審査
審査
「え?なんでみんなここにいるの……?」
塩銀亭の親父さんの好意で厨房を借り、シルヴィアさんに試食してもらう為と、親父さんへの厨房を借りるお礼で同じものを作っていた俺が、親父さんの貸し切りパーティー用の料理を並べに行こうと思った所、パーティーメンバー全員と、フェスティナ商会の主だった面々、冒険者ギルドでの知人や、宿屋の女将であるリオネラまでそろって塩銀亭の中で談笑していた。
少し時間は遡る。
コーヒー豆を見つけた翌日の昼過ぎ、ランチが終わり店を一旦閉めるタイミングを見はかり、3人で親父さんの厨房へと訪ねて行く。
「親父さん、厨房借りにきました」
「おう、フミト!待ってたよ。今日は面白い料理を作るってことらしいじゃないか、今日貸切パーティーがあるんだよ。その分も作ってくれ」
「え??材料足りるかな……?」
「ここにあるの好きに使え。人数はそうさな、50人ってとこかな」
「そんなに?こっちの材料全然足らないかもしれないよ……?」
「まあ、その時はその時だ、似たような食材でなんとかしろ」
「俺料理スキルそんなに高くないですよ?」
「そうなったら俺がなんとかしてやる。その時は調理方法教えろよ?」
無理やり納得させに来る。親父さんに教えたらもっと美味しいもの作れそうなので、最初からお願いするべきだったかと今更後悔する。
「それじゃ、作りますか」
ラパンとエレイメイの二人に指示を出していくつも料理を作り上げていく。予定より量が多いので、準備していた量では足らないので追加で作るものもあり、時間は予定よりかなり押していた。親父さんの邪魔になるので余計に時間がかかると思っていた以上にかかってしまっていたので、多少焦ってはいたが、何とかホールが少しざわめき出した辺りで仕上げることが出来、ホッとしていた。
皿に盛り付けを終え、シルヴィアさんとエステファンに持っていく皿も準備を終え、パーティー用の料理を出しに厨房から出た瞬間、見知った顔ばかりで困惑させられた。
「フミトさん、珍しい料理を頂けると聞きました。楽しみにしてます!」
料理を持ったままの俺に、いきなりナイアから声が掛かる。
「あ……ああ。え?なんで?」
「フミトさん聞いていなかったのですか?今日フェスティナ商会の方々とパーティーやるって話を」
困惑している最中の俺に、初めて聞く事実を軽く伝えられる。
「え?まさか、シルヴィアさんもここに来るの?」
「なーに?フミト。呼ばれたみたいだけど?」
ナイアの後ろからシルヴィアさんの声がかかる。少ししてやったりとした表情が見えるのだが、今さら何を言っても変わらない。
「え?時間空けておけってこの事だったの?」
「そうよ?あら?言ってなかったかしら?」
「聞いてないですよ……」
聞いていたら特別料理で何かしたのかと言えば、特に変わることはないのだが、心構えが違っただろう。
「いいじゃないの。どちらにしてもフミトは今日の為に準備していたんでしょ?」
「そうなんですけどね。ただびっくりしたというか……」
話が続きそうな所で後ろから声が掛かる。
「フミト、さっさと料理だしにいけ」
親父さんから急かす声が聞こえる。親父さんの料理はまだしも、俺の料理はまだ何も出していない。時間は聞いていないが、これだけ人数が集まっているということはもう始めてもいい頃合いなのだろう。急がなくては。
「すいません、急ぎます」
今回作る予定の10品目のうち9品目をテーブルに並べ、その都度見たことが無いものなので、周りから声が掛かるが、準備を優先して後で説明すると返事をする。
こちらのお酒、セイシュの準備が出来なかったので、エイル姉さんにお願いし、まずは全員エールで乾杯することになった。
「お酒はみんな回ったかな?それじゃ、私から挨拶をさせていただきたいと思います」
シルヴィアさんが立食パーティー形式の中、声を張り上げ説明を始める。
