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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
73/83

潜入工作

潜入工作


「悪かった!! 合図をしないで入ってきたのには理由があるんだ!!」

 デリックが両手を上げつつ謝罪をしている。だが、その謝罪は聞き入れて貰えそうになかった。

「ここは絶対に知られてはならない通路。全員殺して口封じします」

 長剣と盾を持ち、重装鎧を着込んだ戦士から皆殺しと言う言葉が出てくる。デリックが切りつけられそうになり、慌てて俺達の方向に逃げ出す。

 剣が逃げるデリックの背中を切りつけようとした所をギリギリのタイミングでカタナを使い防ぐ。

 この剣筋、この声、フードに隠れた顔ではあるが、俺はこの人物を知っている。

「ちょっとまて!! お前、メルトヒルデだろ?!」

「何故、私の名前を知っている?!」

 そう言いながら攻撃する手は緩めない。普通、ここで理由を聞くために一歩引くのがお約束ってものだろう!!って声を上げたかったが、剣を防ぐのが精一杯で声もまともに出せない。

 なんとか鍔迫り合いまで攻撃を抑えこみ、少しでいいから手を引いてくれとお願いしようとした所、アイツの得意技が放たれる。

「アイススプラッシュ」

 氷の礫を大量に放つ魔法だ。避けると後ろの仲間たちに当たってしまう。魔法防御の低い相手なら一つの礫だけで頭に当たれば昏倒してしまう程の威力だ。

 自分の魔法防御の高さと鎧の頑丈さに任せ、全てを自分の体で受ける。

 腹から胸部までを連続で殴られている感覚が押し寄せて来る。魔法防御と鎧のおかげで直接痛むダメージはさほど無い。だが、足で踏ん張っていないと吹き飛ばされる威力はある。

 全力で足と腕を踏ん張り、魔法が切れるタイミングを見計らって相手の剣を大きく押し出す。

 相手がよろけることは無かったが、少し時間を作ることが出来た。

「俺だよ!! フミトだよ!!」

 潜入時に視認されにくいようにとフードを被っていたのを慌てて外す。

「フミト?何やってるの、こんな所で?」

 攻撃してきた重戦士がフードを取ると、きょとんとした顔でこっちを見ている。どうやら間違いなくメルトヒルデだったようだ。


 全員がフードを取り、顔を晒す。

 実際、メルトヒルデとの顔見知りで無いものは俺のパーティー5人+2だけだった。知り合いだらけだったおかげですんなりとその先の広場まで連れて行ってもらえることに。

「ところで、こんな所で何してたんだ?」

「許可無くここを通る者を排除する依頼をするためにいる」

「それで、俺達は通っていいのかな?」

「どうなんだろ?」

 この懐かしくも疲れるやり取り。改めて懐かしい仲間と再開したことを実感する。

 メルトヒルデという高い所で一つ結びしているダークエルフの娘は、ダグラスと揃って前衛盾を担っていた。重装鎧を纏い、硬い盾、そして剣を振るいながら水系の魔法と同じく水系の精霊魔法を使うことが出来る。俺の知る限り、剣と魔法を同時に実行できる者は俺の羊皮紙魔法以外では一人だけだ。剣の腕も凄く、盾と魔法を含めた攻撃であれば、ハパロバでさえ追い込むことがある。戦闘に関しては恐ろしいほどの才能があり、以前の仲間たちが火力過剰と思えるようなパーティーになったのは彼女の影響もあるだろう。それに、耐久性はダグラス近くある。しかし、戦闘以外の中身は真面目なおっちょこちょい。以前もリーア達に話したが、ベッドから俺の上に落ちてくるわ、ご飯で好きな食材だったから喜びながら所定の場所に行って食べようとしたら全部撒き散らすわ、串焼きの屋台で買おうとしたら財布の中身を全部ぶちまけるわ……。他の人に話したらつくり話としか思われない様な呆れる逸話が幾つもある。街中での彼女しか知らない人が戦闘では優秀だと聞いても、言った人がオオカミ少年扱いされる。そのくらい差が激しい人物だ。

