疑問
疑問
6日目の朝、ナイアに起こされる。昨夜は何事もなかったようだ。このまま順調に進めば後2日。新人冒険者の二人には良い休暇となるだろう。準備を整えテントから出るとナイアが居た。
「おはようございます」
「おはよう。昨夜は何もなかったみたいだね?」
「はい。ノンナが眠りそうになった以外は何もありませんでした」
「あの子は……。彼女にとってもう少し人数の多い商隊じゃないと厳しいのかね?」
「リーアの訓練で気を使ったからだと思いますよ?」
自分でもあまり信じられないというような顔をしながらナイアは話す。
「倒したら駄目な相手だからね。虚実を覚えても全部がほとんど全力なんだろうな……」
「そうですね。ノンナは常に全力ですね。良い所でもあり、悪い所でもあります」
「そうだね、少人数だとノンナを生かし切れないのかな?」
「それは周りの立ち回りでどうにでもなると思いますよ」
「そうか。そういえば、ナイア達二人にはいつも組んでるメンバーとかいるの?」
ふと疑問になっている点を良い機会だからと聞いてみる。
「居ましたが、今はそれぞれ別の道を辿っています」
「そうか、寂しくはないのか?」
「多少寂しいですね。ですが、あの子といたらそれを感じる暇がありません」
「寂しいより、危なっかしいが先に来るか」
「ですね」
二人で笑い合う。
「どうしたんですか?」
リーアとレンティが不思議そうな目で見てくる。
「いや、ノンナは危なっかしい子だなとね」
「ええ、ほんとに危ない子です」
「うん?」
また二人で笑い合う。手間がかかる子ほど可愛いと言うのはこういうことなのかもしれないと思った。
4人で朝食を準備しに行くと、ノンナがジルフ爺さんと言い合ってた。
「おしり触っちゃダメですって!」
ここ数日大人しかったのに……。とうとうやったか……。
「スキンシップじゃよ、仲良くなりたいだけじゃよ」
「もう、いつもそんなこと言うんだからー!」
二人がゴミ虫を見る目に変わってる……。爺さんもう駄目っぽい。擁護できないわ。ナイアは慣れているからか、そのまま素通りし、爺さんの馬車に食材を取りに行く。
朝食の味がわからなかった。これですべてを察してほしい……。
結局この日の問題は朝のジルフ爺さんだけだった。魔獣による襲撃もなく順調に進み、野営地点にたどり着くのが予定より1刻早くたどり着いた。その分訓練時間を増やせるので、良いことではあるが、全力をつくすと疲れすぎてしまうために、時間の有り過ぎも問題である。
「3人はこれを使ってみてほしい。合わないようだったら使わなくても良いからね」
昨夜作った木刀を4本持ってきて選ばせる。
「片刃ですか?この形状はサーベルに似ているようですが、少し違いますね」
ナイア鋭い。日本刀の事は言えるわけがないので、お茶を濁したように答える。
「3本作った時点でなんか違うなって気づいたんだよね。ほとんど無意識で作ってたから理由はよくわからない」
「そうですか。サーベルなら私は使えますので平気ですが、リーア、ノンナはどうですか?」
「問題ないんじゃないかなー?」
「私は両刃の木刀にしたいと思います。まだまだ勉強中なので、別の武器を持つのは難しいと思いますので」
「ま、とりあえず使ってみてよ。さっきも言ったけど、駄目だったら使わなくても良いからね?」
「はい。多少軽いですが、そんなに問題ないと思いますよ」
「わかった」
レンティと二人で訓練をするために離れていく。
「さて、昨日と同じように魔法の発動練習だ。昨日は誘うやり方だったが、今日は先読みして当てる様にしてくれ。昨日ほどは変則的な動きをしないようにするから、当てやすくはなると思う。大きな魔法を使う時は昨日ほど連続して使えないからね」
「はい。わかりました」
半刻後、少し焦げた俺とレンティが訓練を終えリーア達と合流し、反省会をしている所に、ジルフ爺さんが入ってきた。二人は少し嫌な顔をした。それに気づいたのか爺さんが策を弄する。
「ひよっこ、手合わせするぞ。」
「爺さん、そのひよっこって俺か?」
「他に誰が居る。フミトじゃよ」
「爺さんにはここの所負けてないですよ?」
「そりゃ腕力で来ればな。剣術で来たらまだワシには勝てないじゃろう?そもそもこの木刀だと腕力が発揮できないんじゃないのか?」
「そうですが……」
二人は信じられないという顔をしている。ノンナとナイアは新人冒険者の時に見ているから二人の久しぶりに見れる対決に興味を持ち目を輝かせ始めた。
