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コメディーもの短編集

勇者の熱き思い

あらすじに間違いはありませんが、ちょっと横にそれてるかもしれません。

コメディですから。

「はあ……帰りたい」


 俺はもう何度目になるかわからないため息をついて、手に持った剣を鞘に収めた。

 目の前にはたった今仕留めた魔獣の累々たる屍。


 俺は魔獣狩りを生業にしている冒険者。こう言っちゃあ何だか、このあたりじゃ俺に敵うやつはいないと自負してる。ギルドでも一番の稼ぎ頭だ。

 なのに何をたそがれているかといえば。


「あんこ、食いてぇ」


 日本にいた頃は本当に和菓子が好きで、あまりによく食べるので血の代わりにあんこが流れてるとまで言われていた。高校生にしちゃあ渋いとよくからかわれてもいた。

 その俺がある日突然異世界に召喚された。ありきたりな


「おお勇者よ、魔王を倒してこの世界をお守りください」


 ってやつだ。


 でも、見ず知らずの世界のために命を賭けるほど俺も酔狂じゃなければ勇敢でもない。召喚されたときに授かっていたチート能力、身体強化や魔法を駆使してとっとと城から逃げ出してしまった。けれど当然生きて行くには金が必要で。俺はその足で冒険者ギルドへ駆け込んだ、というわけだ。


「はあ、相変わらず凄まじいな」

 後ろにいたパーティメンバーのオヤジがひげの間から白い歯をにいっと見せて笑った。このおやじ、顔の60%はひげに埋もれている。


「それにしてもロウ、なんかおまえ暗いなあ」

「そうか?」


 まあ、いわゆるホームシックってやつだな。たぶん。

 城で帰り方を聞き忘れたから、どうやったら日本へ帰れるかわからない。ひょっとしたら魔王を倒せば帰れるかも、とは考えなくもないが、いくらチートがこれでもかとついていても、魔王退治なんていやだ。てか、めんどい。

 ああ、どうして俺はあんなに愛するあんこの作り方くらい覚えていなかったんだ。魔法や身体強化のチートより今は料理チートが欲しい。切実に。

 日本には故郷ってだけでそんなに思い入れもないし、こちらでは生活基盤も出来てきたから、正直もうチートは必要ないんだよなあ。スライムだゴブリンだを倒すのに一撃で城の塔を崩すパンチとか岩をも瞬時に溶かしてしまう強大な火炎魔法なんて必要ないんだよ。オーバースペックすぎるんだよ。


 勇者は勇者の仕事をしなければ役立たずかもしれない。

 ほら、料理とか薬とかの生産系チートのほうがずっと役に立ちそうじゃねえか。


「あんたの料理は別な意味でチートだ。食べた奴はほぼ確実にお花畑の向こうで手を振っている自分の亡くなったおばあちゃんを見ると言うぞ」

「失礼な」


 でも認める。自分で作っておいて何だが、あれは食い物じゃねえ。毒薬か兵器の一種だ。








 俺の所属しているギルドに国からの依頼という名の強制連行のお達しがあり、魔獣狩りに連れ出されたのは一週間前。

 ああ、面倒だ。魔獣は狩るが「強制的に」って所がきにいらない。こちとらお国のおかげで故郷から拉致られて帰れずもう3年になるぞ。あ、俺が本名の「草加太一郎」ではなく「ロウ・クザン」でギルドに登録してるから国からの使者は俺が逃亡した勇者とは気がついてないらしい。


 ため息ついてたら怒られた。この遠征パーティのリーダーであらせられるお貴族様のおぼっちゃまがありがたくも講釈をたれてくれるらしい。

 貴族は気に入らないが、情報は大事なので逆らわずおとなしく話に混ざることにする。


「今回討伐予定の魔獣について情報が入った。

 まずはでかい。キケロの木くらいの大きさはある。黒っぽい本体に淡いピンクの甲羅のようなものが全身をくるんでいる。甲羅は一部濃い緑色に変色している部分もある。

 とても特徴的なにおいを放つらしくてな。甘いツンとしたにおいがするのですぐわかるそうだ」


 甲羅。亀みたいなイメージだろうか。


「次に敵の攻撃だが、一番厄介なのは黒くて熱いマグマのようなものを吹きかけてくることだ。どろどろしているからひっつきやすく、尚且つ冷えるとばりばりに固まってしまうそうだ」


 ----ガメラ?