「フミト。アルドが来るって話しがあったけど、来ないの?」

「アイツは司令官だからな。この街を取り返す時、もしくは取り返した後じゃ無いと来ないと思うよ」

「そうなんだ。久しぶりに会えると思ったのに」

「ダグラスなら戦闘中に会えるかもしれないよ」

「あれはいい」

「なんか言い方キツイね」

 常に隣に居たから、懐かしむかと思っていたのだが、言葉が尖ったように感じた。

「あれは、さっさと嫁のもとに戻れ。グロリア一人じゃかわいそう」

「そうか。セリアはかわいそうじゃないの?」

「あれはこの前会ったし、それに、腹黒だから問題ない」

「そうなのか……」

 まあ、貴族社会に元平民が入ろうっていうのだ。腹黒というか、肝が座ったやつじゃないとダメだろうな。メルトヒルデの言葉に妙に納得してしまった。まあ、それに近いエピソードは幾つか知っている。幾つかって言える程度なので、色々と隠していたかもしれないが。

「とりあえず、水飲む?」

「ああ、よろしく」

 精霊魔法と水魔法を併用し、広場にあったピッチャーに水を集め注いで行く。

 タップリと水を溜め終わった後、ピッチャーに付属しているコップに注ぎ渡してくる。

 程よく冷たくて飲みやすい水。郷愁とはかなり違うが、とても懐かしい気持ちになり、一気に飲み干してしまった。

 その様子で同行のメンバーたちも喉を鳴らすので、近くに居たサマンタにコップを渡すと、全員が次々に一杯ずつ水を飲み干していく。途中で足りなくなり、再度水を継ぎ足すことはあったが、全員に回すことが出来た。

 ちょうど全員飲み干した辺りで奥の通路から声がかかる。

「メルトヒルデ、ご飯だよー」

「ご飯っ!!」

 声を聞いたメルトヒルデが、ぴょこんと立ち上がって小走りでかけていく。重い鎧を着ているはずなのに随分と軽やかに。

 俺もそのまま付いて行くと知っている女性に遭遇した。

「オルテンシア?」

「フミト??」

 冒険者ギルドの女性職員、オルテンシアがメルトヒルデに後ろから抱きつかれ、鬱陶しそうにしながら俺を見つめていた。




 オルテンシアの案内で冒険者は奥の通路に通され、約10個ほどある階段から各々のパーティー毎に登っていく。

 登った先は冒険者ギルド関係者か、協力者の家出あり、なにか緊急事態があった時は家を提供する、もしくは人を匿う等の事を優先して行なってくれる場所だった。

 1箇所は冒険者ギルドにもつながっているのだが、現在占拠中されているので、今は固く閉ざされている。

 オルテンシアは冒険者ギルドの職員なのに、ここに居る理由は、当日外出中にギルドが占拠され、隙を見計らって地下階段から連絡を取り、内部反抗作戦の指揮を取っている。

 指揮能力も、策略を考える能力もさほど無い普通の女性職員である彼女だったが、状況が人を変えるのか、のんびりとした癒される顔だったはずが、かなり引き締まった顔になってしまっていた。

 既に受け入れ態勢は整っており、今日は各々休むことになった。

 一番手前の階段から案内されるかと思ったのだが、先日ユーベルによって家族皆殺しにあった。

 7日に1度決闘形式でユーベルに生贄が用意される。その初回時に、この家族が選ばれてしまったそうだ。

 選ばれた理由が、3歳になったこの家の子が兵士にぶつかってしまった。だが、たまたまその兵士が融和派であったため、見逃されることになった。だが、これがいけなかったとオルテンシアは言っている。何故なら、そのせいでこの子は街に常駐している兵士は良い人だと思い込んでしまったからだ。その後、話そうとして近づいた兵士に、つまづいてぶつかってしまい、その兵士がユーベル直属の奴隷従属派だったのがこの家族の命運を分けることになった。

