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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
74/83

潜入戦

潜入戦


「よう、桜。面白くないジョークだな」

「この状況でジョークに思えるなんて、ちょっと褒めてあげたいわ」

「ありがとう。ちょっと嬉しい」

「冗談は止めにして。さあ、構えて」

 桜の目は真剣だ。少しおどけても何ら反応しない。それだけ彼女が本気だという事か。

「前聞かなかったけど、桜は剣道やってたんだよな。良く長剣なんて振れるようになったな」

 普段の立っている姿勢も、座って食事している姿勢も、どちらも背筋がピンと伸びていたので、武道、多分剣道でもやっていたのではないかと思い質問をした。

「一応個人でインターハイは出たわ。16止まりだったけどね。剣の振り方なんて全然違うから慣れるのに大変だったわ」

「ちなみに段位とかは?」

「一応3段よ。真面目に剣道に打ち込んでいた娘なら普通だと思うわ」

 そういう彼女の顔は本当に謙遜も賞賛され嬉しかったと言う様な事も特に無さそうだった。別段どうという事ないと普段から考えているのだろう。

「フミトさん、剣道とは何でしょうか?」

 気を利かせてか、ナイアから質問が来る。正直、桜とは戦いたくないので、この様な話の脱線はありがたかった。

「俺と桜が元いた世界の剣術だよ。以前ティアには言ったけど、俺達が居た世界は、人との争いが絶えない世界だったんだ。人と人とが殺しあう事を戦争という大義名分を掲げて行い初めたのが約4000年。俺達の国では約2000年。その中で培ってきた技術を体系化して脈々と継がれて来た剣術の一流派とでも言えばいいかな」

「2000年は言いすぎじゃない?」

 俺がそう言うと桜が少し気になったのか口を挟んでくる。こういう形になることを望んでいたので、俺も乗っかりながら話す事にする。

「江戸時代にも島原の乱や忠臣蔵があったし、明治維新前後には新選組等や第二次長州征伐では武器の主役が銃に変わりつつあったがまだ使われていたと思う。完全に銃が主役になった一次大戦や二次大戦の時も日本兵は基本帯刀していたからね。実際に剣と言う武器が無くなっていったのは昭和初期から、俺が居なくなった時代から約60年〜70年程度前の話だよ」

「刀が出来たのは鎌倉時代って聞いたことあるけど?」

「それもそうだね。中国の三国志の時代にはまだ日本は鉄の剣は満足に作れていなかったんじゃないかと思う。だけど、争い自体は色々な所で起きていた。すこし後だけど、聖徳太子に協力して大きくなった蘇我氏も蘇我入鹿の時に剣によって殺され、滅亡することになった。それから幾つもの戦争があり、武家社会になってから体系化して行った物。それが剣術であり、ルール化されて制限されたが、その流れを引き継いでいるのが剣道だと俺は思っている。古流剣術もそうだと思ってるけどね」

「よく覚えてるね……。歴史はテスト勉強くらいしかしなかったから今言われたことあんまりわかんなかったよ」

「まあ、昔から人は殺し合ってたってことさ」

「それはまとめ過ぎ」

 剣道の説明していたはずが、二人で話し始めてしまったために、6人は半分口を開けてポカーンと呆けてしまっていた。何を言っているのかさっぱりわからなかったのもその理由だろう。確かに、全く知らない世界の歴史を話されても確かにどうすればいいのかわからないだろうなと思う。

「まあ、わかりやすく言えば、恐ろしい技術を脈々と受け継いできた末裔ってとこかな」

 曖昧に言い過ぎたせいか、結局良くわからなかったらしい。まあ、想像出来ないよな。この世界は魔獣に対しては元の世界より遥かに戦っている歴史が長いが、人との戦いは殆ど無い。それだけで文献をまとめるとノート1冊程度にしかならないのだ。まあ、ノートが無いから羊皮紙で本一冊と言うべきだろうが。

