開戦
開戦
足音が響く。
それも一人二人ではない。
多い。とても多い人数の足音。
そして規則正しく揃った足音。
この様な訓練された足音はこんなにも威圧感を与えるものかと改めて感じる。
しかも、その音は俺達に対して向けられたものだ。
威圧・音の暴力・精神的な暴力……。色々な表現が出来るかもしれないが、つまりは俺達を制圧するため、殺しに来る音。
その暴力に屈しないためにも俺達は数を揃えて待ち構える。
規則正しい音の暴力は少しずつ大きくなっていく。
「各部隊弓隊準備!部隊長の指示で攻撃開始!! 左翼耐えろよ!敵方の一番槍だ!! 右翼急げ!予定通りの働きを期待する!」
伝令に伝え、後は予定通りに事が運ぶことを祈るだけだ。敵方およそ3000、味方およそ4500。数では圧倒的に有利になっている。だが、各部隊ごとで考えると、約1000対800、200人差ではあるが、ここまでの人数になると戦えるのは1列目盾部隊の100人と、2列目の槍部隊100人。相手側も、約200人ほどだろう。長期戦になればその200人差と言うのはかなり響いてくるだろうが、それはお互いに個々の武力が拮抗している場合だ。小競り合いでわかったが、我軍の兵士は敵国兵士より弱い。対人戦闘をほぼ視野に入れていないため、大ぶり、力押しが身に染みてしまっている。そこに付け入れられ、小さな傷を増やし、そして傷つけられたことにより焦り、逆転を図る為により大振りになっていく。対人での大ぶりは力の均衡していない場合は大抵命取りになる。我軍の兵士はその例に漏れず、命を落とすもしくは、良くても戦線復帰できない怪我を負う事に。
「なんとか初手を耐え切ってほしいものだ……」
「そうですね……」
対魔獣であれば、人の壁を作り、後ろに進ませないと言う事はやらなくはない。だが、防御陣を長くし、突進する魔獣に対してはわざと避け、奥まで誘導し、限界点で叩くと言う事をすることがあると言う事だ。だが、今回は相手が人間であるため、一人通すとその穴を広げられ、致命的な事に成り兼ねない。その為、全力で相手の初手を耐え切らなければならない。レンティ、彼女からの提案で1枚目を盾職のみ、2枚目を槍職、この様な異色な編成を受け入れたのには敵軍との力量差を考え、耐え切ることが重要だと考えたためだ。だが、ただ耐えきるだけでは力押しで部隊が後退してしまうだろう。後退すると本陣が近くなり、将が打たれ、自軍の崩壊が予想される。成功例は過去にあるが、それを体で覚えている人間族はもうこの戦場には居ない。この世界にも多くは残っていないだろう。エルフ族等長命な種族なら覚えているかもしれないが、自分の興味あるものを見つけに森を出てきた者たちが戦争に興味を持つことは殆ど無い。獣人族が稀に人間の倍の寿命を持っている種がたまにあるが、その低い確率、少ない人数をあてにして戦いなど出来ない。
戦場より少し小高い丘に本陣があり、そこから兵の進行具合を確認する。敵軍も右翼を前進させた斜線陣でなだらかな坂を駆け下りてくる。我軍の左翼はもうすぐ敵国兵士と衝突しそうになり、我軍の弓兵、各中隊毎に50人いるが、全てが敵右翼に狙いを定め、号令と共に射出する準備は整っている。
敵国兵士が大声を出し速度を上げはじめる。どうやら突撃命令が出たようだ。それに合わせて左翼部隊から敵国前衛に向けて矢が放たれる。しかし、敵国兵士もそれを予想していたようで盾で上手く遮られ、あまり効果があるようには見えなかった。
左翼部隊も矢の射出に合わせ、突撃命令が出る。敵国兵士と接した瞬間、金属の交わる音、重い物がぶつかり合う音、大きな掛け声、そして悲鳴。それらの様々な音が聞こえ、本陣や中央部隊に居る兵士の一部が若干怯えているのがわかった。
「なんとか左翼の初手は耐え切ったようですね」
副官から心配していたことのまず1つめに関して報告が来る。だが、これに安心してはいけない。この状態を維持、出来るならば逆転しなければならないのだから。
「まずは一つ越えたな。次は中央部隊か。ここも耐えて欲しいところだが……」
「右翼部隊と中央部隊はほぼ同時に衝突ですね」
「考えてみれば、同じ斜線陣だから、全部隊が同時に衝突するのが普通か。そうなると敵右翼部隊の進行速度は早かったのか」
「勇み足と言ったところでしょうか?」
