第四話 天使の決意
第四話投稿 短いです
ジークマイヤーは王城内での自室で頭を抱えていた。
彼を悩ませているのは他でもない、魔女カタリナの遺跡を『破壊』して出てきた少女のことだ。
彼の親友であるダレンバートが、英雄の遺産を持ち帰ってくるのをリンゴの果実酒を飲みながら待っていると、突然光の柱が立ち上り遺跡を飲み込んだのだ。優雅に果実酒を飲んでいたジークマイヤーだったがいきなりの出来事につい果実酒を口から噴出させてしまった。
『どんなときでも余裕を持って優雅に』をモットーとする彼にとって反省すべきことだ。
ジークマイヤーは背もたれに体を預けて溜息を吐き、例の少女が居るであろう隣の部屋の壁を見つめながら、ダレンバートが崩壊しかけていた遺跡から出てきた時の様子を思い出していた。
「い、遺跡から光の柱が!?」
「これは神の裁きか!? それとも魔物が魔王の仇をとるためにやったのか!?」
「そんなことより英雄の遺跡が!!」
崩れゆく遺跡を前にあーだこーだと騒ぐ傍観貴族を尻目に、ジークマイヤーは混乱する頭をなんとか落ち着かせる。
「キナレス!」
「ここに」
ジークマイヤーが側近の名前を呼ぶと、碧色の鷹の紋章が施されたアークス王国の鎧を着た青年が、背後から現れた。
青みがかった黒髪と蒼眼を持つ、スラリと背の高い美青年と言っても差し支えない騎士だ。
「今の光は何だと思う?」
「正直に申し上げてわかりません。ただ、魔力の塊であったことは間違い在りません」
「ふむ。それは僕も感じた」
キナレスは魔法士であり、王国内でも屈指の実力者だ。
その腕前はジークマイヤーの親友であるダレンバートをも凌駕すると専らの噂だ。直接闘ったことは無いので、実際の所は不明だが。
ジークマイヤー自身は魔法士ではないが、魔力と魔法は扱えるため、先ほどの光の柱が魔力の塊であることをキナレスと同じく感じたのだ。
「あくまで推測ではありますが、あれは英雄の遺産によるものではないでしょうか」
「あんな強力なものがあったなんて初耳だな。過去の遺産にも例を見ない。最上級魔法並だ」
ほぅ、と腕を組み崩れゆく遺跡を見ながら感心するジークマイヤー。
「失礼ながら、殿下」
「ん?」
「ご友人であるダレンバート・スナイダー男爵が中にいると思われるのですが」
「あぁ、心配じゃないかってこと? 大丈夫だよ。彼は殺しても死なないから」
自信たっぷりに告げる。
そこまであのダレンバートという騎士は信頼に足る人物なのだろうか。キナレス自身はあまり接触したことがないため、よく分からない。
「でも遺跡の方が大丈夫じゃないからね。やっぱ遺跡崩壊の責任って、僕にあるのかな」
ダレン推したの僕だし、と全く焦っていなさそうに呟くジークマイヤー。
「……殿下」
「わかった、わかった。冗談だよ。現実逃避はやめるよ。どうにかしてダレンを助けに行かないとね」
「どうやってですか?」
「どうやってだろうねぇ」
「……」
「ホントどうしようかなぁ」
「…………」
完全に崩壊してしまった遺跡を眺めていると、今度は轟音とともに光の玉が遺跡から飛び出してきた。
「こ、今度は何だ!?」
「こっちに降りてくるぞ!!」
「に、逃げろ! あれは魔力の塊だ! 大爆発を起こすぞ!」
そう言うや否や、回りの貴族達は我先にと逃げ始める。
しかしジークマイヤーは動く気配もなく、光の玉が降りてくるのを呆然と見上げている。
「殿下! あれが何か分かりませんが避難しましょう!!」
「いや、あの大きさの魔力の塊なら、今更逃げても爆発に巻き込まれる。それに、心配ない」
ジークマイヤーはそこまで迫っている光の玉を指さす。
「中に人間が2人入ってる。しかも一方はダレンだ」
