第15話 遠くから見つめて
東京は、最近天気が悪い。もう丸二日、冷たい雨が降っている。おまけにとても寒い日が続いているので、今晩あたりは雪の予報が出ていた。
玄関のチャイムがなった。
「ただいま〜!」
「おかえりなさい!」
夫がタイから帰国した。
「あー疲れたよ。それに、日本は寒い寒い。」
「お疲れ様。そんなに寒い?丁度お風呂沸いてるわよ。」
「ありがとう〜。」
2週間ぶりに夫と顔を合わせた。相変わらず、きちんとした人だと思った。帰る時間が、今朝メールで送られてきた時間と10分も違わない。
浴室から、シャワーの音が聞こえてきた。また夫との生活が始まる。仙台でのことは、もう遠い過去に忘れてきた気がする。
濡れた髪をタオルで拭きながら、夫の幸彦は言った。
「仙台はどうだったの?」
そう訊かれて紗枝は、一瞬ドキッとした。
「よかったわよ、とても。きれいな町だったわ。今度一緒に行きましょうよ。」
あえてライブのことには触れなかった。
「そう、それはよかったね。」
そう言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出してグラスに注ぐと、一気に飲んだ。紗枝はそんな幸彦を見ながら、微笑んでいた。
「はい、おみやげ。」
「お、地酒じゃないか、うまそうだな。」
「有名な笹かまもあるのよ。」
「そう、それは楽しみだね。やっぱり我が家はいいな。日本が一番いいよ。」
幸彦は着替えながら、とてもほっとした様子だった。
浩二とのことは、きっと一生忘れることはない。心の奥底にしまいこんで、きっといつまでもいい思い出として残るだろう。二人とも必死だったのだ。19歳のあの時、あんな辛い別れ方をした。それをかき消すかのように、多分二人は申し合わせたように、何も無く別れたのだ。今度こそ、きれいな思い出を作りたかったから。
紗枝には紗枝の、浩二には浩二の生活がある。お互いに、きっと、そっと遠くから見つめるだけの、淡い恋。二人とも、お互いをとても大切に思っていた。
仙台と東京。いえ、それ以上に、遠くから。距離的なことではなく、本当に遠くから、ずっとずっと見つめて。いつまでもいつまでも・・・。
電話番号も、メールアドレスも、勿論住所も、お互い何も何も知らない。連絡を取ることはもう二度とできない。でも、それでいいのだ。
「そうそう。・・・はい、これ。」
「あれ、なに?」
「バレンタイン・デーのチョコレートよ。」
10日遅れのバレンタイン・デー。丁度3個目のチョコレートだ。
「あ、うれしいな〜ありがとう。」
幸彦は包装紙を開けると、一つ口に入れた。
「俺の好きな洋酒入り、だね。」
「そうよ、トリュフっていうのよ。」
紗枝は、空になった幸彦のグラスにビールをついだ。もう一つのグラスにもビールを注ぎ、彼のグラスにカチッと触れると、一気に飲み干した。そして、微笑みながら嬉しそうな幸彦を見つめた。
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