叱咤
叱咤
「さて、フミト。なんで呼ばれたかわかるよね?」
フェスティナ商会の会頭室にて会頭の机の前に置かれた椅子に座り、裁判の被告人の様な気分になる。
「はい。傷を負った件ですね」
「そうよ。言ったよね?傷を負わないって」
「はい……」
「絡まれるから、あの防具は使わない。傷を負わないから大丈夫って言ったよね?」
「言いました……」
「それで、私達が贈った鎧はこうなっているのだけど?」
箱の中に入った分解してしまった鎧の鱗を取り出し俺に見せる。
「それは彼女を助けるためです」
「失礼な言い方だけど、私にとっては彼女がどうなろうと関係ないのよ。何故そうなったのかが問題なのよ」
「彼女が魔獣の張った罠にかかって」
「その話は聞いているのよ。その結果、なぜこの様な血が付いているの?と聞いているの」
「魔獣に噛まれて……」
「そうじゃないでしょ?私達が贈った鎧の下にこの内鎧を着ていないから、ここまで血が出てしまったのではなくて?」
そう言いながら、シルヴィアさんは薄くて浅黒い素材の革鎧を持ち出してきた。
「これは貴方と彼らとの大切な繋がりではなくて?」
「はい……」
「これを着ていれば、貴方の体に食い込む牙はもっと浅かった、ひょっとしたら食い込まなかったかもしれないのではなくて?」
「かも知れません……」
「私達はね、貴方が傷つく事が心配なの」
そう言いながら、座っている俺を立ちながら抱きしめてきた。
「貴方はもう私達の家族みたいに思っているのよ。冒険者を辞めろとは言わないわ。せめて生き残るために成すべきことをしてほしいの」
「わかりました。革鎧は着ます。ただ一つだけ、彼女達は俺にとって家族みたいなものになりました。それだけ覚えておいてください」
「そう、ようやく新しい仲間を見つけられたのね?」
「半分なし崩し的に、ですが」
「それでも良かった。別れて以来ずっと一人なのを気にしていたのよ」
「商会でこき使われていましたけどね」
「それは商売」
「わかりました。そう思っておきます」
「あら酷い。本当に心配していたのよ?それはそうと、変わった剣にしたのね」
「バロックの爺さん達にお願いしていたものが出来上がったんです」
「あら、ゲーニアのお師匠さんの?」
ゲーニアとは、バロックの3人が育てた女ドワーフの鍛冶師だ。顔は可愛いのに、かなりガッシリとした体型だ。ロリっ子ドワーフをイメージして、体のみ筋肉量1.5~2倍にしたような娘だ。今はフェスティナ商会専属の鍛冶師として雇われている。
「爺様たちと試行錯誤して作ったカタナと言う武器です」
鞘を背中から外し、シルヴィアさんに手渡す。
「あら、刃がすごく綺麗!それと、結構重いのね」
長い鞘のためか、少し苦労しながらカタナを抜くシルヴィアさん。脇差しを渡せばよかったと少し後悔する。
「ん?これ何か魔法でもかかっているの?」
「正直わからないです。切れ味に関しては当初の予定より少し切れる程度でしか無いと思っていますが、一番わからないのは刃こぼれしないんですよ」
「ふーん?これ量産できる?」
「もう商売人モードですか」
「金貨20枚でも買い手付きそうな気がするのよ。上手く口上で乗せればもっと良い値付くかも知れないわね」
ニヤリとイヤラシイ笑いをし始めるシルヴィアさん。美しい人が悪魔的に笑うのは正直とても怖いです。
「量産は正直わかりません」
「そう。少し試し切りしていい?」
「良いですけど、何を切るんです?」
「うちの旦那」
「また外で何を言ってるのかわからないですが、やめてあげてください……」
エステファンセンサーというものなのか、あいつが外で妙なことを口走ると感知するらしい。
「残念。借りること出来て?」
「次の冒険は決まっていませんので、少しの間でしたら構わないですよ」
「ありがと。ゲーニアにも見せてあげたいしね」
「作れるか聞くんですね?」
「アラ?ソレハナイワヨ?」
「声がおかしいです。でも、ゲーニアでも再現できるかわからないですよ?」
