馬上槍術
馬上槍術
ナイアが不機嫌になった翌日の朝食時、普通の対応をしてくれるようになった事に胸をなでおろす。
「今日はノンナ、馬具と槍を取りに行くよね?」
「はい!シザーリオも連れて行ったほうが良いよね?」
「そうだね、その場で手直しもあるかもしれないから、連れて行ったほうがいいね」
「ご飯食べたらすぐ連れて行くね」
「わかった。バロックで集合な、それとメダル忘れるなよ?」
メダルのことをすっかり忘れていたノンナ。今使っている馬具に付いているはずだから忘れないとは思うが。
リーアとレンティは午前中宿の隣で訓練するようだ。レンティと戦闘訓練するとのことで、刃引きした剣を貸してほしいと打診があった。即戦力には難しいかもしれないが、せめて相手を威嚇し、自分が怪我をしない程度までになってもらえれば、今後非情にやりやすくなる。
俺は午後、フェスティナ商会に顔を出すつもりだ。打ち合わせ等は全く無くても問題ないし、ギルン達から特に何も聞いていないので、特別なことはなにもないだろう。昨日不機嫌だったナイアが、ついてくることになったのが少し気まずい。
「エイブラムス爺さん、馬具と槍できてる?」
バロックに入り、すぐ声をかける。まだノンナは着ていないようだが。
「お、出来とるぞい」
ブラムド爺さんが先に顔を出す。
「ん?ノンナ嬢ちゃんはまだきとらんのか」
残念そうな顔をするブラムド爺さん。
「もうそろそろ着いても良い頃なんですがね、何やってるんだか?」
「おらんのか?嬢ちゃんは」
マイセン爺さんも槍を持って顔を出してきた。結局四半刻ほど待ってようやくノンナがバロックに到着した。
「ごめんなさーい!遅れましたー!」
「ノンナ遅いです!どうしたのですか?」
「いやー、メダル失くしちゃってねー」
ノンナ以外全員固まる。いやいや、そんなに明るく言っちゃ駄目だろ……。
「再発行してきたのか……?お金足りたのか……?と言うより俺がなきゃ再発行出来ないだろ?」
「あー、それがね、シザーリオが見つけてくれたんですよー。遅れちゃってすいません」
明るく言ってるが、再発行は金貨1枚かかる。そんなに軽く言っちゃ駄目だろう……。
「どうして失くしたんだ?それでどうやって見つけたんだ?」
「メダルが鞍についてたと思ったら、シザーリオから外した時に落ちちゃってたみたいでね。それに気付かなかったの。でも、シザーリオが自分の馬房に持ってきてたみたいなの」
馬にまで世話を焼かせるとは……おろそしい娘。
「あなたね!シザーリオとの唯一の繋がりを失くしたというのですか?!せっかくフミトさんが特別に手配までしてくださっているのに、何をやってるのですか!」
「おおっ?!なんかナイアちゃん今日怖いよ?」
「当たり前です!今日という今日はいい加減頭にきました!そこに正座なさい!」
四半刻ほど容赦無いナイアの説教が続き、ナイアの後ろで男3人が姿勢を正して待っていたのは仕方がないことなのだろう。少し遠くでエイブラムス爺さんがくわばらくわばらと言う表情でこっそりこちらを覗いているのを見て正直ズルいと持ったのはここにいた男3人の同一意見である。
「いいですね?わかりましたか?」
「はぁい……」
涙目になりながら返事をするノンナ。
「生返事をしない!」
「はいっ!」
どうやら説教が終わったようだ。昨日も思ったがナイアを怒らせないようにしよう。
「さて……爺さん武器と馬具はできているんだよね……?」
恐る恐る声を出し、爺さんに話を振る。
「お?お、おう。出来ているとも」
「後はシザーリオに乗せて見るだけになっておるよ」
声をかけたおかげで体が氷解したようだ。ひょっとしたらジルフ爺さんも一度ナイアを怒らせたりしたのかな……?
