暖かく柔らかいもの
暖かく柔らかいもの
冒険中に完全に記憶を失くすほど寝たのは何時ぶりだろう?明け方かと思う時間にふと目が覚める。
体が温かい。昨夜はあれほど寒かったのが嘘のようだ。大量に食べているが、すぐ回復するとは思えないのだが、回復したのかな?と色々な部分が覚醒してきて気づく。
やわらかい。
ん??なんだこれ?気持ちが良いのだが、体が動かない。暗いから何が起きているのかまだはっきりとわからない。胸や足に柔らかくて少し重みのあるものが乗っているのだけはわかる。そこまで意識できた所で、両耳に寝息と思える音が聞こえた。
寝息??
獣の様な息ではなく、定期的な整った柔らかい息遣いだ。寝息で間違いないだろう。俺のテントは俺専用になっている。2~3人用のテントではあるが、人数が余るため、一人で使っているにすぎないのではあるが。その為、他の人が入ってくるわけがない。いや、俺が間違えたのか?頭が混乱して思考が定まらない。
「ん……」
おうふっ!この左耳から聞こえてくる声はナイアだ!ちょっと待て!なんでナイアがいる!と言うかこの柔らかいのナイアか??
「ふぅ……」
はぁ?右耳から聞こえるのは間違いなければリーアだ……。おかしい。俺は生きているんだよな?と言うか夢だよな?前世含めて50年。こんな事は初めてだ。夢でも都合のいい夢を見ることが出来なかった。ようやく童貞力を発揮したのかな?駄目だ、夢の中でさえ、思考が支離滅裂で、何を言っているのかわからない。と考えていた、その時、
「おーい!フミト!起きろ!朝だぞー!」
ギルンの声が聞こえ、テントが叩かれる。
「おう!今起きるよ!」
条件反射のようについ返事をしてしまう。天国のような夢から覚めてしまうのがもったいないが、まあ仕方がないだろう。ゆっくりと寝させてもらったのだ。早く置きなければ。
「ん……フミトさん。おはようございます」
「オハヨウゴザイマス?」
何だ?まだ夢なのか?
「おはようございます、フミトさん。体は大丈夫ですか?」
「オハヨウゴザイマス?カラダ?ヘイキダヨ?」
駄目だ、何が起きてる?妄想力が爆発したんじゃないのか?
「あ、フミトさん。少しこちらを向かないでくださいね?」
「私の方も見ちゃ駄目ですよ?」
「ハイ?」
体の拘束が解かれていき、それに連れて暖かく柔らかいものが離れていく。まだ外は暗いのか、テントの中もまだ真っ暗である。見ようと思っても見えないのだが、思考も固まっており、目線もテントの頂点を見続けることで固定されてしまっていた。
布の擦れる音、髪の描き上げる音、腕や体にふわっと髪の毛が触れる感触。これらすべてがより俺の思考を固まらせる。
「私の方はもう見ても大丈夫ですよ」
「私も良いです」
「はひ……?」
少し太陽が上がり始めたのか、テント内が少しだけ明るくなり、二人の顔が見えた。
やはり、ナイアとリーアだ。混乱は続くが、見えたことで少し思考がはっきりしてきた。
「えっと……、二人はなんでここに……?」
「フミトさんの看病に着ました」
「私も、私の失敗から負わせてしまった怪我の看病をしに着ました」
「……そう。えーっと、それで何してたの?」
混乱中。同じような質問を繰り返してしまった。だが、その意図を酌み取ってくれたのか、返答がもらえた。
「フミトさんの汗を拭い、そして寒そうにしていたので体を暖めていました」
「私も同じです」
「えーっと……なんで二人で?」
「私は看病するためです」
「私は贖罪のためです」
うん。ここだけは何となく理解できた。
「一人で良くない?」
「一人が良かったですか?」
「いや、そうじゃないけど……」
「それなら二人でも構いませんよね?」
「ハイ……」
二人に起こされ、準備を始める。そこで思い出す。今日から鎧は何を着たら良いんだろう?フェスティナ商会の鎧を少し借りるかな……?もう、まともな思考ができていない。脳の処理は普段の起きた後するべき行動だけが命令として下された。
とりあえず、鎧以外準備を終えると、ナイアとリーアがまた外に出るのを手伝ってくれた。この至れり尽くせり感はなんだろう……?高級旅館に場違いで泊まってしまって、綺麗な仲居さんに案内されている妙な気恥ずかし気分とでも言ったら良いのだろうか?うん。全くわけがわからない。
テントから出て、二人に連れられて歩く。足元が覚束ない感覚はもう無くなっており、しっかりと足元を踏みしめることが出来た。その為か、二人とも俺の手を引いて歩いて行く。
「おう、フミトおはよう!両手に花だな!」
「オハヨウ。ウン。ハナダナ」
ギルンが声をかけるが、頭をかしげる。
「二人とも、フミトどうした?なにかやったのか?」
「いえ?特に何もしていませんが?」
「なんかおかしいよな。ほんとに何もしてない?」
「特に、看病以外何もしていませんが?ねえ、リーアさん」
「はい。特に何もしていませんよ?」
「ふーむ?まぁ良いや。起きろ。寝坊助」
ギルンがバシッと俺の頭を叩く。おかげでスイッチが入ったのか、思考がはっきりする。
「痛い……。二人ともありがとう。ギルンいてーよ!」
「お?目が覚めたな?」
「おかげ様でな!」
「んじゃ、飯にすっぞ」
朝食時、夜間の歩哨はギルン、ティティス、ボマ、ジルフ爺さんの4人も協力してくれたようだ。
結局3交代だと言っていた。最初レンティとノンナ。次にティティスとボマ、最後に爺さんとギルンだと。
つまり……、リーアとナイアはずっと俺のテントに居たということになる……。
俺は超大型イベントを寝て過ごしたということだ……。
神よっ!何故我を見捨てたもうかっ!
