ロック鳥
ロック鳥
ロック鳥とは、翼を広げた全幅15m、体重50kgほどある大きな鷲のような鳥だ。鋭い爪は片足で馬を1頭持ち運んでしまうど、大きく力強い。足の指を広げた幅は人間の大人両腕広げたくらいはある。
だが、基本バカだ。餌を取ることだけを目的としているので、餌を取ればすぐ飛び去ってしまう。
ただ、その餌が馬であれ、人であれ、現在のフミト達にとっては取られて良い物は一つもない。
「なんであれがここにいるんだよ……」
陣形を組み、羊皮紙の準備をしながらぼやく。
「フミトさんはロック鳥と戦ったことあるのですか?」
「2度ほどあるが、あの時は防御力も火力も異常なパーティーだったからな、正直問題にはならなかった。だが、今の状況ではどうなるかわからん」
ナイアからの質問を素直に答えてしまった後で気づく。絶望的状況で絶望を伝えてるのは不味いのではないかと。だが、出てしまった言葉は戻せない。
「だが、なんとかするぞ!そして、生き残るぞ!」
「はい!!」
返事をするとナイアから弓での攻撃が始まった。正直矢の回収を考えてられない。後で撃っておけば良かったなど通用する相手では無いからだ。
「フミトさん!矢が弾かれます!」
「そうか、移動時の風圧か……、近づいて撃ち込むしかないのか」
そう考えている所に、レンティから魔法が飛ぶ。
『ロックストライク』
だが、距離があるのかレンティの魔法が弾かれる。
「フミトさん!魔法も弾かれます!」
「続けて色々な魔法を試してくれ!」
「はい!」
弓での攻撃はやはり弾かれる。近くで風の壁を射抜くことが必要みたいだ。
魔法は初級の魔法ばかりなので、たいして効果がない。
「やっぱり、地上で戦うしか無いのか?どうやって落とす?」
「以前はどうやって倒したのですか?」
「参考にならんよ。邪魔だったから大量の魔法を打ち込んで墜落させて倒したから」
「それは参考になりませんね……」
現状魔法を発揮できるのはレンティのみ。アンドゥハル商会のメンバーを知りもしないのに当てには出来ない。
「やはり、お金かけるしか無いのか……」
『サンドストーム』
高級羊皮紙を取り出し、砂嵐の魔法を使う。気流を乱し、墜落気味にこちらに向かってくる。こちらに目標を向けるのは良いとしても、ここに墜落されては不味い。
「回避行動!最悪ここに墜落するぞ!」
その言葉に従い、リーア、レンティ、ノンナ、ナイアはさっと行動に移す。
だが、思ったより俺の体が動いてくれなかった。まずい……直撃?と思った所、ロック鳥が少し体制を立て直し、滑空状態になり、俺を捕まえるために右足を伸ばしてきた。
構えていたカタナをタイミングを合わせ振り下ろす。4本指の外側の付け根に命中し、切り裂くことが出来た。だが、ここで想定外の出来事が起こる。
切り裂いた指がそのままの勢いで俺の胸に直撃する。
「がはぁっ……」
鎧をつけていない為、威力を分散することが出来ず、すべて胸受けてしまい、肺から空気がすべて出尽くす。そして、1mほど後ろに吹き飛ばされた。
幸か不幸か左右に避けていたため、他のメンバーを巻き込むことは無かったが、また情けない所を見せてしまった。
肺を強打したので、息がまともに出来ない。無理に体制を整えようとするが、よろよろとして上手く動けない。周りが叫んでいるが、耳が衝撃で遠くなっていて上手く聞き取れない。
「アホか?俺は……。切ったものがそのまま飛んで来るくらいわかるだろうよ……」
声が出ないのと、痛みで否定的な思考になる。だが、体がうまく動かない為、取った行動は多分正しいのだろう。もちろん、鎧を着ていればだが。
ロック鳥が羽ばたき、体制を整え、再度俺に向かって降下してきた。やばい、今の状態ならカタナを振り下ろしても撃ち負ける可能性が高い、逃げなければ!と思うが、体が思うように動かない。一瞬昔のメンバーが頭をよぎる。走馬灯か?やめてくれ!これからまだやりたいことはあるんだ!
