ルブリン商会
ルブリン商会
一行はアピへの山道を進んでいる。特に切り立った崖の上を通ることもなく、緩やかな傾斜の山道であり、平坦時の進行より遅くなることはそんなに無かった。
「アピはそんなに高い所にあるわけではないんですね?」
初めて街を訪れるリーアが質問してくる。
「そうだね、アピ自体はそこまで高くはないよ。ただ、アピのすぐ外にある山『ダウラギリ山』は、世界有数の高さを誇る山だそうだ」
「山の上には神獣が住むという噂の山ですね?」
「その噂の山だね」
「そんな神獣居るのでしょうか?」
一行はそんな神獣が居るかもしれない山を木々の隙間から見上げる。
「そういえば、ここら一帯の魔獣はどういった魔獣が出てくるのでしょうか?」
リーアが質問してくる。
「ウルフ、ウェアウルフ、ボア、後はホーンドカペラかな?」
「ホーンドカペラ?どういった魔獣ですか?」
「普通のヤギは頭から後ろに向かって角が生えているでしょ?こいつは突き刺す事に特化した角になっていて、前に向かって生えてるの」
「前ですか……?」
頭の上に人差し指を立てながらポーズを取る。ちょっとかわいいんですが。
「しかも、刺さって仕留めた獲物の血をそのまま舐めるから、デビルカペラとも呼ばれる少し凶暴な魔獣だね」
「舐めるのですか……」
多少身体を固めるリーア。
「怯えさせちゃって悪いけど、ここ数年見たこと無いんだ、絶滅はしてないと思うけど、昔かなり狩ったからね」
「そうですか。そんなに怯えてるように見えました?」
「少しね。ちょっと前に貴族の間で流行った冬のコートって覚えてない?ゴートシリーズのコート」
「うーん?わからないです」
首を傾げつつ思い出すが、思い出せないようだ。
「ひょっとしたらそれ母が持っている物かもしれません」
レンティが会話に入ってくる。
「結構高級なコートで、毛艶も良く、そして手触りが良かったのを覚えてます」
「そう、そのコート。あれ持ってたんだ、結構高かったでしょ?」
「そう聞いています。ひょっとしてそのホーンドカペラから作るのですか?」
「ここまで来ればわかるか。そうなんだ。ここにしか生息していなくて、あの毛艶を良くする技術がアピのドワーフにしか出来なかったから流通量が少なくてどんどん値上がりしちゃったコートなんだ。デザイナーは王都のデザイナーだからゴートシリーズがアピで販売されてるわけではないよ?」
「そうだったのですね。でもあの毛艶と手触りは今でも思い出せます」
少しうっとりするレンティ。
「ひょっとしてレンティの家は貴族とかだったりするの?」
ゴートシリーズ自体はそこそこな金額で購入可能だが、このコートは貴族や豪商でないと購入できない可能性があった。
「貴族ではないですが、商家ではありました。大きくはないですが、監視の街トリグラウに本拠があり、王都アルプフーベルと河川の街リスィに支店を構えていました」
「なるほど、あそこで商売できるのなら結構大きかったと思うけど。それなのに冒険者になったんだ」
「はい。リーアの事が心配になりまして」
「レンティ!」
珍しく慌てるリーア。冒険者になる切っ掛けを話したくないのだろうか。
「そんなに特別隠すことでも無いと思うのですが」
「それでも言う時は自分から言うよ、だからまだ言わないで」
二人にはまだまだ知らないことが多い。いつお別れすることになるのかわからないが、もっとお互い知り合っていきたいものだ。
リーアはホーンドカペラを教えてから始終緊張した様子であったが、結局アピに突くまで何も魔獣とは遭遇しなかった。
「結局何も出なかったねー」
実は馬に乗れたノンナが馬上から声をかける。
「ひょっとしたらあいつらが居たおかげで魔獣が少なかった可能性もあるね」
馬車につながっている盗賊たちをみる。
「それはあるかもー」