「まず、本日はお集まり頂きありがとうございます。フミトに関わりある方々を及ぼさせていただきました理由ですが、フミトが久しぶりにパーティーを組むことになりました。そのお祝いと、パーティーの新人二人の初依頼達成の祝いを含めまして、この場を設けさせていただきました。結婚や出産ということでの祝ではないのは残念なことですが、私が気にかけている一人の男性の再出発を、そして、その仲間たちの未来と栄光を願いまして挨拶とさせていただきたいと思います。それでは、乾杯!」
「乾杯!」
全員が声を合わせ、乾杯と叫ぶ。木の盃であるのと、盃を打ち合わせて鳴らす風習がないのでその場で盃を掲げてから飲む。
「それでは、続きましてフミトの新作料理に移らせていただきたいと思います。説明はフミトから。よろしくね」
突然振られ、しどろもどろになりながら何とか言葉にする。
「立食形式なので、どれから食べてもよろしいのですが、最初に軽く説明させて頂きます。まず、黒に近い茶色い水がありますが、これはその隣にある瓶の中身で薄めてください。目安は1対5くらいです。お酒を飲めない方や、お酒を飲まない昼等に向けて作りました」
「そして、小さく細かい突起が多数あるパンが焼けたような色の料理ですが、植物から取れた油を高温に熱し、その中に入れ火を通したものです。これは、塩か、小さいスプーンの入った赤い液の少し濁った方
、その隣にある白い調味料、もしくは、黒に近い茶色の液をかけて食べてみてください。中身は今日の朝取れた魚になります。一つ注意なのですが、赤い液はとても辛いので、注意して食べてください」
「スープは新しい調味料を利用した野菜スープになります。中身の野菜は特に変わったものは入れておりませんので、スープの味を楽しんて下さい」
「肉料理はそのスープにメインで使用している調味料と生姜で味付けした物になります。味も見た目もかなり違いますが、同じ調味料です。透き通った赤い液はとても辛いので、スープや、この肉料理に味が足らないと感じた時やアクセントがほしい時にお使いください。親父さんの料理には殆ど使わなくても良いかもしれませんが、試しに使って頂ければ幸いです。」
「セイシュは随時お出し出来るようにしますが、食後にも飲み物を用意しておりますので、少しだけその余裕を開けておいてください。それ以外は親父さんの料理なので、安心してお食べください。」
言い終わると同時に、各々が料理に飛びついていく。各所で辛い!とか辛すぎる!という声が聞こえるが、それ以外にも旨いという声もよく聞こえるので少しほっとする。
だが、これからが本命だ。カウンターにシルヴィアさんとエステファン用のお皿を並べてある。隣で食べてもらいながら説明しなければならない。中央テーブルは従業員二人に任せてこちらに集中する。
「フミト、説明お願いね」
「はい。まずはこのシュワシュワしている茶色い水から飲んでみてください」
「僕はこれ結構好きだな。普段から飲みたいくらいだ」
「辛いわね。舌に刺激が来る。でも、あと引く甘みと香りね。刺激も慣れれば心地良いわ。これはなんです?」
「すりおろした生姜と、砂糖、クローブ、シナモン、唐辛子を分量が半分くらいになるまで煮詰め、それをアピで取れた炭酸水で割ったものです」
つまり、ジンジャエールである。炭酸水は密閉した容器で無ければ輸送ができなかった。その瓶をアピのフェスティナ商会へ頼み込み作ってもらい、今回持ってきたのだ。
「次はエンデンさんにお願いして作った菜の花の種から抽出した油で火を通したものです。魚にパンを粉状にしたものをつけ、高温の油の中で火を通しました。塩か、濁った赤い液、白い液、黒っぽい液のどれでもつけて食べてみてください。赤い液は刻んだ唐辛子を3年間塩で蓋をして漬け込んだ物に酢を混ぜ味を整えたものです。白い液は、卵黄に酢、塩胡椒、先ほどの植物油を使用して混ぜ込んだものです。黒っぽい液は、親父さんにお願いして肉や野菜を炒めた後のフライパンに水を少し混ぜ別の鍋に取っておいて貰ったものを使い、味を整えたものです」
