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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
53/83

初遭遇

初遭遇


 ケイトウは最前線の街と呼ばれる人類未到達地域に、この国では一番近い街だ。他の国でも人類未到達地域は存在するが、ここほど魔獣の宝庫になっている場所も珍しい。そんな所にどうやって街を作れたかというと、象に似た巨大な草食の魔獣が居る。この魔獣がとても人間に対して非情に優しくしてくれる。そこで、彼らの縄張りの最南端を彼らの許可のもと、家を立て、少しずつ南側に増設し、そして街になったのだ。街の最北端は今でも彼らの縄張りである。南側は少しずつ開拓していったため、街の形はかなり特殊な形状だ。少しずつ外周を広げていったのだが、北門を中心になぜか縦長の楕円形に伸び広がった形で作られている。

 これは冒険者の「俺の方が凄い!」と言う気持ちがそうさせたのか、危ない地域に家を作るのが流行った時期があったそうだ。だが、都市計画から大きく外れた家に関してはあっという間に餌食になったりしていたそうで、よく家を無くし裸一貫でやり直す冒険者が後を絶たなかったと聞く。

 この街で一番大きな商売はやはり流通系の商売をしているところだが、2番手3番手がよく前後が入れ替わる。建築系と金貸し系だ。

 レーニアやアピなどと違い、街の外を見れば意外と簡単に魔獣を目撃できる。大きな建物に怯え、近寄ってくることはそこまでない。だが、魔獣にも若いや、ワンパクなヤツも居る。死者が出ることもあるので、ワンパクと言うは言葉は適切ではないかもしれないが、怯えずに街に突撃してくる魔獣も居る。

 それがジャイアントボアなら建物にかなりの被害が出る。そこで建築と金貸しという訳なのだ。流通が一番なのは魔獣の素材をほかの街に卸せると言うのもあるが、住宅資材の輸送、販売でも結構儲かっている。人は集まるし、物も集まる。商業の街とも言えそうだが、限られた物しか売れないので、手広く勉強したい者には向かない。更には、土地を広げるのがとても大変なので、敷地面積に比べて人口密度が高い傾向にある。まあ、東京なんかと比べたら天国なのだが。


「お水美味しくないです……」

「まあ、我慢だよ。これだけの人が居るんだ。井戸が公平に使えるだけありがたいってもんだよ」

 リーアが朝渋い顔して起きてきたので理由を聞いたらそんな事だった。

「そこそこ美味しい水なら作れるよ」

「魔法で出すのですか?」

 やっぱりファンタジー……。そうつながるか……。

「いや、その水をそこそこ飲めるようにする方法がいくつかあるって事」

「それ、売り物になりますか?」

 朝から全開だなレンティ。

「やり方次第では……かな?後は、売れる地域がこの国だとこの街と王都だけかな?」

「うまく行かない物ですね」

 浸透圧フィルターなんてあれば良いのだが、そんなことはまず無理。簡単なのは俺の研究所兼工房が使っている砂利や砂、炭を使ったそこそこ大がかりになるフィルターだ。

 もう一つは燃料を使うが、蒸留がある。これも利用してエッセンシャルオイルを作っては居るのだが燃料代が結構かかる。

 まあ、リーアが不味いって言った水でも、生前の記憶だとそこまで不味くはないんだけどね……。


 味だけで言えば、濾過した水に蛎の殻をいれておくと、ミネラル分が溶け出してうま味に変わってくれる。セイシュには使えないが、飲み水や食事の水としては最適だ。

 親父さん、エイルにそのことを伝えに行ったが、冒険者活動中にすでにそれを知っていたと言われ、びっくりした記憶がある。


「今すぐは無理なのですね?」

「そうだね、簡単な材料だから作ることはできるけど、すこし大がかりになるからね」

「残念です」


 朝ごはんを食べ、フェスティナ商会のケイトウ支店へと向かう。

 もちろん魔獣の報酬をもらうためだが、それ以外にも、明日からの人類未到達地域への探索をするための馬車を借りたり、当面の食料を買うためだ。

「明日から何日くらいの予定ですか?」

 フェスティナ商会に向かう途中、リーアから質問が来る。

「今のところ往復で2日、探索で3日と言うところかな?」

「復路には間に合うようなスケジュールですね」

「まあ、それ以上行っても魔獣に遭遇できるかもわからないしね」

「あれ?魔獣の数が増えているのではないのですか?」

「多いことは多いよ。普段会える魔獣意外と遭遇できなきゃね。奥に行けばより強かったり面倒だったりする魔獣と遭遇することが多いから、気をつけて進まなきゃね」

「フミトさんが倒したドラゴンはどこら辺にいたのですか?」

「1週間奥に進んだところにある山間部だね。意外と荒廃した場所にいたから、たどり着くのに苦労したよ」

「道とかは当然無かったんですよね?」

「無かったよ。二人先行して進んで4人で馬車を押しながら進んだよ。石とかが車輪にあたってよく止まってたから進行速度もかなり遅かったから1週間かかったのかもしれないけどね」