「しかし、今更なんだがノンナ乗れたんだな。馬に」
「あれ?言ってなかったっけ?馬の街アネト出身だよ。家族で馬を生産してたの」
「それじゃ、乗れない方がおかしいか」
「だねー。しかしこの子かわいー!」
軍馬にへばりつくようにして撫で回す。おーよしよしとお爺さんの様な声が聞こえたのは幻聴だろう。
「軍馬が可愛いか。しかし連れて行け無いだろう?」
基本冒険者は戦利品は山分けになる。だが、普通の馬はそこまで高くはないが、軍用馬は結構高くなる。普通の馬が3歳ほどで販売される場合が多いが、軍用馬は4-5歳まで育て精神的に大人になった後訓練し、その後販売となる。人の手が多くかかる上に年数もかかるものに対しては価値が高くなるのは当たり前である。ちなみに安くて金貨10枚(約200万)はする。今回の戦利品はどう高く見積もっても軍用馬1頭にはならないので、連れていくことが出来ないと言ったのだ。しかし、売るとしても正規のルートで生産し販売された馬かわからないのと、盗賊などに使われた場合は再調教しなければならない場合が多いため、意外と買い叩かれる事が多い。
「みんなの共有財産にするとかー……」
「他に誰が乗れるんだ?」
「えーっと……たぶんナイア?」
「私は乗れますが、乗馬として乗る程度です。上で武器を振るったり弓を撃ったりすることは出来ません」
「私達二人も乗れません」
コクリとレンティがうなずく。
「ほら、どうする?ノンナ」
「うー!かわいいんだもん!この子!ほーしーい!」
「駄々こねるんじゃありません、諦めなさい」
馬の上でジタバタしてるが、馬も大人しいのかノンナが乗り慣れてるのかわからないが特に暴れることが無い。
説得はアピに着くまで続き、ようやくノンナは納得してくれたようだ。
馬から降りて「ごめんねー、もう一緒にいられないの」と馬の鼻を撫でながら涙ながらに話している。
「ギルン!先に支店に行っておいてくれ、少し寄るところがある!」
「あいよー!」
「ナイア後よろしく」
「はい。わかりました」
俺はそのままフェスティナ商会から離れた場所にある、とある商会のドアを開ける。
「こんにちわ、まだ開いてますか?」
「はい、まだ大丈夫です。どういったご用件でしょうか?」
ここはルブリン商会。王都アルプフーベルから、監視の街トリグラウ、河川の街リスィ、国境の町オルティガーラ、最前線のケイトウ、そしてこのアピまで支店を持つ大きな商会だ。この商会に顔を出したのにはわけがある。
「会頭か、支店長いらっしゃいますか?ユーベルのことで話があるとお伝え下さい、私は冒険者のフミト、ギルドカードをお渡ししておきます」
「ユーベル!わかりました、少々お待ちください!」
職員は俺のギルドカードを受け取り、走って会頭室へと向かう。どのくらい待たされるかわからないので、近くにある椅子に座り職員の戻りを待つことにする。
しかし、座って3分ほどで職員が戻ってきた。
「支店長が会われるようです、こちらにお越しください」
「わかりました」
短く答え、職員の歩く先、会頭室へと入っていく。
「冒険者のフミトさんです」
職員が短く支長へと伝える。
「冒険者のフミトです。今日はお時間をいただきありがとうございます」
支長の机には50代に入ったであろう男性が座っていた。余計な肉はなく、仕事一筋で登りつめた様な生真面目な人に思える。が、その男性は怒りに顔をしかめていた。
「ルブリン商会アピ支店長のビルドです。今回はユーベルのことでお話があるとのことですが、貴方は当商会とユーベルとの関係をご存知でしょうか?」
かなり怒気の入った声で自己紹介をする。両手を組み、握りしめる拳が白く変色しているのがわかる。
「はい。エイワスと私は友人でした」