「いや、声やぶつかり合う音をわざと中央部隊に聞かせて、戦争に慣れてないこちらの士気を落とすのが作戦かもしれん。右翼部隊は攻撃に関しては評価できる部隊長だ。さほど気にならないが、中央部隊、抑えきれるか」
不安になりながら戦況を眺める。だが、右翼部隊、中央部隊共に何とか初手を耐え切る。右翼部隊は勢いそのままに陣形を若干崩す形で前進していた。だが、中央部隊は被害こそ少ないように見えるが、少し押し込まれていた。
「幸先悪いな……」
〜〜〜〜〜
「我軍の兵士達よ!!一つ目の街の占領を取ることは成功した!!だが、戦いはこれからだ!!」
「おーー!!」
オットーは一段高くなった台の上に乗り、兵士達に向かい叫ぶ。それに呼応した兵士達は力の限り大声で拳を天に向けつつ叫ぶ。
「思いだせ!!我が国土を!!その生活を!!そして、その貧困に苦しんでいる家族を!!」
「おおおおーー!!」
オットーの言葉に対し、涙を流しながら叫ぶ者もいる。苦しみながら生き続けた、そして改善されなかった状況を思い出しているのだろう。先程のが最高の叫びかと思いきや、更に大きな叫び声となる。
「国土の半分は砂漠、すぐ北には開発の難しい未到達地域、南には魔獣の森、西には荒廃した山脈。我が国は、我が国民はどうやって生きていけば良い?!」
「奪えば良い!!」
貧困、痩せた土地、実らない作物、荒れた魔獣、略奪しあう人々。悲しみ、苦しみ、そして喪失感。それらからの開放、希望が他国からの略奪という答えだった。
「そうだ!!奪えば良い!!東にある蒼玉の国から奪えば良い!!」
「奪え!!奪え!!奪え!!」
様々な感情を抱えている兵士達の興奮はピークに達しようとしていた。
「奮い立て!!戦士たちよ!!進め!!家族のために!!殺せ!!生きるために!!」
「おおおおーーーー!!」
「突撃せよ!!未来のために!!」
「おおおおおおーーーーー!!」
「進軍!!」
「おおおおおおおおーーーーーーーーーー!!」
兵士達は決死の覚悟で進む。自分のため、家族のため、そして、生きるために。
〜〜〜〜〜
「報告します!!右翼部隊、碧玉の国左翼部隊を押し返しております!!」
「そうか!!ご苦労!!出来れば詳細を教えてくれ」
「はっ!敵左翼部隊は我軍右翼部隊を中央突破を図るつもりで凸系陣になり、衝突してきたのですが、我軍は凹型陣にて対応。先端部を周りから包囲しつつ初撃を対処。中央突破を失敗させた状況で、左右の手薄な部分を崩し、全体的に押し戻している状況です!!」
「そうか!!部隊編成を組み替えた弊害は特に無いか?」
「敵軍初手を盾兵で防ぐことにより、勢いに寄る敗走を防ぐことに成功しております!あわせて、右翼部隊内を4中隊に分け、右翼、中央、左翼、後方交代部隊と分けたことと、伝令騎馬隊により、伝達速度の上昇、中隊長からの指示に寄る行動と徹底しておりましたので、今の所上手く稼働していると部隊長より聞いております!」
「そうか!!引き続き監視、報告を頼む!!」
「了解いたしました!!」
そう言うと伝令兵は本陣裏につないである馬に向かい走る。馬に乗り、すぐさま駆け足で右翼部隊へと戻っていく。
「レンティ、君の意見はやはり見るべきところがあったな。一番不安だった初手衝突時が安定して防ぐことが出来た事は全体士気への影響が大きかった。ありがとう」
「アルド閣下、お礼は早いと思います。あの中央部隊に関しては上手く行っていないように思えますので」
「そうだな……」
現在、少し押し込まれていたと思われていた中央部隊だが、敵軍の猛攻により、かなり後退させられていた。
「報告します!!左翼部隊の報告です!!」
「ご苦労、詳細頼む」
「左翼部隊は敵右翼部隊の逆落しを盾兵部隊で上手く受けきり、陣形を崩すこと無く維持しております」
「それ以外は?」
「特にありません!」
「わかった。引き続きよろしく頼む」
「はっ!」
左翼部隊は初手をの一番打撃を被るかと思われた逆落しを上手く受けきったことは賞賛すべきことだ。戦争の一番初めの攻撃を受ける事のプレッシャーは凄いことだろう。だが、それにも耐え切り、更には敵の猛攻も防ぎ、現状維持していると言う事も、賞賛すべき一つになるだろう。
「報告します!!中央部隊の詳細です!!」
「ご苦労!!報告頼む!」
