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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
35/83

眠り

眠り


 翌日、フェスティナ商会に素材報酬をもらう為に顔を出す。

「おはよう、エステファン」

「ああ、おはようフミト。ずいぶん遅いじゃないか」

 日が出てから1刻近く経っているので、一般的には遅い方ではある。現代日本に直すと、日の出が4時台なので、そこから2時間後と言うと6時頃となる。一般的には早いが、日の出で働き始め、日の入りで仕事を終える江戸時代と同じリズムのこの世界。遅いと言われても仕方が無いのだろう。入口横にあるオープンテラスみたいな談話室で朝の日差しを浴びながらお茶を飲んでいた所にエステファンから声がかかった。

「昨日は寝たのが遅くてね。朝起きれなかったよ」

「なんだい。彼女達は一人も起こしてくれなかったのか?」

「俺が一人部屋だって言うの知ってて言ってるだろう?」

「起こすのは同じ部屋じゃなくても出来るだろう?」

「それもそうだが」

 まあ、体長が万全じゃないと思って気を使ってくれたのだろう。ありがたいと思うことにしよう。

「それはそうと、彼女達はすごいね。うちに貰えないだろうか?」

「俺の所有物じゃ無いよ。それで、何がすごいの?」

「朝から他の商会の船で荷降ろしして貰ってたんだが、リーアちゃんはテキパキ効率よく下ろしていくし、ノンナちゃんはともかく力がある。レンティちゃんとナイアちゃんは中で帳簿整理してもらってたんだが、今日の午前の仕事半分くらい終わらせてしまったよ」

 かなり高評価な4人だ。レンティは元々商会に居たので帳簿仕事はお手のものなのかもしれない。ナイアは頭の回転が早いので、教えれば適度にこなすだろう。リーアは性格上一つひとつしっかりとこなすのがあるので効率よく思えるのだろう。ノンナはまあ、それが特徴だしね。

「フミトよりよく働くから本当にほしいくらいだよ」

「俺はどうせそっちでは役立たずだよ」

「ふてくされないでくれよ。フミトは他で色々とやってくれてるからいいのさ。新作そろそろ出来上がるんだろう?」

 昨日蔵を確認した所、上手く行っているので、そろそろお披露目しようかと思っていた所だった。それ以外にも揃えていたものも体外揃ってきた所だ。

「ああ、問題ないと思う。いつシルヴィアさんに試してもらう?」

「明日の夜呼ばれているんだろう?その時で良いよ」

「わかった。と言うか、明日の夜は何やるんだい?」

「まあ、慰労会みたいなものだよ」

「ふーん。それじゃ、まだ若いけどセイシュも一樽持ちだすかね?」

「良いのかい?あれは結構高いものだろうに」

「高いのは市場価値であって、原価計算すると儲けは結構出てるんだよ?」

「でも二人しか雇えてないじゃないか」

「まあ……年間通して出荷出来るわけじゃないからね……」

 セイシュは、ほぼ秋口~冬にしか出荷できない商品である。現代日本では通年を通して飲まれているが、作っている量と、それぞれの温度管理が上手く出来ているために出荷が可能だと考える。二人雇うのが精一杯な状況、酒でも酒以外でも、これ以上規模を大きくするのには更に何か必要になっていた。

「それを考えての新しい品なんだろ?」

「そう。こっちは当たればそこそこ出ると思う。一応通年で出荷が可能になる計算だよ。ただ、素材は輸入に頼ってる物もあるから、買えないと出荷が止まっちゃうのもあるけどね」

「ふむ。この土地で育てられなかったのかい?」

「俺がそんなに農家の方と知り合いが多いように思えるかい?」

「ふむ。それは盲点だった」

「そうだろ?紹介してもらった農家だけだよ。色々とやってもらってるのは。それに、シルヴィアさんに許可貰わないと、そっち方面でも手を広げるのは難しいだろ?」

「そうだね。味と魅力と展開プランをまとめておく方が通りやすいとは思うけど、まず最初にいけるって思わせることが大切だからね」

「そこが一番難しいところだろうね」

 旦那と奥さんどっちが会頭なのか正直分からない会話だが、本当ならこの目の前にいる男が会頭で決済権を持っているはずなのは間違いない。細かい舵取りについてはシルヴィアさんの方が有能なのは誰が見ても明らかなので、誰も反論しない状況になっている。だが、こんなのほほんとしたエステファンも、大きな舵を取る時は、シルヴィアさんより的確な判断を下すことが出来る。前に大きな案件で、他の国との取引を幾つもの商会を集めて融資すると言う事があり、シルヴィアさんが乗り気だったのだが、エステファンが断固反対し、少しもフェスティナ商会として手を付けないように手回ししたことがあった。結果、その商売に乗った商会は取引先の相手国で商売をすることさえ出来ず、そこに回す予定の資金が潤沢にあったフェスティナ商会は逆に追い風になった経緯があった。元々従業員から軽く見られてはいないエステファンだったが、会頭という地位をより盤石なものにした案件なのは間違いない。普段はそういった所を全く見せないので、商会の新人等にはすごい人とイマイチ理解されてないようなのだが……。


