行軍
行軍
レーニアを出発し、約200人で行軍する。行軍中は魔獣が寄ってくることはなく、只々歩き続けるだけと言う事になるので、かなり暇になった。女性陣はおしゃべりが尽きること無く話し続け、その体力は何処から来るのかと不思議に思うくらいだった。夜襲に対応するために、3つのパーティーが巡回することになったが、正直この人数に攻め込んでくる魔獣などおらず、かなり暇な状況になっていた。ただ、戦争になっているので、何処に敵の兵士が伏兵として隠れているかわからないので、索敵や夜襲に備えることは戦場が遠いかもしれないが、怠ってはいけない。
夜間就寝時にテント等は無く、いつでも戦闘に移行できるように、鎧を着たままマントに包まり眠る。もう日中は夏と呼べるような気候になってきているが、まだ夜は寒い。逆に言えば、冬では無いのがありがたいと言えるのだが。例のおバカ二人はマントを持ってきていなかったようで、翌日風邪を引き、馬車の中で二人揃って横たわっていた。
テントが無い行軍を初めて経験する5人。ノンナやナイアは経験していると思っていたが、パーティーが順調に稼ぐことができていたらしく、男女交えての宿で雑魚寝や、テント費用(俺達が広めた時期ではテントは常用されていなかった)を捻出できずにマントで眠る事など無かったそうだ。俺も久しぶりで体が痛いのだが、ノンナだけは何事もなくぐっすりと眠れ、かなり元気だった。そんな、お気楽元気っ子が羨ましく思えた。主に年齢かもしれないが。
シザーリオに関しては今は連れてきている。今後どのようになるかわからないので、フェスティナ商会に預けることも考えたのだが、離れたくないとノンナのわがままで連れてくることに。おかげで馬車の荷室には予備飼葉が結構な割合で使われていた。
一つ、今回の行軍に関して、俺のパーティーに対してトラブルが発生する。アピ到着前日の夜間就寝中に巡回パーティーの一人がナイアのお尻を触ってきたのだ。悲鳴が聞こえ慌てて起き上がると、その男性冒険者を組み伏せ、喉元にカタナを突き立てているナイアが見えた。悲鳴を上げたのは男性の方だったのだ。ナイアは触られた瞬間敵と判断して男性冒険者の手を弾き、体制が崩れた相手の頭を押し、そして一緒に足を払って男性冒険者を仰向けに倒す。そして馬乗りになり喉元にカタナを突きつけたというところだ。多数女性の冒険者が参加している中、この男性冒険者の行動は致命的になり、アピに付き次第行軍から追放。そして、ナイアに対しては賠償金として、手持ち貨幣全部と、その男性冒険者と同じパーティーメンバーから金貨1枚を渡す事になった。結局この結末まで、俺は一言もしゃべること無かった。周りの女性冒険者が、そして、何故か周りの男性冒険者までも、その加害者である男性冒険者を糾弾し、その場で強制的に上記の結果となってしまったのだ。事後報告でダグラスに報告しに行くと、かなりの呆れ顔だったが、その処罰を撤回することは無かった。ナイアを擁護した周りの男性冒険者は、行軍中ナイアから水の補給や食事の配給等で俺のパーティーが担当した時に微笑みかけられたから擁護したそうだ。男って……。まあ、俺もその男なのだが……。
そして、その日から俺達パーティーは全員川の字で眠ることに。俺?俺は一番端に。最悪触られてもいいからだそうだ。その手の趣味の人がいたらどうするの!とも言えず、そのままを受け入れることに。
今回の事件が起きた要因には一つ、テントが無い事があるだろう。単純に外にむき出しであったため、さわり安かったと言う単純な事も含まれるが、日々体を清めるのにテントの中で行なっていたことができなくなったのだ。それで、女性冒険者だけで固まり、自身の体をバリケード代わりにし、交代で体を拭いていたのだ。それが男性冒険者達には興味をそそられたらしく、用もないのに近くをウロウロし始める者も居た。騎士団などでは男女関係なく過ごしても規律で守られるというのを聞いたことあるが、ある意味ならず者の集団である冒険者だ。冒険者としての仲間意識は強くとも、異性への興味をそう簡単に捨てられるものでは無かったようだ。
行軍は緊急事態と言う事もあり、強行日程であったため、アピには昼過ぎに到着することになった。普段であれば、7日かかるところを5日と短い日程で到着できたことにはやはり魔獣の有無が関係してくるだろう。それ以外にも、基本野営は見通しが良く、水廻りのある場所と言うのが冒険者の間では鉄則だが、強行日程であれば、その様な鉄則は関係なく、進めるだけ進むことになる。おかげで2日近く日程を短縮することが出来るのだ。
アピに到着し、宿を確認した後、エイブラムス爺さん達のところに行き、仕上がっているはずの武器、普通サイズのカタナ1本と、刃を分厚くした1本を受け取る事にした。あわせて俺の鋼でノンナの剣を仕上げてもらう為にノンナも連れて行く。
「爺さん、カタナ2本仕上がってるよね?」
「お、フミトか。もう仕上がっとるぞ。3本も剣を持って使えるのか?
