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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
62/83

手紙

手紙


「フミトさん、そこに座ってください」

「はい……」

 場所も指定されず、そこと言われただけである。ここは素直に従ったほうが良さそうなのでそこと言われた場所、フェスティナ商会の木床に座る。

「なぜこんな事をしたのですか?」

「えーっと、ごめん……」

「私達が巻き込まれることに関してはなんにも感じなかったのですか?」

「ほんとにごめんなさい……」

 ひたすら謝ることにした。実際ただ単に嫌で逃げ出しただけだから。結果、リーアやレンティが有名になればいいとは思っているが、ちょっと強制過ぎたかもしれない。

「前もって言ってくださっても良かったのではないですか?」

「ゼリザが居ると大抵思わぬ方向に進むから、苦手なんだよね……」

 あの衛兵は噂好きというわけじゃないが、何かしら変な方向に話が転ぶことが多い。当事者が居ようが居まいが。説得力があるのか、それとも耳障りのいい言葉を使うからなのか、英雄とか、勇者とかその手の方向に簡単にコロコロ転がりやすい。俺にとっては非常にうっとおしい事ばかりなのだ。

「結局、赤い英雄とか言われてしまいましたよ」

「おっぱい勇者とかも言われてたよ」

 突然ノンナが余計な一言を言い出す。その言葉にリーアの目尻がキッと上がるが、すぐに赤面する。そうか、そっちで恥ずかしくて怒っていたのか……。

 これでどう呼ばれていたとかリーアの口から言わせようなんてやったらすごくいい表情のリーアが見ることが出来るだろう。頬を赤らめ、耳まで真っ赤にして、追い込めば多分叫ぶくらいの大声でどう呼ばれていたかを言ったりするだろう。だが、こんな事をやったら俺の地位が最下位どころじゃなくなる。それは非常にリスクが高く、リターンがほとんど無い。これは甘んじて説教を受けることにしよう。


 結局四半刻ほど説教された。時折、おっぱい勇者以外の恥ずかしい代名詞が出てくるので、赤面しながら怒る。その赤面が怒り心頭の赤面ではないので、申し訳ないのだがちょっとご褒美に思えてきた。ちなみに他の4人は椅子に座りながらお茶をすすりつつ出された茶菓子を食べながら談笑していた。この状態で幾人もの商人が商売で入出しており、横を通る度に奇異の目で見られていた。一人が赤面しながら怒り、一人が床に座って怒られ、4人がお茶で談笑。全く持って意味がわからない状況だから仕方がないだろう。


 今回はグラスリザード14匹、グリフォン1匹、カッカ488枚の報酬を受け取ることになった。馬2頭と馬車の借賃を含めて、小金貨5枚、銀貨2枚、小銀貨3枚、銅貨2枚となった。ワータイガーはまだ洗浄中のため、レーニアで後日受け取ることになった。黒いグリフォンに関しては、ここでの買取は出来ず、そのまま帰路の馬車に乗せ、レーニアでの査定となった。

「うおー!今回すごい!」

「カッカが思ったより残りましたね。意外と高値で買い取ってもらえたのでしょうか?」

「一枚ウルフ1匹まるごとより高く買い取ってもらえたよ。でも、本来は1匹100枚残れば良い方だからね」

「そうなると、グリフォンが結構高い値段がついたと言う事でしょうか?」

「それもあるけど、6割で買い取ってくれたからかな。今までは依頼があったから、依頼料を支払うのと素材販売手間賃として半分だったけどね。一応フェスティナ商会との契約で6割になっているんだ」

 魔獣16匹でこれだけの金額になるというのは、今までのリーアとレンティが経験した取得金額から考えれば最高額になるだろう。ユーベル達野盗を討伐した時の武器防具を含めた金額とほぼ同等額になる。しかも、まだ黒い突然変異種の買取額は決まっていない。ここで簡単に稼げると思われてしまうのは冒険者の将来にとってあまりよろしくない。グリフォンとの遭遇も普通ではありえないし、カッカの切り身を残せたのも一般には出回ってない方法だ。金貨5枚ほどの包丁が必要と言うのも前提条件がおかしいものがある。それに、リーアやレンティにはまだ単独での商会との素材売買をしたことが無いだろう。6割と言うのは俺とフェスティナ商会との契約が市場売価の6割で買取と言うことだ。、一般的には5割、知己ではない場合は最悪4割ほどになる。