「はっ!敵中央部隊は、中央突破を図ろうと凸型陣により衝突。我軍もあわせて凹型陣で防ぐことにしたのですが、下がる事にあわせて敵兵の進軍を許し、押し込まれる形になっております。中央部隊左翼、右翼共に、前線に取り残される形に成り兼ねませんでしたので、全体的に後退せざるを得ない状況に」
「なるほど。わかった。引き続き頼む!」
「はっ!了解致しました!!」
中央部隊が押し込まれ、瓦解すればそのまま本陣になだれ込まれ、数に劣る本陣はあっという間に飲み込まれ、生存は絶望的になるだろう。
だが、司令官のアルドは、特にその顔を歪めたりせず、平然とした表情でいる。フミト達の冒険者部隊もまだ敵と遭遇していないが、本陣に近い位置に居るわけではない。そんな状況で悩みもせず、笑いもせず、普段通りの表情でいることは何か裏があるのだろうかと考えさせられてしまう。
〜〜〜〜〜
「オットー隊長!報告します!」
「うむ」
「右翼部隊、あわせて中央部隊は我軍の優勢にあります!」
「そうか」
「中央部隊は敵中央部隊を押し戻し、本陣に迫る勢いで有ります!!」
「そうか!いいぞ!!」
「以上です。報告を終わり、引き続き任務に戻ります」
「ご苦労」
伝令が天幕から出ていき、オットーは戦況がいい状況になっていることに非常に喜んでいた。
「このまま行けば、我軍の勝利だな。そのまま軍をトリグラウに向け、占領すればユーベルなんぞに並ぶことが出来ないほどの功績になる。ヒッヒッヒッ、ユーベル、貴様の位置を奪ってやるからな」
低くいやらしい笑いがしばらく続いた後、またひとりごとを話し始めた。
「それにしても、我ながら上手く言葉に出来たものだ。人を先導するのは意外と簡単で楽しいものだな。貧困に苦しんでいる家族?そんなのどうでもいいわい。どうせ死んでも勝手に増えるんだからな。でも、その一言で簡単に死んでくれるのだ。礼を言っておかねばならないかな」
また、低くいやらしい笑いが始まるオットー。先ほどの演説の表情とはうって代わり、いやらしい、そして、気持ち悪い笑いが続く。本当に先ほどの演説した人物と同じか疑いたくなるほど豹変していた。
「報告致します!」
「なんだ?」
いやらしい笑いをしていたオットーだが、その顔は伝令に見られることはなかった。彼の特技のようなもので、人の気配を察知することは長けていた。更に、表情の変化を隙きなく行えるので、この裏を知っている人物は極限られた人しか無い。その為、多少言葉は乱暴だが、国のために命をかけている尊敬できる司令官を演じきってしまっているのだ。
「左翼部隊は敵右翼部隊からの攻勢により、後退を余儀せざるを得ない状況になっております」
「なんだと!突破されそうなのか?!」
「いえ、まだそこまでではありません。ただ、右翼部隊、中央部隊との差が開いてしまっております」
「そうか、その程度なら問題ない。だが、全力で押し込めと伝えろ」
「はっ!」
伝令は命令を遂行するために直ぐに天幕から出ていった。
「冷や汗かいたぞ。対人戦闘をほとんどしてない蒼玉の国など力押しで勝てると思っていたのだがな……」
〜〜〜〜〜
「索敵騎兵を全騎招集せよ!索敵は引き続き兵站部隊の一部で対応!急げ!」
「はっ!直ちに招集させます!集合場所は本陣でしょうか?」
「右翼部隊後方、そこに集めてくれ。小隊長はソルデビラに決めてある。話も通してあるから、命令があり次第実行に移せと付け加えてくれ」
「はっ!了解いたしました!」
アルドはそう副官に命令すると再度戦場を注視し始めた。
戦況はやはりこちらが追い込まれている。中央部隊は3部隊に寄る斜線陣になっているはずなのに、左翼部隊と同じ位置に押し込まれてしまっている。更には、右翼部隊は相手陣に届いてしまいそうな勢いで押し込んでいる。このままでは敵本隊の横槍が入り、右翼部隊の戦線は瓦解してしまうだろう。
だが、そんな状況なのにアルドは絶望や悲観、落胆などの負の表情をしていない。自信に満ちた顔とはいえないが、まだ勝負を捨てた者の顔ではなかった。
「報告致します!索敵騎兵41騎招集完了いたしました!」
「ご苦労!引き続き命令を下す!左翼部隊及び中央部隊、右翼部隊、そしてソルデビラに作戦を実行せよと伝えよ!」
「はっ!了解いたしました!」
レンティは副官が伝令部隊に命令を出している方向を見ながら言葉を漏らす。
「うまくいくでしょうか……」
「行かなきゃ困る。だが、大丈夫だ。君も信じているのだろう?」