「でも、この長剣だと上手く使えないのよね。剣道。だから、一から学んだのよ。こちらの剣術は」

「そうなんだ。誰から教わったの?」

「王子とダリアンから……」

「王子様?凄いじゃないの、そんな人滅多に逢えるわけでもないし、しかも剣を教わってたなんて……」

 そう褒めたつもりだったのだが、とたんに桜は下を向き黙りこんでしまった。

「そうよ。こんな事を話している場合じゃないのよ……」

「ん、どうした?」

「さあ、剣を抜きなさい」

 また再開したばかりの時のように、桜は真剣な眼差しでこちらを見てくる。

「いやいや、だから、俺が桜と決闘する理由が全く持ってわからないんだよ」

 いくら敵方の国の勇者だからといって、戦う理由が思いつかない。話した限り、至ってまともな倫理観を持っていると思えた。桜は日本人だし、俺は元日本人だ。前世よりこちらの世界のほうが長く生きてしまっているが、味噌に醤油、煎茶にせんべい。漬物はちょっと苦手だったけど、あの世界の味はこの世界には何処にもなかった。味噌なんかは自分が食べたい為に作り始めたようなものだ。そう考えると少しは日本人だと言っても良いんじゃないかと思う。元の世界にこの姿のまま戻ったらそう言えないとは思うが……。

「私にはフミトを倒してこなければならない理由があるのよ」

「だから、理由を教えてくれ!」

 苦虫を噛み潰したような、何かに苦しんでいるような表情をしながら、桜は俺の質問に答えようとする。

「……ダメ……言えない……。フミト、構えて!!」

「桜……」

「お願い!!」

 悲痛な叫びを上げる桜。表情も痛みに耐えるというか、悲しみに耐えるというか。本当に苦しんでいるように見えた。

 もうこれ以上は無理だな……。

 そう思った俺は意を決して桜と対決することを決めた。

「少し待ってくれ」

「逃げるの?!」

「違うよ」

 そう言うと、仲間のもとへ戻る。背中の刀身が長いカタナをアネトンにわたし、彼らが荷物として持っていた本来の長さのカタナを受け取る。腰に差し込み、桜の元へと戻っていく。

「お待たせ、桜」

「何よ。短いのに持ち替えたの?」

「そうだな。やれることはやっておかなきゃな」

「つまり、その刀なら私に勝てるってこと?」

「どうだろうな」

 結局、俺が望んでいない日本人同士の異世界での戦闘は回避できなかった。

 同族との戦いと言うのはここまで苦しいものなんだな。

 俺がカタナを構えると同時に桜は踏み込んでくる。いきなりの上段への突きが来る。桜の武器は普通の長剣。突きに特化した武器とは言えないが、十分殺傷力の高い武器である。さらに、剣道は中学の間は突きが禁止されていると聞いていたが、普段から練習でもしていたかのような突きが喉元に飛んでくる。

 カタナの切っ先を合わせ、突きを逸らして鍔迫り合いに持ち込もうとするが、こちらが鍔迫り合いのために力を込めて押し込むと簡単に押されるがまま下がってしまい、肩透かしを食らった感じになってしまった。

 こちらが一瞬よろめいた所にあわせて左手の小手を狙ってくる。篭手は盾を持っていないため、金属プレートを入れたものにしているので、少々のことでは痺れはするが傷にはならない。当てるに任せてこちらも反撃しようとした所、剣が跳ね上がってきてこちらの顔面を突く形となった。

 真っ直ぐな突きだったため、桜の右手側、利き手側に避けつつ踏み込む。桜は踏み込まれたことに対処するつもりで剣の柄で俺の頭を殴ろうとする。だが、その前に俺の掌底が桜の腹に一撃入れることが出来た。

「なんで刀で刺さないのよ」

「言っただろう、争う理由がわからないからだって」

「それは言えないのよ!!」

 そう言うと同時に上段から剣を振り下ろしてきた。

 一旦時間を作る好機と思い、わざと大きく後ろに離れる。桜も少し間を空けたかったのか、追撃してくることはなかった。

「なんで教えてくれないんだ」

「遊んでる暇は無いのよ。理由が聞きたかったら私を倒しなさい!」

 俺としては彼女を傷つけたくない。いや、多少の怪我は良いが、命に関わる傷は絶対にしたくない。未練と言われようが、元の世界の唯一の接点だ。それを自分の手で潰す事はもったいない。

