一気に代わり、ロックストライクを剣の先端から刃の腹を沿わせる様にして軌道を変える。
「お前に負けてから色々と考えさせられたよ。牢に入っている間頭の中で何度もお前と戦った。俺に何が出来るのか、俺に何が足りないのかとな」
俺の機動力を削ぐために足を斬ろうと剣を振ってくるが、力が乗る前にカタナで抑えこみ、そしてユーベルの腹に蹴りを入れる。
強打では無く、間を開けたいがために押し出すような蹴り。ユーベルは俺に押されるまま、後ろに下がるが片足で立っていることでバランスが悪くなっている俺に対して即時飛び込んで上段から振り下ろしてくる。
慌てて体制を立てなおして切っ先を剣に合わせる。そして、カタナにスライドさせ、鍔で受け止めてから鍔迫り合いに持っていく。
「楽しいな!! 楽しくてしょうがない!!」
「俺は怖くてしょうがないよ」
「そうか? 頭の中で散々負け続けた俺がここまでお前を追い込んでいるんだ。これは楽しいと言わずとして何という?!」
「お前の中の俺は相当強いんだな。こんなに弱くてがっかりしただろう?」
「そんな事はない。だが、俺をもっと楽しませろ!!」
剣で押し込み、俺を倒そうと力をかけてきた。上手く力に合わせて刃を立てたカタナでスライドさせる。
「それは一度見た」
その言葉と同時に剣の刃では無く腹で受け、さらに俺の腹に蹴りが入った。
かなりの強打だったようで、軽く吹き飛ばされる。だが、鎧のおかげでダメージは分散する。痛みはあるが、呼吸が乱れる程ではなかった。
「そう言えば、これを見ていたんだっけな」
「この剣なら折れないかもしれない。だが、危険は回避するべきだろう?」
「やはり魔法の剣か、それは」
「そうだ。お前に持っていかれた物に比べれば幾分劣るものになるが、悪いものじゃない」
「すまなかったな。あれはもう売ってしまったよ」
「そうだろうな!」
答えると同時に力の入った突きが俺の顔に飛んでくる。カタナで逸らそうと剣先を合わせようとした所、一瞬剣が止まり、軌道を変え俺の左腕に向かい風を切ってくる。
「あぶなっ!!」
手の甲に入っている鉄板があるおかげでかすり傷さえ無いが、剣がかすった衝撃は感じていた。見えやすいフェイントだったため、何とかかわすことが出来たが、このユーベルの動きに違和感というか、不安が沸き上がってくる。
前回の戦いは慢心していたために、全力を出していないと言う事はあるだろう。だが、この様なフェイントは一回も使ったことがなかった。ひょっとしたらさっきの桜との戦いを見ていて学んだという事なのだろうか。もし、それが本当なら剣の才能は恐ろしいものになるだろう。
戦えば戦うほど吸収して成長していく。こちらは以前勝ったとはいえ、挑戦者に値する者だ。どうやって勝てば良いのかわからなくなってくる。
「はははっ!! 楽しいぞ!! 楽しいぞ!!」
3連撃、4連撃、初めはでたらめな攻撃だったのだが、剣を振る度に軌道が安定し、さらには急所まで狙うようになっていった。
受けるだけで精一杯であった状態から、剣で受けるのが間に合わなくなり、篭手や力負けした時に体で受けるようになってしまった。
「もっと俺に見せてみろ!! お前の力を見せてみろ!!」
手や腕が痺れ始め、疲労も加わり、腕が上がらなくなってくる。だが、それでも容赦無く攻撃は続く。大きく離れて一度呼吸を整えたくても、すぐに間合いを詰められるので、休む間もない。
死を意識した瞬間にそれは起きた。
ユーベルの右腕から無数に血が吹き出したのだ。
押され続けてはいるが、戦いの最中、起死回生の為に集中していた俺はその一瞬の隙、刹那の隙に無意識に体が動き、すれ違いざまにユーベルの首を薙ぐ。
「楽しかったな……」
ユーベルは仰向けに倒れ、空を眺めつつ呟いた。
少し離れた所で立ったまま呼吸を整えているが、倒れたユーベルはもう動くことがなかった。
あの右腕が、肉体の限界を越えてしまわなければ完全に俺は押され、抑えこまれ、殺されていただろう。
普段から使わない体の動きで酷使したためなのか、体が悲鳴を上げているのに気づかなかったのか、気づいても戦闘に寄る快楽を優先したのか。ともかく彼の体は彼の心を裏切ることになった。
「………私はっ……!!」
