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30の魔法使い  作者: 圧縮
本編
25/83


 ノンナとナイアの二人を連れ、食事を終え、フェスティナ商会へと向かう。

 食事については、レーニア近くじゃないと香辛料をたっぷりと使えないので、いまいち抜けた味になりやすいので、おいしくない場合が多い。アピはフェスティナ商会もある上、レーニアに近いため、たっぷり使えて美味しいお店が多い。だが、日本人としては懐かしの味を作れる店が無いので、食によるホームシックには若干なっている。30歳にもなって今更と言われると思うが。現在フェスティナ商会で輸入した食材を利用して大酒飲みのラパスと言うドワーフに幾つか作ってもらっている。レーニアに戻ったら試食して見ることになっているので、少々今から楽しみになっている。それが軌道に乗れば、フェスティナ商会への特許の様なものがまた増えることになる。正直お金にあまり困っていないのは他にも理由があるが、この特許も一つの大きな要因である。


「フミト君。今回は持ってきてくれなかったのだね?例のあの飲み物は。私はとてもがっかりしていますよ」

「言ったじゃないですか、あれは通年通して流通させるにはまだ人手も材料も足りないと……。飲む前に我慢できるかちゃんと聞きましたよね?同じ味は作れない、作った年によってバラつきがあるからと、輸入量が安定しないのと、仕込むのが冬しか出来ないからって。それが納得できなければ飲んじゃ駄目だって言いましたよね?」

「そう言ってましたかねぇ?」

 真顔でしらばっくれるティモールさん。ちゃんと飲む前に何度も念を押したはずなんだが、どうやら欲が常識を超えたらしい。

「それに一昨年ようやく小規模ながら販売に成功したばかりですよ?味見とはいえ職員だけに融通なんて出来ません!」

「いくらでも構わない。買い取ろう!」

「そう言ういうことじゃ無いでしょ!先日俺に商人とはと説いた人と同じとは思えないですよ?」

 先日、もっと強欲に、もっと儲けるように動くのが商人だと言って来たばかりの人だ。それが自己欲のみに終始している。あの飲み物にはそんな魔力は無かったはずだが……。原材料の輸入先でも、このようなものを作ってはいないと聞いている為、これも日本刀と同様世界初のものであろう。色々な酒の種類を飲んでいるであろうドワーフ達がハマってしまった、そんな魔力を持ってしまった飲み物。

「良いじゃないか。あのセイシュは最高の飲み物だよ。他の人に渡すなんてとんでもない!」

 欲望に負けすぎてなんてことを言うんだ、この人は……。

 セイシュとは、そう清酒、日本酒である。フェスティナ商会で偶然米を輸入することができ、25年ぶりの米だ!と喜んで炊いてみたものの、美味しいことは美味しい。お米の味だ。だが、少しパサツキがあり、なんとなく芯がある様な気がするご飯になった。それに少し粒が大きいような気がした。それでも懐かしの味ということで非情に美味しかったのだが、水を多くすると芯は無くなるがビシャビシャになる等、いい具合に炊けなかったのだ。炒飯をやってみたらそこそこ美味しかったが。そこでふと思い出したのが前世の大学時代の先輩に連れられて行った日本酒BARである。

 日本国内では消費量が激減している日本酒ではあるが、海外では色々な種類の食事に合いやすいお酒という、フランス料理のシェフが言った言葉で火が着いたらしい。今までの減った消費量を増やすほどではないが、日本酒が国内でも見直され、専門のBAR等ができはじめたと言っていた。


 酔う飲み方ではなく、味わう飲み方を教えてくれた先輩なので、すべてがおちょこ一杯の試し飲みで楽しんでいた。その時に米は兵庫県産の特別地区が良いとか、ひょっとしたら新選組が呑んだかもしれない米の種類がこれだ!とか、ひやおろしは江戸時代からあったはずだとか色々と聞かされた。その後気になって日本酒の作り方を調べ、完璧に覚えたわけではないが、なんとなく一連の流れは覚えていた。


 麹カビは同時期に輸入した3袋が白や黄色のカビで包まれていたので、それを利用してみた。酒造りの前に、蒸したお米に振り付けて見たところ、綺麗にカビが繁殖し、イメージの白っぽいカビになったのが1袋だけであり、そのカビを利用して酒造りを始めて見ることにした。酵母については、『生もと』と言う作り方があった。この生もとと言うのは、蒸米を、広い桶に入れ、外で撹拌し、乳酸菌が付くのを促すというやり方だ。その生もと造りでまず日本酒づくりをやってみたのだ。酒の大好きなドワーフ、ラパスさんを雇ったのはこの時からである。

