インサニティ商会
インサニティ商会
ゴスッ!!
頭上から勢い良く拳が振り下ろされ音が鳴る。痛すぎて声が出ない。
「新人だろうが、ベテランだろうが、しっかりと手綱を引いておけ!あれはお前のミスじゃ。最悪あの嬢ちゃん死んでたかもしれないんじゃよ?こっちは馬が怯えた程度だ、気にするな。だが、嬢ちゃん達にはしっかりと詫びを入れろ!良いな?」
返す言葉もない。確かになんとかなったが、安全マージンを取り、死なせないようにするという点から外れていた。これは、自分が彼女たちの実力を見誤ったせいだ。新人を死なせたことは無いが、たまたま同行した冒険者が命を落とした事はある。その時は指示を聞かずに自分勝手に動いた為の自業自得ではあったが、気分は悪かった。万が一今回亡くなったりしたら完全に自分の責任だ。何年も冒険者をやっていてもミスをすることはもちろんある。だが、それが人を死なせて良いのかというと、そんな事はない。甘かった。もっと引き締めていかなくてはと改めて思う。
後ろから笑い声が聞こえる。どうやら二人の気分は戻ったようだ。皮を剥ぐ道具を持ち4人の元に向かう。
「もう二人は大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です!」
「ご迷惑をお掛けしました」
先の戦闘を詫びる為に頭を下げる。
「完全に指示を間違えた。最悪二人を死なせてしまうとこだった。本当に申し訳ない」
「いえ!こちらこそ助けていただいてありがとうございます!」
「リーアを助けてもらいました。ありがとうございます」
二人も恐縮しながら返答する。
「だが、万が一準備していた魔法が違っていたら、万が一魔法が発動しなかったら、万が一間に合っていなかったら二人は今ここで笑い合うことが出来なかったかも知れない。経験を積ませることを優先しすぎていた。経験を積む前に亡くなってしまうのは本末転倒だ。これに関しては完全に俺の失態だ。だからレーニアに戻ったら詫びをさせてもらいたい。」
「そこまで言われてしまうとより恐縮してしまいます。戦士長から言われたことがあるのですが、「危機的状況を脱した後五体満足で生きていたのなら文句を言うな。経験を積めたと思え。次はそのような状況にならないように工夫しろ」とおっしゃっていました。「貴族間などの陰謀に巻き込まれた場合は知らん。俺はそれが苦手だ」ともおっしゃっていましたが」
「私も良い経験したと思っています。魔法の訓練は固定した物に対してしかしていなかったのを今更になって後悔しています。今後は動く的に対しての命中精度を上げなければと学びました」
二人はしっかりと一歩踏み出しているようだ。リーアの言う戦士長はどうも知っている人のような気がしているが……。
「わかった。そこまで言うのならこれ以上はやめておこう。だが、これからは野営地に着いたら訓練を加える。リーアの足りない所がわかった。1対多数の戦闘経験だ。ノンナやナイアも手を貸してくれるか?」
「わかったよー!」
「わかりました。私達も二人には生き残って欲しいですからね。協力します」
ありがとう。と頭を下げ礼を言う。
「それと、ジルフ爺さんの荷馬車に盾がある、それを壊れた盾の代わりで持ってくれ」
「フミトさんの盾をですか?」
「いや、俺は盾を使わない。予備の盾を持ってきたんだ」
「わざわざありがとうございます!それではお借りしますね」
笑顔でリーアは礼を言う。そしてレンティに振り向き伝える。
「レンティの訓練は俺に対して魔法を放ってもらう。魔力消費の少ない『ファイア』で良い。当てることを重視してくれ」
「大丈夫なのですか?対人に魔法は一般的には禁則になると思うのですが……」
「確かに魔法学院内では禁則事項だったが、ここはいわば戦場だ。こちらが使わなくても、相手が使ってくる事もある。それに魔法防御は高い。気にするな」
「わかりました。それではお願い致します」
「さて、皮を剥いでしまおう。ワーウルフは爪もよろしく」
ナイフを人数分持ってきているので、それぞれに渡し、俺は遠くで倒したウルフ4匹を処理しに行く。ナイアほど早く剥がせないから俺のほうが遅いかもしれない。