突然ユーベルから大きな声が発せられた。微動だにしていなかった体も痙攣するかのように動いていた。だが、数秒するとすぐにその動きは収まる。
まだ呼吸が整っていなかったが、好奇心と言うより、何が起きているのかわからないと言う恐怖で調べに行く。
近づいてユーベルの顔を見ると、青白い顔に、白目を向き、口から血が流れ、呼吸をしている様子もなかった。落ち着いて胸の動きも見るが、やはり微動だにしていない。
ようやく勝てたと実感出来た時には、安堵からか膝から崩れ落ちてしまった。
ユーベルの絶命を確認してから数十秒くらいだろうか、鉄の合わさる音が耳に入り、慌ててその方向に立ち上がりながら振り向く。
当たり前だが、まだ、他のメンバーは戦い続けていたのだ。
全体を軽く見回す。一番苦戦しているのはノンナとティアの様だ。慣れない短剣との戦いな上、かなり小刻みに攻撃され、休む間もない様で、疲労してしまっている。
二人を助けに行く前に、アスドバルに預けたカタナと交換しに行く。俺達の戦闘を見て、驚愕と言う顔も、感動と言う顔も出来ずに、アスドバルは若干呆けていたので蹴りを入れて目を覚まさせ持たせた武器渡せと伝える。
新しい武器に交換し、肉体的な疲れと、精神的疲れにより、重くなった体に鞭を入れて走り出す。
まずはノンナとティアの短剣を持ったデーモンに全力の一撃を加えるためにカタナを抜く。
正直、細かい作業や剣撃の応酬はもう無理だと思い、全力の一撃をする為に、刃が分厚く作られたカタナを持ちだした。
やや後ろから走り、そして飛び上がって上段から全力でツノの上から分厚いカタナを振り下ろす。
ツノに衝撃を与えて、脳震盪でも起こせばいいかと思って打ち下ろしたのだが、予想外のことが起きた。
こちらの行動が相手に伝わらずに攻撃できたのはいいのだが、2本の後ろに流れているツノを両方共両断し、デーモンの頭を割ってしまったのだ。
鈍器を得意としている冒険者もいるし、魔獣相手に頭部を攻撃すると言う事も普通にある。それでも、余り良い光景とは言えないような惨状となってしまった。
「うわぁ……」
目の前で苦戦していたデーモンと対峙していたノンナからもそんな言葉が漏れでてくるのが聞こえた。
だが、それ以上に悲惨な惨状が現れる。
デーモンだった物が、魔力が剥がれ、元の姿に戻っていく。
「スッポンポンだね……」
頭が割れ、血まみれの裸でうつ伏せで寝ている男がそこに現れた。
「やはり、離れた大陸の魔族で間違い無いだろうな」
「魔族ってみんなこんな人達なのかな?」
「さあな、俺も初めての遭遇だからな。もっと色々な種類が居てもおかしくないだろう」
「そうかー……」
「さて、ノンナ、そしてティアはリーア達を助けに行ってくれ。俺は桜かメルトヒルデに向かう」
「はーい」
こんな時でものんきな声で返事をする。だが、死をも意識し始めた戦いの中で、俺の病んで来た精神には一種の清涼剤の様になり、意識を切り替えやすくなっていた。
次に向かったのは桜ではなく、メルトヒルデだった。
正直一番心配してない人物だったのだが、どうも普段の様子と違う点が見えた。
「アネトン!! お前も来い!!」
大声でアネトンを呼ぶ。アネトンが戦力になるかと言えばそんな事は全くない。だが、アイツにもたせている物が今すぐ必要になると思ったからだ。
そして、メルトヒルデの何が違うかと言えば、まず一つ、防戦一報になっている。もう一つは魔法攻撃ばかりになって、剣での攻撃をほとんどしていない。
経験に寄る予測でしか無いが、ほぼ間違いないと思う。剣が壊れかけているのだろう。
俺が走りよっている最中に予想通り、剣を持ったデーモンからの剣撃を受けた瞬間、両方の剣が折れてしまった。
デーモンはまだ爪や足などの体を主体とした攻撃や魔法のが出来るため、武器の相打ちを覚悟しての攻撃だったのだろう。だが、メルトヒルデはもう避けるための盾と魔法攻撃しか無い。剣と盾を使いようやく対等になれていた物が一気に均衡が崩れ去ってしまう。
だが、そんな事はさせない。全力疾走とは行かないが、力の限り走り、全力で剣を振るっていたデーモンに重いカタナを振り下ろす。