「使い分けしたい時に使うんだよ。基本魔獣相手だとリーチが必須条件になる場合があるけど、手数が多い魔獣等は小回りがきく武器があると便利だからね」
「なるほどの。分厚いのはどうつかうのじゃ?」
「重さで切りたい時……かな?正直よくわかんない」
「贅沢なこって。それで、ノンナ嬢ちゃん連れてきたのはなんでじゃ?」
「この前、グリフォンとやりあった時ね、剣折っちゃったんだよ。それで、槍の鋼と同じ素材にすれば少し折れづらくなるかなと」
「なるほどの。でも、ノンナ嬢ちゃんじゃと、そこそこの剣を複数本持つほうが良いと思うのじゃが?」
「あれ、やっぱりそう思う?」
「えへへへへ」
ノンナも自覚してるのかい!と突っ込みたかったが、とりあえず話を進める。
「まあ、盾を持つ必要が出てくる場合があるし、槍を持ちつつ盾を構えるのは基本無理、そうなると剣は必要かなと。後は剣を複数本持ち歩くことが出来ればいいけど、出来ない場合もあるから、あの鋼にしておこうと」
さすがに戦争で槍だけで参加するには怖いものがある。昔のローマ辺りで使われていた武器で、グラディウスと言う武器があるが、これは長槍や投擲槍を持っていた兵士が懐に入られたり、槍を投げた後の武器だと言われている。切れ味が当時としては凄かったため、恐れられた武器らしい。確かグラディエーター(剣闘士)の語源だったような気もする。当時より長い剣なのと、もっと短い一般的な槍なので、剣は必要ないかもしれないが、万が一もある。ここでちょっとした出費を惜しんで仲間が怪我をする、万が一命を落とすというような事があるのは嫌だ。単純に自分の心が傷つきたくないためかもしれないが、これに関してはこのわがままは通させてもらう。結果、彼女のためにもなるのだから。
「確かにの。それならわかった。途中まで作ってるのがある。明日の昼でええか?」
「そう言えば爺さんに今回アピに寄った理由話してなかったね」
「なんかあったのか?」
「うん。オルティガーラが占領された話は聞いている?」
「何っ!?占領されておったのか!」
爺さんは作業しながら聞いていたのだが、思わず立ち上がり俺達の話をしっかり聞くために向かってきた。
「うん。碧玉の国にね」
「そうか、だから西回りから商隊が少ないと思ったのじゃ。ケイトウからは来るのでな。その先のオルティガーラに何かあったのかと噂しておったのじゃが、思わぬ所から答えが来よった」
「まあ、緊急伝令隊とかが街に居る時に話を漏らすことは無いからね。俺達もレーニアで初めて聞いたんだよ」
「なるほどの。それで、寄った理由はひょっとして……」
「そう。戦争してくるよ」
「そうか……。それなら明朝出発じゃな?マイセンに他の仕事を中断しても嬢ちゃんのを優先に仕上げる様に今言ってくる。ちと待っとれ」
マイセン!最優先でやってほしいことがある!と大声で話しながら奥に向かう。声が大きいので全部の会話が聞こえてくる。オルティガーラが占領された事、戦争に行く事、その為にノンナ嬢ちゃんの剣をすぐ仕上げて欲しい事、その都度大きな声で何!とか、なんとっ!と叫ぶマイセン爺さん。舞台裏でコントを聞いている様な感覚になって来たが、本人たちは大いに真面目なのだろうから笑わないでおく。
「待たせたの、すぐ仕上げるぞい。出発前に取りに来るのは難しいよの?」
「そうだね、ちょっと厳しいかも」
「それなら、待つか?それとも渡しに行こうか?宿は何処じゃ?」
結局何時仕上がるか時間が読めないと言う事で宿に持ってきてもらうことになった。いつも爺さんたちには迷惑かけてばかりだなと思うが、今回ばかりは甘えさせてもらおう。
「ノンナ、そう言えばお金はあるのか?」
「えへへ……無い……」
「だよな……。爺さん、今俺も持ち合わせがないんだ。フェスティナ商会に話し通しておくから、受け取りに行ってくれないかな?」
「なんじゃい、特別に送ってやろうというのにお金も取りに行けと?」
「悪いね」
3人に行ってくると声をかけ、お店を後にする。そして、エイブラムス爺さんに支払うお金を俺の口座から出して貰うためにフェスティナ商会へと向かう事にした。
「フミト、聞きましたよ。戦争に行くんですね」
部屋に通され、椅子に座るやいなや、ティモールさんからこれから報告しようとしていたことを言われてしまった。
「もう耳に入ってるんですか、早いですね」