 いや、もったいないと言えるほど、簡単な相手では無い。実際、剣さばきは俺より上。標準サイズのカタナにし、軽くなった上に重心バランスも手前に来ている。剣さばきも普段使っているカタナに比べれば小回りが効く様になっている。それでようやく追いついて居る感じがある。嫌な予感がして武器を交換して良かったと今更になって思う。

 真剣だった桜の表情がより険しくなっていく。

 決着を早めたいのか、理由がわからないが対峙しているのが怖くなってくる。

 少し間をあけ、運が良ければ隙が作れればと思い、腰に刺してある羊皮紙を取り出し魔法を使う。

「アイスランス!」

 彼女の動体視力では、簡単に避けられてしまった。

「本当に魔法使えるのね。嘘は言ってないと思ってたけど、見るまでは信じられなかったわ」

「魔力は無いんだけどな」

「そうなの?」

「ああ」

 命のやり取りをしている様には思えない会話。だが、お互いに殺すための武器を持ち、それを向け合っている。やはり心が苦しい。

 そう思った瞬間、桜が間を詰めて上段から切りつけてくる。剣の腹で振り下ろして力が乗る前に押さえ、そして再度魔法を発動する。

「ファイアショット!」

 一瞬桜が火に包まれるが、魔法耐性が高いのか直ぐに鎮火してしまった。

「ちょっと!!乙女に対してなんてことするのよ!!」

「殺しに来てる、しかも相当恐ろしい奴に手加減なんて難しいこと出来るか!」

 魔法の間に再度間を空ける。そして次の魔法を放とうとした瞬間に桜から魔法が飛んでくる。

「ファイア!」

 俺を直接狙ったわけではなく、俺が左手に持っていた羊皮紙に向けて放たれた魔法だった。

「魔法使えるのかよ!!」

「そうよ。回復魔法も使えるわよ」

 桜の放った魔法は俺の羊皮紙を簡単に燃やし始め、使い物にならない羊皮紙を捨てざるを得なくなった。

「剣が達者で、攻撃魔法と回復魔法を使えるって、まんまゲームの勇者じゃねーかよ!!」

「魔法なら何でも使えるチートみたいな貴方に比べればなんてこと無いじゃないの」

「俺は金がなきゃ何も出来ねーよ!」

「お金?」

「羊皮紙だってただじゃねーからな」

「なるほどね」

 何処まで使えるのか聞いたら、碧玉の国は魔法は余り使用されてないとのことで、ほとんど学ぶことが出来なかったそうだ。

 羊皮紙が10枚燃え尽きる頃には彼女はタイミングを完璧にしたようで、羊皮紙に手を伸ばそうとした時には魔法を発動してくる。

 俺は魔法による隙を作った後の決着を諦め、剣で再度戦うことにした。

 だが、彼女の息が切れ始めている。慣れない魔法の連射と、剣での戦闘。更には俺がたまに挟む無駄と思えるような会話が疲れさせたのだろうか。

 俺は長い間冒険者として活動しているので、まだ息を切らしてはいない。楽出来るポイントは楽しているというだけでなく、戦争や魔獣との大規模戦闘になれば、このくらいの戦いを半刻近くもし続けなければならないこともある。リーアやレンティにはまだ無理かもしれないが、いずれはこなしてもらわないとならなくなるだろう。

 桜の剣筋が少し乱れてきたようにも思える。好機を逃すわけにはいかないので、腹を切られる隙を作らない程度の速度で上段からカタナを振り下ろす。

 疲れてきた桜は最初のようにフットワークで下がってこちらを崩すこと無く剣を使い押し返してきた事により、鍔迫り合いにと移行できた。

「意外と強いのね。国の中では私より強い人はそんなに居ないのに」

「桜のほうが強いだろう。俺はなんとか経験だけで付いて行ってるようなもんだ」

「経験を含めて強さって言わないかな?」

「そうなのか?」

 お互いに少し笑い合う。

「さて、そろそろ終わりにするわ」

「そうだな。俺もその件には同感だ」

 そう言うと桜は俺のことを押し返そうとする。だが、ここで押し返されてはまた同じ事の繰り返しになり、最悪どちらかが命を落とすかもしれない。そんな事はしたくないしさせたくない。

