第14話 もう逢えない
車に乗った二人は、口数が少なかった。それぞれの胸の中を、複雑が思いが駆け巡る。紗枝は、どんどん後ろに流れていく窓の外の景色を眺めて、ふっとため息をついた。そんな紗枝に気づいて、浩二が話しかけた。
「紗枝。」
「なに?」
「俺たち、もう逢えないのかな・・」
「そう・・ね・・」
また沈黙が続いた。山道を少し走ると、静かな森林公園の入り口に着いた。とても静かだった。駐車場に車を停めると、カーステレオの音楽だけを残して、エンジンを止めた。広い駐車場には、浩二の車以外は、一台も停まっていなかった。
「冬はあまり人が来ないんだよ。」
「そうね、冬は公園は人気ないわよね。」
言い終わるや否や、浩二は、紗枝のほうに体の向きを変え、そっと右手で髪を書き上げた。紗枝は心臓が止まりそうだった。優しく口づけをすると、浩二はささやいた。
「離したくないな。」
紗枝の肩を両手でつかみ、自分の体のほうに近づけた。紗枝は、じっとして浩二に身を任せていた。もう一度浩二に口づけされると、紗枝は体の力がスーッと抜けていくのがわかった。
抱きしめられた。浩二の心臓の音が聞こえる。温かい体のぬくもりも感じる。浩二の呼吸が紗枝のそれと重なり、自然と浩二の体に回した紗枝の手にも、力がこもった。
「私だって離したくない。」
そう言うと、ぎゅっと腕に力を入れて、浩二を抱きしめた。瞬間に熱いものがこみ上げてきて、紗枝の目に一筋の涙が流れた。すると、浩二がその涙に、そっと優しくキスをしてくれた。
「紗枝・・・」
そう言うと、もう一度キスを交わした。何度も何度もキスをした。浩二の右手が紗枝の胸のふくらみに触れた。でも、すぐにまた肩に移動すると、よりいっそう力強く紗枝を抱いた。浩二は震えていた。紗枝はそんな彼を愛おしいと思った。(このままいっそ・・・)そんな声が紗枝の耳に聞こえた。どんどん力が抜けていく。
「紗枝・・・」
浩二の呼吸はもう乱れていた。もう我慢の限界だったのか、とうとう右手は紗枝の小さな胸のふくらみを弄った。
「あ・・・」
紗枝は小さな声を漏らした。体中に何かが走る。あまりに強い刺激に、紗枝は頭の中が混乱していた。そのうちに浩二の右手は紗枝の太ももに触れ、スカートの裾を掻き分け始めた。
「だめよ・・」
そう言うと紗枝は急いでひざを閉じた。その瞬間、浩二が体を離して
「ごめん・・」
と呟いた。
「ごめん・・俺、何だかちょっと変だよ。」
そう言いながら、運転席の座席に背中をもたれて、深いため息をついた。
「ごめんね・・浩二・・」
「いや、いいんだ。俺が悪いんだ。」
紗枝は浩二の肩に寄りかかった。
「私たち、もっと早くこうして出逢っていたらよかったのにね・・。」
「ああ。」
浩二が左腕を紗枝の方に回すと、指先で彼女の髪を撫でた。とても大切なものに触れるかのように、そっとそっと撫でていった。紗枝はそのまま目をつぶった。
「送っていくよ。」
そう言うと、浩二が車のエンジンキーをまわし、二人は急に現実に引き戻された。
「今からなら、駅に4時には着くよ。」
「そう、ありがとう。」
「ねえ」
「え?」
(もう逢えないよね)そんな言葉を飲み込みながら浩二が言った。
「いや、なんでもないよ。」
4時少し前に仙台駅に着いた。紗枝は浩二を見つめて微笑んだ。
「ありがとう。元気でね。」
「ああ、紗枝も。幸せに。」
(またきっと逢おうよ)そんな言葉をまたもや飲み込む浩二だった。
紗枝も同じだった。
バッグからチョコレートを取り出すと、浩二に渡しながら言った。
「楽しい思い出をありがとう。」
車から降りると、思いを振り切って後ろ向きのまま右手を上げた。浩二の車を見送ることなく、前を見てまっすぐに歩く紗枝の顔は、いつのまにか涙でぐしゃぐしゃになっていた。