結局ナイア達が埋め終わったくらいに4匹目を剥ぎ終わった。体積もナイア達の方が広かったのに。
毛皮と爪を荷馬車に載せ、次の野営地店へと進む。運の良いことに野営地点までは特に何も起きなかった。
野営地点には先客が居た。無理をしない旅であれば、あまり距離が変わらず、この様に他の旅の集団と遭遇することは多々あることだ。お互いに協力し合い、歩哨を立てる事をするので、体力温存になったりするので、一般的にはいいことが多い。商人同士であれば、そこで商談がまとまることもある。
だが、今回はそんなものではなかった。『インサニティ商会』この世界での言葉の意味は無いが、その響きを英語に直すと『insanity(狂気)』である。ここと一緒になると荷物が消える、盗賊を子飼いにしている、詐欺まがいのことをする等の悪い噂の絶えない行商人の商会だ。それが先客としていた。
「悪いが二人とも今日は訓練は無しだ。相手は人間だが警戒すべき商会だ。歩哨も多分1刻交代くらいになると思うが、4人でやってほしい。相手が歩哨している時俺はテント内で息を潜めているつもりだ。4人が歩哨をしている時だけ眠ることにする」
4人を呼び寄せ小さな声で話す。そして4人は声を出さずに頷くだけで返事をした。
「ギルン、ジルフ爺さん、交渉をお願いします」
と短く伝える。二人も当然のごとくこの商会のことを知っているので、警戒する。が、表には全く出さないのが商人。御者とは言え、旅先で商談することもあるので、リーダーになる人は商談スキルを持っている人も多い。
交渉の結果、歩哨は1刻交代で、こちら2回、相手が3回の交互で行う事になった。食事、テント、馬車の置き場所はお互い別々になった。多少視界の悪い場所にテントを張ることになるが、警戒すべきは魔獣ではなく人間だ。戦闘を仕掛けてくることは無いだろうが、馬車の荷物を盗むことくらいはやるだろう。
食事を早々に済ませ、早めに寝る。歩哨の交代はこちらのテント近くで声をかけることになった。全員起きてしまうかもしれないが、相手が相手だ、明日多少出発が遅くなっても荷を失う事や、人を失うことに比べたらなんてこと無い。
はじめの1刻は普通の歩哨をしていただけだった。無理に馬車に近づくこともせず、魔獣への監視をしていたようだ。次の1刻はリーアとレンティだ。安心して眠ることにする。
リーアとレンティが歩哨を終え、相手と交換し、テントに戻る時に俺のテントを叩いてから自分たちのテントに向かう。俺を起こすための合図だ。万が一に備え、闇魔法の『シャドウ』の羊皮紙を準備しておく。暗がりで物が見えなくなることにより、焦燥感を与えるためだ。
半刻ほど過ぎた後、足音が順路と違う方向に進んでいく。俺達の馬車の方だ。ようやく動いたかという気持ちと、やっぱり噂通りの商会かという気持ちが混ざったままテントを出る。
「お疲れ様です」
と声をかけると驚いた反応をする。
「あ……ああ、どうしたんだ?」
「トイレです。水を飲み過ぎたようで」
「そうか、まだ街へは半分くらい距離があるぞ、しっかりと寝たほうが良い」
「そうですね、ありがとうございます。おかげでゆっくりと眠れます」
と言いながら、自分たちの馬車がある方に向かい、少し離れたところで用をたす。ここが風下で良かった。水場で手を洗い、テントに戻ろうとした時には順路は戻っていた。また半刻テント内で息を潜めることになるが、特に問題は起きなかった。
ノンナとナイアの順番になる。ようやく眠れる。まとまった睡眠が取れないので、明日は辛いだろうな。と思いつつ意識を手放す。
1刻後、交代の声が聞こえると共に、テントが叩かれる。もっと眠っていたい気分ではあるが、無理やり目を覚ます。そこでナイアの小さい声が聞こえた。「小さい鳥が飛んで行くのが見えました」と。
また半刻後、歩哨の巡回する足音の向きが変わる。しつこいなと思いつつも、テントから出る。トイレじゃまた怪しまれるから今度は別の手で行く。
「お疲れ様です」
と声をかける。先ほどの歩哨と同じように相手が驚く。