 二人で試行錯誤し、最初の日本酒を3樽作ったのだが、一つは酸っぱくなり、一つはなんか臭くなり、もう一つは飲めなくはないが美味しいとは到底言えないものだった。


 2年目は去年の失敗を踏まえ、小さな蔵を作り温度があまり大きく変わらないようにし、更には麹室も作り、飲めなくはない樽に使った製法を用いて仕込み、夏季は羊皮紙魔法で1ヶ月くらい少し温度を下げるという生活魔法を使い、そこそこ飲めるものが10樽中5樽出来上がった。


 3年目、米の精米歩合を考え、大吟醸の50%を目指すのは流石に難しかったので60%の吟醸近くを目指し作った所、日本で飲んだ事のある日本酒に近くなった。合わせて山廃仕込みのテストも行った。


 4年目、この年は合計20樽作り、レーニアで振る舞ってみたところ、かなりの好評化で、準備したすべての樽が飲み尽くされてしまった。残りの樽は1樽づつフェスティナ商会の支店長へと渡し、評価してもらっていたのだ。合わせて段仕込みのテストも行う。


 5年目の今年は、米の輸入量増加に伴い、蔵を大きくし、酒樽も大きくし、1樽が5倍位のものを10樽作成した。量が増えたので、精米と山卸し作業はフェスティナ商会の従業員に手伝ってもらう事にした。仕上がりは秋ごろのはずなので、春を過ぎた今はまだ飲むことが出来ない。蔵付きのことを考えると少し不安はあるが、多分大丈夫だろう。


 全体的に言えるのは、俺は冒険者な為、常日頃付いていることが出来ない。ラパスが居るからこのセイシュも出来上がったのであろう。ドワーフの酒に対する姿勢は恐るべきものだと実感したのもこの時からである。

「第一、まだ熟成中ですから、飲んでも美味しいものじゃないですよ」

「そうなのかね……」

 絶望的な顔をしないでください……。

「フミトさん、そのセイシュとはどういった飲み物なのでしょうか?」

「米って知ってる?まだこの大陸じゃ栽培されてない食べ物だけど」

「名前だけなら……」

「私しらなーい」

「米はね、麦とは違う実のつける植物で、作成方法が少し特殊な奴なんだ」

「その米は食べれないのですか?」

「食べられるけど、少し癖があるのと、食べ方が少し限定されてしまうから、どうしたもんかと悩んでたんだよね。それで、フェスティナ商会に助けてもらってお酒を作ってみたの。それを去年フェスティナ商会各支店に1樽つづ配って見たら、こうなったの」

 呆れた顔をしながらティモールさんへと向く。

「そんな顔しないでください。あの飲み物は革命を起こしています。今までのブドウから作られたものや、他の果実から作られたものに比べれば、全然違う味ですし、すっきりとした飲み口の中に、甘さだけじゃなく、多数の香りが含まれた崇高な飲み物ですよ」

 ティモールさんはそう言いながら味を反芻しているのだろう、恍惚とした表情になっていく。

「そこまで褒めてもらえるのは嬉しいのですが、持ち上げられても出来上がってないものをお渡しするわけにもいきませんので」

 ティモールさんが恍惚とした表情から再度絶望的な顔にまた戻る。

 無いものは無い、とわかってもらうしか無いが、ここまでハマってもらえるのは正直嬉しいものだ。

「これから私は何を希望に生きていけばいいのかね?」

「今年の秋口まで生きていれば多分飲めますよ」

「そこまで待たなければ飲めないのかね?」

「そう思ってください。1年に数回のみ美味しいものを飲めると思ってください」

「悲しいことです。他の材料では作れないのですか?」

「全く違う味で良ければ」

「それは違う酒と言わないですか?」

「そう言ってます」

「それは美味しいのですか?」

「作ったことも、製法も知りませんので、何年かかるかわかりません」

 いや、焼酎なら記憶にあるけど、言うとめんどくさいことになりそうだから隠しておく。

「わがままを言って申し訳ないです。秋を待つことにします」

 悲しみと絶望の表情をしながら納得したくない言葉を何とか絞りだす。


「それで、今日は何の用です?今日の業務はもうお終いにしたいのですが」

 少し落ち着いてから話し始めるティモールさん。そんなにダメージ受けたのか……。

「明日の荷について聞いておこうと思いまして」

「明日は、木炭と、鉄のインゴット、武器防具そして少量だがフミト君からの依頼の瓶詰めの水となってます」

「また重そうで、体積も取られそうな奴ばかりですね……」

「仕方がないでしょう、木炭はこの頃料理店が増えたレーニアに大量受注受けていますし。インゴットはいつもの定期輸送です。武器防具に関してはアピのは質が良いですからね。海外への輸出品となるようですね」

