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呻き声を上げる喰人鬼の群れだ、さすがに自身との距離に気づかぬわけがない。
マリアは最後の襲撃から気配を消した二人の吸血鬼に対し、異変を悟っていく。
いよいよ距離をおくこともできなくなってきた喰人鬼たちによって四面楚歌の状況へと追い込まれる彼女に対し、吸血鬼は何も仕掛けて来る様子はない。
どうやら心中を悟られてしまったらしいと、苦い顔をしたマリアは双眸を見開いた。
そう、この瞑想の中でマリアは、全てに決着をつけるため出し惜しみをせずに奥義を放つと心に決めていたのだ。
辺りは相も変わらず亡者の群れ、心苦しくなる一方で報いを果たすという誓いの気持ちは一層強まっていく。
その感情はやがて、彼女が奥底に秘めていた天性の異能を発揮させる覚悟となった。
金色に煌く二つの眼――『聖眼』。
生まれつき宿していた天賦の才はまさしく、聖職者としての運命を必然に変えた一つの奇跡だった。
「まさか吸血鬼ともあろう高貴な生き物が敵前逃亡とはあるまいな? こい、雌雄を決する時だ」
淀んでいた双眸が、輝きを纏っていく。
それと対面に、瞳に映る世界はやはり醜い。
腐敗した血肉の悪臭は立ち込め、救えなかった者達の魂が亡骸となった肉体に開放されることなく苦しんでいるのがマリアにはわかる。
その全てを救済する、そのためにこの眼は存在する。
「わははー! その喧嘩、買った!」
「待て、何か様子が……」
古老の吸血鬼の呼びかけにも応じず、瞬時に教会の上から降下した少女は自身の持つナイフを突き立てて疾走した。
あいにくマリアは喰人鬼の群れに隠れて姿が見えないが、じきに喰われるか斬り伏せて姿を露わにするどちらかしか選択肢はないはず。
その瞬間に、命を狩りとる。
単純かつ明快な解答を携え、吸血鬼の少女はマリアへ目がけて接近した。
それも、彼女が得意とする背後からの襲撃である。
一歩、また一歩と吸血鬼の少女が距離を縮める時の中で、ついにマリアは周囲を囲む喰人鬼の胴体を切断するように刀身を薙ぎ払う。
宙へ飛翔した血飛沫はやがて血の雨となる。
骸の胴体が次々と浄化する中、マリアはじきに、ゆっくりと――
少女の方へ振り返り、金色の眼でその姿を捉えた。
「あ、あれぇ……?」
少女は時が止まり始めたかのように感じる。
その感覚に気づいたのは、彼女の売りでもあった瞬間的な移動が思うようにいかないという違和感だった。
何故なのか、進めようとする一歩が重くなっていく。
身体が思う通りに動かなくなっていく。
これが、蛇に睨まれた蛙のような状況なのならば。
「……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
少女の怒りは抑えきれぬほどに爆発する。
自身がそのような立場であっていいはずがない。
人類は喰人鬼の捕食対象であり吸血鬼の吸血対象だ。
決して、人類に屈することなど在り得はしない。
断じて、許されない。
やがて、少女の身体は完全に静止した。
意識が鮮明であるのが酷であるほどに、目の前の現実は彼女に恐怖を植え付け始める。
刻一刻と迫る、金色の眼を持つ者。
気づけばその場には古老の吸血鬼と自身を含めた三人になっており、胸に十字を切るマリアはただ一直線に少女を見据える。
二人の吸血鬼はやがて、彼女が宿す『聖眼』の正体を把握した。
「あらゆる邪悪を見定め、確実に制裁するために身動きを封じるというのかね……」
古老の吸血鬼は感慨深いと頷き、必至の助けを求める少女へ頷くと教会から飛び立つ。
「しかし、その眼を対象から離した場合はどうなる、小娘!」
二つの牙をむき出しにして笑う古老の吸血鬼は燕尾服の内側から無数のナイフを取り出す。
「この場に聖職者はお前さん一人のようだが、果たしてその眼で二人を相手にしきれるのかね?」
地面へと到達するか否か、彼は手に握るナイフを渾身の力でマリアへ目がけて投擲しようとする。
「……っ!」
マリアは能力の限界を見破られたこととその殺気から思わず振り返ってしまいそうになるが、しかし――
「いいや、ここにまだ一人いるぜ!」
それは突如、古老の吸血鬼が先ほどまでいた教会の上から聞こえた。
「な、なにっ!?」
驚愕から思わず声のもとへと振り返る彼に対し、一発の銃弾が慈悲なく脳天を貫く。
「こ、この声は……」
マリアは背を向けながらも、突如現れた男の正体にすぐさま気づいた。
顔を合わせなくなってから大よそ一年は経つのだろうか。しかし、その声は確かに耳が聞き慣れており、性格は相も変わらず楽天的で英雄気取りなところが懐かしい。
「待たせて悪いね、ヒーローは遅れてやってくるって婆ちゃんから教わった!」
今、彼女にとって絶対的な勝機をもたらす英雄のような存在――凍也は、この地に帰還を果たした。