「商売人としては耳が早く無いといけませんしね。それにオルティガーラからの商隊が来ていません。まず、そこで50年前のことを疑っていました」
「一度でもあったことは想定しておくという事ですね」
色々と想定しつつ商売をしている人たちだからこそか、情報を仕入れることが早い。支店長になる人には必須条件なのかもしれないが。それにして、50年前の事と関連して考えると言う知識の深さと柔軟さにも驚く。
「そうです。ですが、それだけにこだわり過ぎていてもより良い答えにつながるかはわかりません。何事もバランスです」
「そうですね、参考になります」
「今日はどうしますか?融資でしょうか?」
こちらから説明しなければならないことが既にわかっていたので、本題だけになる。こういう人を話が早い人と言うのだろうな。シルヴィアさんはあえて脱線してるような気もするが。
「エイブラムス爺さんに武器作ってもらったので、自分の口座から支払いをしたいのですが、後日爺さんが取りに来ますのでその時に支払って頂けないかと思いまして」
「わかりました。本来でしたら証書が必要ですが、フミトとエイブラムスさんの事です、間違いは無いでしょう」
「ありがとうございます」
信用と言うのは簡単に得ることは出来ない。一度無くしてしまうと並大抵の努力じゃ戻せない。だが、真の信頼は一度得てしまえばそうそう壊れることもない。まあ、壊したくもないし、付き合いは続けていきたいから壊さないように努力しているのだが。
「そうそう、ビルド支店長がフミト達全員を呼んでいます。一度顔を出してください」
「ビルド支店長が?なんだろう?」
「わかりません。多分良いことだと思いますよ」
「わかりました。宿に戻って皆を連れて行ってみます」
「フミト、生き残るのですよ」
「ありがとうございます」
宿に戻り、ゆっくりしている他の4人を連れ、ルブリン商会へと向かう。なんで行くの?って言われたが、俺もよくわからないから答えようがなかった。4人は面識もない。報奨金と口頭で融資を受けることが出来るだけ伝えただけだ。一度全員でお礼を言わなくてはと思っていたから、ちょうど良かったのかもしれない。
「こんにちは、ビルド支店長」
「やあ、フミト君とナイア君。それにティア君とノンナ君、リーア君にレンティ君かな」
初対面の4人が居るというのに一人ひとり顔を向け名前を呼んていく。しかも、相手を間違えずに。色々な所で商人として成功した人に出会うことが多いが、今の所出会った全員が顔と名前、特徴を覚えることが早くて正確だ。調査や資料をまとめているとは思うが、それでもすごいことだと思う。
「はい。私の隣のナイアから、ティア、ノンナ、リーア、そしてレンティで間違いありません」
俺が名前を呼ぶと次々に頭を下げ、挨拶をしていく。ノンナだけよろしく!と大きく手を上げるが、その様子もビルド支店長は動揺せず笑顔で受けていた。
「報酬の件や、融資の件、ありがとうございました。改めてお礼を申し上げます」
俺が御礼の言葉を言い、全員で頭を下げお礼をする。おかげでシザーリオが仲間になったりパーティーメンバーに金銭的に不自由させなくて済んでいる。その後儲かっているのは運が良かっただけなのと、連続して依頼があったおかげ。本来ならもっと宿代や食費等でごっそりと減ってしまい、毎日小規模の依頼を行なっていく事だったであろう。武器防具に関しては特例に手配……いや……俺の借金か……することが出来たのも大きい。特にノンナは今回武器を壊している。本来ならこの時点で小金貨2・3枚程の出費である。質を選ばなければだが。良い物になればやはり金貨1枚は必要になるだろう。ノンナはシザーリオにまわしている分、化粧品、化粧水等に使っていないので、女性側の出費状況ではちょっと多い程度だろうが、どちらにしてもルブリン商会の報奨金がなければカツカツになっていたかもしれない。
「それに関しては私達からの礼だよ。気にしないでおいてくれ。だが、今回オルティガーラに行くのだろう?」
やはりビルド支店長も知っていたようだ。なんとか俺達を笑顔で送り出したいと言う気持ちのあらわれなのか、笑顔にはなっている。だが、目が笑っていないのと、先日あった時の笑顔とかなりかけ離れているのに入った時から気づいていた。ナイアからも軽く目線を合わせて来たので、その無理した笑顔が気になっていたのだろう。
「ビルド支店長、俺達の前では無理しないでいいですよ。皆も同じ気持ちですから」