「よくそんな所に行くことになりましたね」

「ケイトウの冒険者達で長く街級やってる冒険者達の間だけで噂されてた所に行ってみたんだ。魔獣に全く会えない空白地帯がある。その奥にはとんでもない魔獣がいるのではないかってね」

「空白地帯って事はその魔獣が恐ろしくて逃げ出してしまったということでしょうか?」

「そうだろうね。普通の街でも怖い人が近くに住んだら逃げ出したりするでしょ?」

「そうかもしれませんね。それで向かったら居たということなのですか?」

「そう。先行二人が見つけることができたんだ。まあ、その前からその形跡は見えてたから馬車を少し離れた辺で置いて、馬を離してから全員で向かったんだ」

「逃げることは考えなかったのですか?」

「形跡があったといったけど、食い散らかされた草食獣の跡や、なぎ倒された木々があったからね。このままだと一帯の魔獣がいなくなってしまうのかと思うくらいひどい状況だったんだ。それで倒せるようだったら倒して、ダメなら逃げようと思っていたよ」

「結局逃げなかったんですよね?」

「実際は逃げることが出来なかったんだ。グラスクーガー見たいな敏捷性でジャイアンとベア以上の体格。多分これから出会うと思うけど、グラスリザードやソリッドリザードより体が硬い。そんな相手から馬車を押しながら逃げるって不可能だったんだよね。多分縄張りに入った辺から目をつけられていたと思う。だから、生き残るためには倒すしか無かったと思うよ」

「そんな絶望的な状況なのに……よく怪我無く戻ってこれましたね」

「いや、回復魔法のおかげだよ。それが無かったら俺は今生きてここに居なかったと思う」

 当時の戦いを思い出す。時間とともに疲労していく精神と肉体。1撃で運悪ければ致命傷になるくらいの相手。敏捷性もよく、知能も高い。魔法まで使う。そんな魔獣相手に無傷ですむはずがない。逃げられないと悟り、突撃することを決めた夜にはすべての羊皮紙に出来るだけ多くの効果の有りそうな魔法を書き込んだ。魔法学院時代になんとか工面して貯めた羊皮紙。シルヴィアさんや、エステファンが用心しなよと渡してくれた上級羊皮紙。故郷の友人や家族が自分で俺宛に作ってくれた羊皮紙。仲間が少ない稼ぎの中で買ってくれた全員のサインが書いてあった高級羊皮紙、それらは使った後燃えて消えてしまう事を承知しながら有効になるであろう魔法を全てに。全員が生き残る為に。

「少し怖い顔していますけど、やはり辛かったのですね」

 ナイアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「まあ、いい思い出だよ。誰も死ななかったのは回復魔法のおかげもあるけど、運も良かったんだよ」

 なんとか明るく対応する。あの討伐をきっかけにして冒険者活動に支障が出るくらい精神が痩せてしまったメンバーがいた。そこらの街級冒険者には決して負けないくらいの能力を依然有しておきながら、もう精神的に限界を感じ、引退をする道を選んでしまった仲間。それに気づけなかった俺を含めた4人。今でこそ笑って会うことができるが、別れて2年くらいは笑顔が引きつっているのがわかっていた。

 ただ、2年位で済んでいるのでまだ軽い方なのだろうと思う。

 一攫千金を成し遂げたのは良かった事だが、冒険者として生き残れないのは負けなのではないかとも思う。

 だが、結局はそれをきっかけに結婚する事になったので、喜ばしいことと、哀しいことの両方が押し寄せ、何とも言えない気持ちになったのを覚えている。


 そのような魔獣に遭遇することはまず無いだろう。

 だが、レーニアが出来た辺りではドラゴン種がよく目撃されていたとも聞く。

 できれば二人にはそんな魔獣とは出会わず、適度にやっかいな物と会い、ケイトウは簡単では無いと知ってもらえれば良いと思っている。


 翌日、馬車と食料をそろえ、ケイトウを出発する。

 報酬は馬車の借り賃と、余裕を見て7日分の食料を報酬から支払い、各々小金貨2枚と銀貨1枚程度になった。ワータイガーの皮に関しては洗浄屋に回してから鑑定することになりしばらく保留に。洗浄屋に渡してから2週間はかかる。それまでケイトウに居ることは出来ないので、レーニアで受け取る事になった。それでもレーニア本店に手紙を送るのでも2週間はかかるのでひょっとしたら次の依頼で出てしまってる可能性もある。忘れた頃にもらえるお小遣いと言ったところだろうか?