 当日、家族3人でユーベルの前に立たされた3人は、各々武器を持たされる。子供にもナイフを無理やり持たせて戦いを強要した。

 普通の街の住人だった二人が剣をまともに振ることなど出来ない。それをユーベルは笑いながら攻撃を躱し、少しずつ切り刻んでいく。最後、気力も体力も無くなり、出血のため起き上がれなくなった二人の目の前で泣きついていた子供の首を跳ねると言う暴挙を行った。逆上した両親が攻撃を仕掛けるが、剣を振り下ろすこと無く殺された。

 占領政策の一環である恐怖の植え付けを成功させたユーベルは高笑いをしながら牢所に戻っていったそうだ。

 その様子を見ていたオルテンシアは、反抗作戦の指揮を取る事に決めたと静かな怒りを放ちながら言葉を止めた。


 俺達はオルテンシアの家に通されることになり、夕食を頂くことになった。人数が多いので、追加で作らなければならなかったが、ティアが手際よく作り、短時間で済ませる。

 食事を食べる時、自然とメルトヒルデが隣に座ってきた。そう言えば、一緒のパーティーだった時は常に隣に居たなと思い出していた所、案の定椅子に座ろうとした所で転びかけ、あわてて助ける。

 しばらくあってなくても、条件反射で助けることが出来、我ながら凄いと思ったが、相変わらず変わらないメルトヒルデにも感心させられた。


 翌日、各々のパーティーは自分達の持分である場所を確認しに行く。もちろん、装備は外し、一般住民に溶けこむような形で。中には一般人に見えないような外見のものも居るので、そういう者は留守番となっているのだが。

 俺達は遠巻きに見ようと思っていたのだが、ユーベルに顔を知られている。彼らの部下には覚書きみたいな物が出回っていると潜入したことが知られてしまうため、全員で留守番することに。二人だけでも見に行かせようという意見もあったが、見て欲しい場所が彼らには見つけられないだろうという事でメルトヒルデとオルテンシアから要点を聞くことにした。

 全員戻ってきてから昨日の地下通路にあった広場で全員での作戦会議を行う。

 発言はリーダーのみで行い、他のメンバーから質問があった場合はリーダーが代理で発言すると言う形を取ったため、スムーズに終わらせることが出来た。

 実際は各パーティーが実行可能かどうか、実行の際に考慮すべき情報が他からあるか程度でしか無かったが、シンプルに終わらせる事で、明日の作戦実行のために集中することが出来た。




 潜入工作実行日早朝、オルティガーラ伯救出部隊のデリック隊はまだ外がかなり暗い時間から出発する。伯爵の囚われている屋敷が遠くにあるためだ。物見の塔へ行くノエル隊、リリアーヌ隊も少し遅れて出発する。

 フェルナン隊・サマンタ隊は朝の開門時に襲撃するとのことで、少し明るくなった辺りで出発した。本隊は日が昇った辺りで攻めてくる予定だ。その為、門が閉められる前に占拠する必要がある。過去で強調したことがある事と、2隊向かわせるのはそれが理由だ。

 残りのエヴァス隊は、本隊が攻め込んできた時に大通りを通りつつ冒険者ギルドに向かうことになる。街の住民に反抗作戦が実行したこと、そして、本隊が攻め込んでいることを声高に伝えながら奪還する役目だ。

 俺達は門の奪還作戦が始まる少し前辺りで兵士達の移動を見届けてから行く予定になっている。

 少し外が明るくなった辺りで大通りから一つ裏手にある協力者の家に潜り込む。この場所を選んだ理由は大通りに近く、兵士の移動を観察しやすいこと。そして、丘の上にある牢所からギリギリ監視出来ない位置にあると言う事。この2点で協力者から了承を得てもらっていた。

 こちらの潜入前から下準備を色々と終わらせてくれていたオルテンシアには頭が下がる思いだ。失敗するつもりは毛頭ないが、絶対に成功させなければならないと思えた。


 潜伏場所で息を潜めながら外を観察していると、数十人単位で兵士が移動していくのが見えた。日が昇っているので、本隊が街の外に見え、慌てて兵士を招集しているところなのだろうと想像できた。

 足音が遠くになった辺りで出発の合図を送る。皆は既に出発の準備を終え、合図を待つだけになっていたため、すぐに行動に移す。

 表通りを使えば一本道で牢所までたどり着くことが出来るが、逆に言えば、高い所から見下ろしている牢所から丸見えになっている場所である。その為、隠密行動をしなくてはならない現象、この通りは使うことが出来ないので、細かな迂回路を通って行かなければならない。