「それと、ワータイガーの毛皮はまだ洗浄中だって。後日レーニアに査定結果の手紙を出すから、レーニアで報酬を受け取ることになったよ」

「ふふふ、良い値が付きそうですね」

 レンティ……。薄ら笑い浮かべながらその言葉は意外と何処かの悪巧みしている商人っぽいよ……。

 レーニアへの帰路の準備は終えているそうなので、明日出発するとのことだった。実際はこれから黒いグリフォンを乗せることになるのだろうが、そこまで手間がかかるとは思わないので、手伝うことはしなかった。まあ、ハパロバ達もいるしね。

「そう言えば、ハパロバさん達は私達が冒険に出ている間は何していたんですか?」

 俺がふと思い出した当事者のことについて、リーアから質問が来る。

「基本デスクワークと、荷物の積み下ろしかな。フェスティナ商会の中では、御者は基本頭を使うことが多いんだ。実際に商談を任せることもあるし、行き先で珍しいものを仕入れてきてもらうこともある。だから、今回の6人のうち2人は知らないけど、他の4人はみんな結構デスクワークできるよ」

「え?」

「その、え?が誰にかかってるのかはわかってるよ。彼女は意外と頭の回転早いよ?普段の口癖だけど、戦士は馬鹿でも出来る。剣士は頭が良くなきゃダメだ。ってね」

「はー……」

「実際、直感で動ける剣士がいるから、確実ではないけど、剣士は基本相手との読み合いだからね。頭の回転が早いに越したことはないみたいだよ」

「そうなんですねー……」

 なんか、かなりビックリというか感心してしまったようで、リーアが呆けてしまった。


 日が暮れ始め、夕食を食べるために先日と同じ酒場「強欲の泉亭」に向かう。

 リーアに説教され、ご褒美と思い始めた後、集中力を欠いていた俺は簡単に今日の夕食を奢る事を了承してしまった。更に、こっちの話を聞いていないと思っていたパーティーメンバーはノリがよく、全員声を揃えてごちそうになります!と……。予定調和と言うより、美人局にあったような気分になったよ。まあ、美人局に遭遇した経験は無いんだけどね。

「あんまり高いの頼むなよー」

「了解っす!それじゃ、ここの列の上から下までー……」

「ちょっとまて!何人分頼むつもりだ!」

 縦20行、横に2列ほど書かれた木のメニュー板を指でなぞりながらウェイトレスに伝えるノンナ。実際書いてあっても食材がないから出来ないメニュー等は多いが、万が一全部出てきてしまったらとんでもないことになる。第一、2個か3個頼むだけで一般的な冒険者は腹一杯になる。そんなに量を頼んでどうするつもりだよ。

「うーん、そうっすか。それじゃ、このグラスクーガーステーキとー……」

 結局高いのを頼みやがった!他のメンバーもそこそこ値段のするものを次々と頼んでいく。唯一ナイアだけが少し安めを選んでくれた。ただ単に食べたかったのが安めだっただけかもしれないが……。

「師匠!ひどいっすよ!あんな所に置いて行くなんて!」

 パーティーメンバーの容赦無い注文の仕方に呆れ、突っ伏していた俺の背後から非難の声が上がる。足音と気配、声で誰が来たのかすぐわかっていた。起き上がる気力がなかったので、ため息をつきながらのんびりと振り返る。