「あら残念。でも見せたいし、切れ味みたいから借りるわね」
「わかりました。それとスケイルアーマーの補修お願いしたいんですが」
「わかったわ。ゲーニアにお願いしておくわね。それと、ちゃんとこれ着ておくのよ?」
「わかりました。鎧お願いしますね」
「素材報酬は明日の午前中ね。それと、2日後の夜、予定を開けておきなさい」
「2日後の夜ですね?わかりました」
預けていた思い出のあるベスト型のソフトレザーアーマーを着ている間にシルヴィアさんは表に出て行った。悪い思い出では無いので、着るのには抵抗は無いのだが、今では名の通った仲間が居る時以外は着るのが正直怖いというのもあるが、解散してから何となく着ることを拒んでいたのだ。
当時の仲間といろいろな所を旅をし、色々な魔獣を討伐した。その中の一匹からこの皮を剥ぎとったのである。その魔獣はケイトウより北にある人類未到達地域に居た、大型の龍種、グランドドラゴンからである。生前のファンタジーに出てくるようなドラゴンとはかなり違う所が多かった。まず、羽が無いので飛べない。そして首は短い。尻尾はあまり変わらなかった。頭はワニに近いファンタジーのイメージ通りの頭で、体型が全長8mほど、高さも2m以上はあった。だが、体型が大型の猫形猛獣と同じで、爬虫類なのに猫形獣の様に敏捷性がある。そして鱗は腕と足にしか無く、体は皮膚のみであった。だが、その皮膚がありえないほど強固であり、剣と魔法が殆ど効かず、数刻も一点集中し、ようやく傷つけ、そこを広げていくという気力と体力の限界に挑戦するような戦いになった。最終的には、その傷口からドラゴンの心臓を貫き倒したのだが、心臓を刺した感触があってから半刻は刺される前と変わらない動きを続け、不死なのかと絶望しかけた所で動きが鈍っていったとても恐ろしい魔獣だった。
どうやってそのドラゴンを解体したかというと、死亡を確認した後、結局皆動けなくなり、その場で一夜を明かした。ドラゴンの住処ということで、他の魔獣が近寄ってこないという状態であったので、思ったより安心して眠れた記憶がある。翌朝からその解体作業に入ったのだが、外からは結局刃が通らなかった。だが、内側からなら少しずつ切ることが出来た。体内の肉を取り出し、内側から皮を切り裂く。この様な作業は、結局3日間を要し、連れてきた馬車1台丸ごと使用することになった。それでも全ては載せることが出来ず、あの場所においてきてしまった物が多い。主に肉だが。
肉は固くとても食べにくいものではあったが、味はとても良く、噛めば噛むほど味の出るジャーキーみたいなものであった。その為量を食べることも出来ないので、食材として使いづらいのでおいてきてしまったのだ。帰りはその血の匂いで他の魔獣が近寄ってこず、楽な旅であったのもいい思い出である。この時、パーティーリーダーであったダグラスが英雄と称されるようになり、もてはやされていた。
俺は目立つのが好きではなかったので、全部押し付けた形となった。
そこで、記念として全員分作ったのがこのドラゴンレザーアーマーである。この時この様な素材を扱えるのがバロック以外無く、バロックの爺さん達と付き合いが濃くなったのもこの時からである。
そのような思い出のある鎧であり、今でもその凱旋を覚えている街の衛兵等もいるので、正直色々なトラブルが起きそうで着たくないというのもある。だが、今回いろいろな人に迷惑をかけてしまったので、着なくてはならないだろう。
着るのに邪魔であったマントを再度着た後、フェスティナ商会の集積所へ向かうと、エステファンがシルヴィアさんにカタナを突きつけられていた。
懐かしい思い出に浸った後にこの光景を見ると、色々な意味で台無しだ。
「シルヴィアさん、血糊だけはしっかりと拭きとってくださいね?カタナは錆びないかもしれませんが、鞘は腐るので」
「了解」
エステファンは放っておいて、メンバーの元に向かう。俺に助けを求める声が聞こえるが気にしない。