いよいよロック鳥の左足が俺に向かって足を構えてきた。先程より少し高い軌道だが、しっかりと俺を捕まえられる高さだ。このまま終わるのか?と思った瞬間、一人が叫び、俺の前に躍り出た。
「私が守る!みんなを守るんだ!」
リーアがノンナの盾と自分の盾を2枚持ち、俺の前に立ち塞がる。息を無理に吸い込み俺は言葉を発した。
「リーア!無理だ!」
かすれた声をかけた瞬間、ロック鳥の足がリーアに伸びる。だが、その速度に目が追いついたのか、全身を使っての両手のシールドによる攻撃で指をうまく弾く。風圧を受け軽く飛ばされるが、俺が受け止める。
「私が守るんです!」
決意のある声が聞こえる。覚醒したと言えば良いのか、昨日までのリーアとは違うだろう。一つの経験、一つの決意、一つの勇気で変われる人がいるとは聞いていたが、リーアがそのような人とは思ってもいなかった。
「リーア……、ありがとう。もう一撃耐えられるか?」
「やります!今度は飛ばされません!」
「頼んだ。次は足を切る。その後はナイア、頼んでいいか?」
「お任せください!」
やはりロック鳥は目先の事しか考えてないようだ。すぐ近くに馬車に囲まれた馬が多数居るのにも関わらず、俺達の方に向かうために旋回をした。
「来るぞ!リーア頼む!」
「はい!」
ロック鳥の足の向きは俺よりリーアに向かっているようだ。2歩ほど下がり、全力で振り下ろすために構える。
リーアはタイミングを合わせ、また足の指を弾く。その足に合わせ、俺は全力で剣を振り下ろした。
カタナの先が肉に入る手応えを感じた後、風圧に耐え切れずに軽く飛ばされた。
ドスンと鈍い音が聞こえ、慌ててその方向を向いてみると指が足の裏の一部が指2本付いたまま落ちていた。幸いなことに、今回も先程と同じ軌道で通過した為に、切った足が体に当たることは無かった。
「クギャアアア!!!」
ロック鳥の叫びが聞こえ、大きなものが墜落する音が聞こえた。
足とは違う方向を見てみると、大きなロック鳥が地面に伏せ、翼をばたつかせているのが目に入った。
「ナイア!頼む!」
「はい!」
ナイアがカタナを持ち、ノンナが槍で突撃していく。
ナイアは残った右足で立ち上がられるのを危惧して右足を切りに行き、ノンナはそのまま絶命させるべく正面に向かう。危険な位置だが、喉と心臓が見え安い。
ロック鳥は目の前のノンナに噛み付こうと首を向けたが、ナイアが右足の指を切り落とした事に再度首を上げ悲鳴を上げる。そこにノンナの2連突きが喉に入り、血が噴き出る。
もう、後は時間の問題だ。足の支えがない状態での翼の羽ばたきだけで飛べるとは思えない。遠くから弱っていく姿を眺め、半刻後ロック鳥は動かなくなった。
「リーア、お手柄!」
「はい!」
満面の笑顔でこちらに向かい、大きな声で返事をする。全身で嬉しさを表現したいのか、体がウズウズしている。少し犬みたいで可愛い。
「リーアのおかげで倒すきっかけが作れた。助かったよ」
「はいっ!」
頭を撫でながら伝える。しっぽがあったらすごい勢いで振られていただろう。十分に撫でてあげてから、手を離す。少し残念そうな顔をするが、すぐに嬉しさが上回り笑顔に戻る。
「レンティ、悪かったね。良い指示が出来なかったよ」
「いえ、私も魔法が弾かれるとは思っていませんでしたので、いい勉強になりました」
「そうだね。ただ、あのくらいの魔獣は最前線でもそんなにいないよ。槍が刺さったのも多分、爺さん達の武器だからだ。そもそも、普通の冒険者でいるのなら、そうそう出会わない魔獣だったよ」
「そうなんですか。でも、力不足を感じました」
「うん。これから複合属性の魔法と、中級魔法を覚えていこう。例えば俺が使った『サンドストーム』は、上級だけど、風属性と土属性の複合魔法だ。一つの属性を極めていくのもありだが、最前線では複合魔法のほうが効き目のある魔獣もいる。色々な魔法を覚え、使っていけるようになるといいね」
「わかりました。ご指導お願いできますか?」
「わかった。急ぐことはないと思う。ゆっくりと覚えていこう」
「はい!」
「ノンナ、ナイア、後始末みたいなこと悪かったね」
「うん。大丈夫だよー」
「私達では落とせなかったと思います。役割としては当然かと」
「二人なら、壁役がいれば落とせたと思うけどな?」
「そんなことは無いと思いますよ」
「ノンナは槍で足を突けば良いし、ナイアは近くに来れば弓で多分翼の付け根とか狙えたでしょ?」
「槍なら出来たかな?」
「翼の付け根……、当てられたかもしれないですね……」
ノンナはまだ槍における戦闘実績が少ないために思いつかなかったようだ。ナイアは自己評価が低い傾向にある。もう少し高い位置で全然良いと思うのだが。
「ほらね?二人はあのくらいを倒せる実力はあるんだよ。遠くにいた時に矢が当たらなかった理由は風圧と矢の威力が減衰したせいだからね」
「私達で行けたでしょうか?」
「もし二人しかいなかったらやるしか無いでしょ?」
「それもそうですが……」
「もう少し自身を持っていいよ。二人は強いよ」
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
ノンナは満面の笑みとなり、ナイアははにかんでいる。ナイアももう少しノンナみたいに喜んでも良いのではないかと思うのだが。