 桜が剣を押し出す力に合わせて俺は刃を立て、押し返しつつスライドさせて筋を作る。そして、すかさず同じ辺りにカタナで1撃を加える。

「えっ?!」

 普通に剣で攻撃を阻止したとしか思っていなかった桜から当惑した様な表情と声が漏れ出る。

 その理由は、キンッと甲高い音がなると同時に桜の持っている剣先の9割が足元に落ちてしまったのだ。

「ふぅ……。なんとか上手く行ったな」

 最初から考えていたこと。多分剣の腕や才能では桜にはかなわない。相手の武器を壊せばなんとかなるかもしれないと考え、最初から鍔迫り合いをしたかったのだ。実際俺の武器のほうが勝ってるかどうかはやってみなければわからない事だったのだが。持久戦でも勝てるかもしれないが、その場合は隠密行動をして、更には早くユーベルという司令官を倒さなければならない事が達成できなくなるからだ。

「剣の腕は負けてたけど、剣の質は俺の方が良かったみたいだな」

 折れた剣先を見ると何箇所も刃こぼれがあった。だが、俺のカタナはやはり精霊の加護があるようで刃こぼれしていない。

「何よ……その卑怯な剣は……」

「うるせー。この世界で30年生きてきた俺の武器の集大成だ。ぽっと出の新人に負けるような武器はもってねーよ」

 うん。完全に誇張してます。ここ3ヶ月の間に出来上がったばかりの偶然出来た武器です。

 だが、今は彼女の心を折らないと、負けを認め、真実を話してくれなくなりそうなのでこの様な嘘をつかなくてはならなかった。

「わかったわ……。ここは負けを認め、話して貴方に協力してもらった方が良さそうね……」

 そう言うとゆっくりと桜は話し始めた。俺達と別れ、しばらくケイトウで魔獣退治してから祖国が何か起きているからすぐに戻れと言う知らせをもらい、慌てて戻っている最中にオルティガーラで占領軍に巻き込まれたそうだ。そこで、ダリアンが近衛騎士としてユーベルに問いただそうとした所、全員が拘束されてしまう。仲間を殺されたくなければ、俺達の事を倒してこいと言う命令を聞かざるを得なかったそうだ。

「なるほどな。それで話せなかった理由はなんだ?」

「バカね、ここは一応敵地よ?何処に何が居るかわかったものじゃないわ」

 そう言えばそうだなと納得する。情報戦に関しては正直あまりわからないし、魔獣相手ではほとんど役に立たないからそんな存在自体頭から抜けていた。

「わかった。それなら協力しよう。だけど、工作任務なんて007じゃ無いんだ。期待しないでくれよ?」

「助けてくれるだけありがたいわ。牢所の図面なんか持ってる?」

「この世界そんなに細かいわけ無いだろう。聞いた程度しか情報はないよ」

「役に立たないのね」

「うるせー。桜こそ中を見てないのかよ?」

「外で拘束されたんだもん。見れるわけ無いでしょ」

 先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えないくらいに砕けた光景。何も考えないメルトヒルデは別にしても、他の5人さえ気にしないで戦闘が終わったと言う事で近づいてくる。

 新規メンバー二人だけどういうこと?と言う顔をしながら遠巻きで見ていた。

「桜、武器はあるのか?」

「今切った人がそれを言う?」

「いや、確認だけだ。それならこれ使うか?」

 そう言うと先ほどまで持っていた普通の刀身で作られたカタナを鞘ごと腰から外して手渡す。

「これ、凄く良い物じゃないの? 本当に良いの?」

「素手で行けるなら別にいいけど」

「なら、もらっとく。でも、フミトの手汗ベッタリじゃないの?」

「お前な……、そんな凹むこと言わないでくれよ……」

「うそうそ。ありがと」

 先ほどの長剣での攻撃は、あまり長剣らしい動き、諸刃を多用する動きをせず、刃先は全て同じ方向を利用していたので、多分こちらの方が相性良いだろうと思う。

 竹刀から長剣、それからカタナ。新しい武器になるが、多分大丈夫だろう。重心が違うので、すぐにとは言えないだろうが、慣れてくれるだろう。

 使ってみたくてウズウズしていたのか、桜は受け取るとすぐに抜き出し、軽く振り回してみる。

「こっちのほうが重心手前にある感じ?」

 真っ直ぐな長剣と違い、反りがあるカタナだからそう感じるのだろうか。数回振り回していると、盾を持つ前提で少し前かがみになっていた姿勢がピンと伸びた形に戻っていった。

