最前線の街ケイトウ
最前線の街ケイトウ
朝、ティアが俺の後ろから離れない。いじわるをされた猫が、ある人物だけを警戒するかのように俺の周りをグルグル回る。
トラウマまでいかなかったが、やはりティアの心にダメージが入ってしまったようだ。食に関する事はどうしても譲れないと言うか、おかしくなるハパロバ。その食事で冷めたものを食べなければならない残念感を再度温めるだけとはいえ、手をかけてくれたティアにとても嬉しかったのだろう。俺も非情に嬉しかった。感動しすぎて暴走したという所だ。
「ティア、ハパロバは女性が好きなわけじゃないよ」
「ちょっとそれは信じられないわ」
それもそうだろう。昨日は夕食の間はべったりだったのだ。しかも全力を出しても簡単にあやすようにティアを筋肉で丸め込む。そんなやり取りをされれば信じることが出来ないのは理解できる。
「秘密は守れるか?」
「え?いきなり何よ?」
これからの旅でギクシャクするのも困るし、とある重大な秘密を暴露することによって記憶を驚きで塗り替えることにした。
「秘密これからいうことを聞けば納得できる。だが、絶対に他の人には話さないで欲しい。というか、それがバレたら多分、俺はもっとタカられる……」
「プッ。なにそれ!まあ、守ると約束するわ。フミトの借金返済がこれ以上伸びるのは忍びないからね」
「あのなあ……。まあいいか。ハパロバにはな、付き合ってる男性が居るんだよ」
「ええっっ!」
「声が大きい!」
「ごめん。ほんとなの?」
「ああ、それは間違いない。その男性と直接話したことがあってね。ハパロバが泥酔した時に漏らした特徴と一致していたから間違いない」
「誰なの?どんな人なの?」
「それは今は言えない。これ以上は不味い。ここまでなら俺の食料的負債だけで済む」
「え?え?ひょっとして結構良いとこの人??」
「それ以上の詮索は無しだ。話せる時が来たらハパロバから聞けるだろうからね」
そこで話を打ち切ると、今度のティアの行動は興味をそそられてハパロバの事をじっと見るようになった。女の子がゴシップネタが好きなのはこの世界でも変わらない。まあ、その中でもこのネタはとびっきりの物だしな。ハパロバが俺に対して何か踏み倒すつもりの時に使う予定の案件だ。ここから先は本当に公開されるまでは大事に使わないとな。
木を隠すのなら森の中。真実を隠したければ小さな秘密を暴露せよ。こんな言葉を聞いたことがある。まあ、真実に辿り着きそうな事を少し言ってしまったが、たどり着くことはまず無いだろう。
その日の昼過ぎ、またも面倒な相手に出会う。
「敵襲、ウルフ21です」
俺とノンナはやっぱり来たかとうんざり顔になっている。だが、リーアも中々に嫌そうな顔をする。
「体験しなくてもわかるよなあ……」
そのつぶやきに対して無言で頷くリーア。以前も10匹を狩ることがあったが、その時は精一杯だったし、攻めること、守ることに対してまだまだ成長途中だった。今でもまだ成長中ではあるが、もう、そうそう遅れを取ることは無いだろう。
だが、そういった点では無く、狩るのも、剥ぐのも面倒だが、一番は安いと言うところだろう。アグリーバックが外れ扱いだったが、こいつらは大外れとなる。まあ、まだ毛皮がかさばらないだけマシともいえるが……。
「ふたりでどのくらい行ける?」
「5か6ですね」
「そんなもんかな?」
ティアとナイアがどれだけ弓で倒せるかを答える。
「それじゃ、準備ができ次第始めちゃって、陣形はノンナ以外はいつも通りに」
「私だけ別なの?」
「シザーリオはまた任せちゃって、盾もって最後尾にいて。ティアとレンティの守りね」
「あいよー。まあ、どうせ裏にも回ってくるしね」
「そういうこと」
ゲームみたいに後衛は弓と魔法だけ使っていれば良いと言うわけでは無い。当たり前のように回り込んでくる。まあ、レンティも2匹は耐えられるだろうし、何とかなるだろう。
ナイアが弓で1匹倒すとウルフ達は散開してしまった。こうなるとレンティのスパイダーアンカーはあまり役に立たない。ノンナに期待するかね?
