第13話 楽しい時間
窓際の席は、木漏れ日が差し込み、北国らしいとてもいい雰囲気が漂っていた。丸太小屋のような造りの洒落たレストランは、浩二の行きつけの店だった。
「はらちゃん、いらっしゃい。」
「マスター、今日は何がお勧め?」
「今日はとても上等なビーフが入ってるよ。」
ウエイトレスの女の子が、お冷とお絞りとメニューを持ってきた。メニューには、≪本日のおすすめ≫が書いてあり、浩二はそのひとつのビーフステーキのコースを二つ注文した。
「素敵なお店ね。」
「でしょう?おいしいんだよ。」
浩二は嬉しそうに笑った。紗枝も微笑んだ。
「ねえ、夕べ、ステージからは私のことわからなかったでしょ?」
「・・ねえ、後ろのカウンターに座ってなかった?」
「座ってたよ。」
「やっぱり。そうかなって思ってた。でもまさかな、って・・なんせ、演奏中だったからね。」
「そうだったの、何だか、ちょっと目があったような気がしたのよね。」
前菜とスープが運ばれてきた。手作りのコーンスープだった。
「おいしい。」
「でしょう?」
また浩二は嬉しそうに笑うのだった。笑うと目がなくなる。ほっそりした頬にしわがより、20年前の面影がますます思い出される。
「ね、もしかして夕べ、ホテルの外で手を振ってた?」
「あ、わかった?何となくあの部屋かな?って思ってそっちを見ながら手振ったんだ。カーテンがちょっとあけてあるみたいで、光が漏れてた部屋があったから。」
「やっぱり、そうだったのね。」
ステーキがジュウジュウ音を立てて運ばれてくる。大きくて、厚くて、とてもおいしそうだった。紗枝はミディアムを、浩二はミディアムレアを頼んだ。ライスと、そしてマスターのサービスで、いくつかパンもつけてくれた。
「このパンも手作りなんだよ、食べてごらん。」
「ほんと?・・おいしい、とっても。」
「小麦が違うんだよ。」
「そうなの。」
とてもおいしそうに食べる紗枝の、いたずらっぽい目が、浩二の心を捉えた。
「紗枝ちゃん・・」
「なあに?」
「・・・きれいになったね。」
「あら、ありがとう。」
「そういう浩二君も、とても素敵な男性になって・・ふふっ。」
二人は何だかおかしくなった。お互いに褒め合うっていうのも、何だかくすぐったい気がした。
サラダにはクレソンが付いていた。浩二がそのクレソンを、おいしそうに食べる。それを見て紗枝も、真似して食べた。ちょっと苦味があったが、おいしかった。そんな様子を見ながら、また浩二が笑った。
「紗枝・・」
「・・なあに?」
「・・いや、なんでもない。」
今度は笑わなかった。浩二は、紗枝をいとおしく思うのだった。しばらく無言で、二人は食事を進めた。
ハーフボトルのワインは、ドイツ製の赤だった。ステーキに良く合うそのワインは、少し甘みが強く、紗枝にも飲み易かった。
少し狭い店内は、日曜日の昼時とあって満席だった。おいしくいただいた食事のあとに、デザートのシャーベットとコーヒーが運ばれてきた。ほんのり甘酸っぱいピーチの味だった。コーヒーはミルクだけを入れると、シュガーポットとミルクを浩二に差し出したが、浩二は、砂糖もミルクも入れず、ブラックのまま飲んだ。
浩二がチラッと腕時計を見た。そんなしぐさを紗枝は見逃さなかった。そして無性に寂しくなるのだった。楽しい時間は過ぎていくのだ。紗枝は、まるでカメラのシャッターを押すかのように、とても丁寧に浩二の顔を見つめた。
「そろそろ出ようか。」
「そうね。」
「今日もご馳走させてください。」
微笑みながらそういうと、浩二はさっと立ってレジに向かった。さえはお礼を言うと、化粧室に立ち寄った。
鏡を見ながら、ファンデーションと口紅を直した。そして、鏡の中の自分の顔を見つめながら、もう別れなければいけないと、決意をする紗枝だった。