 幾つか裏道を通った所で声がかかる。

「お前たち!!何者だ!!何処に行く!?」


 〜〜〜〜〜


「奪還部隊の出現と同時にお前たちの様な者が出てくるとわかっていた。悪いが、ここで全員死んでもらおう」

 細身だがしっかりと訓練され、実践も積んでいる様に見える女性が一人で立ちふさがる。ここでやられるわけにも行かないし、時間を稼がれるわけにも行かない。それに気づいたリーアは私に視線を送ってくる。私はそれを頷いて返事をする。

「フミトさん!! 私とレンティが足止めします!! そのまま言ってください!!」

 この女性、一人でも何とかなるかもしれない。だが、威圧するためと、この後複数人に増えた時に対応できないために私も残ることにした。

「わかった。早く追いついて来いよ」

 フミトさんもすぐ理解してくれたみたいだ。表情も迷いが無い。それだけ信頼してくれていると言う事なのだろうか。

「そんなに簡単に行かせると思う?」

 そう言うとその女性兵士はフミトさんに切りつけに行く。

 だが、リーアは踏み込んできたその女性兵士を横から盾で突き飛ばす。

「リーア、ありがとう」

 そう言うとすぐに6人全員がすぐに移動を始める。女兵士はフミトさん達に攻撃を仕掛けようとするが、リーアが剣を突き出してそれを阻止する。

 私達を倒さなければ追撃が出来ないとわかった女兵士は標的を私達に変える。そして、怒りの声と共に攻撃を仕掛けてきた。

「この作戦は絶対に成功させなくちゃいけないのよ!」

 剣筋がしっかりと訓練されているようで、リーアはまだ押され気味だった。8対1で攻撃を仕掛けてくるだけの事はあるかと思えた。だけど、剣の素人でしか無い私の見立てだが、落ち着いたリーアよりは強くない。でも、冒険者になりたての頃のリーアだったら2〜3回の攻撃で少なくとも怪我、最悪命に関わる傷を負うことになったかもしれない。

 そんな相手なので、リーアは手加減が出来無かった。と言うより、今まで全力を出しても簡単にあしらわれる人ばかりの相手していたためか、手加減する事が苦手だった。

 鍔迫り合いの膠着状態になった時に、先ほどの怒りを込めた言葉が気になった私は質問をすることにした。

「貴方はどうして成功させたいのですか。敵国の兵士だからと言うわけでも無さそうです。貴方の目からそれを感じることができます」

 戦場で見た兵士の目とも少し違い、何かに追われている者、縛り付けられている者の様な目をしていた。狂気では無く、恐怖に近いものに思えた。

「貴族が自分たちの為だけに税を上げているのは知っているわ。贅沢をし、住民が苦しんでいても何にも思わないクズども。本来ならこの剣を向ける相手が違うという事も。だけど、この作戦が成功しないと弟たちが殺されるのよ!!」

 そう言うとリーアを押し出し、再度斬りつけてくる。リーアは体制を崩すこと無く押されるがまま大きく一歩引き、切りつけられた剣を盾で防ぐ。空いた右手で攻撃も出来たはずだが、この女兵士が言っている事が気になって手が出せないようだ。

「私の他にも何人もの兵士達が人質を取られているわ!! 作戦に参加しないと殺す!! 成功しないと殺す!! 飢餓に苦しんでいる兵士や人々に話しても殺す!! なら私達はどうすれば良いのよ!!」

 狂気に近い状態で叫びつつ攻撃をしてくる女兵士にリーアはどんどん押されていった。傷をつけられた為に押されたと言う事はなく、逆に幾つか相手の腕等に傷を付けている方だ。だが、相手の気迫、狂気、叫び……、これらに気圧され、リーアが怯えているのがわかった。