また朝食の味がわからない事案が発生したが、気にしないで欲しい。
5日目の今日も、全体指揮代理としてナイアにお任せし、ジルフ爺さんの馬車にお世話になることにした。御者席ではなく、体を回復させるために荷台で寝ることにした。
だが、朝の一件で、頭がもやもやしてしまい、あまり深く眠ることが出来なかった。
魔獣との遭遇は2回あり、午前にグラスボア1匹、午後にアグリーバック4匹。今回は魔獣の討伐費用でそこそこ稼げそうだな。遠くから見ている限り、4人の動きは悪くはない。連携をさせてもらえるような魔獣でも無いというのもあるが、レンティがアグリーバックに対して初白星をあげたのが今日の見どころか。
夜、少しドキドキしてテントで待っていたのだが、今日は誰も来なかった。
やはり神は我を見捨てたようだ。
6日目。寝過ぎるのも申し訳ないので、今日から護衛に復帰する。だが、今日の指揮もナイアに任せることにした。負担になるかもしれないが、彼女はダークエルフだ。俺達より冒険者歴が自然と長くなる。その中でいずれ役に立つはずなので、任せることにした。
「ギルン、荷馬車に載ってる鎧借りたいんだけど、なにかないかな?」
「お前、出発した街を忘れたのか?」
「あ、やっぱり?プレートアーマーだらけ?」
「そうだよ」
「どーすっかな……」
「ちょっと見てみるよ。目録にはプレートアーマーだらけだった気がしたけど、1個位レザーアーマー系はあるだろう」
「よろしくー」
結局プレートアーマー以上しかなく、フルプレートアーマーまであった。
「俺鎧無しかい……」
マントはワイバーンスキンなので、下手なソフトレザーアーマーよりは防御力がある。それで我慢するしか無いか……。
隊列は先頭にナイアとリーア、最高日にレンティとノンナ。真ん中に何時倒れても良いように俺という形になった。心配しすぎじゃね?
だが、流石に1日ちょっとで回復するわけがない。昼食まででも幾度か真ん中を走ってるボマの御者席に座らせてもらったりしていた。体力が戻らないのがもどかしい。
昼食を済ませ、半刻ほど進んだ所に大きな木片が多く散らばり、更には血痕が幾つかあった。
調査してみると、どうやらその木片は以前は馬車だったものだったようだ。馬車が粉々とは言わないが、ここまで壊れることがこの地域であるとは思えない。だが、これが故意で無いとしたら、それ相応の魔獣がいるということになる。最前線の街ケイトウより北にある人類未到達地域と呼ばれる辺りにはそのような魔獣はいる。だが、その魔獣がここに現れるためには相当迂回してくるか、人目につく場所を通らなければならない。
「ナイア、どんな魔獣かわかる?」
「いえ、私には全く検討がつきません。フミトさんにはあるのですか?」
「あるといえばあるけど、ここにたどり着くまでに、どこかで発見されてるだろうし、この地点まで何もしないという気の長いやつじゃない。正直わからないな。爺さんはなにかわかる?」
「ふむ……。全くわからんが、足跡が無いの。これだけの事をやらかす魔獣じゃ。何かしら痕跡を残すじゃろう。その痕跡がこの壊れた馬車のみというのが解せんの」
「確かに足跡が無い。と言うことは空?この地域の鳥は温和な物が多い上に、小さい種類ばかりだ」
「魔物という点はありませんか?」
ナイアが魔物という視点を提案してくる。
「聞いたことのある魔物だと、マンティコア、キメラ、ハーピィ、デビルがいるけど、この大陸にはいないはずだし、大抵が足を血に堕ろして戦う魔物だ。もし、知らない、もしくは忘れているのがいるとしたら、その可能性は捨てきれないが」
「そうですか。ワイバーンも確かこの大陸にはいないですし、そもそも、足をおろして戦いますよね?」
「そうだね。何が正体かわからないな」
結局、それ以上のことはわからなかったので、そのまま再出発をする。
幾つかの血の痕。もしそれが人間であったならば、2つはもう生きていないだろう。それだけ大量の出血痕だった。過去に龍種がこの地域にはいたが、とっくに討伐され尽くしてしまい、現在はグラスクーガーが主の役割として君臨している。そのグラスクーガーでなら、先ほどの惨劇を起こせるとは思うが、馬車に対しては無関心であるので、壊れることはまず無い。あったとしても、あそこまで分解するほどのことはありえない。