「それで、討伐報酬の事だけど、全員揃ってからのほうが良いよね?」

「そうだね、最低荷降ろしの二人が来ないと駄目かな。帳簿整理の二人は何時でも呼べるんでしょ?」

「帳簿整理は、多分そろそろ終わるくらいだと思うよ。荷降ろしはうちの商会じゃ無いところだから、ちょっとわからない」

 カウンター越しに見える職員用の部屋にナイアとレンティが居るのが見える。二人とも帳簿をめくりつつ手書きで記入している。付けペンタイプなこの時代、手がインク壺と羊皮紙と行ったり来たりしているのが見え、大変な作業だと思う。学生時代俺も似たような経験をしているので、今更やりたくは無い。だが、自分の商会の帳簿は付けなければならないので、やるしか無い。ほとんど二人に任せっきりなのだが……。

「それまでお茶飲みながらのんびりするかな」

「それが良いよ。フミトはまだ役立たずだからね」

「何それ?」

「まだ、体上手く動かないんだろう?さっきから左腕使ってないじゃないか」

 どうやらエステファンにはわかっていたようだ。完治したはずの左腕だが未だに上手く動いていないことを。

「わかってたのか。まだ左腕動かすのに違和感あるんだよね。使わなきゃ馴染まないのにどうも使いづらくてね」

「前回もそうだったのかい?」

「前も、やっぱり後引いたかな。ただ、あの時は覚えた剣筋があまり良くなくて、それを砕いてくれた様な形になり、結果良かったというのはあったけどね」

「今回は良い傾向な問題あるかい?」

「全く無い……」

 今回に限り、腕が動かないことの弊害しか残っていない。多分大丈夫だとは思うが、剣筋も徐々に確認していかなければならないだろう。ロック鳥の時は無理やり動かしたので違和感を感じる暇もなかったが、適度に動かさないと逆に問題が出てくる可能性もある。そろそろ訓練すべきだろう。

「そうかい?役得はあったみたいだけど?」

「役得?」

「女性二人に裸で温めてもらったとか」

 あまりにも突然にこちらの恥ずかしい経験を言い出すので、思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまう。

「それ誰から聞いた!?」

「本人からだよ?」

「え?ナイアが??」

「いや、リーアちゃんから」

「ああ……。それなら納得できた」

 ナイアは特に功績を誇る様な事はしない。と言うより、裸で温めたと言うのは功績でもなんでもないし、どちらかと言うと恥ずかしいことだと思うので、一般的には口外しないだろう……。リーアは贖罪のためと言っていたので、特に気にならないのだろう。レンティにも兄みたいに思われてると言われてしまったし、俺に対して羞恥心はさほど無いのだろう……。男と見られても、性の対象と見られてないというのがハッキリとわかると少々ショックを受けてしまう。え?年齢差を考えろ?エルフとの恋愛は100歳離れてたりするよ?

「役得というが、こっちはほぼ気絶同然の状態だったんだよ?さっぱりわからなかったって」

「勿体無い事だ。」

「あのなあ……。シルヴィアさんに言うぞ?」

「大丈夫。他のには興味が無いんだ。それに毎日堪能してるしね」

「もう良いよ……」


 しばらくそのようなやり取りを続けていると、いい加減仕事に戻ってくださいと受付嬢がエステファンを連れて行ってしまった。

 太陽の日差しが入る場所でお茶を飲みつつまったりとする。季節はいわゆる春だ。それはもう眠くなる。普段なら寝ないところだが、血がまだ足りてないのかウトウトとしてしまい、結局眠ってしまった。




 街の活気のある音が大きくなって来た所でようやく目が覚めた。

「おはようございます」

 目を覚ましてすぐ声が掛かる。ナイアだった。

「ああ、おはよう。寝ちゃったな。今時間はどのくらいだ?」

 大きく伸びをしながらナイアに質問する。血流が流れる感覚、つまり固まっていた体が柔らかくなっていくという快感と共に頭も覚醒していく。

「あと1刻半でお昼時です」

「1刻以上も寝ていたのか……」

「そうなりますね。ぐっすりとおやすみでしたよ」

 少し意地悪そうな顔してナイアが伝えてくる。この時代には油性ペンというものが無いので、あれば額や頬に何かしら描かれていたかもしれない。

「起こしてくれても良かったのに。まあ、商会に用事があるのは報酬だけだったが」

「レンティさんと起こさなくても良いだろうということで、起こしませんでした」

「そうか。ありがとう。ナイアはもう仕事は終わったのか?」

「終わりましたよ。そもそも、ノンナとリーアさんを待ってる間、暇なのでやっていた仕事ですし」

 午前中にフェスティナ商会に行くというものすごいアバウトな伝え方しかしていなかったことを今更になって思い出す。商会の朝は忙しい。猫の手も借りたいくらいだったのだろう。少額かも知れないが、それで働いていたのだろう。