「フミトさん、歓喜天です」

 出発後、そんなに街から離れていない場所での遭遇だった。

「ここら一帯の守護獣だよ。基本優しいけど、戦うとかなり強いからね?」

 まだ遠くに居るのに大きいと感じる。成体だろうか、およそ高さが5mはあろう巨体が歩く。意外と地響きは少なく優しい歩みだ。生態的にはサイや象と同じだろう。恐竜のような爬虫類ではなさそうだ。幼生体と歩いている所を目撃されているので生前の知識で考えれば……だが。

「あれより大きい老成体と言うのがいる。もう一回り大きくなるそうだよ。俺もまだ見たこと無いんだけどね」

 リーアとレンティはその大きさに目を奪われつつもゆっくりとうなづく。

「そんなに見続けると飽きるよ?」

「え?どうしてですか?」

「目的地が一緒だからさ」

 彼らの縄張りは街から1日未到達地域に向かったところまでになる。幅はよくわかっていない。その最北地点にある水場と大きな木が彼らの目的地であり、冒険者達が長い間野営地として使われている場所でもある。

「それと、彼らと一緒だとナイアが凄く楽になるんだ」

「え?なんでナイアさんが楽に?」

「彼らに怯えて魔獣が近寄ってこないからなのですよ」

 俺の言いたかったセリフを御者台に座って居るナイアに奪われる。まあ、その位リラックスできると言うことだ。


 日が暮れる前に大きな木が見えてくる。気の周りには他の冒険者達の物であろうテントが張られているのが見える。

 このポイントから北は簡単な地図しかなく、しかも意外といい加減だ。初めて人類未到達地域に向かう冒険者達はここに生きて帰ることを第一目標とする場所だ。

 ここまで帰れば大抵誰かが居る。街では無いので、魔獣の襲撃はあるが、こちらも数の暴力で殲滅することが出来る。生き残れば再びチャンスは作れる。だが、金銭に目がくらみ、還らぬ者が残念なことに少なくない。だからリーアやレンティには生きて帰ることを第一としているのだ。


 歓喜天の通り道を避け、ほかの冒険者達と適度に離れ過ぎない場所に馬車を置き、テントを組み立てる。

 食事の準備をしているところに他の冒険者から声がかかる。

「どうもー。ご協力おねがいしやっすー」

「おう!よろしく頼むよ!」

 そう言いながら銀貨1枚をその相手に投げる。

「まいどー!良い夢を!」

 その冒険者は銀貨を受け取ると隣のテントにむかって歩き始めた。

「今のは何です?」

 リーアとレンティのふたりがいぶかしげな表情をしながら聞いてくる。

「あれは夜間歩哨を請け負ってる冒険者だよ。少しでも稼ごうとしてると言うわけじゃ無くて、伝統的にケイトウの商会がやってるんだ。誰でも出来るわけじゃ無いんだよ」

「そうなんですね。それで銀貨1枚は高くないですか?」

「厳密に決まってるわけじゃ無いんだけど、このくらい払っておくと愛想が良いし、それに、優先的に危険を知らせてくれるんだ。まあ、安全料だよ」

「そういうものなんですね」


 簡単な訓練を終え、夜食の準備にかかる。

 今日は明日からの冒険活動の為にグラスクーガーとグラスボアの肉、そしてミソ汁を準備した。固いパンだけは変わらないのが哀しいところ。


 味噌とふんだんに使った胡椒と塩、そして生姜と唐辛子で作ったソースが肉汁の焦げる匂いと相まって素晴らしい香りとなって鼻に届く。

「フミトさん!フミトさん!早くっ!早くっ!」

「ノンナおすわり!」

「わおーん!」

 この匂いにまいったのか本当に犬の鳴きマネをするノンナ。お前は人間だろうと突っ込みたくなるくらいだが意外と上手かったりするのでツッコミが難しい所になっていた。

「ワン!」

「ナイアまで?!」

「……すいません……」

 顔と耳が真っ赤になってうつむいているナイア。なんだろう?すごく可愛い。


 肉が焼きあがり、ミソ汁を配り終え、ようやく食べようとした所でまた声が掛かる。


「あなた!この香りは味噌のソース?!そしてもう一つは味噌汁じゃないの?!」

 味噌という言葉はこの世界では俺が作ったもののはず……。それなのに、かなり言いなれた言葉の使い方をするので慌てて振り返る。すると、10代なかば過ぎ位の女の子がそこに慌てて走ってきたかのように少し息が切れた様に立っていた。

「そうだ。と言ったらどうするんだい?」

 いきなり正解を答えるのもまずいので少し濁した感じで返答する。

「お願い!私にも食べさせて!」

「はぁ?!」

「それは私の故郷の料理なのよ!3年も食べられてないの!お願い!」

 故郷の料理?ってそれはまさか……。

「あんた、名前はなんて言うんだ?」

「私?私は五条桜よ。隣の国、「碧玉の国」で召還されて勇者をやってるわ」


 生前の記憶で慣れ親しんだイメージの名前、そして本やゲームなどで良く耳にした言葉。俺の脳は処理しきれずにめまいを覚えた。






今週は早く書き終えたのですが、気を抜いていたらいつの間にか金曜日に…。九州・熊本県の方々は大変なことになっていますね。東日本大震災の時も震度5強くらいでほぼ傍観者でしか無かったので、当事者の気持ちという物は理解できていないと思います。なので、無責任な言い方になってしまいますが、早く元気に復興することを祈っています。

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