「それじゃ、1本だけですよ?」
「そうじゃな。お互いに熱くなるだけじゃからな」
「爺さん負けず嫌いだし」
「それはお前もじゃ」
爺さんは両刃、俺は片刃を持ち、お互いの剣を軽く当て「カンッ」と軽く音が鳴った後に始める。
まずは俺から右中断でなぎ払う。爺さんは軽くバックステップをして躱す。躱した直後、即座に一歩吹き込み上から打ち下ろす。その打ち下ろしを避けるために左に飛び距離を取る。
そんなに難しい攻防では無いが、当たれば確実に怪我をする速度だ。これが実剣なら致命傷になりかねない。それを見た二人は驚いた顔をしている。
少し視線を外したのがわかったのか、爺さんが打って出る。喉元に向けた付きを放ってきた。剣の側面を使い、軌道をそらす。間合いがかなり近くなったので、足で爺さんを押し出し、間合いを測る。
「年寄りを足蹴にするとは何事じゃ!」
「そんな動きができる年寄りなんて知らないよ!」
上段から打ち込み、爺さんが剣で受け流す。受け流しつつ、こちらの身体に切り上げる。半歩下がり、こちらも切り上げ気味で爺さんの身体に向けて剣を振るが返した剣で防がれる。
爺さんが少し間をひらき、スタンスを変える。右手と右足を前にして身体は半開きくらいだ。木刀は中断で水平の構えだ。こちらも構えを変えようとした瞬間、爺さんから突きが飛んで来る。突きは爺さんの得意分野であるため、防戦が多くなる。冒険者時代はレイピアを改造し、エストックの様に刃の無い刺突武器を得意としていた。一度グラスクーガーの脳天を一撃で貫く所を見せてもらったことがある。生命力の非常に高い魔獣には向かない武器ではあるが、部位ダメージとしては恐ろしい威力を発揮する。生命力の高い魔獣というのは、脳を貫かれてもしばらく生きているような魔獣である。現代日本ではトラフグがそれに近いだろう。ふぐを卸している時、口だけは注意する。なぜならば、口だけになっても脊髄反射の様に噛むことがあるからだ。
うまくかわして攻撃に移ろうと思うが、連続して突きが放たれる。2連撃はあまり魔獣には得策ではない。理由は魔獣は人間ほど柔らかくないのだ。だが、爺さんの技術はそれを問題としないため、普段から使っていたそうだ。
再度突いてきた爺さんの剣をうまく振り当て、弾く。弾きついでに一歩踏み込み、片手上段で打ち下ろす。が、大きなバックステップで避けられる。
この様な押収がしばらく続き、爺さんの上段を剣で受けた時にそれが起きた。バキッという音と共に、二人の剣が折れてしまったのだ。
「あら、これじゃ続行不可能ですね」
「脆い剣じゃな、誰が作ったのじゃ」
「薪で作ったから脆いのは当たり前だよ」
「ワシの攻撃で折れたのじゃ、ワシの勝ちじゃな?」
「いやいや、あの時の爺さん踏み込みすぎてたから、返した剣で腹に当ててたよ。」
「なんじゃと?」
「なんです?」
お互いに勝ちを譲らないために睨み合う。仲の良かった二人が突然喧嘩腰になり殺気まではらんでいるので、リーアががオロオロとし、レンティも心配そうな顔をしている。
「もう、お互いに子供なんですから、武器が壊れたから引き分けですよ」
「わかっとるがな」
「大丈夫だよ。わかってるよ」
と言い笑い合う。いつもこの様な調子だからノンナとナイアは普段は止めないのだが、二人のために今日は止めてくれたようだ。
「え?演技だったのですか?」
目を見開きながら驚くリーア。レンティも少し驚いているようだ。
「爺さんは剣の師匠の一人でもあるからね、こういうのはいつものことだよ。」
「でも、ワシの勝ちじゃ」
「はいはい。勝ちでいいですよ」
レンティはもう落ち着いていたが、リーアはまだ少し不安な表情をしていた。だが、爺さんの株は多少は上がったようだ。セクハラが無ければほんとに良い爺さんなんだけどね。
「お二人ともすごいです。見ることも訓練だと言われていましたので、しっかりと見学させていただきました。戦士長にも見劣りしない剣術でした」
手放しで褒めるリーア。少しこそばゆい気持ちになる。
「じゃろう?アヤツはワシが育てた!」
「え?戦士長をご存知でしたか?」
「いや、知らん。と言うか今の戦士長って誰じゃ?前のが気に入らなかったから動向は気にしておらなんだ」
「そういえば俺も知らないな」
呆れた二人だ。と言う顔をほか4名からされる。ノンナ、お前も知っているのか?