「今の桜のほうがよほどやりたくないと思うな」

「そう?お世辞でも嬉しいわ」

「随分と嬉しそうだな。勇者よ」

 突然聞きなれない声が届き、全員がその声の方向に向かい、剣を構える。

「ユーベル!!」

 桜が叫ぶ。俺も忘れることの出来ない声だ。誰が発した声かを直ぐに理解し、剣を持ってないので羊皮紙を数枚取り出す。

「フミト。楽しんでもらえたか?俺のもてなしを」

 そう言いながらユーベルは一人で俺達の前に現れた。当然一人じゃないだろう。桜も言っていたようにこの周りには兵士が伏せられている可能性が高い。本来なら言葉を選ばなければならない場面のはずだが、俺は嫌悪感から素直に答えてしまった。

「酷いジョークだ」

「なんてことを言うんだ。こんなにいっぱい人を殺して舞台を整え、そしてお前が仲良くしたと言う勇者まで用意したのにジョーク扱いとは」

 最悪なことを平然と言う。しかも、殺したことを俺のせいにしてくる。

「俺に対するもてなしは、お前がこの世から居なくなってくれることが一番うれしいんだがな」

「そんな悲しいこと言うな。まだプレゼントは用意してあるんだ」

「お前からのプレゼントなんて欲しくないな」

「そうか?見ておいたほうが良いと思うんだけどな」

 わざとらしくゆっくりと左腕を広げ、指先を揃えた右手を胸の辺りで止める。おどけたピエロの様に。そしてその仕草はプレゼントのある方向を指し示す。だが、その指し示した方向には何もない。文句を言おうと思った瞬間離れた家の影から、手足を縛られた男が突き飛ばされて転がされた。

「ダリアン!!」

 桜から悲痛な叫びが聞こえる。それもそのはずだ。転がされた男性は、桜の従者と思われた壮年の男性だったからだ。2度ほど俺達もあったことがある人物。その人物を慌てて助けに行こうとした所、ユーベルから声がかかる。

「止まれ。まだ約束は果たされてない。さあ、フミトを殺せ」

「嫌よ!! もうあんたの指示には従わない!!」

「そうか。ならお前の仲間は殺すことにしよう」

「待って!!」

 静止を要求する桜。だが、ユーベルは何もしなかった。違和感を感じた俺はダリアンの方に振り向くと黒い影が家の屋根から飛び降りてきた。

 こちらに攻撃してくる可能性を考え権を構える。だが、その飛び降りてきた人物はダリアンの側から離れることがない。もうすでに何かしてしまったのかと注視してみると、桜から悲痛な叫び声が上がる。

「ダリアン!? なんてことするのよ!!」

「おいおい、今は何もしてないぞ?」

 前合わせの柔らかい革鎧を着ていたため、初めはわからなかったが、どうやら胸か腹か、何処かを怪我しているようだ。皮鎧の間から血が垂れ始めていた。

「最初から傷つけていたってこと?!」

「そうだよ。お前らの戦いがもう少しかかると思ってたから、まだ死んでないけどな」

「なんてことを!!」

「そうそう。他のお仲間は邪魔だから殺しておいたから」

「…………!!」

 驚愕、絶望、更には悲しみの表情へと変わっていく。そして膝から崩れ落ちてしまった。決して少なくない時間を過ごしたのだろう。その悲しみは尋常ではないだろう。

「なんだよ。もうお終いか。最後の一人を救うために殺し合いをしてくれると思ったんだがな。意外と楽しめなかったな。それでは、フミト。俺様が相手をしてやろう」

 ユーベルはゆっくりと剣を抜きながら歩き始める。出来るならもうやりたくない相手だ。だが、今は1対5。桜が動いてくれれば1対6。負けるとは思えない。だが、あの男がこのまま戦いにくるとは思えない。ふと屋根の上から降りてきた男を思い出す。