「そうなんだ。みんなは何処に居るんだ?」

「シルヴィアさんとお茶してます」

「ナイアは行かなくてよかったのか?」

「問題ありません。それに、フミトさんを放っておくのも心配でしたし」

 フェスティナ商会で何かしようとする者等ほとんどいない。商会対商会だとしたら余計になにもしないだろう。人間的には多くの人に好かれているシルヴィアさんだが、商人としては恐れられているからだ。

「心配いらないと思うんだがな……。どのくらい前からナイアはここに?」

「半刻程でしょうか?じっくりと寝顔を堪能させていただきました」

「恥ずかしいからやめてくれ……」

「そうですか?無防備にぐっすりと寝るフミトさん、可愛かったですよ?」

「本当に恥ずかしいからやめて……」

「わかりました。今度はこっそりと見ることにします」

「あのな……」

「ふふっ」

 いたずらっ子だがいい笑顔だ。少し恥ずかしかったが、この笑顔が見れたのには癒やされた。役得というのも変だが、寝てて良かったのかもしれない。

「まったく……。そういえば、もう素材報酬の話は終わったのかい?」

「いえ、まだこれからです。もうみなさん会頭室でお待ちですよ」

「ん?お茶してるって言ってたけど、会頭室でお茶してるのか」

「はい。起きたら連れて来てほしいと」

「わかった。それならすぐ行かないとな」


 いつもの受付嬢に挨拶し、会頭室に向かう事にする。良い寝顔でしたよと言われたが、聞こえなかったふりをする。耳が赤いのは見えてしまっただろうが……。

 まず、受付嬢が中に入り、シルヴィアさんの許可を得てから俺達が入る。中に入るとシルヴィアさん含めて6人居た。人数が多いと思い確認すると、シルヴィアさん、エステファン、ノンナ、リーア、レンティ、そして何故かティアがここにいた。

「ティア?なんでここに?昼食の仕込みはどうした?」

 本来いないはずの人がいると流石に驚く。しかも、朝食戦争が終わり、昼食戦争への準備である仕込みをしている最中であるはずの人がいるので余計にだ。

「それについては私から説明するわ、とりあえず座りなさい」

 シルヴィアさんからそう声がかかる。ティアの隣とリーアの隣が空いていたので、リーアの隣に座ることにする。すると、幾人から呆れとちょっとした怒りの感情が感じ取れたが何故そうなるのか理解できずそのまま座ってしまった。

「まず、ティアの事から話そうか」

 シルヴィアさんが少し姿勢を正して、俺に向かい話す。商人としてのシルヴィアさんは威圧感があり、そのプレッシャーに負けないようにこちらも気を引き締める。そしてゆっくりと口を開く。

「フミト、ティアをパーティーに入れてくれ」

「え?良いけど……?」

「そうかい、良かったね、ティア」

「はい!」

 姿勢を正して来たので、何かとんでもないことが起きていたのかと思い、思わず軽く返事をしてしまう。ティアも嬉しそうに元気よく返事をする。

「いやいや!俺は良いけど、他のパーティーメンバーには聞いたの?」

「もう全員から許可はもらっているよ。フミトが寝てる間にね」

 ティアがそう答える。寝てる間と言われて少し申し訳ない気持ちになるが、メンバーを見渡すと驚いた表情は特に無いので、既に話し終えていたのだろう。

「ハイルさんや、エイル姉さんはどうなんだ?お店も大変だろうし、ティアも冒険者嫌になったんじゃなかったのか?」

「フミトなら問題ないって。冒険者は別に嫌になったわけじゃないよ?」

 ティアが軽く答える。

「そんな軽くて良いのかよ……」

 衝撃を受けた為か、寝起きのためか頭が多少回らない。だが、ティアがパーティーに参加することに問題があるかといえば、お店以外では特に問題はない。優秀な精霊魔法使いであり、多少レンジャーの心得があるので、今のパーティーには打って付けの存在だろう。ノンナがシザーリオに乗っている時等、後衛に奇襲があった時でも、ティアなら何とか出来るだろうし、この前のロック鳥が相手でも、上手く落としてくれるだろう。

 色々と考えることがあったはずだが、既に決定事項になっている様なので、考えるのをやめた。





冒険じゃない所が続きます。ほのぼの日常と言えないかもしれませんが、この世界ではかなりまったりとした状況だと思います。


2016/01/04 三点リーダ修正

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