散開してしまったが、ティアとナイアは上手く仕留め、5匹を仕留めることに成功した。
「さて、やりますか」
俺の言葉と同時にウルフ達が飛びかかってくる。突進するようなら後衛を心配するが、突然変異種でも無いので行動は似たような物になる。最初の攻撃で前衛は各々1匹を仕留め、裏に回っていく間にレンティは風の魔法で1匹切り裂いていて絶命させていた。残り12。
「よいしょー!」
ようやくノンナの所までウルフが届いたようで、ノンナからかけ声がかかる。
偶然以外の同時攻撃なんて高度な戦術は持ち合わせていないウルフは罠にかかるかのように1匹ずつ倒されていく。レンティに2匹、ティアに3匹行ったのには少し心配になったが、ふたりとも上手く立ち回り、ティアはほぼ1撃で倒していた。レンティはなんとか2匹の攻撃を耐え、ノンナが横からあっさり倒すと余裕が出来たのかすぐウルフを倒すことが出来た。
「レンティ、強くなったなー!」
「ナイアさんのおかげですね。理論で教えてくれるので、次の行動を組み立てやすかったです」
あの時そんなことを教えていたのか。攻撃に関してはレンティの事はナイアに任せた方が良いかもしれないな。
「それじゃ、俺は魔法に専念出来るのかな?」
「たまには教えてくださいね?」
ちょっと上目づかいでかわいく言うので思わず、
「任せとけ!」
言葉に出した後で思う。俺ってチョロいな……。
延々と穴を掘る。延々と皮を剥ぐ。
リーアもレンティも、俺とノンナがウルフに遭遇したときの顔になってる。美人が台無しと言いたいところだが、致し方ない。他の冒険者や商会、乗合馬車の事を考えると、最低でも埋めていかなければならないので、俺の労力は変わらない。しかも、ウルフは肉が売れない。ほぼ全部埋めることになる。21匹もの容積はそれなりになる。この後何も入れずに埋めろと言われたら高確率で切れるだろう。もう助けを呼びたくなる辺りでなんとか21匹分の穴を掘り、皮を剥がれたウルフがどんどん入れられる。皮を剥ぐ理由は冒険者は一般的に裕福になることが難しいからだ。小銭でも山となれば財産となる。まあ、6人で割ると微々たるものになってしまうのだが。
1刻近く費やしてなんとか馬車に乗せ終える。
「もうイヤです……」
レンティとリーアがそう同時につぶやく。そこで、残りのメンバー全員と、しかも御者までそろって声をそろえて言う。
「ようこそ!最前線へ!」
ふたりは目をまん丸くして驚いている。当たり前だろう。嫌がらせに近いサプライズだ。
だが、もう100年近くやられている通過儀礼だ。初めてたどり着く冒険者がこの辛い作業を終えた後ぼやいたりつぶやいた時伝統的に行うのだ。大目に見てもらおう。
だが、ここで終わらないのが最前線。
ジャイアントボアがひょっこりと現れる。もう少しで野営地なのに仕方がねーなーと思いつつ指示を出そうとするとレンティが任せてほしいという。
ティアとナイアが手伝い、距離があるうちに両前脚を射抜く。
かなり動きが鈍った辺りでレンティから魔法が飛ぶ。
「アイスランス!」
少し前に教えた複合魔法だ。発動時間はまだまだだったが威力は申し分のないものがでた。
その魔法でジャイアントボアは脳天を貫かれ簡単に絶命する。
良い仕事をしたのでほめようと顔を見ると、レンティはかなりすっきりした顔をしていた。
「レンティずるい」
気持ちはわかるが、そう素直に言えるのは幼なじみのリーアだからだろうか?
