急襲
急襲
食事はある程度ギルン達が済ませてくれていた。グラスボアの足の肉も火が通っており、舌鼓を打った。リーアが爺さんに剣の使い方を聞いていたので、爺さんの株は戻ったか、少し上がった程度になっただろう。だが、リーアがスープのおかわりに立つ瞬間を俺は見逃さなかった。タイミングを外された爺さんの手が空振るところを。あの位置だと尻を触ろうとしていたな……。呆れた目を向けると、爺さんが舌を出しつつウィンクしてきた。ジジイのてへぺろはやめてくれ……。レンティは運良く俺と話していたため、爺さんの挙動は見えていない。ナイアを見てみると若干呆れた目をしていたが、すぐギルン達との会話に戻った。
お待ちかねの夜間歩哨であるが、特に何もなかった。ここまで何もないのは珍しい。こんなに夜襲が無ければ、村が建てられるのではないかと思うが、出資者を募らなければ難しいだろう。明日は最終日なので、訓練をする必要が無い。したがって木刀の予備は作らなかった。
7日目、最終日の朝。
ナイアが起こしに来る。いい声だし、気が聞くし、美人だし、スタイルも良い。いい嫁になるだろうと思う。だが、俺が育成を手伝ったというのもあり、育てたものを壊すと言うのも言い方は変だが、そのような意味で嫁にはしづらい。と言うか性的に見れない。
嫁探ししてるのだが、育成ばかりしているため、より結婚が遠のいている気がする。
「夜全然こないねー。楽だから良いんだけど、ちょっと暇だったり」
ノンナが朝食時にぼやく。
「楽なのが良いのよ。疲れない旅が一番良いんだから」
「そーなんだけどねー」
新人二人にはまだ楽な旅、辛い旅は経験してない。これが基準になってしまうので、あまり魔獣の少ない度は正直好ましくない。冒険者や御者などにとってはナイアの意見が正しいのだが。
二人の会話にリーアが質問する。
「今は楽な旅なのですか?」
「魔獣が全然出ないからね。グラスクーガーの話をしたけど、今回それも出ていないし、それだけじゃなく魔獣の数が少ないと思うんだよね。」
「そうですね、先行している商隊でもあるのでしょうか?」
「少なくともレーニアを出る1日前にはいなかったと思うが」
出発前日の朝にはどこの商隊も出発していなかったので、間違いはないだろう。
「私達も確認していましたが、商隊や戦士隊はいませんでした」
ナイアが頭をかしげながら思い出す。
「常にこのくらいだと出資者が出てくれそうなんだけどね。新しい街作って欲しいよ」
「あるといいですね、できたらお風呂がある方が良いです。今は体を拭くだけなので」
「そうだね、でもアピには温泉があるから、運が良ければ今夜にでも入れるかもしれないね」
「温泉♪温泉♪」
はしゃぐノンナ。子供かっ!
「そういえばアピは鉱石と温泉の街でしたね。私もゆっくりとつかりたいです」
「私も入りたいです」
新人二人もお湯に浸かりたいようだ。
「ワシはリーアちゃんと「早く入りに行くか!」ー」
「賛成!」
大きな声で爺さんにかぶせる。少し寂しそうな顔をするがほっとく。
だが、一気にお気楽温泉ムードを吹き飛ばすことが起きる。
「左側に森が見えてきましたね、もう少しでアピなのですか?」
昼食を済ませ、再出発して半刻後、リーアが質問してくる。
「そうだね、そろそろ少し上り坂になるから、足元注意してね」
「はい」
半時程すると街道は森の中を進行するようになる。
「敵襲!盗賊!数およそ9!黒鹿毛の馬、軍用馬が1!接敵3分!準備急いで!多分あの時の鳥です!」
「ノンナ!メイン盾よろしく!リーア、ノンナの隣でサブ盾!ナイア右で!たどり着くまでに少しは削ってくれ!できるだけ生かして、駄目なら殺して構わない!レンティ!後衛で真ん中に!それと、リーアと自分に『シールドアロー(矢回避)』と『レッサーアボイド(回避強化)』を!補助魔法は二人だけでいい!俺は基本左側にいるが、臨機応変動く!爺さん!馬車よろしく!準備はじめ!」