「今の戦士長は、ダグラス様です。戦士職を熟知された方で、私の尊敬している方です!」
信仰者の目をしながら教えてくれる。が、今までの違和感がようやく納得行った。
「なんじゃ、ダグラスかい」
「ダグラスなんだ」
「え?ご存知なのですか?」
4人が顔を見合わせ、驚いている。
「知ってるも何も、仲間だったし」
「ワシは幾度も稽古相手したぞ?」
こっちの二人は大きな問題と思いきや、大したことない答えで肩透かしを喰らい、がっくりとした表情で答える。
「フミトたちが16くらいじゃったか?ひよっこの時に剣の面倒を見ておったのじゃよ。護衛任務の途中だけでなく、街中でもな」
「そのくらいだね。その時に俺も魔法一本じゃ行き詰まっていて爺さんに剣を教わったんだよな」
「新たな事実に、かなり驚いています。フミトさんと現戦士長が冒険者仲間だったとは……」
他の3人は呆けている。ナイアもまだびっくりし表情はしているが何とか言葉を紡いだ。
ダグラスはケイトウを襲った多数のグリフォンを倒したり、その奥の山に住むドラゴンを倒したりと実績があり、英雄視されている人物だ。
「ダグラスはグロリア嬢と結婚したと聞いていたのじゃが?そして故郷に戻るとも」
「グロリアに振られたんじゃ無いのか?戦闘一筋で、非情に真面目なグロリアには耐えられなかったとか」
「いえ、戦士長は奥様をアイガーに連れて来ているとおっしゃっていましたよ」
即座に否定的な考えをリーアから訂正される。
「ま、告白したのがグロリアからだからね、魔獣の察知は早いが恋愛に関してはからっきしだったしね」
「それはお主もじゃ」
「ほっといてくれ!」
悲しい思い出がたくさん出てくるから、思い出さないようにする。
「フミトさん、魔法使いに行き詰まっていたとはどういう意味なのでしょうか?」
レンティが自分の将来を不安視するかのように聞いてくる。
「冒険者になったばかりの時は4人でパーティー組んでいたんだけど、後衛が俺一人でね、筋肉バカ2人にレンジャー一人だったから、支援魔法をかけるだけで赤字になっていったのよ。俺は羊皮紙魔法だから、1回1小銀貨くらいかかっていたと思えばわかりやすいかな?護衛任務で一日銀貨2枚程度だったから、往復で赤字になっててね。それで自分で剣を覚えようとしたの」
「それだけでしょうか?まだ何かあるように思えるのですが」
まだ納得の行かない表情でレンティは質問する。
「それは昨日教えた部分が絡んでくるね。レンティも近接武器を持ったほうが良いって。それは、魔獣に近づかれた時、何も対応できなかった実体験からなんだよ。中級回復魔法を使う羽目になって、銀貨半分近くが一回で飛んだと思って」
回復約や護衛約が居ないと、後衛職は数で押されれば足手まといにしかならない。範囲魔法等は味方も巻き込む為にそうそう使えない。ここは特に足の早い魔獣の多い地域だ。慣れてない前衛職だと簡単に抜かれ、後衛を危険に晒す。さらに、発動の早い魔法で一撃で倒せれば良いが、先日のレンティが見せたように当たらないこともある。純粋な魔法使いのみで成長できるのは大規模パーティーのみだと断言しても良いといえよう。
「そうでしたか、それで昨日の助言があったということですね」
「そう、あの時はグラスクーガーが肩に噛み付いてね、死んだかと思ったよ」
「あの時か、よくあの状況で回復魔法なんて使えたもんじゃ」
「忘れてません?羊皮紙魔法は羊皮紙を触れながら魔法名を告げるだけで効果が出ると」
「そうじゃった。一般常識とは違うんじゃったな」
「グロリアが血止め魔法の『ヒーメス』使ってくれたから落ち着いて出来たのもありますね。あそこまでの大怪我は初めてでしたから」
「護衛任務最終日で良かったのー、別の日じゃったら3人での護衛じゃったよ」
「今更ですが、面目ないです」
女の子にあんな目にあってほしくない、いや、男性でも嫌だな。