これは魚のフライである。肉の脂を使って調理する文化しか無いので、植物油はドワーフが武器の製造や保存でしか使っていなかった。その為フライという概念も発達せず、多分この大陸では初になるだろう。濁った赤い液はいわゆるチリソース、もっとわかりやすく言うとタバスコである。白い液はマヨネーズである。黒い液は、グレイビーソースである。とんかつソースみたいなものを準備したかったのだが、3人ではそこまで手が回らず、そしてトマトが見つかってないので実験さえしてないものだったりする。
「パリッとして中は熱いわ。赤いのはかなり辛いけど、白いのは後を引くわね。黒いのも悪くはないわ」
「そのまま食べても美味しいけど、僕は白を多めに、少し赤をつけて食べるのが良いな。美味しいよフミト」
言葉ではまずまずの評価だ。フライ自体は気に入ってもらえたらしく、二人ともすぐに食べ終わってしまった。
「スープは以前他の商会で悩んでいた大豆を利用しています。蒸した麦にセイシュを作る時の同じような手順で菌をつけ塩と混ぜ、蒸して潰した大豆としっかりと練り合わせた物を2年近く熟成させました。海で取れた海藻をスープの基本にし、この熟成させた物を溶かし込んだものになっています」
海藻は昆布であり、溶かした物は味噌である。セイシュ造りで麹菌があるので少し前から試していたものである。残念ながら鰹節は作れていないので、出汁は昆布だしのみになる。カツオ出汁が無いので、その分野菜や肉を多めに入れ、そちらから出汁を出してもらっている。
「少し塩辛いけど、美味しいわ。独特の香りがあるのね。野菜の火が少し通ってないのがあるけど、これはフミトの料理の腕よね?」
量を水増しするのに後で追加した食材が見事に入ってしまったようだ……。
「この香り嫌いじゃないな。僕は慣れると好きになるかもしれない」
エステファンには高評価になりそうだ。
「そして肉料理ですが、先ほどのスープに溶かした物を生姜とあえ、肉と炒めた物になります。これに透き通った赤い液を1滴垂らすとまた味が変わります。その赤い液は乾燥した赤胡椒の種を取り除き、細かく切り刻んだ後、植物油で煮だした物です」
生姜焼きと言いたいところだが、醤油ではなく味噌なので、回鍋肉の様なものになってしまっている。セイシュで溶かした味噌で焼いているので、味噌が焦げることは無い。透き通った赤い液は、ラー油である。昨日紅い悪魔と呼んでいたのはこのことである。
「この肉もなかなか美味しいわ。赤いのは人によるわね。私は好きだけど、辛すぎるという人も居るでしょう」
「これ旨いね!すぐ親父さんのメニューに加えても良いんじゃない?」
味噌に関しては結構高評価と見て良さそうだ。一番力を入れている部分なので、かなりホッとしている。
「それでは最後に飲み物を用意します。少しお待ち下さい」
厨房に戻り、お湯をわかしている間にコーヒー豆をミルで砕き、清潔な布を使ったフィルターの様なものを準備し、お湯がわき次第カップ2つに注いでいく。
「これが昨日取引した緑色の豆を褐色になるまで煎った物を細かく砕き、お湯を通したものになります。苦いので、砂糖を入れて飲まれるのも良いと思います」
昨日の反応でコーヒーに関してはあまり心配していない。
「苦いわね。でも、香りがとても良いわ。砂糖を入れるとかなり飲みやすくなる」
「僕は砂糖入れないと苦くて飲めないな。でも、この香りは好きだ。美味しいよ」
シルヴィアさんはしばらくコーヒーを堪能した後、ゆっくりと口を開く。
「それでは評価するわね。まず最初の飲み物だけど、悪くはないわ。甘い飲み物は夏や秋の果物ジュースくらいしか無かったので、かなり売れると思うわ。でも、もう少し辛さを抑えた物をこれ以外に作りなさい。それと、どうせ炭酸水で割るのでしたら、もっと濃縮したほうが良いわね」
「両方共すぐに対応できます。炭酸水についてはアピ支店に依頼すれば量産可能となっています」
「わかったわ。次に菜の花の種から出来た油ですが、これは量産可能ですか?」
「それだけの畑を用意出来ていません。種も十分ではないので、潤沢な量を賄うには2年はかかると思います」
