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その2

山の中腹に、ぽつんと、そまつな家がたっていました。お姫様は、こんこん、とノックして、ドアを開けました。

うすぐらい部屋に、一つだけ置かれたいすにすわって、一人の老婆がうつむいていました。お姫様はたずねました。


「あなたが、黒き魔女のおばあさん?」


おばあさんは振り返り、見えない目をぎょろりと動かして言いました。


「いかにも、私はおばあさんさ。そして、孫は黒き魔女と呼ばれているね」


「おねがいです。私は黒き魔女に名前を取られてしまったのです。ここに隠してあるのでしょう?どうか、返してください」


おばあさんは、ため息をつくと、言いました。


「あの子は、またそんなことをしているのかい。あの子も悪い人間じゃあないんだが、欲しいものがあったら、我慢できないタチなんだ。私はご覧の通り、目が見えない。あの子がここで何をしていても、私にはわからないんだよ」


「では、私の名前は見つけられないのですか?」


「あんたになら、探し出せるはずさ。木を隠すなら森の中。名前をかくす時は、持ち主と似たものの中にかくすものさ。あんたが、あんたのことを一番知っている。探し出すんだね、この部屋から」


お姫様は、部屋をぐるりと見回しました。部屋の中には、そんなにたくさんのものはありません。

ベッドが一つ。糸巻き車。暖炉にお鍋、やかんに杓子。麻糸の束と編み針と。コップにお皿にフォークにスプーン。どれも、おばあさんの暮らしに欠かせないもの達でした。

お姫様は、ふと、部屋の隅に麻糸に埋もれるようにして置いてあるゆりかごに気付きました。


「おばあさん、あのゆりかごは、だれのもの?」


おばあさんは、ゆりかごのほうに顔を向けると、ゆっくり笑いました。


「あれは、孫娘が産まれたときにこしらえたのさ。あんまりかわいらしかったから、今でもとっているよ」


お姫様は、ゆりかごに近づくと、麻の束を、そっと持ち上げました。そこには、何もありませんでした。しかしそこには、たしかに、なにかがあって、お姫様をずっと待っていたのです。

お姫様は、そっと手を伸ばし、その目にはみえないものを手に取りました。


その時、ごおっと、風の音がして、部屋のドアが、バタン!!と大きな音を立てて開きました。

お姫さまがおどろいて見ると、黒き魔女が立っていました。


「おのれ、どこまでも邪魔なやつ。もう一度石にしてやろう」


黒き魔女が両手を振りかざしました。

お姫様は一歩もひかず、叫び返しました。


「私の名前は、バールーフ!神に愛されたこども!」


黒き魔女が叫んだ魔法の言葉は、部屋の中で行き場を失い、くるくると回り、もとの魔女のところに戻りました。


「きゃあ!」


と、一声叫んで、黒き魔女は、自分の魔法で石になってしまいました。


すべてが終わり、おばあさんが、ため息をついて言いました。


「やれやれ、バカな子だ。人の名前をうばうなんて、大それたことを。さあ、バールーフ、家へお帰り。この子はしばらく、このままで置いておこう。あんたがあんたの名前をしっかり握って、誰にもうばわれないようになったころに、元の姿に戻してやるとしよう。なあに、心配いらないよ。これでも私は白き魔女と呼ばれた女さ」


白き魔女は、にっこり笑ってウィンクしました。


お姫様は、取り戻した名前を胸に、王子の城に向かいました。

あの日、お姫様を追い払った兵士は、お姫様を一目見るなり、敬礼して


「王子殿下の許婚の姫君がおいでになりました!!」

と、高らかに呼ばわりました。

すぐに侍女たちが駆けつけ、お姫様のために花のじゅうたんを敷こうとしました。しかし、お姫様は、それを止めて言いました。


「私は、ただの私です。何ものでもなく、ただ王子様に会いに来たものです」


お姫様は、ただの旅人として、王子の前に通されました。

お姫様を一目見た王子は、混乱しました。この女性は、姫を誘拐した罪で流罪になった人だ、しかし、この人は姫、本人ではないか!

お姫様は混乱して言葉もでない王子様のそばに寄ると、王子様の手をとって言いました。


「王子様、いえ、トリンドル。私はバールーフ。あなたの友です。私が何者でも、それだけは変わりません」

王子様はお姫様の手を握り返して言いました。


「たしかに、そうです、バールーフ。何故、私は忘れていたのでしょう。あなたが幼い頃に編んでくれた草冠を、あなたがくれた手紙を。私はトリンドル。あなたの友であり、あなたを心から愛するものです」


王子様はひざまずいてつづけました。


「あなたが何者でも構わない、私の友よ。どうか、永遠に私のかたわらにいてほしい」


「もちろんです、トリンドル。私はそのために、ここに来ました」


こうして、名前を取り戻したお姫様と、永遠の友となった王子様は結婚式を挙げました。

お姫様は今までにお世話になった人たちに、結婚のお祝いを贈りました。

石になった姫をかくまってくれた石工に。石工から石像を買い取った商人に。商人を派遣した王様に。石から自由にしてくれた魔法使いに。王様の猫とカナリヤに。町の農夫と粉屋とパン屋に。森のねずみとバッタとカラスに。白き魔女に。その孫娘に。そして、お姫様のことを忘れないでいてくれたかわいい黒猫にも。

お姫様は国に帰ると、黒猫に言いました。


「あなたのおかげで、私は自分の名前を取り戻せました。この世にたった一人でも、私が私であることを知ってくれる人がいるということは、なんて幸せなことでしょう」


黒猫は、にゃあん、と答えました。

呪いが解けたお姫様には、猫の言葉は、もうわかりません。けれど、お姫様には、猫が言いたいことが、よくわかりました。


「そうね、お礼においしいミルクをあげなくちゃね」

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