「なら、シザーリオに試してこようか。ノンナおいで」
「ワシがついていかなきゃ説明できないしな」
「ワシも見に行こう」
怒りが若干まだ収まっていないナイアを残し、4人はシザーリオの所に向かう。一人を生贄として。
「いやー、怖かった。でも、あれはノンナが悪いな。再発行は金貨1枚だよ?」
「……あい……」
「ま、見つかったのじゃ、良しとせねば」
「そうじゃよ。しかし、シザーリオよく保管しとったな。ほんとに頭の良い馬じゃ」
「そのうち人語話し始めても納得しそうですよね」
「え?シザーリオ話せるの?」
素っ頓狂なことを言い始めるノンナ。まだ怒られたショックから立ち直っていないのだろう。
「何を言っとるのじゃ。そのくらい賢いということじゃ。ひょっとしたら少しはわかっているかもしれないぞ?」
「いや、わかってると思うよ?ほら、耳を動かしてるけど、ノンナのこと心配してこっち見てるじゃないの」
馬が耳をクルクル動かしている時は不安だったり落ち着いていない時にする動作だ。それをしながらノンナのことをじっと見ているのは助けてほしいという意味もあるかもしれないが、心配もしているのだろう。
「ホントだ!」
そう言うとノンナはシザーリオの所に走って行き、抱きついてすぐ撫で回す。耳の動きが落ち着き、顔をノンナにすり寄せ、しっぽを振り始めた。
「嬢ちゃんにホント懐いているのう」
顔をすり寄せる、しっぽをふると言うのは甘えたり、機嫌がいい時に行う仕草だ。それをしているということは、よほどノンナを信頼しているのだろう。
「良い子ですからね、彼女は。ただ、色々と抜けてると言うか、抜け方がたまに半端ないと言うか……」
「うむ。それは納得できた」
爺様二人ウンウンと頷いている。
「しかし、嫁の貰い手があるのかね?そこが心配になるのじゃが?」
今までノンナの浮いた話など一つも聞いたことがない。7年前にノンナやナイア達と一緒に育成した4人はパーティーを組み、色々な所に冒険したと噂では聞いていた。多分ではあるが、その4人(男2・女2)がくっついたのだろう。育成中、パーティーメンバーの中ではマスコットのような存在であったために、そのような話も全く無かった。今回夕食時に他の宿泊客から注目を浴びることも無かったし、誰かに目を奪われるということも無かった。
「女子力の問題ですかね……。素材は良いので色々と向上させなきゃ駄目かもしれませんね」
「確かになぁ。綺麗?なんじゃろうけど、どうにも綺麗とはっきりと言えないのじゃよな」
「動物はそんな点みんからな。外見重視なのは人間種だけじゃて」
人間種というが、一応ドワーフやエルフも人間種の内に入っている。しみじみ言うのは、爺さん達もそれを理解しているからだ。
「怒られたばかりだけど、ナイアにノンナの女子力向上お願いしなきゃ駄目かねー……?」
「そりゃ、まずいんじゃないか?」
「普段のナイアなら問題ないと思うんですけど、昨日から何故か機嫌が悪くて……」
「そうかね。タイミングが悪いのー……」
まあ、女子力については数日前にノンナ自身から言葉が出てきたから、まだ前向きに考えても大丈夫だろう。
「で、鞍を早速つけてみようよ。槍って持ってきてるし。槍の具合も確かめなきゃならないからね」
「おう。嬢ちゃん、鞍つけるからよ。槍でも見ててな」
「はーい。シザーリオ、おとなしくしてるんだよー」
もう元気になってる。切り替えが早いといえば良いが、ノーテンキなだけとも言えるな。
「これが嬢ちゃんの槍じゃ。振ってみい」
「うん。わかった!」
突き・払い・払い落とし・叩き落とし等、専門ではないのでよくわからないが、一つ一つ感覚を確かめながら振り始める。
「嬢ちゃん、ひょっとして両手武器の方が良いんじゃないのかい?」
「少しそう思ってきました。でも、馬上だと両手武器は厳しいですからね……」
「そうじゃなぁ、そうなると槍じゃな……」
その理由が、たまに右構えでやったり、左構えにしたりとやっている。しかも両方共軌道に差が無いのだ。すごく器用と言えば器用であるが、そこまでやる必要があるのか正直分からない。
興に乗ってきたのか、ペースが早くなり、連続突き等を交え始めている。どうやら魔獣との対戦を意識して体の運用をしているようだ。2m強の槍をこうまで簡単に振るい始めるのは武器は剣しか使えない俺としてはすごいと思う。
「あっはっはっはー!」
あ、おかしくなってきた。やはりこの性格は攻撃職向けだろうな……。
「爺さん、どう思う?」
「問題無いじゃろう。と言うか少しの重心移動があったとしても、あの嬢ちゃんだと気づかんと思うよ」
「だろうねぇ……」
「お前さんの鋼で良かったと思うよ。あれなら少々荒く使っても問題なさそうだしな」
「そういえば、ベアの首を一撃で落としただけど、刃こぼれしてなかったんだ。どうしてかな?」
「ん?お前さんの鋼は多分しないぞ?と言うか、そういう物じゃないのか?」
少なくとも記憶にある日本刀の鋼は現代の高い包丁と同じ製法で作られているというので、刃こぼれは普通にあった。
「普通に刃こぼれする予定だったんだけどね……」