「それが元でスケイルメイルを着ていると言うのも、そこまで理由としては外れてないかな。元々戦士並みの筋肉量があったみたいだから、すぐ馴染んだよ。魔法使いなんて寄り道しなくて良かったじゃないと、よく酒の肴になったけどね」
「そうなると、私も防具の変更を考えるべきなのでしょうか?」
「そこは難しいね、例えばリーアにプレートメイルがあっているかと言うと、戦闘スタイルも違うし、筋肉量も多分足りないから戦えなくなると思うでしょ?だから、レンティの動きを阻害しないで現在の筋肉量で無理ない鎧があれば、変えるべきだとは思うけどね」
「そうですか。イメージしたとおりの冒険者と言うのはなれないものなんですね」
ノンナやナイアにはもう馴染んだことだろうが、リーアやレンティにはまだ経験していないこと、冒険者の傾向について説明する。
「大抵冒険者は10人くらいのパーティーを組むので、完全役割分担され、前衛盾職、前衛攻撃職、中衛攻撃職、中衛攻撃補助兼索敵、魔法使い支援職、魔法使い攻撃職、魔法使い回復職、後はそのパーティーで足りないところを補うので、イメージ通りの冒険者になる者もいるよ」
「いることはいるんですね」
「そうだね、実はそこそこいるんだけど、大抵が固定メンバーのみでの戦闘しかしたこと無いから、臨機応変に動けないことが多いんだ。不慮の事故でメンバーが脱落し、他のメンバーが入ってきてもうまく合わせられずに結果全員引退とかある」
「知り合った一つのパーティーが解散し、各々帰国したという話を聞いたことがあります。この場合は不幸な自己では無く、良縁と巡りあうことが出来、寿引退だったそうです。ですが、穴埋めに入ったメンバーとの折り合いがつかず、幾度かメンバーを入れ替えて試したそうですが結果解散という流れになったそうです」
ナイアが少し悲しそうに付け加えてくれた。
「そういうことがあるんですね」
「それだけじゃないよ。常に守られているメンバーは魔獣と1対1で戦うことが出来ないことが多い。それも格下でも。近接戦闘経験の少ない後衛職は本当なら近接戦闘をしなくても良いはずなんだ。だけど、前衛が何らかの原因で動けない場合や、魔獣の補足に失敗した場合、魔獣からの急襲等で、緊急的に戦わなくてはならない事がある。万が一その後衛職がダメージリーダーだった場合はパーティーの瓦解に繋がる可能性があるんだ」
「わかりました。私も戦えなくてはならないということですね」
「いきなりリーアと肩を並べて戦ってくれという訳ではないよ。緊急事態にほかの人からの援護が来るまで、無傷で耐えることができる程度で良いんだ。倒せれば一番良いけど、両立は流石に難しいよ。器用なナイアが前衛と中衛両方出来ていないのが良い実例だと思うよ」
「確かにそのようですね」
「戦闘スタイルの違いと言うのもありますが、やはり、レンジャーは前衛ではありませんので、サポートという立場の方が私は能力を発揮できると思います」
ふと、ノンナを見てみると、顔が赤い。
「どうした?ノンナ?」
「難しい話してるから、頭痛くなってきた……」
「夕食にしようか……」
「そうですね。ほらノンナご飯だよ。準備行くよ」
「はーい……」
ノンナとナイア、爺さんの三人を見送ると、リーアとレンティがお礼を言ってきた。
「いろいろと考えてくださっていたんですね、ありがとうございます」
「失礼な態度を取っていました。ここでお詫びいたします。それと、勉強になります。もっと吸収し、ご迷惑をかけないよう頑張ります」
二人とも深いおじぎをする。
「迷惑はかけていいんだよ。まだ走り始めたばかりなんだ、少しずつ学んで発揮していけば良いよ」
「「はい!」」
「良い返事だ」
「さて、ご飯にしよう。今日もグラスボアは食べれるかな?」
そして、この二人がどこに行っても生き残れるよう育ってくれるようにと祈りつつ馬車に戻る。
少し先の展開をどうするべきか迷っていました。その設定を自分が使い切れるのかというのが一番悩んだ点です。もし読んでいてそこがわかったら暖かい目で見てください。
10/30 誤字修正
2016/01/04 三点リーダ修正