「そう。これはもっと早くやっても良かったわね。新しい調理法だし、色々と発展できそうなのよね。3種の液については赤白は面白いわね。両方共酸味のある味で料理との相性が良いわ。黒いのは悪くはないけど、作り置きできるの?」
「赤は長期保存可能です。白は数週間が限度です。黒は数日ですね」
「わかったわ。赤は量があればすぐにでも流通させましょう。白は種の油を使うのでしたね?それは量産でき次第ということで。黒はもっと研究しなさい」
「はい!」
「それで次はスープだけど、こんなに野菜がないと駄目なの?」
「はい、他の野菜から出る味を利用していますので、この位の量は必要かと思います。それと、冒険者活動において必須な塩分や食材等を補給しやすい状態をイメージしているので、この様な形で作っています」
「そう。長期保存は可能?」
「樽に漬け込んでいる状態でしたら、1~2年は。樽より少ない量を持ち運びするのでしたら、火で焼き付けた物を持ち運んだほうが良いでしょう」
戦国時代は味噌を焼き、発酵を止め、余計な菌も殺菌し、水分を蒸発させて持ち運んでいたそうだ。塩分やミネラルの補給や、大豆由来なのでタンパク質も取れ、干し飯と合わせて食べていたそうだ。自分でも冒険者活動をしていた時、夏場は特に疲れやすい。塩分や水分補給をしっかりと出来ない時は格下の魔獣相手にも遅れを取ることがある。リスク回避のためには良い食材となるだろう。現代でも長期保存する場合は醸造用アルコールを混ぜている。その理由は発酵を止め、腐敗を防ぐためである。
「わかったわ。量はどれくらいあるのかしら?」
「2~3軒の食堂に提供するだけですぐ無くなる程度です」
「量産は出来るのかしら?」
「幾つか調べなければなりませんが、多分可能です」
「できるだけ早めに作って。足りない食材があるのなら、すぐにでも言って」
「はい!」
「お肉に関しては今ので問題無いわね。赤い透き通った液だけど、これは難しいわね。辛過ぎるのよ。もう少し辛さを抑えられて?」
「やはりそうですか。やってみないとわかりませんが、多分出来ると思います」
そう伝えた後、他から声がかかる。
「フミト、あの赤い液はそのままで良い。その方がインパクトがあるし、料理で使いやすい」
親父さん、ハイルさんから声がかかる。料理人としての経験なのか、チリビーンズでハマっているので辛味に飢えてるのか……。ともかく助かる一言だ。
「ハイルさん、辛いの行けそうなの?」
「大量に消費するわけじゃないから、流通も簡単だし、インパクトはすごい。さっきのスープに1滴浮かべるだけでも辛味がそこそこ出る。冬場などでも温まるスープとかに有効だと思うのだよ」
「そう。フミト、それではこれはこのまま作りなさい」
「はい!」
「最後に、例のバルラ商会から買った飲み物ね。最初の飲み物と同じで美味しかったわ。苦いので好き嫌いがあると思ったのだけど、砂糖でかなり飲みやすくなるのね。これはバルラ商会と私が取引させてもらうけどよろしくて?」
「はい。調理方法は後ほど」
「ありがとう。以上よ。黒い液以外はすべて合格ね。後で年間作成量と材料費、人件費含めた概算を提出してちょうだい。それで販売価格を考るわ。それと名前を決めておいてね」
「はい!わかりました!」
多くの宿題を貰ったが、今回鍵となる物はすべて合格したのでかなり安堵することができ、長い緊張の中、凝り固まった何かを吐き出すように大きく息を吐き出した。
帰ってから書く時間があまり取れず、かなりキツイです。
正月休み中に何とか良い書き方見つけなくては……。
多分、今年最後の更新になります。
9月末から始めて3ヶ月、お読み頂きありがとうございました。
来年も滞り無く更新するつもりですので、よろしくお願い致します。
それと、生意気なことにMFブックス様の新人賞に登録してみました。
お気持ちだけでよろしいので、応援いただけると嬉しく思います。
2016/01/04 三点リーダ修正




