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第1話 突然風が吹いて

 行きつけの美容院で待っている間、紗枝はファッション雑誌を手にして、何気なくページを捲っていた。そしてふと、あるページに目が留まった。

 そこには少し年を取ってはいたが、相変わらずきれいな顔立ちの、あの浩二の姿が掲載されていたのだ。紗枝はとてもびっくりした。

 何度も何度も見直してみるが、やはり浩二だった。写真の右下に『原田浩二』としっかり書いてある。エレキギターを弾いているその写真は、なかなか絵になっていた。紗枝は驚いて、もう声も出なかった。

 アマチュアバンドのコーナーが掲載されているページだった。記事を読むと、仙台のライブハウスで時々演奏をしているらしい。ライブハウスの名前は『サテンドール』仙台市青葉区〜紗枝はもう夢中でそのライブハウスの住所を覚えていた。


 

 20年前の高校卒業後の春休み、紗枝たちは卒業コンサートを開いた。5人でロックバンドを組み、浩二はギター、紗枝はキーボード。ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンのコピーをやった。とても楽しい懐かしい思い出。

 あの頃のことを思い出すと、胸がきゅんとなる。(浩二、今頃どうしてるだろう。)写真一枚持っていない。でも今でも時々思い出す。とてもきれいな人だった。色の白い整った顔立ちに、背もすらっと高く、少し長い髪は、ロックバンドのギタリストらしくゆるいパーマをかけていた。(好きだったな。)とても優しい印象だった。

 その彼が今こうして雑誌に載っているのだ。もう本当に驚きだった。


(あれから20年か・・・)忘れかけていた思い出が急によみがえってくる。同時にとても胸が苦しくなる。




≪20年前≫


「どういうこと・・・?」

「だから、どうしたらいいのかわからなくて。」


 19歳になったばかりの紗枝にはそれが精一杯だった。それを受け止める浩二だって、どうしていいかなど分からなかった。

「必死で探してきたんだから。」

「ほんとに・・よくきたね。」

「だって、あなたが来ないから私が来たんじゃない。」

浩二は紗枝が仙台まで一人でやってくるなんて、思ってもみなかった。


 高校卒業後の春3月。確かにたった一度キスをした。あの日から二人は恋人同士になった。一緒に過ごしたのはたったの2週間。すぐその後、浩二は仙台の大学に進学してしまった。

 

 そしてその5ヶ月後。夏休みになるのを待って、紗枝は浩二に逢いに仙台に行った。


「私、もう耐えられそうも無い。」

「え・・そんなこと言われたって・・・。」


 もう20年も前のこと。その頃は、今のように携帯電話もないし、パソコンも無い。連絡を取る手段がまるで無かった。それで遠距離恋愛をするのはあまりにも辛すぎる。紗枝はもう限界を感じていた。


「サークル、入った?」

「うん、ロック系サークル」

「知ってる、はがきに書いてあったよね。」

「ああ、ギター結構上達したよ。紗枝は?」

「私も入った、バンド組んだよ、フュージョンやるんだ。」

狭いアパートの玄関先で立ち話をした。

「楽しい?」

「ああ、楽しいよ。紗枝は?」

浩二は毎日がとても充実している様子だった。それに比べて紗枝は、浩二となかなか連絡が取れないし、勿論逢うこともできないので、毎日がとても寂しかった。


しばらく沈黙が続いた。

「あのさ、」

「なに?」

「・・・どうしよう・・かと思って。」

「だからなに・・・」

紗枝は迷った。言おうか言うまいか。


「サークルの先輩から付き合ってくれって言われた。」

「・・・」

「どうしよう・・」

「どうしよう・・って?」

「だからどうしようかと思って。」

浩二は一瞬ムッとした。

「わざわざそれを言いに来たわけ?」

「え?」

「好きにしたら?」

「え?」


 確かに浩二はショックだった。ただもう男の意地だった。紗枝は悲しいだけだった。(浩二の気持ちはそんなもんだったんだ。たった一度のキスくらいで思い上がってた私が悪いんだよね。)紗枝は泣いた。泣きながら「さよなら」と言った。


 アパートのドアを閉めた。浩二は後を追わなかった。そしてそれっきり、二人はもう逢うことは無かった。


 もうあれから20年が経つ。風の便りに聞いていた。浩二は大学卒業後、仙台でエンジニアの仕事に就いた。結婚をしたかどうかは分からない。紗枝はといえば、あれからいくつかの恋愛を経て、現在の主人と結婚。それなりに幸せな毎日を送っていた。


 


 2005年、冬の終わり。紗枝の穏やかな日常に、ちょっとした風が吹き始めた。(浩二、逢いたい。)美容院が終わるとその足で本屋に行った。浩二の写真の載ったその雑誌を買うために。


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