「全員周囲に注意しろ!! 奇襲があるかもしれない!! アスドバル!! アネトン!! 二人も武器を持て!!」

 全員に向けて叫びながらアネトンに持たせたカタナを取りに走る。

「おや。バレたか。仕方がない、お前ら出てこい」

 カタナの鞘を背中に背負う暇無くカタナを構えて周囲を注意する。

 すると、他に4人マントを被った黒い影が現れる。

 だが、現れただけなら良い。身長が伸び、頭の辺りから2本、何かがフードの下からでも伸びていくのがわかった。

 伸びるのが終わると、4人とダリアンの方に居た黒い影達は、マントを剥ぎ、その姿を表した。

 黒い毛皮、山羊の頭、大きい2本のツノ。その禍々しい存在の体をあらわにした。

「フミトさん!! なんですか!! あれは!?」

「俺も初めて見るが、多分デーモンだろう……」

「デーモン?!」

「ああ、西の離れた大陸に魔力を持って変身する能力を持った人達が住む国があると聞いたことがある。ひょっとしたらその魔族と呼ばれる者達か、類似した全く見たこと無い魔獣か……」

「多分間違いない。魔族のデーモンであってる。一度戦ったことがある」

 メルトヒルデから俺の想像を肯定する言葉が来る。あまり当たってほしくないところだった。噂では結構な手練。身体能力が高く、武器の腕も立つ。ツノは固く、頭部への攻撃は大抵ツノで弾かれてしまう。そして、武器がなくても爪や足、魔法で攻撃することがあると聞く。

「桜!! 生き残りたかったら戦え!! そして、ダリアン、彼を助け出せ!!」

 俺の言葉を聞いた桜はゆっくりと起き上がり、今まで挿していた剣の鞘を一度眺めるが、意を決して投げ捨てる。そして手に持っていたカタナを挿し直した。

「ダリアンの近くに居る1体は任せて。アイツは許せない。ダリアンを足蹴にした!!」

「頼む!! 俺が1体、メルトヒルデが……」

「2体行く」

「わかった。ナイア達は1体頼む」

「わかりました!! ノンナ、盾お願い。ティアさん、弓で援護を。私はカタナで行きます。アスドバル、アネトンの二人は防御にのみ専念」

 次々に指示を送り、体制を整えようとする。だが、そこで更に悪い方向に一手進む。

「おいおい。俺を放って置くってどういう事だよ。フミト。お前は俺と戦うんだよ」

「ユーベル……」

 6対5。俺達が6なので決して数字の上では悪い状況ではない。だが、予想の上では桜級の相手が少なくとも5体。圧倒的不利な状況だ。ユーベルは魔法による奇襲を使い、なんとか倒したような相手だ。アスドバルとアネトンは数字に入れていない。彼らは死なないことに専念してもらうしかない。どうするか悩んでいた所、ナイアからの声が届く。

「私が1体受けます。フミトさんは安心して行ってください」

 悩む。だが、ティアにその役目をさせられるかと言えば無理だろう。精霊魔法が使えても集中しなければならないし、近距離より遠距離の方が得意な彼女だ。ノンナに2対任せるのもありだが、多分翻弄され、ティアかナイアが標的にされてしまうだろう。それを考えたら初めから標的になってもらえれば対処はしやすくなる。

「ナイア!! 頼むぞ!!」

「はい!!」

「さて、正念場だ。全員生き残るぞ!!」




今週は先週に続き、全く進みませんでした。

もう一つの方はプロットを考えてあるのですが、こちらがあまりにも進まなさ過ぎて全然書けませんでした。

行き詰まった時に書く予定の物が、行き詰まり過ぎると書けないっていうのもなんとも……。

雨続きで涼しかったので本来書きやすいはずだったんですけどねぇ…。


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