 自分でもなんて声をかければ良いかわからない。それ以外にも、何の魔法を使うと良いのかも全く頭に浮かぶ事がなかった。

 私達二人は完全に女兵士にのまれ、数の有利も完全に意味を成していなかった。

「弟達の為!! 私は死ぬわけには行かない!!」

「いやぁあ!!」

 女兵士は早々に決着を付けるために大きく踏み出してきた。完全にのまれていたリーアは悲鳴を上げ我武者羅に剣を突き出してしまう。

「え……?」

 私の目の前、リーアの肩越しに赤い花が咲く。

 そして、リーアは膝から崩れ落ち、座り込んでしまった。そのおかげで、私の視界が広がり、赤く染まった女兵士が目に入った。

「チェーリア……レッテリオ……ごめんね……お姉ちゃん帰れなくなっちゃった……」

 私の耳にその言葉が聞こえた後、女兵士が力無く倒れていく。

 リーアの肩越しに見えた赤い花はこの女兵士が作ったものだった。リーアの突きは女兵士の喉元を切り裂いていたようだ。しかし、その勝ったはずのリーアも座り込んだまま動かない。リーアにも女兵士の剣が当たっていたのかと慌てて回りこんで確認する。だが、何処にも傷がない。かすり傷さえ。

「どうしたの!?リーア!!」

 肩を揺すりながらリーアに語りかける。少しするとリーアの口が小さく動いているのが見えた。何を言っているのかとしっかりと聞くために耳を近づける事によってようやく聞こえた。

「……死んじゃう……お母さん……やだ……」

 その言葉を聞いて、レンティはリーアが力無く座っている理由がわかった。

 二人がまだ幼い時の事。ある晴れた日に走りながら絶望による叫びと、僅かな希望を求めてハイドレンジア商会の扉を叩くリーア。そして、母親のルシールと傭兵と共に走っていくリーア。留守番を言われた私だけど、親友のリーアが泣き叫んでいたのを見て、母親との約束を守る事よりリーアを慰めに行くと言う事を優先する事にした。

 聞こえていた会話でリーアの家に異変があったことがわかっていたので、急ぎ駆けつける。

 中に入るとリリィさんが毛布をかけられ横たわっていた。泣きついているリーアを慰める為に駆け寄ったが、その時にリリィの顔が見えた。

 悲しみ、絶望、諦め、その他の色々な感情が入り混じったおかげか、中空を眺めるだけの力のない表情になっていた。その表情が今の女兵士とそっくりだったのだ。

 この時点での私は知らなかったのだが、先日の戦いではリーアは一人も殺すこと無く、傷つけるだけで撤退させていた。そう、今この時、初めて人を殺してしまったのだ。

 人を殺してしまった衝撃と、その女兵士の表情がリリィの絶望した時と重なりあってしまった。どちらかだけならリーアも耐えられたかもしれない。だが、二つの心の傷を受け止めることが出来なかった。魔獣達を数多く屠ってきたし、大規模の戦争にも参加して亡くなっていく人を見ている。だが、自分の手で人の命を断つと言うのは全く違う。戦争が無ければこの女性も弟達と笑い合って生きていたであろう。男性と結婚して子供が生まれていたかもしれない。その幸せがあったかもしれない未来を自分の手で奪ったのだ。

 虚ろな目をしているリーアに対して何とか目を覚まさせようと肩を揺らしつつ話す。

「リーア! リーア!! 目を覚まして!!」

 だが、二つの心の傷を負ったリーアは虚ろな目のまま小さくつぶやいていただけだった。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 リーアをこのまま放っておくことは出来ない。何度もリーアに届くように名前を呼ぶ。目を覚まして欲しいと願いながら。リーアは戻ってきてくれると信じながら。

 だが、その声は違う所に届いてしまった。

「美味しそうなのが二人も居るじゃねーか」

「俺達で……食べても良いの……?」

 慌てて声のした方を振り向くと胸鎧を着た兵士が二人立っていた。細身だが力の強そうな男と、中背だががっしりした体型の男の二人だった。

 置いていた槍を構えるとすぐに二人は襲いかかってきた。

 今まで二人以上を相手に戦闘をしたことがない。魔法使いにとってその環境はとてもありがたいことだ。何故なら、それだけ周りから護られているという事がわかるからだ。

 だが、今は護ってくれる人は居ない。逆にリーアのことを護らなければならない。1対1ならリーアが目覚めるまでなんとかなるかもしれない。いや、させなければならない。

 そう決意したレンティは教わった魔法を発動させる。

「ファイアショット!!」

 小さいが数多くの火球が中背の男に向かって飛んでいく。タイミングよく発動したので中背の男は火だるまになる。それを確認した後、もう一人の細身の男に向かって攻撃するために目を向けるが、何処にも居なかった。