幻覚でも見えてるんじゃないかと、疑ったキナレスだったが、確かによくよく見てみると中に人がいる。
一人は紅い髪の男。
もう一人は……。
「天使?」
光り輝く髪と、金色に煌めく瞳をもった幻想的な少女。
そこにいるのに、まるで幻影であるかのような錯覚を覚えそうなほど儚げな容貌だ。
「ほぉ? キナレスにまるで夢見る少女のような感性があったとはな? 詩でも書いてみるか」
「ご冗談を……って言っている間に降りてきましたね」
光の玉は地面に降りると消え、中からダレンバートと少女が出てきた。
ジークマイヤーはダレンバートが擦り傷ぐらいしか負っていないのを確認すると、嬉しそうに話しかけた。
「よく無事だったな、ダレン」
「ジーク……一応まだ公の場なんだが」
「問題なし。回りの連中、僕を置いてみんな逃げ出したから聞き咎めるヤツなんていないよ」
「それはそれで問題有りだろうが……まぁ良いか」
「ところで報告することあるんじゃない? その子、いつ手を出したの? 子供はいくら何でも犯罪だと思う」
「ちげーよ! この子は遺跡でずっと眠ってたんだよ! それを俺が助けてきただけだ!!」
「遺跡で、ずっと……?」
信じられないものを見るかのように、少女を見つめる。
キナレスではないが、確かに神秘的な容姿をしている。しかし、これといって変わった様子はない。遺跡でずっと眠っていたと言われても正直に言って信じられない。
少女は自分が見られていることに気が付いたのか、ジークマイヤーに視線を返す。
「君は、何者だ?」
「私は対敵性魔法生物殲滅兵器、被検体番号87」
「えぇ? キナレス、この子どこの国の言語喋ってるの?」
「殿下、我々と同じ言葉を喋ってますよ。私も意味は分かりませんが」
ジークマイヤー達には、少女の言葉の意味が分からなかったようだ。
詳しく説明しようと口を開いた少女だったが───
「待て。ここで長話するのは得策じゃない。移動しながらでもいいから、とにかくここを離れよう」
「ダレン、どうしてだい?」
「この遺跡には地下に広大な空間がある。今のところは大丈夫だが、今の衝撃でいつ崩落してもおかしくない」
「地下まであったのか……驚きの連続だな。よしわかったさっさと移動しよう」
「それでは私は馬車を用意してきます」
「それにしても、まさかダレンの馬車しか残ってないとはな。乗り心地最悪だぞ」
「我慢しろ。それで、この子の説明は理解したか?」
「うーん、正直半信半疑だけど、あれを見たら信じるしか無さそうだね」
光の柱を思い出す。
話を聞くと、どうやらこの少女が放ったものらしい。あんなに強大な魔力を放出した後だというのに、少女は何でもなさそうにケロッとしている。
ダレンバートの膝の上で。
「うーん、やっぱりその姿は犯罪だよね」
「仕方ないだろ。狭いんだから」
「そう言って年端もいかぬ少女の肌を堪能して……」
「よほど斬られたいらしいな」
「冗談だよ。でも、柔らかそうだよね。僕に貸してくれない?」
「お前の方がよっぽど犯罪者みたいだぞ」
ほれ、と少女の脇に両手を差し入れてジークマイヤーに渡す。少女はまさにされるがままの状態であり、借りてきた猫のように大人しかった。
少女を受け取ったジークマイヤーはダレンバートと同じように膝に座らせ、抱きしめて頬ずりし始めた
「ヲイ」
「柔らかいなー。僕の妹も小さい時は『お兄様、お兄様』って抱きついてきたんだけど、今じゃからっきしだからねぇ」
「そりゃ、シシリア王女は16になるし、いつまでもベッタリってわけにもいかんだろ」
「でも、もんのすごく可愛がってたのに。四六時中抱きしめて、一緒にお風呂入って、一緒のベッドで寝て、着替えさせて、キスも一杯してあげたのに」