 そう思っていた俺の予想は見事に覆された。


 その魔獣の姿は亀などには似ても似つかない。むしろ、円筒形に近い。中心に黒い塊があり、それを包みこむ淡いピンクのものは甲羅などではありえない、しっとりと柔らかそうな風情。そしてこの香り。甘く鮮やかなこの香りは。


「……たい」

「え? 何だって?」

「食べたい」

「はあ?!」


 俺にはもう目の前の魔獣を喰らうことしか考えられない。


「桜餅ーーーーっ!」


 そう、魔獣はどう見ても巨大な桜餅だった。ほんのり香るのは甘い桜の葉の塩漬け。


「よくぞ出てきてくれた! 一欠片残さず喰っちゃるから、おとなしくまってやがれっ!」


 行くぞっ! あのしっとり柔らかな皮を、甘く上品に炊き上げられたあんこを、そこに一点塩味を忍ばせて甘みと香りを際立たせる葉の塩漬けを!

 俺がっ!


「あっ! ロウ! 待て!」


 誰かが叫んだ気がするが気にもとめなかった。

 剣を横に薙ぎ胴に斬りつけると、傷口からビュッと噴き出したのは熱いあんこ。


「あれが例のマグマもどきか!」

「違う! あんこだ! 炊きたての熱々だ! 持って帰って汁粉にするぞ!」


 俺の頭の中はもはやあんこパラダイスだ。桜餅のほかにも汁粉もできる。てことは、冷やしたらあんみつだって……! 羊羹だって……!


「うおおおおおおおおおーーーーーーーっ!」


 俺の剣の一閃で、巨大桜餅は真っ二つになった。

 

 が、その瞬間すべてが灰色に凍り付き----








 いつの間にか俺は真っ白い空間にいた。


「----どこだ、ここは」


 上下も左右もない。果てがどこかもわからない。そんな場所にいきなり浮かんでいた。

 きょろきょろと周りを見回すが誰もいない。ひげ面のオヤジも、貴族のボンボンも、たくさんいた冒険者たちも、人っ子一人いなくなっていた。

 誰もいないと思っていたのに。


「お疲れ様でした」


 美しい声がした。女性の声だ。


「誰だ」


 声はするが姿は見えない。ただサラウンドで響くように、甘く涼やかな声が聞こえてくる。


「私はかの国を守護する女神です。貴方様には魔王を倒していただき、本当にお礼の言葉もありません」

「はあ? ----まて、魔王って」

「はい、先ほど貴方様が倒されました大きなピンクの」

「あれが魔王っ?!」


 あごが外れそうになるほど大口を開けて固まってしまった。

 あの桜餅が? 魔王? へ?

 文字通り愕然とする俺に自称女神の声が続ける。


「これで貴方様を本来の世界へお返しすることが出来ます。お礼に幸福な生涯をお約束いたします」

「まて、まて! 俺の桜餅は」

「どうぞお国へ帰られてから思う存分お買い求めください。お金には生涯困らないことになっております」


 冗談じゃない。あいつを食べたくてあんな必死になって倒したんだ。

 日本に帰れば桜餅どころか大福だっておはぎだって食べ放題だっていうのに、あいつを食い損ねたことがひどく心残りに思えてきた。


「それでは、どうぞお元気で----」

「ちょっ、ま----」


 真っ白な空間は銀色の光に満たされ、なにも見えなくなった。









 あれから50年がすぎた。


 

 あのときの未練が強すぎて、俺は巨大桜餅恋しさに和菓子メーカーに就職した。ただし、製造ではなく営業畑だが。俺が製造ラインにたった日には絶対会社が倒産することがわかりきっているからだ。


 そしてとんとん拍子にのしあがり、40歳になる前に部長の地位まで登り詰めた。

 それでも俺の脳裏には巨大桜餅の影がちらついている。


 イベントの企画として巨大桜餅を作らせた。チャリティーも兼ねたこのイベントは大好評となり、以来我が社の代名詞といわれるまでに周知され、社の売り上げもうなぎ登り。その功績を買われ、最終的に社長まで登り詰めた。




 結婚し、子供どころか孫も出来、喜寿を目前に控えた今でも俺の心の奥にはあの巨大桜餅へのあこがれがくすぶりつづけている。


 この誘惑。

 俺を魅きつけてやまない強烈なカリスマ。


 まさしくあの桜餅は魔王だったのだ。女神は俺に生涯の幸福を約束したのにこの未練は俺の人生の唯一の黒いシミだ。かつて勇者であった俺の金色の人生にぽつりと残された、小さくて深い傷跡。


 50階建てのビルの上層階にある社長室から空を眺め、俺は今でもあの世界に思いを馳せている。

お読みいただきありがとうございました。


作品に出てくる「キケロの木」は大体3メートル程度の高さの木を想定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] あんこ・・・。(じゅるり) 食わせろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!←好物。
[一言]  ひろたひかる様お久しぶりです!霜月維苑です!  やっと読ませていただきました。  あんこに対する主人公の深い執着!……恐ろしい。  キケロの木ってなんだよ!って思ってたら最後の後書きに…
[一言] 次に魔王復活したら柏餅ですかにゃ。 取り敢えず魔王桜餅でムセマシタ。飲み物飲んでるときは危険な気がします←
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