そう言葉をかけると、目を見開き俺の顔や他のメンバーの顔を眺めていった。ノンナの表情からはその意志が何処まで感じ取れるかわからないが、全員が今回のオルティガーラに関してやりきれない気持ちがあるのだ。ユーベル一人が全て行ったわけではないだろう。だが、あいつが生きていなければ計画が無くなったかもしれない、占領が無かったかもしれない等考えてしまうと、関わってしまった自分たちも行動を起こさなければならないと感じてしまうのだ。
「そうか、すまない。そんなに酷かったか?」
「ええ、私にわかるくらいですから」
その言葉を聞き、ようやく普段の落ち着いた表情になった。だが、目からは怒りを、そして、自分では何も出来ないと言う苛立ちも感じた。
「私達の商会が招いてしまった事です。早くユーベルを処刑していればこんな事には……」
俺の言葉で落ち着いたとはいえ、忸怩たる思いは相当なものなのだろう。
「被害にあった方には申し訳ないですが、起きてしまった事を後から論じていても結果は変わりません」
「すまない。君にそんな事を言わせるつもりはなかった」
「いえ、私への気遣いは結構です。それで、本日はどういった件で私達を?」
普段の頭の回転がいいビルド支店長に戻ってもらうために少しキツイ言い方になった。死んでしまった人は生き返らせられない。これは前世でも今世でも変わらない事。神様でも居れば出来るかもしれないが、居てもあのクソ女神だ。何もすることはないだろう。
「そうだね、本題に戻ろうか。今日来てもらったのは君たちに融資させてもらおうと思ったのだよ」
「融資ですか?先ほどの返事をしていませんでしたが、私達はこれから戦争に向かいます。生きて帰れるかどうか……」
「だからだよ。一人金貨1枚持って行きなさい。そして、終わったら返しに戻って来なさい」
そう言うと一人ひとりに金貨を手渡してくる。本来なら冒険者達は会計課に行き、そこで受け取り、メンバーに分配する。このビルド支店長の行動は俺の心に深く刻まれることになった。とても多くの気持ちが込められているのだろうと。
ビルド支店長から食事を誘われたが、あまり遅くなると周りへ悪い影響を与えかねないので、パーティーメンバーだけで食事を取る事に。食事後、宿に戻ると受付に剣が2本届いているとの事だった。1本お願いしたのが2本と言うのが不思議に思ったが、添えてあったメモを見て納得した。
「とりあえず貸しておく。ちゃんと返せよ」
ツンデレのお手本のような爺さんだよ。くそっ!結構うれしいじゃないか。これで例の鉄で作られた剣は皆に渡る事になる。一本余るが、絶対折れないとは限らない。そう考えるともうひとつの意味も含めてとても嬉しいことだった。
しかし、2つの商会に顔を出した時に聞いたのだが、羊皮紙の補充が出来なかった。実際上級羊皮紙までは買うことが出来るのだが、上級までなら既に十分な量を持っている。できたら完治の魔法をギリギリ使える高級羊皮紙を1枚くらい欲しいところだった。シルヴィアさんに魔法学院方面か、故郷のリモに行ける依頼をお願いしていたのだが、結局間に合わず。戦争と言う一番命を落としやすい状況で完治の魔法がないのは怖い。だが、治癒の魔法は上級であれば使うことができるので、最悪は多分避けられるだろう。後は、大規模な攻撃魔法が使えないという所だろうか。単体攻撃のものなら上級でそこそこ使えるが、大規模魔法だと発動しないで燃えるだけになることもある。ここで結構期待していたのだが、1枚も買えなかったのは誤算だった。もう残りはケイトウのみ。多分ダメだろうな……。
例の冒険者仲間から助けをもらい、雑魚寝部屋の隅を陣取ることが出来た。部屋の中央の方が隙間風が無いので温かいと言えば温かいのだが、先日の件もありこの様な場所に。本当はビルド支店長や、ティモールさんからも宿を取っておこうかと言われたが、俺達だけ良い場所で寝るわけにもいかない。例の被害者であるナイアだけなら納得する人も出てくるかもしれないが、本人も一人だけというのは嫌がるだろう。それにダグラスもこの雑魚寝の中に居るのだ。あまり波風立てないようにした方が良い。これから命を、背中を守ってもらう仲間なのだから。