「よ……お……?」

 声に詰まった理由は、普段怒らないボルカまで怒った顔をしていたのだ。

「フミトさんひどいですよ。街に着いたから解散と言うのは少々無責任かと思います」

「そうッスよ師匠!おいら達はまだリーアさん達に比べればマシでしたけど、ボルカとクルノールはまだ体力戻ってないんッスからね?」

 完全に忘れてた。というか、こいつらなら意外とすんなり逃げ出すと思っていたんだがな……。

「バルボとオリヴェル置いていけば何とかなったんじゃね?エイトなんかも後ろに立たせておくだけで、注目はそっちに行っただろ?」

 お祭り男のバルボと女性の扱いが比較的上手なオリヴェルが居れば、そんなにひどい事にはならなかったと思うのだが。

「無理ッスよ。女性はなんでかほとんどリーアさん達に向かっちゃいましたし、おいら達は男どもの相手でしたからね……」

 リーアへのセクハラは男性から出たものではなく、女性から出たものもありそうだな……。この場合は主に嫉妬と言う言葉に終着するだろうが。まあ、先ほどの説教で聞いた代名詞は可愛い物だったし、英雄とまでは行かないけど、有名な冒険者にはいずれなれると思うんだがなあ。だが、バルボは良くても、オリヴェルはおっさん相手は厳しい。イオタとボルカがおっさん向けではあるんだが、イオタは対処中でも、指揮するボルカが馬車で寝ていたのだ。指示も仰げずオタオタしてしまったのだろう。

「わかったよ。お詫びだ。夕食は持つよ」

「頂きやッス!」

 夕食は持つよの言葉は最後まで言うことが出来なかった。ちょっとまて、お前ら、奢らせようと思って俺に一芝居うったのか?

「いいこと聞いたよ。フミト、あたし達のもよろしく!」

 慌ててその声聞こえた方向に振り向く。この声はよく知ってる。

「ハパロバ!お前にはやらんぞ!」

「ネーちゃん!ここの列上から下まで全部なー!あとエール22杯!大至急!よろしく!」

「ちょっとまて!」

「ごちそうになります!」

 多勢に無勢とはこのような時に使うのが適切なのだろうか。21人全員から次々にお礼を言われる。こちらが口を挟む機会を与えないかのように。

「もう……好きにして……」

 抵抗は無駄だと判断した俺は戦略的撤退を考えようとしたが、奢られることになったハパロバが逃がしてくれるわけがない。諦めの気持ちとはこういう事かと幾度か経験しているが、その諦めの気持ちに追加データが上書きされ、NEWと言う文字が点滅しているような気がした。


 翌日、出発の準備を整え、フェスティナ商会に向かう。

 ハパロバ達は全て終えており、俺達が合流できれば出発出来る状態になっていた。

 出発の号令をすると、いつもの様に隊列を組み、街の南門に向けて歩き始める。ケイトウの南門を出るとレンティからこんな事を言われた。

「ボルカさん達って、結局お礼らしいお礼はして頂けなかったような気がします」

 実際俺なんかは昨日助けたはずが奢るハメになった。しかも小金貨4枚。どんだけ飲み食いしたんだよ!って言いたくなった。だけど、ちゃんとお礼はしてもらっている。

「レンティは気づかなかったんだね」

「え?」

「まだ見えると思うから南門の所見てみな」

 そう言うとレンティは慌てて門の方を見ると、

「あ……」

 と小さな声で気づいたことを知らせてくれた。

「いただろ?」

「はい、まだいますね」

 ボルカやクルノールを含め、10人全員で門の外に立ち、出発する俺達に向かってお辞儀や、敬礼、手を降ったりしていたのだ。

「冒険者は持ちつ持たれつ。だから、このくらいでいいんだよ」

 その言葉でレンティは納得したようで、少し笑顔になって歩き始めた。


 その日は結局、相変わらずの洗礼を受け、アグリーバック30匹の襲撃というものを受けた。40まで行っていないのはグリフォンの影響が無くなったからか、もしくは単純に偶然か。どちらにしても、皆が無我の境地に達したことは間違いなかった。

 アピまで戻る間に遭遇した魔獣は少なく、これ以外にグラスクーガー1匹と、ジャイアントベア1匹だけだった。それから、毎日ハパロバとリーアの訓練があり、日に日に厳しくなっているようなので、リーアはクタクタになっていた。一番良かった事はハパロバがこの訓練のおかげでストレスが貯まらずにいると言う事だろうか。レンティもナイアとの訓練が日課となっており、その訓練も実戦形式で行なっていた。ノンナはたまにレンティの訓練に参加したり、シザーリオの世話をしたり、夕食のつまみ食い等をしに来ていた。やることが無い俺とティアは基本料理を作ることに専念しはじめる。良い点と言えば、ティアの機嫌が良くなっていったところだろうか。