いくら考えても答えが出ない。考えすぎて足元が疎かになってしまう現状の体力、歩くことに集中しなくては。
もうすぐ野営地という所で、ナイアから声がかかる。
「野営地に人あり」
張った声で伝えてきたが、危機感を促す声では無く、普通の伝達と言う声だった。
野営地にたどり着いてみるとインサニティ商会では無かったので、ほっと胸をなでおろす。
商会の代表としてギルンが挨拶を交わす。どうやらアンドゥハル商会の商隊だったようだ。
そこで、ふと思い出す。ティモールさんから酒の話で早く切り上げたかった事ではあったが、その中で聞いた言葉を思い出す。
「ギルン、アンドゥハル商会は俺達より1日早く出発していなかったか?」
「少し前にあった、壊れた馬車と血痕はアンドゥハル商会の人達だったみたいだ」
「やはりそうか。冒険者代表と話すことはできるか?」
「ああ、少し待ってくれ」
そう言うと、アンドゥハル商会の代表に話しに行き、一人の男性を連れてきた。
「このパーティーの暫定リーダーをやっているデイルだ。よろしく頼む」
「フミトです。パーティーのリーダーではありますが、事情があって今はこのナイアが暫定リーダーを務めています」
「ナイアです。よろしくお願いします」
「それで、早速質問なんですが、数刻前の地点で見つけた壊れた馬車と血痕、あれはあなた達ですか?」
「ああ、突然何者かに襲われ、メンバー2人がやられ、馬2頭が連れ去られた。連れ去られる時だと思うが、馬車も壊された」
「あなた達は正体を見ていないと?」
「すまんが、誰もわからなかった。変な音が聞こえたとは言っていたが、その後突然の突風が着て俺は吹き飛ばされた。影が見えた方向に体制を建て直して迎え撃とうと思ったのだが、また吹き飛ばされ、気づいたら惨状になっていたということだ。恥でしか無いが、冒険者の間で隠しても、仕方がないだろう」
「そうですか、辛い所わざわざありがとうございました」
「こっちも役に立てなくてすまんな」
デイルが戻ってからナイアが話しかける。
「空を飛ぶ魔獣でしょうか?」
「そうだなー、そうとしか考えられないな」
「馬を持っていくほどの大きな魔獣とはいるのでしょうか?」
「いるよ。一応この大陸にね。でも、離れた所にいるはずだから、ここまで来ないと思うけど」
「離れた所とは何処なのですか?」
「ダウラギリ山南側の中腹」
「それは流石に遠いですね……」
ダウラギリ山は、アピの反対側にある入口から登り、数日かけて中腹までたどり着くような場所である。その場所からアピまででも、直線距離で数日はかかるはずなので、飛んで来るとは思えない。
「でも、音が聞こえたとか、吹き飛ばすというのが引っかかる。ナイア、念の為に空を見張っていてくれないか?」
「はい。わかりました。夜はどうしますか?」
「確か日の出てる間しか活動しないから、問題ないと思う。日が暮れるまで後1刻あるけど、その間はお願いできるか?」
「わかりました」
そうナイアにお願いした瞬間、そのナイアから警告が発せられる。
「フミトさん!南方上空なにか着ます!」
「んー……?ちょっと待て!なんであれがいる!?」
「あれとは?」
「ロック鳥だ!!敵襲!!馬を馬車の間に隠せ!!連れ去られるぞ!!ナイアは射程内に入り次第攻撃!!レンティは土系魔法で撃ち落とせ!!陣形は密集!!だが、魔獣は一撃離脱で来る!リーアはレンティの裏に移動できるように!!急げ!!すぐ来るぞ!!」
休息モードになりかけていた全員に危機的状況が訪れた。
わざと支離滅裂感を出してみましたので、始めの方は読みづらかったと思います。
私事ですが、書く時間がかなり減ってしまうことになりました。ですので、更新ペースが週1位になってしまうと思います。2週間に1回にはならないように頑張ります。現状ストックが尽きるまでは同じペースで更新するつもりです。楽しみにしてくださった方には非情に申し訳ないのですが、ゆっくりとお待ち頂ければ幸いです。
せっかく閲覧件数が増えてきた所で更新ペースを減らしたくは無いのですが、どうしようもない事情ですので、ご理解頂ければと思います。
2016/01/04 三点リーダ修正