「あ、フミトさん。大丈夫でしたか?」
リーアが俺に気づき、話しかけてくる。
「問題ないよ。ひょっとして心配してくれたの?」
「はい。とても怖い殺気でしたので、どうなってしまうのかと……」
「そうか、シルヴィアさんは初めてだったね。彼女はいつもあんな調子だよ。まあ、今回は俺が怪我したと言うのが一番殺気の出た原因みたいだけどね」
「すみません、私のせいですね……。謝ってきます」
「ああ、違う違う。あそこまで怒るのは愛情があってこそだよ。本来根無し草な冒険者にとってはありがたい存在だよ」
「そうなんですか。叱ってくれる人がいるのはありがたいことですね」
「そうだね。さらに、商会での仕事もさせてもらってるから、更にありがたいね」
「商会での仕事ですか?」
「例のセイシュとかね」
「そうなんですね。あれは商会側から製造を依頼されているのですか?」
「いや、こっちから持ちかけたの。お金がなかったから投資して欲しいってね」
「それでセイシュを作り上げたんですね?」
「それ以外にも色々とやってるけど、ようやく軌道に乗り始めたのはセイシュだけかな?」
「色々とはどんなことなのですか?」
「言葉だけじゃ難しいし、3日後作業するのもあるから、その時見に来るかい?」
「はい!見学させてもらいます!」
「ああ、ナイアもレンティも気になってたみたいだし、みんなも呼んで来てもらおうかな」
依頼を終え、ギルドへの報告は翌日にすることにし、宿と食事の為に移動する。
「俺は定宿があるけど、ナイア達はどうするつもり?」
「私はフミトさんの居る宿に行こうかと思っています」
「私もそれでいーかなー?」
「リーアとレンティはどうする?」
「そういえば決めていなかっです。同じ所でも大丈夫でしょうか?」
「多分平気だよ。最悪4人一部屋でも問題ないよね?」
「はい」
定宿にしている『幸運の鈴蘭亭』に向かう。
「リオネラ、ただいま」
「お帰りフミト!どうしたんだい?今日は嫁が4人いるけど?」
「嫁じゃないよ……。わかっててからかわないでくれる?」
このリオネラという女性はこの『幸運の鈴蘭亭』の女将だ。まだ20代の若女将というところか。旦那もまだ若いのだが、数年前ここを継いでまだ四苦八苦している最中だ。
「その4人泊めて欲しいんだけど、部屋あるかな?」
「4部屋必要かい?」
「どうする?別れるかい?」
「4人部屋で良いと思います」
ナイア以外の3人も頷く。やはり一部屋になると安くなるためだろう。
「わかった。夜這いしづらいけどいいんだね?」
「リオネラ!何いってんの!」
「あら、全員とそんな関係なの?」
「あのねえ……、ホント女性連れてきた時毎回そう言うのやめてくれる?わかってて言ってるんでしょ?」
「ごめんねー。フミトの顔が面白くて。さて、案内するよ。フミトは勝手に行っておくれ」
「わかった。荷物置いてくるだけだから、四半刻もかからないで集合で良いかな?」
「はい。わかりました」
みんなと別れ、我が家と言うのにはおかしいが、既に俺の部屋として扱われている場所に向かう。一番上の階で、角部屋になっている。ここだけ聞けばホテルではかなりいい部屋と思われがちだが、二階建てであり、部屋は階段から一番遠く、更に他の部屋より小さい作りになっている。一般的な冒険者はそんなに階段を登りたがらないので、ある意味新人冒険者向けの部屋であったりする。その部屋に鍵を開けて入ると護衛依頼する前の状況とほぼ同じであり、机の上には手紙が散乱していた。例の幼なじみの手紙である。
建築祝い・結婚祝い・出産祝いに何か送らなければならないことを今さら思い出す。シルヴィアさんに相談に乗ってもらおうかな。
手荷物だけを置き、一回の集合場所に戻る。手紙が届いているかは後でリオネラに聞けば良いかな。
「フミトさん。待ってましたよ」
「あら。ずいぶん早かったんだね。ごめんよ」
「荷物置くだけでしたし、ゆっくりするとこの子が寝るので」