「お疲れ様です。それと、聞いてますよ。グリフォン討伐おめでとう」

「ティモールさん、ありがとうございます。しかし、もうその話届いちゃってるんですね……」

 アピに到着し、すぐフェスティナ商会へと顔を出しに行く。グリフォン討伐の噂が立ってから、1日しか休んでいないはずなのに、もうアピには知られている。俺達が最速に近いはずなんだがな。しかも、俺達と同じ方向に向かったパーティーは他に居なかったので、前日野営地点にギリギリたどり着けるか、もしくは暗くなってからも少し進む事を前提とした急ぐパーティーであれば可能だとは思うのだが、そこまでしてこの情報を届けたいとは思わないだろう。

「しかし、黒いグリフォンとはね、あんなに強い魔獣でも突然変異が必要なのですかね」

「わかりません。ただ、この所、突然変異種が増えているような気がしますね」

「フミトもそう思うかね?」

「半年で1回遭遇できれば多い方だったのが、数ヶ月で数回ですからね、すべて俺達に向かってきてるならわかりますが、多分そういうことは無いんでしょう?」

「そうですね、アピ市場でも報告と販売の件数が格段に増えていますね」

 魔獣の生態なんて研究する人はほぼ居ない。居たとしてもマルビティン魔法学院から出てこないので、何処まで研究できているのか怪しいものだ。

「ともかく気をつけてくださいね。それと、ビルドさんがアピに見えた時顔を出してくださいとのことです」

「ルブリン商会の?なんだろう?」

 アピまでの魔獣報酬を各々小金貨1枚、銀貨1枚、小銀貨3枚を分配し、メンバーと別れナイアと二人でルブリン商会へと向かう。別に俺だけでも良かったんだが、一応面識があるのがナイアなので、なんとなく連れて行くことにした。


「お久しぶりです、ビルド支店長」

「お久しぶりです」

「やあ、フミト君、ナイア君、久しぶりだね」

 ルブリン商会に着くと、すぐ支店長室に通され、ビルド支店長は立って迎えてくれた。そのまま歓迎の握手をし、椅子へと案内される。フェスティナ商会以外で仲の良い商会は多くあるが、いつも従業員や友人の様に接してくるところばかりなので、アメリカドラマでしか見ない様な歓迎をされて少し驚いた。ナイアには何も動揺が無かったようで、すました顔で俺の隣で座っている。

「今日はどんな用でしょうか?お呼び頂いたのですが、レーニアへ戻る最中ですので、ご依頼は難しいと思うのですが」

「いや、今日呼んだのはそんな急ぎの用事でも無く、近況報告と、フミト君の活躍を聞いて話をしたかっただけなんですよ」

「ビルド支店長の耳にも届いていますか」

「ああ、ラファエルから聞いた時は中々に驚いたよ。それと折角フェスティナ商会に近くなったので、ティモール支店長と食事をする機会が増えてね、過去にもグリフォンを倒したり、ドラゴンを倒したりしていると聞いてね。しかも、英雄ダグラス氏のパーティーメンバーだったと言うじゃないか。英雄の君には驚かされっぱなしだよ」