しかし、すっきりしたはずのレンティとまだすっきりしないリーアは翌日またもやひどい出会いをする。
ナイアからの危険を知らせる声が出る前からわかっていた。わかりきっていたから、ナイアは敵襲を伝えるより先に数えていたのだ。
「敵襲です。アグリーバック。数は40です」
「なによそれー!!」
ふたりは大声で叫びだしていた。
「フミト、これ記録じゃない?」
「ハパロバはこれ以上には出会ってないんだ」
「35までかな?」
「私は30までです」
「フミト達結構数多いのね。私は27までよ」
各々に数を報告するメンバー。その数字を聞くとより酷いという事がわかり、二人の表情が更に曇っていく。
「戦いたい?」
ストレス発散の前渡しとでも言おうか、戦ってすっきりしてからとも考え提案する。
「もう嫌です……」
「このくらいで嫌になっちゃね、20匹2連続くらいは覚悟しなきゃ」
ハパロバの言葉で二人の表情が諦めから呆れに変わっていく。これを繰り返してこそ最前線の冒険者だ。
「あれ?戦いたい?って戦わない方法があるんですか?」
俺の質問に裏の意図があることがようやくわかったようだ。
「まあ、久しぶりに魔法を使おうかと思ってね」
「フミトさんの魔法って、サンドストームとリフレッシュ以外そういえば見ていませんね」
「あれ?そうだっけ?」
そう思われるくらい魔法を使ってないのかもしれないな。まあ、無駄な出費は抑える癖が着いているので、仕方がないと思っておこう。
「今回は特別な魔法を使うよ」
「どんな魔法です!?」
さっきまでの呆れ果てた表情から打って変わって興味津々になりレンティの目が輝いてきた。リーアも久しぶりに俺の魔法を見るのでちょっと元気が出たようだ。
二人の精神面を考えてと言うわけでは無いが、ちょっと俺もスッキリしたかったりする。
出費を考えればスッキリしないんだけどね……。
「限定3属性魔法を使うよ」
「3属性?!」
「そう。レンティもいずれ使えるようになるよ」
あまり魔法使いと言うことが即連想されないのか、それとも珍しい魔法を使うので興味が湧いたのか、俺のパーティーメンバーはもちろん興味津々でまだかまだかと待ち、更には他の御者やシャンニーまで見に来た。
良いのかよ……。
「それじゃ、いくよ」
群れをなして突進してくるアグリーバックに対してタイミングを計り羊皮紙魔法を発動させる。
「サンダーウェイブ!」
言葉を発すると同時に地面と平行方向に稲妻が縦横無尽に走る。広域魔法なのでまとまった40匹はもれなく簡単に巻き込まれる。
叫び声を上げるまもなくすべてが絶命する。
「スゴイスゴイ!」
リーアはティアと一緒に子供のようにはしゃいでいた。
レンティはなんとかその魔法を自分なりに解釈しようと集中している。
御者達はこの魔法を見るのは初めてなのがほとんどだ。それぞれ興奮しながら戻っていく。
「久しぶりに見たね!その魔法!やっぱりすげーよ!」
ハパロバから絶賛とも言えるような褒め言葉が続く。
ちょっといい加減恥ずかしくなってきた所でレンティから声がかかる。
「風を基本として、火と水なのですか?」
「まあ、最初に3属性って言ったからわかるよね?」
「はい」
「でも、火じゃなくて土なんだ」
「え??」
「簡単な原理を説明すると、水で発動地域の温度を気化熱で下げ、そして水分を減らす。続けて、燥した細かい土を薄く巻き上げ、風で摩擦を起こし、雷を作るの」
実際には微粒子と言えるほど小さな土に分解し、風で振動させ摩擦で帯電させる。それを指向性を持たせて一気に放出するというのがこの魔法だ。温度を下げ、水分を減らさないと縦横無尽ではなく、四方八方に飛び散るので、術者自身も危なくなる。実験して危ないことを経験してからまず先に温度と水分を無くすことを文面に書き込んだのだ。
火力を上げる場合は火も使うが、今回は肉を焼いちゃ駄目なのだ。魔法学院での上級魔法を使える教授に見せたことあるが、4属性全力より制御が難しいそうだ。まあ、おかげで高級羊皮紙大きいヤツを消費してしまったので、俺の取り分としてはかなりの減額となるのだが……。
「原理はわかりましたけど、私にはまだ無理そうです……」
「この魔法は一応上級魔法扱いだからね。すぐ使われたら世の中の研究者が泣いちゃうよ」
「フミトさんは泣かないのですか?」
「レンティの成長を喜ばないでどうするのよ。まあ、今後楽できるかも?と言うのも含まれるだろうけどね」
「最初はうれしい言葉だったのに、後の言葉で台無しです」
