謝罪
謝罪
治療を終え、改めて自分の状況を見てみると、ワイバーンスケイルアーマーが壊れていた。
鱗自体が割れている部分はほとんど見当たらなかったが、鱗を繋ぎ止めていた糸が切れてしまったようで、そこから牙が侵入したという所だろう。エステファンとシルヴィアさんに何か言われそうだな……。
倒した突然変異種を見てみると、胸部にまだ脇差しが刺さっていた。他に何か無いか確認した所、猫系のオスによく見られる『ω』形の物が見当たらなかった。オスのシンボルは発見できたので、オスなのは間違いないと思われる。
仮説でしか無いが、突然変異種は、何かに特化する能力を得るが、その分何かを失う事があるようだ。今回のこの個体は、子孫を残すことが不可能になった代わりに、群れをなす能力と魔法を弾く能力が発揮されたのだろう。過去に突然変異種はそこそこ戦っているが、ここまで強力な能力を得た個体は経験したことがなかった。冒険者歴15年とは言え、まだまだ甘いと感じざるを得なかった。
左腕がまだしびれを感じ、上手く動かないので、後処理を4人に任せ、馬車に戻ることにした。血を流しすぎたのか、足元がおぼつかない。フラフラしている所をナイアが右側から腕を回すようにして支えてくれた。身長が同じくらいなので、右腕を肩に回すことは出来ず、ナイアの腰辺りに手を回す。少し役得と一瞬思ったが、ナイアの真剣な顔を見て慌てて霧散させた。
「ナイア、ごめんな」
「無事でよかったです……」
ナイアの声が少し震えていた。他にも何か言いたそうだが、言葉が出てこないようだ。
今回は流石に心配かけたようで、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
ナイアが意を決したのか口を開いた瞬間、その言葉が他の言葉で遮られる。
「おうフミト。またやられたな」
「ジルフ爺さん。すいません、またやっちゃいました」
「見てたよ。ま、生きてたんじゃ。良しとするべきじゃろう。ナイア嬢ちゃん。代わるよ」
「ナイア、ありがとう。グラスクーガーと俺のカタナお願いできるかな?」
「はい……。わかりました」
何か不完全燃焼と言うか、奥歯に物が挟まっているような表情で返事をするナイア。だが、行動は変わらずキビキビしていた。イマイチよくわからない。爺さんに助けられ、再度歩き始めると、爺さんから言葉が出る。
「バカモンが。嬢ちゃん達すごい顔しとるぞ。その原因はすべてお前さんじゃ」
「ですね……」
「いつも一緒にいたパーティーでは無いのは重々承知しているはずじゃろう?あやつらじゃ無いのじゃ。無理を言っちゃいかん」
「わかってるつもりなんですけどね……」
「パーティーとして、これから信頼を築くのに、今回が障害にならなきゃ良いのじゃがな」
「良い娘たちばかりです。その点は気にしていませんよ。ただ、リーアが萎縮しちゃわないかが心配ですね」
「なんとかせい」
「そうですね。なんとかします」
昔一緒に育ち、バカやってきたパーティーメンバーとは違うのはわかっている。だが、10年組んでいた奴らだ。別れてから5年経っているとはいえ、染み付いた経験は簡単には戻せない。他の今まで育成してきた奴らはもう少し人数が多かった。大抵8人位になるのと、盾職、攻撃職が多く、後衛に回すのが一苦労の奴らばかりだった。男が多かったのもあるかもしれない。男なら多少怪我してもあまり気にしない事が多い。同性と言うのもあるだろうが、後でなんであの程度で怪我したんだと、酒の肴になることが多いのもその理由かもしれない。
なんにせよ、もっと少数で一人ひとりの役割をはっきりさせ、強い魔獣たちの陣形などをしっかりと教育しなくてはならない。役割がしっかりとすれば、俺の経験と、彼女達の経験の齟齬が埋まり、更には相手のしてほしいことがわかるようになるはずだ。
もう一つは信頼関係か。パーティーとして動き始めてからまだ15日。心から信頼しあった関係とは言えないだろう。信頼は時間じゃないと言うかも知れないが、時間を作らなければ相手と話すことが出来ない。特に冒険者であれば、相手を助けた、相手に助けられた等の運命共同体の様な形や、強者としての魅力、何度も繰り返すコンビネーションが多く占めると思う。正直今までの15日間でそれを発揮していない。
更に、コンビネーションと言えるような事は、3人でしか無いが、ベアを倒した時位だろう。ほとんどが個人の能力に頼った集団戦でしか無かった。それでも数の暴力に対抗するには非情に良い手段ではあるが、仲間意識は持ててもコンビネーションまでは辿りつけないだろう。
やることが山積みだ。一朝一夕でやれることではない。だが、一つひとつ乗り越えなければいけないことだ。