「お……おう」
「見回りお疲れ様です。何事も無かったでしょうか?」
「おう。問題はない。あれば起こす」
「そうですか。よろしくお願いします」
「それで、お前はどうした、起きるにはまだ早い時間だろう」
「夕食が足りなくてお腹が空いてしまいまして、少しつまもうかと思いまして」
「そ……そうか。食ったら早く寝るんだ」
「そうします。それでは」
ジルフ爺さんの馬車に向かう。念の為に、ジルフ爺さんの馬車の両脇に黒胡椒、赤胡椒の馬車を並べたのは正解だったようだ。ジルフ爺さんの馬車で干し肉を探す。暗がりだから見つけづらいのだが、ある場所はわかっている。が、ゆっくりと探してるふりをする。どっちにしてもテントで寝られないのだから、暇つぶしに荷物を整理する。
干し肉を咥えながら整理していると声が掛かる。
「まだ寝ないのか?」
「はい、俺の役割の整理を昨夜してないことを思い出したので、出発までに終わらせようと思いまして」
「ちっ。そうか。わかった」
と言い終えると順路に戻ってしまった。舌打ちしちゃダメでしょ。バレバレだよ。この人。人相も決して村人とは言えないし、わかりやすすぎるよ。
そのまま荷物整理をすすめる。俺の仕事じゃないけど、テントの中だとほんとに寝ちゃいそうでね……。
荷物整理が終わった頃、薄く日が射してきた。ふぅ、御役目終了。皆を起こすかな。
皆を起こした後、朝食時に先ほど舌打ちされた人から睨まれた。諦めが悪いねこの人は……。
5日目、ゆっくりと準備をし、インサニティ商会の馬車を見送ってからこちらも出発する。アピから来ているだろう商隊の為、レーニアに向かうことを確認する為だ。途中で引き返す事もあり得るが、ここは草原。見通しが良い場所になる為、変に戻ると怪しまれる事はわかっているだろうから、そのようなことはしないだろう。実際ナイフでは無く、樹の枝で『サーチ』をかけ、定点レーダーとして道端に挿して置いたが、1刻は誰も通らなかった。1刻の理由は魔法が使える一番安い羊皮紙だと1刻しか持たないのと、それ以上は必要ないと思ったからだ。樹の枝では測定範囲が非常に曖昧になるが、街道程度はカバーできる。
その日は特に問題は起きず、ワーウルフとウルフの2匹だけの遭遇があった。リーアとレンティに道中軽く口頭にて各個撃破と、相手をコントロールする術を伝え、実践してもらう。ちぐはぐな戦闘にはなったが、大きな一撃は貰わず、うまくウルフを盾で押さえつけたところでレンティの魔法が発動し、絶命させた。1対1ならリーアとレンティはワーウルフ程度なら問題ないので、時間をかけずに倒し終えた。
「まだ2体は難しいか。訓練しようと思ったら邪魔が入ったからね。でも、ほとんど傷もないし上達が早いね」
「この盾のおかげです。思ったより重くなく、扱いやすいです。強度もあるようですし」
ん?エステファン、何を持ってきたんだ?
「そうか、それなら良かった。野営地では二人にしごいてもらおう」
「おて柔らかにお願いしますね」
彼女は苦笑いになりながら答える。
「レンティはまだ難しいか。イメージ通りで行くとは限らないから、地道にすりあわせていこう」
「はい。先読みというのが難しいのはわかっていましたが、実践ではより難しく思えました」
「そうだね、後は敵の体の動きや骨格を意識すると良いよ。リーアは多少できているけど、骨格上出来ない動きというものはある。それを想定していけば動けない方向への関心は払わなくて良くなる。そうすれば多少は当てやすくなるからね」
「はい、理解してみます」
良い返事だ。先日からレンティの態度が大分変わってきた。以前のゴミを見るような目がなくなった。多少は信頼してもらえたのだろう。少し嬉しく思う。
毛皮を剥ぎ取り、爪を取り、ほかは埋める。二人も意外と手際が良い。順調に育てば、良い冒険者になるだろう。
毛皮をジルフ爺さんの荷馬車に載せ、野営地点へと向かう。
躍動感のある文章は難しいものですね、説明的であってもいけないし、足りなくてもいけない。イメージ通りに行かないものです。
10/30 誤字修正
2016/01/04 三点リーダ修正