例のバカ二人は疎まれてか、部屋の入口まで追いやられていた。自業自得というか、世間知らずというか……。出発から数日後には風邪を引き二人共馬車に乗せられていたのを思い出す。マントを持ってないで出発するとはなんて命知らずだと呆れた記憶がある。さすがにアピについてから購入したようだが。しかし、冬向けの分厚いマントだったのがまた気になるところだった。
翌朝、アピでは既に話を知っていた冒険者が集まっているかと思ったのだが、結局10人ほど、しか集まらず、元々冒険者が多く滞在している地域ではないため少ないことは想定していたが予想より少ない状況であった。約210人となった冒険者の一行はケイトウに向かい出発する。
2日目に珍しく魔獣と遭遇する。ジャイアントボアだった。目標を見つけると突進する性格が災いしてか、この人数にも突進してきた。猪突猛進とはこの事かと昔の人が考えた言葉がより実感できた体験だった。しかも、隊列に届く前に数人の冒険者から一気に矢が放たれ、あっという間に仕留められてしまった。良い方に考えれば今昔物語の月の兎。悪く捉えれば鴨ネギ。結局、一気に解体され、冒険者の胃に全て流しこまされたので、鴨ネギが近いのかもしれない。思わず口に出てしまった月の兎だが、リーアとレンティにせがまれ、話すことに。ただ、この大陸にサルとキツネが居ないので、それに類する動物に変更するのと、俺も概略しか知らないので簡略して伝えることに。リーアとレンティは感受性が良いのか、人がいいのか、簡略化した話なのに軽く涙を見せた。ただ、びっくりしたのが何故かここの所ナイアの周りに人が増え、その男性、女性冒険者達が俺の話で泣きだしてしまったところだ。良いウサギだなー!とかかわいそうだ!とか、泣きながらボアの肉にかぶりつく冒険者。感動と食欲は別と言った所だろうか、中々に趣のある光景だった。
結局ケイトウに着くまで、食糧事情を潤わせてくれたのはあの1匹だけで、やはり数の暴力と言うのだろうか、魔獣は寄ってくることはなかった。昔、騎士団が地域の魔獣を蹂躙して土地を開梱したと言う話は納得できる話まで昇華された気がする。嘘を言っていたとは思えなかったし、魔法学院でそう学んだから疑ってはいなかったが、より真実味のある話、実体験に近い話として飲み込むことが出来たと言う事だ。ただ、レーニア付近に居たらしいドラゴンまでも倒しまくったと言うのは眉唾のままだが。
ケイトウの入り口を見るまですっかりと忘れてた事がある。
「よう、英雄」
ゼリザである。悪気が無いのだろうが、ホントこの人はどうしてくれようかと。馬車の中に隠れていればよかったのだろうが、健常者が馬車に乗るのも周りにイメージ悪いし、体調を崩して乗るのもこれから命を預ける仲間に対してちょっと悪い印象を与えかねない。まあ、行き先考えずに単純に歩いて行くだけで楽だったから普段だったら気づいていることに気づかなかっただけで、完全に自業自得ではあるのだが、もうちょっと早く気づけよ俺!と後悔していた。
案の定、この様な言い回しをされて無視することも出来ず、軽く挨拶を返す。返さなければより大きな声で言われそうだっていう恐怖心から答えさせられたというのも間違いないかもしれない。だが、この挨拶で周りの冒険者の目が一気に変わり、噂が立ってしまった。
「そういえば、ダグラス様と親しそうに話ししてたな」
「ひょっとしたら知り合いなんじゃないの?」
「ダグラス様は一つのパーティーしか経験してないそうだが、ひょっとして」
等々。みんな英雄譚というか、英雄の話は大好きらしい。いつか俺もこうやって語られるんだ!とか言う気持ちなのだろうか。恥ずかしくない?と聞いたことがあるが、誇らしいじゃないか!と言われ、なぜそんな事を言うんだい?と珍獣を見る目で見られたことがある。それで、英雄になると、違った珍獣を見る目で見られるので、それもまた嫌なのだ。
まあ、今回もう一人不遇な子も居るので、少し影響が減ってくれると良いなとゼリザに返事をする時思っていたのだが、二人の噂を足して半分に別れる形にならず、乗数となって襲いかかってきた。もうね、行軍中暇だから、噂話とかかなり敏感になっちゃってるようなのよ。街の住人より、一緒に行動している冒険者達が盛り上がってしまい、質問の渦に。なんとか、宿に着いたら5人だけ質問を受けると言う形で無理やり押さえ込んだのだが、この街がケイトウと言うのが再度不運の始まり。
「あ、師匠!お疲れ様ッス!!お早いお帰りで!そう言えば、ギルド前に集まれって何の事ッスかね?」
イオタである。
「英雄の弟子?!」