などと、頭で考えていたら、足が動きづらくなった。血が頭に回ったせいか、血が抜けたせいなのか。
「もう少しで馬車じゃ。今日明日は後ろで獣臭い中寝とけ」
「臭いのは勘弁……」
「自業自得じゃ」
「だね……」
大物4匹ということもあり、真っ赤な目をしたリーアが戻ってくるには半刻はたっぷりとかかってしまった。荷馬車に載せるのを手伝おうをしたのだが、体がうまく動かない。結局足手まといになったので、少し離れた所で見ることしか出来なかった。
「フミトさん、積み終わりました。今日明日は私が全体指揮として動くのでよろしいでしょうか?」
ナイアが他の準備を終わらせ、荷を積み終えた後俺に話しかけてきた。
「すまない、今日明日で何とかするから、お願いできるかな?」
「はい、わかりました。フミトさんはゆっくりとお休みください」
「荷馬車じゃ突き上げが痛くてゆっくり出来ないかもしれないけどね」
「ウルフの皮を敷いていたらどうですか?」
「獣臭いじゃないの」
「怪我をしたフミトさんが悪いんです」
「ジルフ爺さんみたいなこと言うなー」
「自業自得ですから」
ナイアはどうやら調子が戻ってきたようだ。肩を貸してくれた時はすごい顔してたからな。それに、冒険者はあの程度でうろたえてはいけない。依頼を全うしなければならないからだ。たかだか護衛とは言え、この中身が重要なものには変わりない。紙一枚だったとしても、その紙が届け先の人にとって大切なモノかもしれない。特にこの世界は手紙を届けるのも一苦労な世界だ。輸送する物に関して重要では無い物など無いのだ。
「リーアには何か言った?」
「いえ、私からは何も言っていません。言うべき人はフミトさんだと思っています。フミトさんが疲労で話せなくなっているとしたら、ジルフさんからと思っていますので」
「そうか、ありがとう。少し感情的になっていたみたいだから、ちょっと心配していたんだ」
「感情を律することが出来なければ冒険者では生き抜くことが出来ないと、教えていただいていますから」
「ほー、いい事言うね。誰から教わったの?」
「フミトさんですよ」
「へ?俺言ったっけ?そんな格好良いこと……」
「はい。初めての護衛任務で手伝っていただいた時の2日目に」
「んー??覚えてない……」
「ひどい人ですね。私はあれほど感銘を受けた言葉は無かったというのに」
「ごめん……」
「でもいいです。私はしっかりと覚えていますので」
「そうか?今全然頼りなくてごめんな?」
「居てくださるだけでも頼りになりますよ」
「持ち上げないでくれ。今日の失敗が恥ずかしい……」
「リーアさんの命を救ったことには変わりありません。それに恥ずかしいことでは無いですよ」
「怪我して迷惑かけたことには変わりないよ」
その先はナイアは続けなかった。あれはリーアのせいと言っても良いはずだが、責任をなすりつけ合うことはパーティーとして機能しなくなる要因になる。一つの出来事で、少しでも学び取り、前へ進むこと。これがより良い冒険者へとなる一歩なのだから。
「それじゃ、指揮頼むよ。なるべく揺れないようにお願い」
「はい、わかりました。ジルフさんに石をなるべく踏むようにお願いしておきますね」
「こらっ!」
「ふふっ」
ナイアは微笑みながら前に歩いて行った。
「ごめんなさい……」
ナイアとの会話を終え、荷馬車の後ろに座っている俺に、目を真っ赤にしたリーアがまた謝罪してくる。前二人をノンナとナイア、後ろ二人をリーアとレンティにしたようだ。
「もう大丈夫だって。次しっかりやれば良いんだから」
馬車が進み始めたので、リーアを隣りに座るように進める。レンティは馬車の両側を見るために、少し馬車から離れて着いてくる。
「でも、私があの時周りをもっと見ることができればフミトさんは怪我をしなかったかもしれないです……」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。少ししか見れてないけど、リーアはあのまま対峙していてグラスクーガーを倒せそうだったかい?」
「多分倒せなかったと思います」
うつむきつつこちらの質問に答える。
「それじゃ、倒されないで、耐え切ることは出来たかい?」
「1匹だけなら耐えれたと思います」
その時を思い出しながら言葉にするリーア。だが、耐えれたと言うのも正直怪しかったのだろう。声を無理して出している様に聞こえる。
「なら、それだけで良い。それ以上はムリしないで良いんだ。一人ひとりの役割がパーティーにはある。一気に成長できるわけじゃ無いんだ。たまにはそういう人もいるけど、全員がそのような人だと考えてしまうと、多くの人が死んでしまうだろう。だから、無理はしないで良いんだ」
「でも、それだと迷惑をかけてしまいます」