「それはもう。ただ、自分がその場に居ないのはさすがに不安です」
「そうだな。俺も後方で指揮しているだけと言うのは心が痛い。前線で戦っていればどれだけ楽な事か……」
「私もそう思います」
「だが、俺は司令官としての責務を全うしなければならない。勝つのなら作戦を立てた後、俺は居なくてもいい。だが、負けた時は彼らに対して責任が届かないよう配慮、つまりは処刑されなければならないからな」
「何故です?生き残って再戦すればいいじゃないですか?」
「処刑と言ったのは、国内に対して責任を取るってことだよ。バカ貴族共に俺が負けた後街を取り戻せるかはわからない。だが、現在一人もこの戦場に来てないバカ貴族共は負けたことに対して責任を取れと要求してくるだろう。自分が出来もしない事に対して文句だけは一人前のバカども。力もないのに世界は自分が中心で回ってると考えているバカ息子共。自分の利益だけを考え他人を思いやることなど出来ないバカ貴族共。戦争になったら一番最初に逃げ出すだろう者達に対してな。そこで命がけで戦い、傷ついた部下達の首を差し出せと言われ無いようにするのが俺の本来の役目だと思っている。死んだ後、王様達に負担を全てかけてしまうのも申し訳ないのだがな」
その言葉を聞くと、レンティは何を言えばいいのかわからず、口に出すことが出来なかった。負けはどうあがいても死に直結してしまっている。国力差で言えば勝って当たり前と思われてしまっている状態。だが、実際は兵力差はそこまで大きいわけではない。更には兵士の練度、精度が相手のほうが上。負けるかもしれない。責任を取って死ななければならないかもしれない。フミト達と冗談を言い合っていたはずの男が実はここまで覚悟してこの場に来ているのか少しも想像つかなかった。だが、この人は死なせてはいけない。それだけは理解することが出来た。
「ほう、両部隊とも良い動きをしている」
先ほどの会話からしばらく沈黙が続いた後、ずっと二人は戦況を眺めていた。伝令により先ほどの命令が伝わり、左翼部隊、中央部隊共にその命令を実行に移していた。
両部隊とも、4つの中隊に分かれているので、上手く運用して半包囲陣を左翼部隊は左翼方向に、中央部隊は右翼方向に展開していた。半包囲することにより、敵部隊の横から攻撃することが出来、敵部隊の陣形を崩し、押しこむことが出来る。
押し込まれた両部隊は隣り合っていたため、重なりあい、人の密集地帯ができてしまう。そこをめがけて弓隊が攻撃をしかけていた。
「素晴らしいです!この調子で行けば勝てそうですね!」
レンティは両部隊の運用と攻撃を感心しながら眺めていた。
「いや、このままでは勝てない。今押しこむことができているのは、盾部隊と槍部隊が一気に攻撃しているから、攻撃の厚みで押し返しているだけ。時間をかければ陣形の薄い部分をついて突破されてしまうだろう」
「えっ?!」
現在かなり優勢に見える戦況なのに、否定的な言葉が出てくる。だが、これ以外の状況でどうやって勝とうというのだろうかとレンティは頭を悩ませた。
「戦争は魔獣との戦いとは違うよ」
「魔獣とは違う?」
少し考え込んでいると、アルドからいきなり魔獣と言う言葉が出てきてレンティは更に悩んでしまった。
「大量の魔獣との戦闘は、8割〜9割殲滅する必要がある。一般冒険者が遭遇できる魔獣は全滅させなければならないことが多い」
「大量の魔獣との戦闘は経験ありませんのでわかりませんが、冒険者の方は理解できます」
「そうか。それで、人間との戦いはどうだ?」
「盗賊相手の戦いならありますが、その時は全員捕獲しました」
「あら、それならわかりにくいか。大抵人間同士の争いだと多くて3割の被害が出れば戦闘は終わるんだ」
「3割ですか?!」
「そうだ。意外と少ないだろう?魔獣より楽だと思うかもしれない。だが、3000人の3割というと900人は殺すもしくは戦闘不能にしなければならない」
「そんなに人を……」
「だが、絶対ではないが、簡単に戦争を終わらせることが出来る手がある」
「それはなんですか?!」
「司令官を確保、もしくは殺すことだ」
その一言でレンティの顔が蒼くなる。すなわち相手もアルドを殺しに来ているという事だからだ。
「相手に引き継げる指揮官が居れば戦争続行できるかもしれないが、大抵士気が下がり、敗走をはじめる。俺達はそれを実行、いや、希望しなければならない」