俺の存在に気づき、攻撃を爪で防ごうとする。慢心していたとは思えない。硬さに自信のある爪だったのだろう。だが、その爪をやすやすと断ち切り、デーモンの右肩から胸にかけてカタナが鈍い音を立ててめり込む。
山羊の顔なのに驚いた表情に見えたのは気のせいだろうか。そのデーモンは傷だらけでほとんど動かなくなった左腕でなんとか俺のカタナを抜くと膝から崩れ倒れていった。
「アネトン!! 予備の剣をメルトヒルデに!!」
奇襲のために指示を与えなかったが、もう相手にバレてしまっているから関係無く大声を出す。メルトヒルデもそれに気づき、槍のデーモンから背を向けアネトンの元に走っていく。
槍のデーモンは同胞が一撃で屠られた事に脅威を感じてか、俺の方に対峙し始めた。狙い通りではあるのだが、正直この武器であの槍を捌ききる余裕は無い。腕も限界だし、足も動きにくい状態。満身創痍と言える状況な俺だが、それは表面には出さない。俺が動けないことがわかれば背を向けたメルトヒルデを攻撃してしまうだろう。
恐怖からか、デーモンはがむしゃらに俺に対して攻撃を仕掛けてくる。想定通りではあるのだが、正直普通に恐れて動かないで欲しかった。
なんとかフットワークで躱すことが出来たが、3回目の攻撃を避けた所で足がもつれて倒れてしまう。
「やべえ……」
ニヤリとさえしない槍のデーモンはチャンスとばかりに突撃してくる。少しでも時間を作るために俺はカタナを全力で投げつける。座っている状態で重いカタナなので、回転しながら飛んでいく。だが、簡単に槍を使い弾かれる。
羊皮紙で魔法を発動させようとした所で槍のデーモンに影が忍び寄り、腰の辺りを切りつけると、デーモンは痛みにもがき倒れてしまった。
「フミト、この剣何?」
「助けた人に対して第一声がそれかよ」
「助けたのは私」
「はいはい……」
「とりあえず、倒してくる」
そう言うと痛みで動けていない槍のデーモンの腕を意図も容易く切り落とし、さらには返す剣で首も切り落とした。
「もっと早くやれよ、それ」
「この剣だから出来た。で、これは何?」
「精霊の加護が付いた剣だよ。アピの爺さん達と色々やってたら出来たものだ。多分俺の鉄と爺さんたちの腕が無ければそう簡単に作れないと思う。しかし、そこまで切れ味良かったとは思わないんだがな、その剣」
「水の精霊に手伝ってもらってる。剣に凄い薄い水の膜を張って振動させると切っ先がとても鋭くなる」
「その剣じゃなくても出来るんじゃないのか?」
「ダメ。精霊と簡単に話しできる剣だから。でも、そう何度もできない。結構疲れる」
戦闘に関しては嘘を言う娘じゃ無い。それに、表情が心なしか疲れている様にも思えた。意図も簡単にやっているように思えたので、連続してできるものかと思いきや、起死回生の一撃と言う形でしか出来ないようだ。
続けて助けに行こうと見回してみると、パーティーメンバー5人に対峙していたデーモンは両腕が血まみれでダラリと垂れ下がり、そして、ノンナの心臓への突きがデーモンへと突き刺さっていた。
もうこちらは大丈夫だろうと判断し、桜のほうを見ると、同じような攻撃をしていたのだろうが、技術の差と言うところだろうか、意気込みの差と言うところだろうか。剣を持ったデーモンは両腕を切り落とされ、そして、たった今首が切り落とされた所だった。
桜はデーモンの絶命したことを確認する間もなく、ダリアンの方へ走り始める。腕と足を縛られているのを、時間が取られるのを面倒なのかカタナで斬り、自由になった体を横たえる。
そして、すぐに皮の鎧を開き、治癒の魔法をかけ始めた。
俺も彼のことが気になり、重い体の為走ることができず、早歩きで桜のもとへと向かう。
「大丈夫か?」
「フミト……血は少しは止まったんだけど……」
どうやら桜が出来る治癒魔法は完全な治癒魔法ではなく、血止め程度でしか無かった様だ。急いで治癒の羊皮紙を取り出す。だが、その時にダリアンの顔をが目に入った。
痛みからか汗が酷い。息遣いも荒いし、それに、顔色が真っ白だ。血を流し始めてからどれくらい経ったのだろうか、非常に危険な領域に行ってしまってる可能性が高いと思えた。
桜の反対側から治癒の魔法をかける。だが、最高級の羊皮紙が手元に無い為、俺が使える治癒は傷を塞ぐ程度でしかない。
「とりあえず傷はふさがったが……」