「すいません、英雄って言われるのはちょっと……」

「苦手なのかい?」

「自分では特別なことをしていないので、そんなこと言われるのは少々……」

「そうなのかい?」

 ビルド支店長はその質問をナイアに聞いてみる。実際に俺の行動を目撃している者に聞けば一目瞭然だからだろう。

「前回のグリフォンやドラゴンの時はわかりませんが、今回のグリフォンに関して言えば、フミトさんの力が無かったならば、私達も危うかったと思います」

「ちょっ!!」

 嫌な予感がしたんだよな……。うまくごまかしてくれ!って祈ったのに全くの無駄になってしまった。

「彼女は嘘を吐く正確には思えない。という事は、やはり前回も、そして今回も英雄なのはフミト君なのでは無いのかね?」

「やめてください……。今回たまたま倒せただけですって……」

「はっはっは!!わかったよ!今日はそういうことにしておこう。ナイア君も良いかね?」

「はい」

 ふぅ。とりあえずこの件に関しては終わったようだ。

「それで、本当の要件は何でしょうか?」

「ユーベルの事を現状伝えておこうと思ってね」

 以前捕まえた商人や冒険者を多数殺害している盗賊団の頭目ユーベル。ルブリン商会に取っては非常に恨みのある盗賊だった。女性の、しかも綺麗なメンバーが多かったので、傷つけずに捕獲しようと言うのが目に見えていたので返り討ちすることが出来たのだろうと思う。一人ひとりの技量はさほどすごくはなかったが、気を引き締めてからの反撃は怖いものがあった。後は1対1でユーベルと戦うことが出来たのと、彼も俺のことを侮っていたので倒すことが出来たと思う。出来れば二度と戦いたく無い相手だ。

「今どうなっているのですか?」

「以前ラファエルから聞いていたと思うが、まだオルティガーラの監獄エリアで収監されているよ。うちの頭目が一目見たいとのことでね。まだ収監しているだけと言う状態だよ」

「国に引き渡すことはしなかったのですか?」

「聞いてみたそうだが、国として被害を受けたことは無く、貴族達にも直接被害が無い。商人や町人だけなので、監獄は使わせてもらえるが、裁きはしてくれないと言う事になってね」

 面倒くさい事は他人にと言う事か、それとも本当に被害がないから勝手にしろと言う事か。住む世界が違えばこんなにも法律が違うのだと改めて認識させられた。

 だが、思い出すと商人や冒険者が殺されたり、町人がさらわれたりはしていたが、たしかに貴族や国の輸送部隊が襲われたと言う事は全く聞いていない。無差別に襲っていたらもっと早くに討伐されていたかもしれない。そう考えるとインサニティ商会が手を引いていたのか、それともうまく情報を仕入れて計画を立てつつ襲撃していたのか。もう考える必要は無いと思うが、なんとなく引っかかっている。

「そうなんですね」

 結局引っかかっているだけで、全くまとまっていない。なので、言葉にすることが出来なかった。

「そうそう、今日はごちそうさせてもらってもいいかい?と言っても、もう予約してしまっているのだけれどもね」

 アピの中でも高級店と呼ばれる少し各式の高い店、貴族専用部屋等が準備されている店で食事をした。生前でもテーブルマナーなんて学んでなかったのでかなり緊張したが、味に関してはすごく美味しかった。ティアの親父さんとは別系統の味だったので、新たな食の魅力を感じることが出来た。再現して親父さんへの土産にしようかな。


 いつもの宿「ドワーフの湯宿」へと向かう。日が陰り、夜の灯が眩しい時間となっている。普段の冒険している時であればもう寝ている頃だろう。ハパロバがいるからひょっとしたらまだ飲みながら騒いでるかもしれない。もしそうなら今更食堂に行っても最悪奢らされることになるだろうからさっさと風呂に入って寝ることにした。

「いつ見てもここからの月は綺麗だよな」

 体を洗い終え、温泉に入る。夕闇の中に浮かぶ月が煌々と照らし、その月明かりで見える温泉の水面がとても美しく、ゆっくりと眺めるのにはとても良い物だった。何も考えずにゆっくり出来る時間。リーア達と旅を始めたここ数ヶ月、こんなにゆっくりしたのは初めてじゃないかと思う。騒がしい、いや、賑やかな旅もとてもいいが、このような時間も捨てがたい。

