第5話 遠いあの日を探して
次の日。
『おはよう、元気?〜』
幸彦からのメールが届いていた。ホテルで迎えた朝。特に何をしたわけでもないのに、ちょっと倦怠感があった。時間はたっぷりあるし、これからどうしようかとあれこれ考えながら、幸彦宛てにメールを送る。
『おはよう、お仕事お疲れ様。〜』
シャワーをして、お化粧をして、ゆっくりと着替えて。2階のラウンジで遅い朝食を摂る。サテンドールでの浩二のライブは7時開演だった。(何時に出かけて行こうか。あまり早く行っても・・でもあまり遅く行っても・・。)レストランでコーヒーとホットサンドを食べながら、あれこれ考える。(どの場所で見ようか、そうだ、夕べ下見をしておいたほうがよかった・・・)紗枝はとても後悔した。昨日の夜、別のミュージシャンのライブをさりげなく見に行きながら、下見をしておけばよかったのだ。紗枝としたことが失敗だった。あんなに用意周到にしていたのに。
今更言っても始まらない。くよくよしても仕方がない。
ホテルのロビーでお土産を見ることにした。実家の母と妹たちに仙台名物の有名な『萩の月』と、チョコレート味の『萩の調』というお菓子を買うことにした。幸彦には笹かまと地酒を買うことにした。幸彦はお酒が大好物だった。きっと喜ぶだろう。明日、ホテルを出るときに買うことにして、一旦部屋に戻った。
3時過ぎ、もう待ちきれずに外に出た。どんな顔をして浩二に会えばいいだろう。(覚えていたとしたら?きっとびっくりするだろう。忘れられてる、きっと。)雑誌の浩二を何度も開いては見る。何だかそわそわしてきた。
仙台の空は、とても青く澄んでいた。でも、とても寒い日だった。コートの襟を立て、ちょっと早歩きでサテンドールに向かう。でも、6時開場、7時開演、まだまだ時間はたっぷりある。
バス停に、大学行きのバスが停車した。紗枝は飛び乗った。急に浩二の通った大学を見たくなったのだ。約10分ほどの道のりだった。窓から眺める景色は、20年前にタイムスリップし、浩二の面影とそれが重なり合う。青春時代、こんなきれいな景色を見ながら、彼は過ごしたのだ。
大学入り口でバスを降りた。とても大きな大学だった。キャンパスをさーっと一回りする。学生たちが何人も歩いていた。その彼らの中に、遠い日の浩二の姿を探す。紗枝自身も学生時代に戻ったような錯覚を起こす。遠いあの日を探して、唇を噛みしめる。なぜあの時、泣きながらもっと彼にぶつかっていかなかったのだろうか。そんな後悔の気持ちが心をよぎる。同時に、あれでよかったのだ、と、高い青空を見上げながら自分を慰める紗枝だった。
あちらこちらで若者の笑い声や楽しそうな語らいが聞こえる。とても広い大学だった。キャンパスもいくつかに別れていて、いろいろな学部棟がたくさんあるらしかった。紗枝は思った。果たして浩二の学部は何だったのだろう。もう遠い過去に忘れてきてしまった。いや、それさえも知らなかったのか。そうだ、紗枝は彼のことを結局何にも知らないのだ。
さっきのバス停に戻ると、仙台駅行きのバスを待って、青葉通りに向かうことにした。バスには数人の学生が一緒に乗り合わせた。
紗枝はとてもどきどきしていた。もうすぐだ。もうすぐ浩二に会える。彼の姿を見ることができるのだ。紗枝はとても緊張していた。勿論演奏を聴くのは楽しみだ。でも、実はそれ以上に彼の反応を見るのがとても怖かった。(こっそり帰ろう。気づかれないように、こっそりと帰ろう。)紗枝はそう思ってた。一目見ればそれで気が済むのだから。バスの窓から射し込む傾き始めた陽の光を感じながら、期待と不安が胸いっぱいに広がっていった。