伝えるとすぐに行動を開始した。馬車は少し戻った位置に移動し、爺さんは剣を構える。
俺は羊皮紙を数枚取り出しベルトに挟む。
斜め前で構えているリーアが少し震えている。
「魔獣よりは弱いはずだ、落ち着いていこう」
「はい……」
盗賊が弱いと言うのは一部の者以外はある程度当てはまる法則がある。例外といえば、元々盗賊を生業とし、成長していく者。貴族の圧政に憤りを感じ、義賊に落ちるもの。仲間などから謀られ、地位を無くし盗賊以外生きる道が無くなった者等があげられる。それ以外は大抵『街級』の冒険者にもなれず、成長も中途半端であり、向上心もなく、後から育ってきた後輩に抜かれ、やる気が無くなり落ちていく者が大多数であるために、弱いと言える。
だが、冒険者なりたてのリーアやレンティには重荷かも知れない。少し人数が多いのだ。
「リーア!レンティ!ノンナ!ナイア!生き残るぞ!」
「はい!」
個々の能力を高めるために、パーティーとしての動きは確認していなかったのが悔やまれる。即席ではあるが、何とかするしか無い。
仮面をかぶり馬に載ってるのが居る。ここは森の中の街道、少数であれば機動力を活かせるところだが、横4人並べば武器を振るう間隔以外なくなる程度の広さだ。馬の突進力を活かせることは無いだろうと考え馬は後回しにする。今回は勝たなくてはならない、相手に軍馬が居るため、敗走は出来ない。機動力、持久力を兼ね備えたのが軍用馬な為、盗賊は逃す気がないのだろう。
盗賊が走り攻撃を仕掛けてくる。馬を含めて4列の凸形陣だ、2・3・4・1。対するこちらは2・2・1。攻撃の厚みがかなり違う。相手の前衛2人は盾と片手剣、後ろ3人は両手剣・サーベル・長剣の武器を構えている。弓兵は4人だ。先手で弓を打たれたが、レンティは『シールドアロー』のおかげで起動がそらされる。他は各々武器や盾で防いでいる。
ナイアが攻撃をしかけ、弓兵右側2人の右腕に矢を撃ちこむ。左半身を表にしている所で右腕を狙うとは恐ろしい精度だ。あの2人は近接戦になっても参加は難しいだろう。良い部位を攻撃してくれた。
接敵する。盾持ち2名はノンナとリーアに走りつつ盾を前に出した体当たりを仕掛けてきた。ここで後ろに通す事はレンティに危険が迫るために防がなくてはならない。
「通すな!」
号令をかけ、ノンナとリーアは深く腰を構え突進する。
4人が衝突し、押さえあう。俺は衝突に合わせてリーアに並び盾持ちの一人の右腕を突き刺し傷を負わせた。
すぐさま2列目の片手剣の盗賊が攻撃を仕掛けてくる。大きく振りかぶった打ち下ろしの攻撃であったため、簡単に避けることが出来、避けると同時に2連突きを放ち、相手の右腿と右腕を刺し無力化する。
残りのメンバーは善戦している、リーアは怪我した相手のため、何とか均衡を保っている。ノンナはパワーで押し始め、手傷を追わせ始めた。ナイアは両手剣持ちを相手にし、ヒットアンドアウェイを利用し、細かい傷を多数つけている。レンティは残った弓兵に対し、『ファイアーボール』を発し、攻撃を集中させないようにさせていた。
だが、ナイアの隙をつき、両手剣持ちの後ろに隠れていたサーベル持ちがレンティに突撃してくる。慌ててレンティを守ろうとしたのだが、『ロックストライク』の発声とともに、サーベル持ちが5mほど吹き飛ばされていた。
安堵した瞬間左後ろから音が聞こえ、振り向くと木の影から短剣を持った盗賊が突如レンティに向かい走ってきた。レンティは魔法を当てた盗賊に対して集中しているため、こちらには気づいていない。俺がレンティを守りに入る前に盗賊の攻撃が届いてしまう。即座に羊皮紙を取り出し『アイスランス』を発動させる。アイスランスは中級魔法ではあるが、羊皮紙を下級にしているため、威力はさほど強くない。が、相手を無効化するには十分な威力を発揮する。