治療の魔法をかけを終えると、とりあえず、荒い息遣いは治まってきた。だが、生気の抜けたような顔色は戻ることがない。治療が遅く、出血が多かったのかもしれない。
「もう、よろしいです……。これ以上、私のためにして下さることはありません……」
「ダリアン!!」
桜から悲痛な叫びが出る。だが、声を聞く事ができて嬉しいと言う感情と、もう声が聞くことが出来なくなるかもしれないと言う悲しい感情が見え隠れしていた。
彼は、以前出会った時の覇気のあった声から比べるとかなり弱った声になっていた。かすれた声、そして喉に血が回っていたのか、たまに咳が出る。
「勇者様、良く聞いてください。貴方様は狙われております」
「話さないで!! 体力を使っちゃうわ!!」
「この国に来たのも、貴方様をかの者からお守りするためでございます」
「ダリアン!! お願いよ、生きるために無駄に話はしないで!!」
「貴方様を狙っている者、それは我が国の摂政、ベール=アンティカイネンです」
「お願いよ……」
「彼は国を乗っ取り、この蒼玉の国以外にも戦争を仕掛けるつもりでした」
「……」
「ただ、この国に私の知己がおりません。さらには、碧玉の国の人と言う事で、リスィで唯一会えた貴族はまともに取り合ってくれませんでした。その為、貴方様を逃す。これだけを優先に考えているつもりでした」
弱った声が、少しずつさらに弱り始めている。話す言葉もゆっくりになり、言葉の継ぎ目で呼吸する音がはっきりと聞こえるようになってくる。
「本来ならもう一つ南の街、リスィを攻めると思っていました。オルティガーラには攻めて来ないと。その判断が私の失策になります。本当に申し訳ございません」
「そんな事言わないでよ……」
「そして、もう一つ、王様、そして王子様も私達が出るとすぐに監禁されたと聞いております」
「そんな……」
「そこでフミト様。一つお願いがございます」
「ああ、聞こう」
「ありがとうございます。この桜様、勇者様をお助けして頂けないでしょうか。勇者様は、王子様にひとかたならぬ恩をお受けしております」
「わかったよ。桜が勝手に突っ走らないように、そして、決めたのなら手伝うよ」
「おお、そこまで言って頂けますか……。ありがとうございます」
そう返事をすると、ダリアンの体から力が抜け、存在が薄くなったような感じを受けた。
「お父さん!! 行っちゃヤダ!!」
桜から絶叫に近い声が出る。ダリアンはその言葉を聞くと、とても優しそうな顔になり、不自由になった腕で桜の顔を撫でていく。
「初めてそう呼んでもらえたね、桜。とても嬉しいよ」
「ごめんなさい……。この世界に来てから、今までずっと助けてくれたのに……。そう呼ぶのが恥ずかしくて……」
「いえいえ、私は貴方のその一言で十分です……。私は貴方と知り合うことができて、父と呼んで貰えることができて……」
ダリアンの腕から力が抜け、落ちそうになる所を桜が慌てて掴む。
「お父さん!!」
「私には過ぎた娘でした……。幾つか思い残すことはありますが、もう問題ないでしょう……。ああ、良い生でした……」
桜は声を殺して泣いていた。大声で泣きたい所だろう。この世界に来てから父と呼べるような存在、温かい存在だったのだろう。本来なら大声で泣き出したいはずだ。だが、彼女の理性が、この戦争という状況がそれを許してくれなかった。
そして数分後、彼は最後まで優しい笑顔を桜に向けながら旅立って行った。
悩めば悩むほど執筆速度は遅くなります。立ち回り、言葉、展開……。今までスラスラ出てきたものが悩んでしまっているので、正直これでいいのかと思ったりもしています。ノーテンキな所に早く戻りたいような、成長のために戻りたくないような……。複雑な気持ちですね。
それと、先週執筆速度が遅くなる要因、とある好きな作家さんの本が出まして。半日で読み終えたのですが、その分はやはり遅くなってしまいました。いつも思うのですが、背景描写等よくそこまでしっかりと書き込めるなと。逆に言えば、そこを書けないといけないのだろうとも。
余裕があれば、背景描写なども付け加えていきたいと思っていますけれど、1話終わらすのに精一杯なドンガメですので、出来るのやら?まあ、やらなければ出来ないのですけど…。