「フミトさんは体長が万全ならロック鳥は一人で行けたのではないですか?」
「んー、武器がこいつか、別のやつか、後鎧を着てれば行けたかもね?」
「やはりすごいですね」
「でも、正直意味ないよね。一人じゃたどり着けないし、一人じゃ旅出来ないしね」
「確かにそうですね。でも、その頂にたどり着いてみたいです」
「俺が目標じゃ小さいよ。もっと強い人を目標にしなよ」
「……まったくもう……」
何かナイアが小さな声でつぶやくが、よく聞こえなかった。
「ん??」
「いえ、目標を探してみますね」
「そうだね、世の中にはすごい人がいっぱい居るからね」
ナイアの若干呆れた顔が見えたが、すごい人は居る。俺程度なんかを目標にしちゃすぐ達成しちゃいそうだよ。
ナイアの呆れ顔が収まらない間に別のところから声が掛かる。
「すごいな、よくあれを倒せたもんだ。俺達は壊滅しかかったというのに」
アンドゥハル商会の護衛で、先ほど挨拶を交わしたデイルという冒険者だ。
「ナイアの目と耳が良いのでね、来る方向さえわかれば何とかなると思いますよ」
「そうか、若いのにすごいんだな」
そう言ってくるが、このデイルも20台にしか見えない。ナイアやノンナは20前と言っても不思議がる人がいないだろうから、俺を除けば今の言葉には説得力が発揮されるだろう。
「正直、俺達のパーティーは全員足がすくんでしまって動けなかった。お詫びと言っては何だが、何か手伝えることは無いか?」
戦闘中攻撃が無かったことや、声が聞こえなかったことがようやく納得できた。2人も亡くなり、壊滅と言ったのだ、他にも怪我人がいたのだろう。そのような状態で2~3日で2回も襲撃を受ければ心理的に相当キツイはずだ。
「そうですね、血抜きはあのまま行ってしまいますので、血を埋める穴を掘って頂けますか?いつもは私がやっていたのですが、正直今あまり体を動かせないので」
まだ左腕に違和感を感じ、しっくり着ていない。まあ、面倒と言うのもあるが……。
「そのくらいでいいのか?わかった。それは俺達がやらせてもらおう」
「助かります」
「あと、当たり前のことだが、このロック鳥だったか?これに関しては特に占有権を求めるつもりは全く無いので心配しないでくれ」
「はい、わかりました」
「それと、今夜の夜間歩哨は俺達が代わりを努めよう」
「良いのですか?」
「ああ、君たちがいなければ依頼を失敗するか、最悪ロック鳥に殺されることになっていた。その御礼としては小さすぎるくらいだよ」
「わかりました。ありがとうございます。夜間お願いします」
「ああ、任せておいてくれ」
デイルと別れ、俺達の馬車に向かった。
ギルン達と、アンドゥハル商会との会談も終えたようだ。
「フミト、夜間歩哨はアンドゥハル商会がしてくれる様になった」
交渉を終えたギルンから交渉内容の報告が来る。
「ああ、デイルという冒険者からもそれを聞かされた」
「なんだ、聞いていたのか。それと後1日だが、行動を共にすることになった」
「それは聞いてないな」
「正直言うと、彼らは冒険者としてもう駄目みたいだ。心がな、折れてしまったみたいなんだよ」
「そうなんだ……」
間接的とはいえ助けられたことは良かった。だが、彼らには2人を失った事が大きいのか、手も足も出なかった魔獣と遭遇することが怖いのか。
何にせよ、冒険者という仲間がいなくなることは悲しいことだ。彼らの今後はどうなるのかはわからない。遠目で見る限り、アンドゥハル商会との仲は悪くはなさそうだ。商会が引き取ってくれるとこちらも気は楽になるのだが。
その報告を聞いたパーティーメンバーの顔を見てみると、ノンナとナイアはさほど表情を変えていない。過去に同じような経験があるのだろう。盗賊落ちした知り合いを見てきたかもしれない。だが、リーアとレンティの顔は曇っていた。冒険者となり、初めて冒険者としての依頼を行っている最中なのだ。そこで、そのなったばかりの冒険者を心半ばでやめざるを得ない人を見るのには流石に耐性が無いだろう。その二人にどういった言葉をかければ良いのか悩んでいた所に言葉が発せられた。
「新しく羽ばたこうとする雛が生まれれば、年老いて羽を休める者もいる。ただ、それが少しだけ早かったということだけじゃ。それについて、お前らが気にすることでは無いのじゃよ」
ジルフ爺さんからだ。俺の言いたいことがほとんどこれに集約されていると言ってもいいだろう。セクハラが無ければ完璧な人なんだけどな……。
リーアやレンティは、その言葉を聞いてもまだ納得している表情ではない。だが、冒険者を続けていくのであれば、いい出会いがあり、悪い出会いがあり、良い別れがあり、悪い別れもある。それらをすべて学び、自分の糧にして進まなければならない。生き残るために。
「さて、飯の準備じゃ。ぼさっとしとらんと、動いた動いた」
一番それらを見てきたであろうジルフ爺さんから声が掛かるとようやく皆が動き始めた。慣れていたつもりだが、俺も少し固まっていたようだ。
シンドバットでのロック鳥は象をも持ち上げると書かれてあったように記憶しています。なので、馬2頭だと小さい方なのかな?
2016/01/04 三点リーダ修正