短く答えると、支店長の顔から一気に怒気が抜け、握りしめた拳が緩む。後ろに立っていた職員から伝わってきた怒気も一気に消えた。
「そ……そうか……。彼は私が一から育て上げた将来この紹介を背負って立つ事のできる人材だった。そうか……友だったのか……」
しばらく、沈黙が続く、エイワスのことを思い出しているのだろう。
「いや、すまなかった、彼の友人とは知らず失礼なことをした」
「いえ、私もそうなることは承知していましたので、問題ありません」
「そう言っていただけると助かる、それで今回はどのようなご用件ですか?」
どうやら落ち着いてもらえたようだ。しかし、この次に発する言葉で彼はまた慌てることになる。
「ユーベルを捉えました」
「何!?それは本当か!?」
座っていた椅子から慌てて立ち上がり血相を変えた顔で疑問を投げかける。
「はい、今フェスティナ商会の輸送護衛任務でアピまで来たのですが、その途中で私どもの商隊が襲われ、撃退した中にユーベルがいました」
「ラファエル!すぐにフェスティナ商会に走り確認してくるんだ!」
「はい!すぐ確認してまいります!」
ラファエルと呼ばれた後ろに立っていた男性が飛び出していった。
ビルド支店長は少し息を落ち着かせながら椅子に座り、紅茶を一口飲む。
「ああ、すまなかった。君のお茶も用意していなかったね、何か飲むかい?」
「いえ、大丈夫です。お構い無く」
「そうか。嘘を言ってるとは思わないが、私達にも特別重要な事でね、念の為に確認させてもらうよ」
「はい。本当は連れて来たかったのですが、万が一こちらが開いていない状態でしたら二度手間になるのと、ユーベルを道中で逃がしてしまう可能性がありましたので連れてこれませんでした」
「懸命な判断だ。もしアヤツを取り逃がしたとなれば、また被害者が増える」
ビルド支店長は大きく息を吐く。力が入りすぎていたようなので、落ち着かせるためだろう。
「しかし、どうやって捕まえたのだね?ユーベルの剣技はかなりのものであったはずだが?しかも君は魔法使いだと言うのではないか。パーティーに猛者でもいたのかい?」
「ユーベル以下9人に襲われ、こちらは5人で対応せざるを得ませんでした。ですが、他の盗賊は少々手練でしたが、少しずつ無力化していくことができました。ユーベルはほぼ最後に一騎打ちに近い状態で相手をし、私が剣と魔法で捉えました」
この一言にビルド支店長は目を見開く。
「剣と魔法!君は両方使えるというのか!?」
「はい、噂で聞いたこと無いでしょうか?魔力無しの魔法使いのこと」
「おお!それが君か!魔力がないのに魔法を使える物がいると記憶している。だが、剣を使えるのはどういうことなのだ?」
「私の魔法は特殊でして、羊皮紙を必要とします。冒険者になりたての頃、金銭で非情に苦労しました。魔法だけに頼ることができなくなり、そこで剣を覚えることにしたのです」
「そうか、そうであるのならば納得行く」
少し沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはビルド支店長からだ。
「エイワスとはどこで知り合ったのかい?」
「エイワスは5年前ケイトウで知り合いました。ケイトウからアルプフーベルまでの護衛任務を受け、意気投合し街で酒場に寄っては朝まで飲み明かした仲です」
「彼はそこまで酒に強くなかったはずだが、朝まで飲むとはよほど気があったんだろうな」
「そうですね、そこまで強くないのに夢を常に語ってくれました。この商会を大きくしたい、自分で新しい商品を生み出したい、販路を大きくしたい、そして王都に待たせている綺麗な女性と素晴らしい結婚式を上げる事等、たくさん語ってくれました」
ポツポツと言葉を紡ぐ。人懐っくておっちょこちょいのエイワスを思い出すため、スラスラと言葉が出ない。