 そんな奇跡的な美しさに呆けていた中突然声がかかる。

「フミトさんいらっしゃいますか?」

「はぃ?」

「いらっしゃいますね」

「え?ナイアか?」

 高い木の壁の向こうから女性の声が声が聞こえた。よく知っている声のナイアだ。気を抜きすぎたのか、声をかけられて変な声が出てしまった。

「はい」

 こういった所で話をしてくるとは少し意外だった。ひょっとしたら女湯にも誰も居ないのかもしれない。

「悪かったね、ルブリン商会につきあわせちゃって」

「いえ、美味しい食事も頂けましたし」

「あれは美味しかったね、親父さんとはまた違う方向で」

「緊張しました。前菜辺りの記憶が曖昧です」

「そうなの?綺麗なテーブルマナーで凛として食べていたから、全く緊張してないのかと思ったよ」

「あれでよろしかったのですね?以前のパーティーの時にここまで高級ではありませんが、高いお店に連れて行って頂いたので、その時の記憶を一生懸命思い出していたんです」

「ナイアは高級な店の経験あったんだ」

「はい。1度だけですが。フミトさんは何度か行かれたことはあるのですか?」

「今回が初めてだよ」

「え?」

「そんなに儲かってないし、貴族の知り合いもいたけど、普通の酒場ばかりだったからね。まあ、俺としてはそっちの方が気が楽だったけどね」

「そうだったんですね。それにしては丁寧に食べることができていたと思いますけど」

「あー、それは前の世界の知識でね。ちゃんと勉強したわけじゃないけど、なんとなく覚えてたの」

「……そうなんですね……」

 ん?なんか歯切れが悪い声だな。

「どうした?」

「いえ、フミトさんから以前の話を聞くと、命を落としてしまった事を想像してしまって」

 俺としてはもう30年も前のことなので、今更という気持ちだが、知っている人が死を経験したと言うのは中々ショックだったのだろう。

「もう気にしなくていいよ。30年前のことだから。違う世界の事だしね。それに、だからこそみんなと出逢えたんだ、理不尽なことだったかもしれないけど、結果良かったと言う事で」

「はい……」

 少し泣いているような声が聞こえる。だけど、最後の返事は少し明るい声だったので、特に声をかけることはしなかった。

「あの……フミトさん」

「ん?なに?」

「私、フミトさんと……」

 ん?なんだろう?何か決意が必要なことなのか?俺と……と言った後少し黙ってしまった。無理に聞き返すのも気が引けるので言うまで待つことにしようか。と思った瞬間。

「やっぱりここにいたー!」

「ひゃぁぁぁぁあああああ!」

 ナイアの叫び声……レアなものが聞けたな。というか今の声はノンナか?

「おー!こっちにいたんだ!おねーさん!こっちにお酒もってきてー!」

「胸揉まなきゃこっちでいいわよ、ハパロバ」

 ハパロバにシャンニーか?カルメニアの声も聞こえた気がする。飲み続けた後で風呂で飲むって形か、探してたといったからナイアを巻き込みたかったのか。

「フミトもこっち来るかー?!」

「ブハッ!いかねーよ!」

「そーか?おっぱい祭だぞー!」

 ん?ここでシャンニーが止めない?相当酔っているのかもしれないな……。さっさと逃げたほうが良さそうだ……。

 脱衣所で着替えている最中、もう一回ナイアの悲鳴が聞こえたような気がした。だが、助けることは出来ない。行ったら違う意味で俺が死んでしまうからだ。一人で頑張ってくれ、ナイア。


 アピを出発し、レーニアに向かう。朝からナイアが不機嫌なのは昨日のお風呂の件だろうか。だが、どう声をかけたらいいのかわからない上に先頭と最後尾、歩いている間は接点が殆ど無い上に、大きな声で話すものでもない。まあ、時間が経てば機嫌も戻るだろう。

 ウルフ3匹の時と、ワーウルフ2匹の時の2回の戦闘は、ハパロバから提案があり、リーア一人で対応することになった。ナイアとティアが弓で緊急時に手伝うことができるから危険もかなり減る。それに、そろそろ防御だけでなく攻撃の方も磨かなくてはならないと思っていたところだから、ちょうどいい機会かと思って了承した。

 ウルフ3匹の時は1撃で屠ることができるからか、盾で視界を遮りつつ手こずる事無くあっさりと倒してしまった。3ヶ月も経っていないのにこの成長具合、とても嬉しく思う。

 ワーウルフ2匹では、さすがに簡単には行かなかったが、相手の攻撃する腕を傷つけ、攻撃の手が鈍ったところで一気にたたみ掛けていた。魔獣の攻撃手段や行動を読みつつ攻撃と防御ができていたので、もうここらではグラスクーガー位しか強敵にならないのではないかと思えるようになってきた。