「魔獣の素材とかは、今回は最前線の街ケイトウから直送ですか?」

「そうですね、今回は直送になっています。思ったよりまとまった数になったようで、アピで貯めこんでからということをしないで良かった様です」

「わかりました。それと、同時期に出発の他の商会とかはありますか?」

「今回は聞いていませんね。乗合馬車も出るとは聞いていませんし、他の冒険者の一団はケイトウに向かうそうなので、同じ日に出発は無いと思います」

「昨日はどこかありましたか?」

「アンドゥハル商会が出発しています。商隊規模はこちらと同じくらいで荷馬車4です」

「インサニティ商会は特にアピに入った等という話は聞いていませんか?」

「そのような話は聞いていませんね。ダウラギリ山を右回りで一周するのではないですか?」

「もしそのルートなら順調に行って3週間くらいは着ませんね」

「レーニアから戻ってくることが無ければ、ですがね」

「実働部隊が無いので、何をするのかわからないですが、用心はしておきます」

「その方が良いでしょうね。しかし、フミト君。あの水をどうするつもりですか?」

「ちょっと遊んでみようと思いまして」


 話を終え、フェスティナ商会を後にする。

「やはり、ユーベルはインサニティ商会と繋がりがあったのでしょうか?」

 ナイアから、先ほどの会話の疑問点を質問される。

「正直それはわからない。鳥籠があったが、中にはいなかったし、ナイア自身もどんな鳥だったか見えなかったんでしょ?」

「はい。鳥の種類まではわかりませんでした。ただ、夜行性の鳥ということで珍しい種類ではあります。調べればわかるでしょうが、住処にいなかったので、調べても予測の域を超えることはないでしょう」

「そうだね。結局は対処療法でしか無いんだな」

「やはりそこに行き着いてしまいますね」

「魔獣と一緒だね」

 ノンナが軽く口を挟む。

「ずいぶんと厄介な魔獣だな」

「お金持ってると良いね」

「そんな簡単に言わないの。相手の人数によっては貴方はまた盾になってもらうんですからね?」

「はーい!」

 結局は対処しか無いという点では、魔獣と一緒と言うのは間違いない。ただ、知性のある人であり、何をしてくるかわからない。戦術を持っている。場合によっては魔法を使うものもいる。このくらいだろう。過去には絶望的な魔獣との戦いを経験している。それに比べればユーベル数人はどうってこと……あるが、なんとかなるだろう。


「それにしても、セイシュですか。少し興味をそそられます」

「ん?飲んでみたい?」

「飲めるのですか?」

 あれだけセイシュは出来ていないことを強調していたのだ。普通は飲めないと思うだろう。

「まだ若い味だけど、飲めなくはないよ。ティモールさんにそれを教えちゃうと、それで良いからって言われちゃいそうでね。それに、ティモールさんのためだけに作ってるわけじゃ無いしね」

「確かに、あの勢いでしたら若い味だろうが飲み干してしまいそうな勢いでしたね」

「そんなに美味しいの?そのお酒」

「お酒は嗜好品だからね、なんとも言えないよ。肉にも好みがあるように、ウルフが好きという人も居るくらいだからね」

「ふーん。でもちょっと気になるなー」

「そうですね、あれだけ取り乱すティモールさんは初めて見ました」

「俺も正直見たことなかった。数カ月前はもう少しマシだったんだ。飲んでもらった時の感想を書面で貰ったけど、何枚も熱心に書いてくれたんだよね。それだけ気に入ってくれたと喜んでいたんだけどね」

「飲み慣れれば、収まるのではないですか?」

「そうだといいけどね」

 感動のあまり、それに固執するということはあり得ることだが、歩いていど時期が過ぎたり、成れたりすれば冷めるものだ。ティモールさんも変わらずその例に当てはまってくれるだろう。

「ノンナやナイアはそうならないでくれよ?」

「はーい」

「私はわかりませんよ?」

「やめてくれ」

「ふふっ。善処します」


 不安な一言貰ったようだが、ナイアなりのジョークだろう。……多分。





酒造りについては少し自信がありません。間違いなどありましたらご指摘頂ければ幸いです。間違っていてもストーリーには影響はさほど出ない場所ではありますが、間違いが見つかり次第、訂正したいと思います。


2016/01/04 三点リーダ修正

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