少し呆れながらレンティが答える。まあ、両方とも本心からだ。レンティの成長は非情にうれしいし、こっちの出費が抑えられるのも嬉しいことだ。アイスランスでも多少疲れた顔をするレンティなので、この魔法はしばらく無理だろう。いや、使うだけなら出来るかもしれないが、その後は馬車で寝ていくことになるかもしれない。本当なら魔力を相当消耗するらしい。その魔力が無い俺には何処までキツイことなのか体験できないのだが。
結局1刻半ほどかかり、処理を終える。もうすぐ街ということで、足を切り落としたりしなかったのが早い要因だ。中身も入れたままでいい場合があるが、肉が有り余っている街に中身を欲しがる人はそこまで多くはない。珍味扱いで好きな人は好きだが、エネルギー源として考えると身の方が良いだろう。
「さて、見えてきたよ」
「これがケイトウですね?」
形状が楕円形に伸びた街が見えてくる。アピやレーニアの街と比べると小さくはあるが、そこそこの規模で、この街特有の眺めである高めの建物が多く見えてくる。
「あの高い建物達は何ですか?」
「あれこそケイトウ名物冒険者宿だ」
通りを歩けば冒険者に当たると言われる街だ。大きめの安宿が結構建ち並んでいる。3階建てから4階建ての建物がその安宿だ。俺のレーニアにある定宿より狭く、それで2から3人部屋となっている。そんな厳しい寝床なのに常に満室なのは安いからだ。食事は出ないし、アピみたいに風呂があるわけでも無い。一攫千金を狙うの冒険者が集まるので、出費は抑えたいのだ。
「よう、英雄!」
ケイトウに入る直前、突然衛兵から声がかけられる。
「ゼリザかよ。なんでお前がここに居る?それと、その呼び名はやめろよ」
「ケチケチすんなって。英雄なのは間違いないだろ」
「俺がそう言われること嫌がっているの知ってるだろう?だから少し近い北門ルートじゃなく、南門ルートに来たんだって言うのに……」
「残念でした。俺が居たのは単なる偶然だよ。南門で大怪我したヤツが居たからたまたまこっちに応援に来ただけだ」
「運が悪いなぁ……」
「フミト、しばらくいるのか?」
「予定では1週間いるよ」
「また何か特別なの狩ってきてくれよ!」
「うるせー!」
そう捨て台詞を言いながら門を離れ、フェスティナ商会に向かう。本来北門の方が近いのだが、俺の個人的理由で遠い方から入った。その理由は先も言われたが、英雄と呼ばれてしまうからだ。過去に2度ほど大事件がこの街に起き、それを事件をひとつ解決したのが俺のパーティだったのと、例のグランドドラゴンを持って帰る時に目撃した衛兵がたくさん居て、その目撃した衛兵が多いのが北門ということだ。ダグラスを人身御供にして逃げたのだが、衛兵やその場で見た者には正体は知られている。今でも言われることがあるので逃げて南門にしたのに、結局言われてしまったということだ。
「よう、英雄!」
「ハパロバ、食べさせるフライの量減らすぞ」
「フミト様ごめんなさい」
「それも減らしたくなるんだが……」
ハパロバにからかわれながらフェスティナ商会ケイトウ支店に着く。
「挨拶はするかい?」
「忙しいでしょ。明日の報酬時でいいよ」
荷下ろしはケイトウではやらなくて良い。格安ではあるが、冒険者達の仕事となっているからだ。荷降ろしをする冒険者は基本的にパーティーを組んでいない、裸一貫でこの街に夢を追いかけてきた、主要メンバーが怪我で冒険より確実に稼げる荷降ろしをしている等、多岐にわたっている。
「わかった。それじゃ、酒場でな」
「いつもの場所な?それと、おごらんからな?」
「ケチケチすんなって」
「アピでは酷いことになったからな。学習したんだよ」
「そんなことあったっけか?」
「ハパロバは学習しろ」
ケイトウで古くそして大きいので冒険者がより集まる酒場である「強欲の泉亭」に向かうことにする。名前のネーミングセンスは一攫千金狙いが多いために皮肉で付けたらしい。だが、それが逆に冒険者に受け、集めることに成功してしまった稀有な例だ。
リーアとレンティは名前を見て顔をしかめるが、ドアを開けた瞬間中の喧騒に驚き、気になったことがすっかり頭から抜けたようだ。
カウンターに近い席に座り注文をする。エールが来るまでの短い間にふと俺に対する悪口が聞こえてきた。振り向くと座った席から近い所に中級に差し掛かったであろう冒険者10人が食事をしていた。
俺は一番声高に話している男を殴ることにした。
エイプリルフールネタをやれるほど余裕はありませんでした。
まあ、意識をした時既に3月30日だったと言うのもありますけど。
季節ネタを取り入れるにはそんな舞台でもないしので季節感は無いですね。
ただ、舞台の季節と現実の季節が近づいてきたので気候的イメージはしやすくなってるのではないかと思います。
去年はお花見(酒無し)をプラプラと自転車乗りながらしていたのですが、今年はいけるとしても来週ですね。散らないと良いのですが…。