「もう3年も前になるのだな。彼がユーベルに殺されてから……」
エイワスの率いた護衛商隊はケイトウの近くにある森で襲われた。俺とは別の冒険者が護衛を受け持ち、そして守れなかった。その商隊は一人だけしか戻らなかった。後日冒険者が近くを通った時死体だけが散乱していたと聞いている。その死体の中の一人が息を吹き返し、襲撃を語った。ユーベルによって過去ほぼ皆殺しになった例は2例しかない。そのうちの1例がエイワスの時なのだ。商隊を襲われた例は30件を超える。ユーベルだけは仮面で正体を隠し襲ってくる。仮面を取るもしくは取られた時は皆殺しの合図となっていた。
「ラファエル君はその時の唯一の生き残りでね、エイワスに懐いていたのだ。もう輸送任務には耐え切れないことがわかり私がここで見受けしたのだ。温泉もあるしゆっくりと療養してもらってようやく復帰してくれたのだ」
「そうですか、大変な思いだったでしょう……」
ここまで話し終わった所、お互いに会話が途切れる。が、すぐその沈黙が破られる。
「ビルド支店長!確認してきました!ユーベル本人です!やりました!」
これ以上ない笑顔でラファエルが飛び込んで報告をする。フェスティナ商会とはそこそこ離れていたはずなので、全力疾走してきたようだ。
「本当か!よかった!これで彼は報われる!ラファエル君も救われる!」
ビルド支店長は涙を流しながら答える。両手で握り額を当てるとすぐ嗚咽が聞こえはじめた。ラファエル君は隠すこともせず大きな声で泣いていた。
5分ほどするとビルド支店長が落ち着きを取り戻し、ハンカチで涙を拭いた後感謝の言葉を伝えてきた。
「ありがとう!本当にありがとう!君には感謝しきれない恩を受けた。どうやって報いれば良いだろうか、教えてほしい」
「私一人の手柄ではありませんので、金銭で頂ければありがたいです」
「わかった、どのくらいほしいか?」
「流石にそれはお任せします。ここで強欲に駆られ高い金額を提示してもお互いのためになりませんので」
「そうか、わかった」
少しビルド室長は考えこみ、そして答えを出す。
「君たち冒険者に一人金貨20枚渡そう、フェスティナ商会には金貨40枚でどうだろうか?」
「それは流石に頂き過ぎです」
「私にとっては、いや、私達にとってはそれだけの価値がある。いや、商人達にとってはもっと大きな価値となるだろう。彼らに襲われた商会はとても多い。奪われた金品は数知れず。この報奨では少ないかもしれないと思っているところだ」
「そうだとしても多過ぎだと思います」
「欲がないのか、謙虚なだけなのか。謙虚過ぎは失礼になるぞ?」
「いえ、今新人冒険者を二人育成しています。彼女達が道を誤らないようにするには大金は必要ないのです」
「金で道を誤った冒険者は盗賊に陥る可能性が高いか……」
しばらく考えこみ、もう一つ提案してくる。
「わかった、それなら一人金貨10枚、商会には20枚、そして君を含めた冒険者5人に対し、当商会が援助をさせてもらおう、だが無制限というわけではなく、当商会の支店がある場所で、さらにはその提案に対して含むものがあると支店長が判断した場合のみと言うのでよろしいか?」
「それだけでも十分過ぎると思います、ありがとうございます」
「それとフェスティナ商会には便宜を図ろう、今後優先して取引を持ちかけることにする」
「そこまでしていただけるのであれば、エステファンも喜びます」
「ほう、彼を呼び捨てか。仲がいいのか?」
「はい、エイワスに負けないくらい」
「そうか」
ビルド支店長は嬉しそうに微笑み返事をしてくれた。
良い言い回しがすぐに思いつかない時、どうすればいいでしょうか?いつも試行錯誤するのですが、結局妥協してしまう自分の文才の無さにあきれてしまうことがあります。
2016/01/04 三点リーダ修正