「ダグラス様の他にも弟子をとってる人がいたんだ!」
「あの弟子も凄腕なのか!?」
もう、どうしたらいいの?これ。燻っている状態まで鎮火させたのに、一気に炎が巻き上がったように騒ぎが広がってしまった。しかし、俺が初心者パーティーを無差別に育ててたと言うのは周知の事実だったはずなのだが、都合が良い様に勝手に記憶を改ざんしやがってるようだ。しかも、一緒に仕事はしたこと無いが、飲んだことある奴らまでその噂をしている。もう、たぬき型ロボットに泣きつきたい気分だ。そんな状況でパーティーメンバーの顔を見てみると、リーアを除く全員、ノンナまでも苦笑いしていた。しかも、最後に見たナイアやティアの二人は首を振る始末。諦めてくれって言うのか?この状況を……。
イオタに対してとりあえず行っておけ。と伝え、さっさと宿に向かうことにする。だが、とりあえずフェスティナ商会に羊皮紙を買いに行かなければならないので、宿を確認した後こっそりと抜け出す。フェスティナ商会に羊皮紙を頼みに来たが、運良くか、運悪くか、数日前に別の街に送った後だとのことだった。だが、1枚だけ高級羊皮紙があり、購入することが出来た。現状何にでも使えるように白紙にして置いたほうがいいだろうなと考え、そのまましまう。他に扱っている商会を紹介してもらって顔を出してみるが、基本下級や普通の羊皮紙で事が足りる現状、わざわざ上級や高級羊皮紙で書き残す事など普通の商会で行うことは無かった。5件程聞いてみるも、結局1枚も手に入れることが出来ず、ふらふらと冒険者ギルド前にたどり着いてしまった。
「師匠じゃないですか、どうしたんですか?」
声をかけてきたのはボルカだった。時間的にそろそろ演説の時間になる頃合いだ、居てもおかしくはない。
「羊皮紙を買い集めてたんだが、何処にも売ってなくてな。それで、ふらふらとココに」
「そうですか。イオタから聞いたんですけど、団体の中にフミトさん達が居たって言ってましたね。何かあったんですか?」
「それをこれから話すからギルドが冒険者を集めていたんだよ」
そう言うと、何か思い浮かぶことがあったのか、ハッとした表情に変わる。
「オルティガーラの事ですか」
一応話してはいけないことでは無いが、ギルド長から伝えられることが第1報にしなければいけないだろうと思い、どう言えばいいか悩んでいたらそれだけで察してしまったようだ。
「やっぱり、そうなんですね。もうこの街に居るほとんどの人が知っていますよ」
「あれ?知ってるの?」
「知ってるも何も、隣の街じゃないですか。向かった商会の一団が遠目で火の手が上がったのを不審に思い、魔獣に襲われる危険を犯してまで丘の上から観察したそうです。そこで、街の中で碧玉の国の軍隊と思われる一団が住民に色々としているところが見えたそうですよ」
余り感情の起伏が強くないボルカでも、この会話の間は何かを抑えている様に思えた。
「そうか、知っていたのか。多分俺達より内情は詳しいのかもしれないな」
「いえ、惨状は詳しいかもしれませんが、内情はよくわかりません」
惨状をわざわざ聞かずとも、ある程度想像できる。人間の残虐性は元の世界でそこそこ事件や歴史で学んでいる。更には30年、ただブラブラと生きていたわけではない。ダグラス達と旅していた時、国内の貴族が事件を起こし、その被害者たちから護衛を依頼されたこともある。その被害者たちからは街へ移動する間、カウンセリングといえば聞こえは良いが、ストレスのはけ口として話し相手になることも多かった。その時に色々と起きたことを聞かされ、怒りに腸が煮えくり返ったこともあった。両親の目の前で子が殺され、その頭部を骨だけの盃に変えていく工程を一部始終見せられたと言うのが俺にとっては一番耐えづらかった。多分、この事象が起きたとは思わないが、そう遠くはない事が起きていたのだろう。ボルカの目からそういったことが読み取ることが出来た。
「そうか。そこまでわかっているのなら話そう。これからオルティガーラに攻め込む。多分その先も……」
そう伝えると、怒りに燃えていた目が一気に沈静化してしまった。何かあったのかと聞こうと思ったらボルカの方から口を開いた。
「すいません。戦争には行く事ができません」
沈静化したと言う事で、少し予想できたことだったが、理由がわからなかった。
「どうしてだ?」