「フミトさん、後方、街道上、何か近づいてきます」

 2日目の昼過ぎ、ナイアからその様な報告がくる。同じ日に出発したパーティーや商会は無かった。1日遅れで出たとしても、追いつくのは相当困難である。そう思うと、魔獣とかも考えられるが、街道を走ってくるのは魔獣とは考えにくい。

「その草が低くなっている所で待機。通過待ちする」

 近づいてくるのを確認すると、やはり馬に乗った人間のようだ。通り過ぎる時確認できたが、俺の予想通り、緊急伝令隊だった。人数は3人と少なめだったのと、馬装も鎧を付けずに簡単な馬具のみ。更には騎乗している騎士の武器と防具も最小限だった。

「フミトさん、あれが前言ってた緊急伝令隊?」

「そうだよ。ノンナなら多分なれると思うよ。シザーリオもいるからね」

「そうかな?でも、お固い人なのは嫌だなー」

「仲間に命を預けるんだから硬くないよ。冒険者と同じ様な人達だから気にしなくてもいいと思うけどな」

「へー」

 お世辞ではなく、彼女の実力ならなれると思っている。騎乗スキルはよくわからないが、あそこまで馬が懐くのだ。それに人も懐くというか仲が良くなるのが早い。だから、向いているとは思っている。他には馬の世話、主に金銭ではあるが、騎士団に入ればしてくれるからというのもあるけど。


 レーニアにたどり着くまで、結局魔獣はグラスボア2匹、ウルフ6匹、ワーウルフ2匹、アグリーバック6匹と、かなり少なく、俺の冒険者歴中でも最低記録を更新した。

 帰りはつまらなかったね。とハパロバが言っていたが、正直俺もそう思っていた。そんな中でもストレスが溜まって切れていなかった。リーアとの訓練が楽しかったのかもしれないな。


「おかえりフミト。なんか変わった魔獣仕留めたんだって?」

 フェスティナ商会に顔を出すとすぐにシルヴィアさんからその様なことを言われた。ハパロバや他の御者から聞いたのかもしれないが、荷降ろし中に顔を出すとは中々珍しいこともあったものだ。と、思ったのだが、用向きは俺にではなく、レンティとリーアに対してだった。

「二人に手紙が届いてるよ。フェスティナ商会宛に届けるのも別に構わないけど、そろそろ落ち着き先も決めておいたほうがいいんじゃないかい?」

「はい、考えておきます」

 そう言いながら手紙を受け取り、封を開け、中を読み始める。

 二人の事だから、多分家族からの手紙だろう。元気か?くらいの内容かと思っていたのだが、どんどん二人の表情が険しくなっていった。

「リーア、大丈夫。まだ大丈夫だから」

 レンティは、膝から崩れ座り込んでいたリーアを抱きしめながらそう言った。抱きしめられたリーアは涙を浮かべながらその手紙を握りしめ、声を押し殺しながら泣いていた。








少し駆け足で話を進めてしまいました。ですが、もうそんなに苦労しない所をダラダラと書いていても飽きてしまうというか、自分が飽きてしまいそうでこうなってしまいました。ゆったりとした冒険を期待していた方には申し訳無く思います。

次回は気分の悪くなるような文面が出てくる予定です。話の展開上、必要と判断したので入れることにしています。気分が悪くなった方がいらっしゃいましたら、他の方のほのぼの系の小説をお読みいただくことをオススメします。

自分の別作でほのぼの系があればそちらへの誘導が普通なのでしょうが、まだ本作が1作目ですので。

古いノートブック(WinXP時代)のHDDをSSDに入れ替え、軽めのLinuxを入れるとかなり快適になりました。Web閲覧はそこまで向きませんが、文章を書くには非常に有効かと思います。やはり、スマホより誤字脱字が圧倒的に減るのと、入力速度が段違いですね。

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