盗賊の左脇腹に数本の氷の刃が刺さり、盗賊は痛みのために倒れこむ。今度こそ一安心出来そうだ。しかし、ここで疑問が湧く。全体的に統制と連携が取れている。剣筋も悪く無い。本当に盗賊なのか?だが、次の相手の行動でその思考は止まる。
「なにをやっているか!」
馬に乗る男が仮面を取りながら怒号を発声する。
「女子供相手にその働き!恥を知れ!」
接敵している相手が居ないため、ようやく馬に乗っている男の顔を見ることが出来た。身長が高く、筋肉質な男だ。顔は堀が深く、左頬に切り傷の後が見える。
その顔を見ると、自分の中にあるどす黒い感情が湧き上がってくる。なんとか感情を押さえ声を発する。
「ユーベルだな?あんたは」
「ほう?俺を知っているのか?知っているのなら殺さねばならんな、弓兵援護しろ、あいつを殺しに行く、殺し終わったら残りを皆殺しだ」
馬を降り、両手剣を構えつつ歩いてくる。
「レンティ、ナイア、余裕ができたら弓兵を頼む、1対1で戦いたい。できるか?」
ナイアとレンティは頷く。
「よし、後は任せた」
ユーベルに向かって歩き出す。
「3年前のケイトウ近くの森で商隊を襲った覚えは無いか?」
ユーベルに対して質問を投げかける。
「3年前?ああ、かなり美味かった商隊だったな。ゴミみたいな商人にこの仮面を取られたから皆殺しにしたが。あの儲けで色々美味しい事が出来たよ」
「そうかい」
話している最中にも矢が打ち込まれてくる。恐れか気合が入ったのかわからないが、先ほどの先制攻撃より良いポイントを狙ってくる。レンティが少爆発系の魔法『ファイアーボール』を発動させるが、軌道と範囲を見極められ上手く当たらない。正直ナイアがだけが望みだが、こちらへの命中精度を下げる意味ではレンティもしっかりと機能している。
お互いに一足の地点にたどり着くとこちらから攻撃を仕掛ける。両手で構え、右からなぎ払う形で剣を振るう。ユーベルは剣を使い押さえ、剣の勢いを止めるとともに首筋に向かい突きを打つ。俺は半歩右へ足を運びながらユーベルの剣を上から押さえ込み軌道を変える。剣の起動が変わり次第、ユーベルの首へと剣を切り上げるが、バックステップをされ躱される。
「ほう、やるな。雑魚じゃなさそうだ」
「ほめてくれてありがとうよ、だが全く嬉しくないね」
「そうか」
ユーベルは剣を首めがけて振り上げてくる、軌道を逸らすに剣を振り上げる。が、それは囮だったようで、剣の軌道が変わり打ち下ろす起動へと変わるため、押し合う形になる。弓兵から狙われやすくなるため、膠着状態になるのは好ましくない。が、離れるのもまずい、一瞬悩んだが、回避できる可能性を持つ離れることを選び、相手の腹を足の裏で大きく蹴り距離を取る。
視界の隅にレンティの魔法で左右にわかれた弓兵が見える。一人はユーベルに少し隠れているために問題ないのだが、一人はこちらの右半身を晒す状態になってる。こちらを狙い矢を構えていた。やばい!と思った瞬間、その弓兵が倒れる。
「ナイア!助かった!」
「後一人もおまかせを!」
矢が腹に刺さったようで弓兵が無力化される。ナイアも相手にしていた両手剣持ちを倒したようだな。
「クソ!雑魚どもが調子乗りおって!」
ユーベルから先ほどより強い怒気を感じる。一撃で俺を屠るつもりなのだろうが、こちらも準備は整っている。
ユーベルは一気に間合いを詰め両手剣を振り下ろしてくる。俺は剣で受けようともせず、左手で中級羊皮紙を取り出し踏み込んでから魔法を唱える。
『ファイアバースト』
ファイアショットの上位で一つ一つの火球が大きくなったものだ。ファイアバーストはユーベルの全身を火で覆い尽くし吹き飛ばす。これで倒せるとは思ってないので右腕を切り落とすために大きく踏み込み打ち下ろす。切り落とすことは出来なかったが、右腕と右足を斬りつけることには成功した。