「どこ!?」

 中背の男のすぐ隣を走っていたはずなのに既に居ない。慌てて見回そうとするが、いきなり視界が歪み、体が飛ばされる感触があった。だが、すぐに背中に衝撃が走る。背中に痛みが響いた後、顎の辺りもズキズキと痛む感じが沸き上がってきた。

「おうおう、やられてんじゃねーよ。生きてっか?」

「……熱かった……」

 痛みと衝撃ではっきりと二人が今話している言葉がわからなかったが、次に彼らが続けた言葉の意味だけは理解できた。

「お前はそっちでいいか?」

「うん。美味しそう」

「わかった。俺はこのちっこい方にするわ」

 この男達は、私達二人を慰み者にするつもりだという事が。

「それじゃ、頂きますか」

「パンツ燃えて楽出来た」

「お前もろ出しだな。それに、気が早すぎだろう」

 細身の男がズボンの中央をモゾモゾと触りだし、ズボンについているスリットから何かを取り出そうとしていた。

 その間、視界の隅に下半身を露出した中背の男が力無く倒れているリーアに覆いかぶさろうとしていた。

「リーア!! 目を覚ましなさい!!」

 そう叫びながら目の前の男に跳びかかろうとする。だが、体が上手く動かない。いや、体に力が入らないと言ったほうがいいだろうか。その為、細身の男に抱きつくような形になってしまった。

「おや、お嬢ちゃん。待ちきれなかったのかい?」

 ニヤニヤと舌なめずりしながら細身の男はそう言った。

「あら、足に力が入ってないね……やりすぎちゃったかな?」

 先ほどの顎への一撃が今の状況を作ってしまったのだろうか。

 簡単に負けてしまった。リーアを助けるために着いて来たのに、そのリーアを助けられない。この二人に散々弄ばれた後、殺されるのだろう。フミトさん達から受けた恩、これらは全く返せていない。それ以外にも色々な人達に助けられているのに、その人達にお礼も満足に言えてない。その様な人達の気持ちを考えると悔しくて堪らない。