「なんでじゃろうな。ワシにもよくわからん。ただ、生半可なことじゃ刃こぼれせんと思ったぞい」
うーむ?やはりこの世界だと物質の成り立ちが違うのだろうか??まあ、かなり助かることであるので、気にしないでおこう。
「ノンナ嬢ちゃん、シザーリオに乗ってみてくれんか?」
シザーリオの鞍を調整し終わったブラムド爺さんがノンナに声をかける。
「はーい!」
槍を持ったまま、シザーリオに駆け寄り、爺さんの補助無しで軽く鞍に乗る。
「おお!いいね!おしりがピッタリするよ!」
ウォーク、トロット、キャンター、ギャロップと段階を踏み、速度を上げていく。これだけみてれば格好良いのにな。この娘は。
「どうじゃ?鞍の調子は?」
「うん!いいよいいよ!すっごく良いよ!」
かなり高評価らしい。馬に乗れないのでそういう点は全くわからない。だが、直感派のノンナがここまで褒めるのだから、相当良いのだろう。
「嬢ちゃん、まずはキャンターでランスアタックしてみてくれんか?」
マイセン爺さんが声をかける。が、抜けた返答が来る。
「キャンター?」
「お前さん、馬に乗れるのにそれを知らんのか……。駈歩じゃよ、かけあし!」
「あー、トントンするやつね!」
「よくわからんが、それじゃ」
槍を抱え込み、架空の目標に対して駈歩して槍を突く。
「えいやっ!」
掛け声は抜けているが、見栄えは良い。場上で武器を振るうと体制を崩しがちなのだが、全然問題なさそうだ。
「次はギャロップでやってみておくれ!」
「ギャロップってダッシュ?」
「そうじゃよ!」
少し離れてからキャンター → ギャロップへと移行し、先ほどと同じ位置の架空の目標に対して突きを放つ。
「そぉい!」
何だよ……その掛け声は……。
「問題なさそうじゃな。と言うか、嬢ちゃん、馬上槍の訓練しとったんか?」
「流石に戦士養成所じゃやらないでしょう……」
こちらに戻ってきた時にノンナに聞いてみると、
「あー、うちの町は多分みんな出来るよ?」
「なに??」
「うちの町って馬術大会があって、小さい子も結構出るの。それで鎧着てなんて言いたっけかな?じょー……じょ?」
「ジョストかい?」
「そう!そのジョなんとか!それみんなでやってるの」
「恐ろしい町だな……。で、そこで覚えたと」
「うん!結構強かったんだよ?私!」
胸を張りポーズを取るノンナ。鼻が長くなった様な錯覚に陥る。
「なるほどな。それで様になっとったんじゃな。実践でもすぐに使いこなせそうじゃな」
「そうですね。あ、穂先は問題ないと思うけど、柄は大丈夫なの?」
「問題無いじゃろう。かなり硬い木を使い、周りに補強するつもりで固くなる塗料を塗っておるのじゃ。そうそう折れることは無かろう」
硬すぎも問題だろうけど、そこは考えてあるのだろう。適度に力が逃げるような木を使ってくれてるだろう。
「ノンナ、両方どうだ?気に入ったか?」
「うん!両方すっごく良いよ!」
「そうかい」
爺さん二人がニコリと微笑んでいた。
バロック店内に戻ると、少し青ざめた顔で何故かお盆を持って立っているエイブラムス爺さんが居た。視点を変えると、カウンターの椅子に座り、紅茶を飲んでいるナイアが見えた。お茶なんか出すことがほとんどありえない爺さんがこんなことをするなんて……。
横を通る時「覚えておけよ」と呟いたのが聞こえたが、聞こえなかったふりをしよう。
「ナイア、おまたせ。爺さんにお茶入れてもらったんだね。美味しいかい?」
「ええ、おいしく頂いています。ノンナの方はどうですか?」
「爺さん達が良い仕上げしてくれたから、かなり良い物になったよ」
「そうですか。実践でも行けそうですか?」
「そうだね、故郷でそれの訓練を受けてたようだから、問題なさそうだよ」
「そういえば、そんな事言ってた気がします。槍が使えるのはそこもあるのでしょうね」
「そうかもね」
どうやら、ナイアの機嫌は戻ってくれたようだ。まだうっすら怖い雰囲気持っているが、もう時間の問題だろう。
「フミトや、あの鋼は公開して構わんか?公開と言うより、販売になるのじゃが」
「うん。良いよ。ありがとう。だけど、俺の鋼から使って売らないでくれよ?」
「ん~?聞こえんのー?」
「やめてくれって」
「わかっておるよ。それで、エステファン会頭にお願いしておいてくれんか?」
「砂鉄だね?わかった。ここアピじゃ鉱石ばかりだもんね」
「うむ。やはり川の河口があるレーニアの方が良く取れるからの」
「どのくらいほしい?」
「金貨10枚ほど頼んでもいいかの?」
「わかった。支払いはアピ支店で良いかい?」
「了解じゃ。頼んだぞい?」
冒険者への革命が起こるであろうこの金属。工法も必要になるから、金属の作り方を真似るだけじゃ到底無理だろう。第一砂鉄から作るというのも、前世での知識から出したものだ。しかも今じゃ分業化が進んで、一般的な鍛冶師は鉄のインゴットを購入して作ることがほとんどである。鋼づくりからやっている鍛冶師は数少ない。この答えに気づくにはかなり時間がかかるだろう。
「さて、お昼にしますか。ノンナ、ナイア何食べたい?」
すっごく優しいから怒るんですよ?
2016/01/04 三点リーダ修正・誤字修正