「魔法だと……?」
片膝をつくユーベルに追い打ちをかけ、剣の柄で頭を強打し、ユーベルの意識を飛散させる。劣勢になり展開を覆すためか、行動が少し雑になったのが幸いだった。おかげで相手の隙を突くことができた。
視界の先にいる弓兵一人を見ると、既に足に矢が刺さり、動けないようだ。最初に右腕を撃った弓兵も一人づつ足に矢を増やしていた。
残り二人の盾持ちを見ると、リーアを相手にしていたものは両手を上げ降参の意を示し、もう一人も足を抑え倒れていた。
「みんな怪我はないか?」
「私は問題ありません」
「私も大丈夫ー」
「私も怪我はありません」
「大丈夫」
「良かった。それじゃ、レンティ悪いけど縄を爺さんからもらってきてくれ、盗賊共を縄にかけてアピに連れて行く」
「はい。わかりました」
支持するとすぐレンティは走っていく。走っていく先を見ると爺さん達もこちらに動き始めたようだ。
「ノンナは弓兵を連れて来てくれ、ナイアは俺と武器の回収に、リーアは出血の酷い盗賊に『ヒーメス(血止め)』を、基本足には魔法をかけないでくれ、ひどい場合にはかけても構わないが、『ヒーリング』はしないでくれ」
「はい、わかりました」
倒れている盗賊をうつ伏せにし、首元を踏みつけ抑えこむ。その間に腰などについている武器を回収する。回収している間にギルン達も合流する。
「快勝だな、怪我はないか?」
「大丈夫、皆問題ない。ギルン達も手伝ってくれ、防具を剥がして手に縄をかけてくれ、身体確認はしっかりと、最悪肌着だけでも問題ない。ブーツの中にナイフを隠し持つこともあるから、それと絶対に盗賊一人に対して二人で行うこと、一人は押さえ役、もう一人は剥ぎ、縄をかけるというように」
「わかった。みんな!盗賊を縛る、手伝ってくれ!」
四半刻(約30分)くらいかかっただろうか、10人全員の拘束に成功し馬車に一列で繋ぐ。ユーベルだけは厳重に身体にもロープを巻きつけ、腕が動かないようにした。
馬車につなぎ留めた後、足を切られたものは『ヒーリング』をかける。
「みんな、お疲れ様、怪我がなくてよかったよ、特に二人、初の対人戦だったが、体が動いてくれたようで良かった」
「いえ、私はフミトさんのおかげでなんとかなりました。武器を持った腕を攻撃してくれたので、相手を抑えこむことができたんだと思います。」
「リーアなら問題なかったと思うけど、上手く当てられてよかった」
レンティからも感謝の言葉がくる。
「私もあなたに助けられました。ありがとうございます」
「森の中から出てくるのはよく使われる手だ、説明できてなくてすまなかった」
「いえ、これも勉強ですよね?次からはもうすこし上手くやれます」
「そうか、がんばろう!」
「はい!」
「ノンナ、ナイアもありがとう、ノンナはリーアを見ながら戦ってくれたようで、助かったよ。」
「いやー、そーんな事ないよー?」
だが、顔はニヤけている。わかりやすい照れ方だ。
「そうか?それでもありがとう」
「にへへー」
「ナイア、よく弓兵を無力化してくれた、助かった」
「いえ、これも私の役目ですから」
「ユーベルと戦ってる時安心できたのはナイアのおかげだ」
「そんなに褒めないでください。照れますよ?」
流石に頬が赤くなってきたようだ。これ以上はやめておこうか。
全員に向かい言葉を伝える。
「ともかくお疲れ様。盗賊はアピでしかるべき所に引き渡す。うまくすれば報奨金がもらえるかもしれないが、あまり期待しないでくれ、休憩の後に出発、アピまでは残り少しだ!」
書き終えた後と、投稿前に幾度か読みなおすのですが、その度に修正箇所が見つかります。ストックしないで即投稿できる方が本当に尊敬できます。
10/30 誤字修正
2016/01/04 三点リーダ修正