「僕達が行けない理由は装備です。ほぼ全員の武器・防具を新調している最中なんです。それと、まだ自分の体が本調子ではありません。強行日程に耐えられるかどうか……」
なるほどな。敵を討ちたくても打つ術がない。だから、ここまで沈んでしまったのか。
「後は、他の冒険者ですが、中堅所はほとんど未到達地域に行っています。フミトさん達が戻ってから皆出発の準備にかかり、準備ができ次第ゾロゾロと。他には新人や、一攫千金目的の者しか今この街にいません」
ダグラスもこの街の冒険者をあてにしていただろう。俺もこの街で100人ほど増えるのではないかと思っていた。タイミング悪く、稼ぐために出発してしまったと言うところか。冒険者達が戻ってくるまで募集し続けることは難しいだろう。レーニアでさえ1日も居なかったのだ。全てが最短強行日程で進行している。開戦予定日と到着日がギリギリなのかもしれない。そう考えると、このまま出発するしか無いという事か。
「わかった。俺達に任せてくれ。と言っても、俺一人で何が出来るのかわからないけどな」
「ええ、期待していますよ。英雄殿」
清々しい顔で嫌味を言ってくるボルカ。まだ引きずっているのか、置いていったことを……。だが、任せてくれと言った言葉が効いたのか、すこしすっきりした顔をしていた。
ボルカと別れ、知っている商会を幾つか回るが、結局羊皮紙は無かった。このまま行くしか無いと腹をくくって宿に戻ると、5人からの目線がすごく痛かった。すっかり忘れていたが、英雄と言われ、5人だけ質問を受けるとなっていたんだった。どうやら質問は終わったらしいが、かなり疲れた表情のメンバー。あれ?俺またやっちまった?
翌朝、周りの冒険者からの質問攻めがしばらく続いたため、余り眠ることが出来なかった俺。5人はさっさと眠ってしまったので、すっきりした顔になっていた。
ケイトウでは40人程集まることになった。やはり、予想以上に人数が少ない。相手が敵が約3000人、こちらは冒険者を含めて4500人が良い所か。人数だけでは1.5倍と負けることが難しい人数差だが、冒険者の運用によってはそこまで差が出てしまうようには思えない。騎士団の中にバラバラに配属しても数字通りの役割が果たせるかどうか。今回の司令官が誰になるのかわからないが、冒険者は独立部隊にしてくれたほうがいいと思う。更には、単純に数の戦いを出来るわけではない。横一列で3000人と4500人並んで戦えば圧倒的有利になるが、そんな事はまずあり得ない。部隊を幾つかに分け運用してくるはずだ。この世界の戦いは基本力押しだとは聞いているが、それでも陣形や戦術が無いとも思えない。その為、確実に勝つために少なくとも数だけは揃えておきたかったはずだ。後は南ルートの冒険者がどのくらい居るかが鍵になるのかもしれない。
ケイトウを出発すると、見知らぬ騎馬が3騎近寄ってくる。多分緊急連絡隊かもしれない。ダグラスが俺と相談したいことがあると言う事で、隊列が中列に移動させられた俺達の隣でその3騎が止まり、そのうちの1騎から人が降り、ダグラスに駆け寄る。
「ダグラス隊長!本隊より報告があります!」
「ご苦労!」
「本隊はオルティガーラ南東の平原に陣を張っております。少々遠回りになりますが、オルティガーラ東を通るルートを使い、合流をお願いします」
「了解した。東ルートで行軍する。君たちは本隊に戻るのか?」
「いえ、伝えることだけが今回の任務ですので、同行よろしいでしょうか」
「わかった。同行を許可する」
オルティガーラ東ルートといえば聞こえは良いが、実際はビッグボアみたいな大型魔獣が多く往来した跡、つまり獣道を利用して広げた道である。何に使うかというと、単純に森の魔獣を狩りやすくするため、増えやすい森の魔獣の数量調整の為等、一般商人達にはほとんど使われることが無いルートである。存在は知っていたが、通るのは初体験だったりする。初めて通る場所と言うのは男心というか、冒険者の心というか、ウズウズしてくる。いや、少年の心に近いかもしれないな。小さい時にあのような恐怖を体験しておきながらワクワクするのはもう生まれながらの性格なのかもしれない。まあ、冒険者になった時点で察しろと言われればそうなのだが。