「迷惑かけていいんだよ。仲間だろ?」
「でも……でも……」
リーアはその言葉を言うと黙ってしまった。今まで遠くを見ていたが、リーアのことが気になり、目線をそちらに向ける。腿の上で握っていた手に力が入っていた。更に、その手の上に雫が数滴落ちていた。
左腕の痛みを我慢してリーアの頭を撫でてみる。リーアはびっくりしてこちらに顔を向ける。
綺麗な顔が色々な感情を無理やり抑えた表情になっており、涙も溢れ、筋が通っていた。
それでも頭を撫で続けていたら感情が爆発し、俺に抱きつき泣き出してしまった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
何度も何度も謝られ続ける。左腕が痛いが、我慢して頭を撫で続けると、そのうち泣き疲れたのか眠ってしまった。
ゆっくりとリーアを毛皮の上に寝かせ、一息ついた時、声がかけられた。
「寝てしまいましたね」
「ああ、限界だったんだろう。このまま戦闘に出しても怪我することになるだろうから、調度良かったかもね」
「リーアは良い子で居なければならなかったんです。それに、傷つけたりすることが苦手な子で、冒険者も正直出来ないと思っていました」
「それがレンティの冒険者になった理由?」
「はい。それ以外にも幾つかありますが、親もいろいろな世界を見て勉強してこいと、反対もされませんでしたので」
「豪快な親御さんだね」
「何か商売上良い物を見つけてきて、貢献することを望んでいるのかと思います」
「なるほどね。良い物は見つかったかい?」
「2件ありましたが、1件は無理となりました」
「ん?無理になった?どういうこと?」
「フミトさんのカタナです」
「あー……。いずれは流通に載せられると思うけど、まだ無理だろうね……。それともう一つは?」
「これはまだ体験していませんが、フミトさんのセイシュです」
「おうふっ……。1樽程度なら何とか……」
「出来れば5樽。期待しています」
「5樽は無理かもしれないけど……、頑張るよ……」
「よろしくお願いします」
リーアのことを寝ている間に聞いてしまうのはマナー違反と言うか、本人が嫌がるだろう。前もそのようなことでレンティに口止めしていたし。その事には振れず色々とレンティと話していると、野営地にたどり着いた。
結局、リーアは野営地に着くまで起きなかったな。かなり消耗してしまったのだろう。このまま寝かせてあげたいが、冒険者は体が資本だ。ともかく食べなければならない。食べて栄養にし、思考や行動に移さなければならない。ということで、起こそうとするが、たぷ~んとした胸部装甲が目の毒なので、レンティにお願いすることにした。
チキン?うるさい!抱きつかれた時こっちもうろたえてしまって、感触なんか感じることさえ出来なかったよ!
「ナイア、お疲れ様。ありがとうね」
野営地まで、気を張っていたであろうナイアにねぎらいの声をかける。
「ありがとうございます。特に問題もありませんでしたので労いは結構です」
「それでもありがとう。本来やらなくても良い役割だからね」
「いえ、そこはもうパーティーを組んだので、気にしないでください」
「そうだね。それじゃ、明日もよろしく。これは言っても良いでしょ?」
「そうですね。頑張りますね」
微笑みながらナイアは返す。うん。いい笑顔だ。リーアもナイアも、レンティもノンナも笑顔を消しちゃいけないな。俺ももっと気をつけなきゃならないな。
「あ、あと鱗集めてくれてありがとう。修復すれば元に戻せるはずだから、助かったよ」
「それに関してはレンティさんにお礼をお願いします。血まみれの泥の中からも探しだしてくれたので」
「そうなの?わかった。後でレンティにお礼言わなきゃね」
「はい。そうしてください」
夕食時、改めて怪我の詫びと、暫定的にナイアがリーダーになることを告げる。爺さんに、同じ所を怪我をした馬鹿者とかいじられたが、正直言い返せないので、素直に受け取っておくことにする。今日の夕食はいつものスープとパンに、多少臭みはまだ残っているがグラスボアの肉が振る舞われた。俺の体力回復のためだろう。ありがたいことだ。いつもより多めに食べ、今日の歩哨は免除となったので、早々に寝ることにした。
眠ろうとしたのだが、やはり血が抜けていたせいか寒い。寒くてしょうがない。だが、割り当てられているテントにはこれ以上の防寒器具は無い。何とか耐えしのぐしか無いと思っていた所、体が急に暖かくなって、深い眠りにつくことが出来た。
ふと気づいたら今回の更新で15万文字超えそうです。
文章だけダラダラ長くて要点を得ないと言うようになっていないか正直心配だったりします。
2016/01/04 三点リーダ修正