アルドの続いた言葉により一層蒼くなるレンティ。敵国には司令官を倒しても引き続き指揮をする者が居る場合、負けが無いかもしれないと言う事がわかったからだ。
そしてもう一つ。自分達にはアルド以外指揮できる人が居ないという事に。
ダグラスは指揮することが出来るかもしれない。だが、短い付き合いでしかないが全体の司令官と言うより、部隊長で前線で一緒に戦う事なら問題ないだろう。裏方で司令官として指揮、戦術等を考えることには向いていない。指揮や戦術を考えることが出来るのならフミトもその範疇に入るかもしれない。だが、やりたがらないだろうし、知名度、地位を考えると、部隊が動いてくれるかどうかわからない。結局、アルドを生き残らせる以外勝つことも、負けることも出来ないという最悪な状況だ。
今更ながらなんでこんなに不利な状況で応戦したのか、不思議に思いながらアルドの顔を見る。
「なんだい?どうしてこんなに不利なのかって聞きたいのか?」
言葉にしていないのに、レンティの質問したいことがアルドの口から出てくる。実際聞きたいことだったのでレンティは頷いて返事をした。
「50年前にはまだ英雄はいたんだよ。英雄になれる奴もな。だが、その英雄の子孫も貴族になったおかげで腐っていった。誰も軌道修正せず、好き勝手に生きていたおかげで今こうなっているんだ」
「本当に誰も居なかったのですか?」
「居たよ。だがな、バカ共との卑怯な貴族間闘争に負けて僻地に飛ばされたり、この国を見捨てて他の国に移住したよ」
「そうなのですか……。そんな様には思えないのですが……」
今までの生活を考えると、一般的にそこまで酷い生活をしている人はレンティの知る限り一人を除き居なかった。その為この国が腐っていると言う事が実感できなかった。
「それはそうだろう。その貴族たちがバカだからだ。そして、3侯爵家と、他の街を統括している伯爵家が民に暴走しないように抑えているからな」
「なら、なんで他の侯爵家や伯爵家の方々は来てくださらないのですか?」
今、アルドの隣にその様な立派な人達が居ない事がレンティには納得できなかった。居ればもっと楽に勝てるかもしれない。一人に責任を負わせる事が無かったかもしれない。その様に考えた。
「今の侯爵家、伯爵家の家長は皆俺の父親より高齢だ。更にはその子共達は、全員街の統括者としては有能でも、戦うことに関してはからっきしなんだよ」
国力とは、軍事力や経済力、文化力の総合的総称だ。確かに経済力は豊かだし、軍事でも兵力や武器防具は豊富である。文化面でも色々な物が生み出され広がっていく。他の国の話を聞くと、この国は豊かな国であると想像できる。だが、この言葉の中には人的資産、つまり人の質と言うものが含まれていない事にレンティは今更ながらに気付かされた。数だけでなく、中身がいかに重要かと言う事が。
「商売での品物に関する質は意識していましたが、売り先の質は考えていませんでした……」
「まあ、この戦争に関してだけだよ。悲観的になるのは」
「えっ?」
散々否定的なことを言われ続け、全く希望など無いとの意見を聞かされていたのにいきなり180度意見を変更するようなことを言うので驚き、アルドの顔を見る。
「俺は冒険者として旅をしてただろ?そこで貴族以外の人達は素晴らしい人達だって知っているからな。だから、貴族なんかに戻りたくなかったんだよ」
レンティも、この意見には賛成できた。自分の家族の周りの人達、そしてフミトを通じて出会った人達。一部性格に難ありと言わざるを得ない人もいるが、その人でも基本良い人のカテゴリーに分類できる。自分のことだけでなく他人のことを考え、力を貸してくれる人達。そして、その人達の笑い顔が次々に思い浮かび上がってきた。
「そうですね。それなら、その素晴らしい人達の為に、そして、また会うためにこの戦争は勝たなくてはいけませんね」
「そうだな。まあ、もう手は尽くした。後は祈るだけだ」
覚悟を決めたレンティの心音はいつの間にか落ち着いた音を奏でていた。
悩みつつ、あれこれ修正しながら書いておりますので、文章が無理やり繋がってしまっていると感じてしまうところがあるかもしれませんが、ご了承ください。
それと、終戦記念日なのに、開戦。全く狙ってはいません。なんか、ここの所妙な偶然が重なってきますね…。