アピ付近の森より深く、木々が太くて高い。イメージ出来るかわからないが、生前の世界、日光杉並木を全体的に広く、高く、そして太くした様なイメージだ。森林浴をしたことはあるが、意外と嫌いではなかった。少し涼しげな木々の間。鳥のさえずりがこだまする場所。この世界の大気は元々悪くはない。排気ガスの匂いや、工場からの排煙等で汚染されているものではなかった。だが、それでもこの様な森林の中を歩くと空気が美味しく感じる。冒険者活動している時でも、空気だけは好きだった。そう、空気だけは……。
「くっそ!またカームエイプだ!弓隊!頼むぞ!」
ここの森の住人であり、王者でもある猿種の魔獣。基本雑食だが、肉を好んで食べる。しかも、好物は人間の肉だ。英語でカームといえば波が穏やかな等で使われるが、逆転過ぎる名前だ。エルフには本当に穏やかな魔獣だったと伝えられていたらしいが、何処をどう間違ったのか好戦的な種族に。多分人肉が好物と言う所で想像すると、ここを通った冒険者の亡骸を食べてみたら美味かったとでも言うのだろうか。ともかく、続々とあらわれてくる。その都度盾部隊で守りつつ弓部隊で攻撃をしているので、思ったより進行具合が悪い。矢も無限ではないので、カームエイプの波が収まった所を見計らって回収しに行く。木々の上から落下して絶命するパターンが多いので、完全な状態の矢の回収率はさほど高くないのが一番の問題だ。その為、折れた矢は、単純にそのままでは抜けないので、傷を切り裂いて鏃を抜き、持ち帰る事に。羽も問題なければ回収する。カームエイプの肉はウルフ以上に臭く、食べるに耐えない。毛皮や爪、体毛等も、ウルフと同等かそれ以下な為、市場に流してもほとんど売れない。結局この行軍では埋めることもせずにそのまま放置で行く事になった。
夕食の前後には、矢の補充をするために、冒険者一同で矢のボディである木の削り出し作業が日課に追加され、夜間歩哨は3パーティーだったのが5パーティーに増え、通り抜ける5日間の間2回全員起きて対応せざるを得ない状況になった。怪我人こそ出なかったが、皆かなり消耗しており、後数日居なければならないとなった場合2〜3人は亡くなるかもしれない状態だった。
木々の間から光や草原が見え始めた時は一同出口に向かって走り出していた。RPGのお約束でその草原は幻影で魔獣の住処だった……と言う事は無く、普通に突破することが出来た。
だが、ゲーム等ではあまり実感できなかったが、この様なところに罠を張ると本当に効果的なんだろうなと思うことが出来た。ゲームで実感できたのは某国民的RPG2作目の最後の洞窟を抜けた後、セーブできる祠にたどり着く前に一つ目の強敵に出くわした時くらいだろうか。あれは罠では無かったが、絶望感はとんでもなかった。
最後尾まで無事森を抜け、十分に間を取った場所で野営をすることに。余り出会うことが無いが、皆しばらくカームエイプは見たくないことだろう。疲労の表情を余り見せないナイアやレンティでさえ、森を抜け出た後、安堵と披露の表情を表に出していた。
本来であれば、ここまで苦労することはないらしい。定期的に騎士団が行き来し、魔獣を駆逐しているはずだからだ。だが、今回はその騎士団が入る前に通ってしまったと思える。タイミングの悪いことだ……。
緊張した森を越え、野営地から半日ほど行った場所に見慣れた鎧の一団が居た。
ようやく本隊と合流でき、一同が胸を撫で下ろす。正直あの道は余り通りたくない道とほとんどの者に記憶が残っただろう。だが、本番はこれからである。殺し合いがこの先で待っているのだ。
その殺し合いの打ち合わせをするために、ダグラスに呼ばれ俺達パーティーメンバー全員が付いて行く。なぜ俺達のパーティー全員なのか理解出来なかったが、とある人物と遭遇することでそれが理解できた。
「よう、フミト。元気か?」
奪還作戦司令官、アルベルド=ハッカウゼン。
俺が初めて冒険者となった時からの仲間、アルドだった。
先日、映画や小説等で有名な忠臣蔵の主人公達、赤穂浪士の吉良邸討ち入り後の泉岳寺へ向かうルートを自転車で自走してきました。映画や小説は仮名手本忠臣蔵をベースにしていますので、赤穂浪士がすごくかっこよく英雄に描かれていますが、本当はもっと葛藤や、苛立ち、言い争い、出世欲等多くの出来事、心情があったと思います。今はこんなに稚拙な文章を書いておりますが、あの様に熱い、そして深い物語も書いてみたいと思いますね。出来るかはわかりませんが。
ちなみに、なんたらGOをスポットで止まりながらやって行きましたが、レアは全く会えませんでした。鳥ばっかでした。