三人がノンナの顔を見る。また音にならない口笛が鳴る。
「それじゃ、ご飯食べに行こうか。『塩銀亭』で良いよね?」
「はい、お任せします」
もう夕暮れ時になっている為、塩銀亭に入るとかなり混雑していた。8人円卓テーブルの4つと、6人平テーブル4つはすべて運悪く全て埋まっていた。いつものカウンター席で5人は迷惑がかかるだろうと思って、出直そうかと考えていた所に声が掛かる。
「あら、フミトじゃない。お帰り。何時帰ってきたの?」
名目上看板娘であり、塩銀亭を営んでいる夫婦の一人娘であるティアが声をかけてきた。
「ただいま。ついさっき帰ったばかりだよ。5人だとテーブルのほうが良いよね?時間空けてから来ようか?」
「気にしなくていいわよ。母さんの定位置近くは無理だけど、厨房前のカウンターなら空いているわ」
「わかった」
入り口すぐ脇にある、厨房前のカウンター席に着く。店は椅子だけで言えば100席を超える規模になっているので、正直3人だけでは回っていない。昼食時や夕食時に限っては近所の人が手伝ってくれているので回っているようなものだ。夕食時は、エイル姉さんを目的に来る客で奥のアルコールカウンターはすぐ埋まってしまう。昼食時は、美形エルフの親父さんを目当てに女性客がよく入口側のカウンターを埋める。そして、面倒見が良く、従業員へのセクハラを見逃さないエイル姉さんがいるので、未婚の女性が多く手伝ってくれ、女性従業員目当てで男性客が自然と多くなる。昼食時も、美形エルフの親父さんが目当てで増えた女性客を目当てに男性客が増えるので、これまたある意味悪循環となっていた。
味については、香辛料で名を上げたフェスティナ商会お膝元であるので、香辛料は潤沢に使うことが出来、多くの魔獣や食材を魔法のように味を整える親父さんの腕を持ってすれば、虜にならない人は少ないだろう。さらに、余裕があり、常連客であれば、好みの味付けにして出してもらえることもある。厨房は親父さん一人だけではなく、調理人として修行中の2人が常時手伝ってくれているので、何とか回っている。
「フミト!お帰り!すまんがもう食材がない、ありあわせで構わないか?」
その厨房から声がかかる。美形エルフの親父さんことハイルだ。
「みんなもそれで構わないよね?」
4人はうなずいてくれた。それ以外に選択肢が無いのだから仕方が無いのだが。
「親父さん、それでお願い。飲み物はどうする?」
「私はエールをお願いします」
「私もー!」
「私はお茶でお願いします」
「私はもエールで」
一人だけお茶か……。と言うか、リーアがお茶なのは何となくわかるが、レンティまでエールを飲むとは。
「レンティもエールで良いんだ」
「はい。うちの教育では、正体を失わない程度であれば酒は小さい時から飲ませてもらえました。色々な味を覚え、良い物を知ることが最優先だと言うことらしいです」
「商人らしい考え方……で良いのかな?」
「よくわからないですが、お酒は美味しいので好きです」
とりあえず、良しということにしておこう。
「エイル姉さん、エール4つにお茶1つお願いします」
「あら、フミトちゃんじゃない。お帰り。綺麗どころ4人も連れて良い御身分じゃないの」
「そのような関係じゃありませんよ。仲間です。それとちゃんはやめてくだだい」
「ふーん」
そう言うとエイル姉さんは一人ひとりの顔をゆっくりと眺めていく。
「そういう事にしておいてあげる。エール4にお茶1ね?ちょっと待ってて」
カウンターでちょっかいをかけてくる男性客を軽くあしらいながら飲み物の準備を進め、すぐにエール5とお茶1を持ってきてくれた。
「1つ多いけど?」
「私が飲むのよ。悪い?」
「いえ……。それじゃ、リーアとレンティの初仕事成功を祝して乾杯と行こうか、乾杯!」
今回は文章がかなりくどいです。RPG等で心配してくれる人はいるけど、叱ってくれる人があまりいないのでちょっと書いてみました。
2016/01/04 三点リーダ修正