「……ちょっとお前離れてくれるか? それとその子も返してくれ」
「冗談だよ。半分は」
半分は本当かよ。
そうは思ったが取り敢えず黙っておくことにした。
「で、問題は、この子をどうするか」
「ん? この子は魔女カタリナの遺跡から出てきたんだから、英雄の遺産ということで保護すれば良いんじゃないか?」
「事はそう簡単なことじゃない。まず信じない人が多いだろう」
「だが、あの光の柱を見れば誰だって信じるだろうよ」
「そうだね。だが、あれは強力すぎた」
過ぎたる力は身を滅ぼす。
あれだけ強力な魔法を使える者は、国内ではおそらくいない。そんな強力な魔法をポンポン扱えるヤツがいると発表すれば、要らぬ緊張をもたらすだけだ。
戦乱の世であれば少女を如何様にでも使えたが、今のところ世界は安定している。一国が急激に強大な力を持つことは非常に危険だ。
そう考えていると、いつの間にか少女がジークマイヤーの顔を覗き込んでいた。
「私の存在は、あなた達にとって邪魔だった?」
「そんなことは……」
「良いよ。邪魔なら殺しても」
「!!」
驚愕に目を見開いた。見た目年端もいかぬ少女が、自分を殺せというのだ。
「滅多なことを言うんじゃない!」
ダレンバートが怒声を響かせる。
そんな状況に全く少女は堪えた様子もなく、淡々と述べる。
「別に私は気にしない」
「気にしないって……」
「ここは私の知る時代じゃない。私の生きる時代じゃない。私の大切な人がいない」
少女は大切な人を思い出す。
どんな時でも自分を包み込むような微笑みを絶やさず、何を置いても自分を一番に接してくれた。自分もそんな彼に応えたくて、彼の笑顔が見たくて、彼のためと思うことはどんなことでもやってのけた。
その様子に少し悲しそうな微笑みを見せることはあったけれど、彼はいつも「僕のためにありがとう。愛してる」と抱きしめてくれた。
彼に抱きしめられると胸がいっぱいになった。心が温かかった。体が満たされた。彼さえいれば他に何も要らなかった。
まさしく彼は少女の全てだったのだ。
そんな彼はもう居ない。
少女が生きた時代は今から1000年も昔。彼が生きている筈もない。
ダレンバートやジークマイヤーに抱きしめられた時は、どこか懐かしい感じはしたが、彼に抱きしめられた時のような幸福感や充足感は得られなかった。
そんなとき感じたのだ。
自分はここにいるべきではない、と。
「だったら俺が君の大切な人になってやるよ」
「え?」
「俺が家族になる。どんなやつからも俺が守ってやるし、君のことを悪く言うヤツがいたら、そいつの顔を引っ叩く。君が寂しいと感じる時があれば、俺が抱きしめる」
ダレンバートは自分自身、なんでこんなことを言うのか理解できなかった。
だが目の前の少女を、今にも泣き出しそうな顔をしている少女を、いや、心で涙を流している少女を放っておくことはどうしてもできなかったのだ。
「それとも、俺では不服か?」
「よく、わからない」
「だったらこれからわかればいい。幸いにも、君の味方はいっぱいいるんだからな。なぁジーク」
「そうだね。僕も微力ながら君を助けたい。何より、困っている女の子を助けないのは男じゃないからね」
そう言って少女に向かって微笑みかける二人を見て、少女は心が温かいもので満たされるのを感じた。
「……温かい」
ここに彼はいないけれど、今目の前にいる二人のために生きてみよう。
そう少女は心に決め、微笑みを浮かべた。
短いですが、第一章終了。
第一章というよりは、序章の延長みたいなものでした。
次章からが本当の第一章だ! ってところでしょうか。
次は説明の話になるかもしれません。