 悔しい。何とかしたい。助けたい。お礼を言いたい……。色々な思いや感情が入り乱れ、自然と涙が出てくる。

「なんでえ、嬉し泣きとは。ありがたいことだね」

 いやらしい笑いをしながらこちらの感情を逆なでることを平気で言ってくる。

 悔しくて、悔しくて、相手を殺したくなる。歯を噛み締めて殴りかかりたくても顎も腕にさえも力が入らない。目で相手を殺せたらどんなにいいことか。

 舌を噛んで死んでしまおうかとも考えたが、万が一二人とも生き残った時、本来やり遂げたかった事が出来なくなる。

 あの温かい家族全員に笑顔を、心からの笑顔を取り戻したい。

 体は穢れてしまうが、生きていれば少なくともこの目標に立ち向かうことが出来る。今は耐えるしか無い。そう覚悟を決めた時に悲鳴が上がる。

「いってぇぇええええ!!!」

 目の前の男から発せられた悲鳴ではなく、リーアの方に居た中背の男からだった。

 細身の男が慌てて振り向くと、レンティの視界にもその光景が見えてきた。

 中背の男は痛みからかリーアに覆いかぶさっておらず、その場で転がっていた。

 そして、レンティは気づいた。中背の男が痛がっている理由を。

 陽の光をうっすらと反射する青い氷の槍が鎧を脱いだ男の脇腹に突き刺さっていた。


 〜〜〜〜〜


 なにか叫んでいる男が居る。

 静かにして欲しい。

 何か男の脇腹に刺さっている。

 氷の槍だ。

 槍が刺さっているのなら敵なんだろう。

 それなら斬らなきゃ。

 赤い花。この花は好きじゃない。

 後ろから何か叫んでいる。

 振り向くと白い細長い光を持った男が見える。

 光を振り上げて走ってくる。

 下に降りて来る光を避け、肩の辺りで一番細い所を目掛けて大きく踏み込みながら剣を引く。

 ハパロバさんに教わったやつだ。

 背中の方から何かが倒れる音が聞こえると、すーっと意識が無くなっていった。


 〜〜〜〜〜


「リーア!! リーア!!!」

 柔らかいものが体を包ん付いるのがわかる。柔らかい香りも漂ってくる。

 ああ、この匂いは知ってる。ちょっと汗臭い。昨日は体を簡単に拭くだけだったもんね。

 今日は入れると良いね、レンティ……。

「リーア!!!!」

「え……?」

 はっきりとレンティの私を呼ぶ声が聞こえる。意識が覚醒してくると呆けていたのか、寝ていたのか、それとも失神していたのか。気を失っていたことだけはわかった。

「リーア!! 良かった……、目が醒めたんだね……」

 涙を流しながらレンティは抱きついてくる。鎧があるから痛くはないけど、抱きつく力が少し強くなった気がした。

「そう言えば、さっきまで女性の兵士と戦っていたよね?」

 気を失う前はどの様な状況だったのか、自分の記憶と現実との差異がどうなのか。ともかく現状を把握するために見回してみた。

 すると、女性の兵士が赤く染まり、近くに横たわっていた。

 ああ、夢じゃなかったんだね……。あの時のお母さんもこんな顔してたな……。確か、チェーリアとレッテリオだったかな。戦争だからと言えるけど、なんとなくそんな言い訳したくない。二人にあって何が出来るのかはわからないけど……。

「あれ?この男の人達は……?」

「リーアが助けてくれたんだよ」

「助けた?」

「リーアが気を失っている間にこの人達に襲われてね。私じゃ何も出来なかった……」

 レンティからそう言われた所でふと目に入る。氷の槍が一人の男の体に突き刺さっているのが。レンティの発動させる魔法の氷の槍は、対象にぶつかった後、ほんの少しすると消えてしまう。それを何度も見ているので、この氷の槍はレンティから放たれたものでは無いことがわかった。

「ああ、また助けられたんだね」

 少し坂を登った辺りで振り向いて歩いて行く一行が見えた。

「もっと強くならなきゃね」

 男の人はまだ好きになれない。恋愛感情は当分持つことは出来ないだろう。だけど、もっと強くなってあの人に頼ってもらえるようになりたいと思った。


 〜〜〜〜〜


「ふぅ……。危ないとこだったみたいだね……」

 二人が心配で裏道を登りつつ見える位置を探していた所、少し高くなった道から見える場所があった。そこから彼女たちはどうなっているかと目にした光景は、二人とも男に覆いかぶさって襲われている光景だった。

 頭が真っ白になり、気づいたら魔法を発動させていたようだ。

 その後、リーアが二人の男を切り伏せるところが見え、安心して先に進むことが出来た。

「ちょっとまだ危なっかしいですね」

「まだ冒険者ギルドに登録して3ヶ月だよ。とんでもない急成長ぶりだよ」

 昔の俺達は3ヶ月であそこまで成長していたかというと、まだまだ殻がついたままのヒヨッ子だったなと思い出す。

 薄く笑いながら歩み続けると、少し広い広場に出た所で声がかかる。

「フミト。私と一騎打ちして欲しいの」

 殺気の無い普段通りの声、その為そこに人が居るとは最初気が付かなかった。

 慌てて声の方向に振り向くと、碧玉の国の勇者、五条桜が完全装備で立っていた。




今週も悩みつつ書き上げました。多少書き方が強引になっているところがありますが、ご了承いただければと思います。

初めてトルティーヤというものを手作りしました。ただ、本当のトルティーヤというものを知らないと言う中作ったので、これでいいのか?と食べている時に頭を悩ませました。

今度は何処かで美味しいトルティーヤを探してから作ってみようかと思います。

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