第二話 目覚めた天使
投稿。短い。
目を開けると、悲しそうな顔をした───が自分の顔を覗き込んでいた。
───の顔が見れたことが嬉しくて一瞬微笑みを浮かべたが、彼の顔が悲しみに歪んでいることに気が付き、訝しんだ。
「ゴメンね。今この世界は君が生きるには、少し、優しくないんだよ……」
彼の顔には強く疲労が滲んでいた。一体何が彼をここまで追い込んだのだろうか。
何とかしてあげたい。自分は彼から与えられ、守られているばかりだから、何かできることがあれば何でもしてあげたかった。
その旨を彼に必死に伝えると、疲労が刻まれた顔に嬉しさを滲ませた。
「ありがとう。でも、良いんだ。君には穢れを知って欲しくない。だからこのままここで眠っているんだよ」
ふと不安が過ぎった。とてつもなく嫌な予感がしたためだ。何だか、コレが今生の別れであるかのように。それが一体何であるか自分にはハッキリとは分からない。
「大丈夫だよ、少し眠るだけだから。君が眠ったら僕も寝るよ」
そういって彼は自分の体を冷却睡眠装置へと横たえる。
「少し眠るだけだよ、少しだけ。少し眠ったら、朝になったらちゃんと起こしてあげるからね」
冷却睡眠装置の蓋が閉じ始める。
もうすぐ、彼の声が聞こえなくなる。
「おやすみなさい。僕の最高傑作。僕の全て。僕の、僕の────」
最期に彼が何を言ったのか、分からなかった。
そしてそれを知る機会も、未来永劫来ることは無い。
目を開けると、そこにあったのは親しみのある顔ではなく、見たことのない男の人だった。
整った顔立ちに、どこか獣のような精悍さを滲ませた顔。短く切られた赤髪と炎のような燃える紅眼をもった男の人だ。
どこか驚いた表情をしており、何故か彼のイメージに合わず可愛く思えた。
「生きて……たのか?」
開口一番に失礼な台詞が飛び出したものだ。自分はただ眠っていただけだというのに、何故死んでいるなどと思ったのだろう。
「生きてる。少し眠ってただけ」
体を起こそうとして、目の前の彼に抱き上げられていることに気が付いた。
誰かに体を触れられるなんて、『彼』以外には初めてだった。そのことに対して特別思うことは無いが、何か不思議な気分だった。
ふと、辺りを見渡してみると、えらく荒れていた。それに、自分と目の前の男の人以外誰もいない。居るような気配もない。
それに何より彼が居ない。
「……ドクターは?」
「ドクター? 誰かはわからんが、ここには俺とお前以外誰もいないぜ」
「そんなはずない。この施設は約50名を超える研究者と、施設管理職員が約300名、軍関係者が1000名は居たはず」
「いや、本当に俺とお前だけだ。たぶん、そいつらはとっくの昔にいなくなってると思うぞ」
「私が眠っている間にこの施設を放棄したの? 確かにこの荒れ具合をみるに、そう言われても不思議じゃない。私は一体どれだけ眠ってたの? 1週間? 1ヶ月? それとも数年?」
「……そいつらが誰で、どこにいったかは分からんが、多分数年どころじゃすまんと思う」
「とすれば、10年単位?」
「正確にはわかんねーけど、たぶんここは1000年近く前のもんだから、1000年ぐらい経ってる?」
耳を疑った。
言うに事欠いて1000年。嘘を付くにしてももっとマシな嘘を付くべきだろう。
そもそもこの男、怪しすぎる。鎧を身につけているが、間違いなくこの施設にいた軍の関係者ではない。
「あなたは誰で、どこの所属?」
「え……あぁ、俺はダレンバート・スナイダー。しがないアークス王国の一男爵だ。所属はアークス王国騎士団第七師団で、一応第七師団団長を務めてる」
聞いたことのない国だった。少女の顔が険を帯び始める。
「待て待て待て。怪しいだろうが本当だって。そりゃ1000年も経ってたら国も何も変わってるだろ?」
「そもそもその1000年というのが……まぁ調べればすぐにわかるから」
そういうと少女は立ち上がった。全裸で。少女は真っ裸だというのに、全く意に介していない様子だ。
焦ったダレンバートは自分のマントを少女に差し出した。
「これ着とけ。年頃の女が堂々と肌を晒すな」
「? わかった」
差し出されたマントを体に巻き付け、近くにあった四角い鉄製の箱、端末を操作し始めた。
初めて見るものが気になるのか、ダレンバートが興味深そうに見ている。
「何とかコンピューターは動くね。暦は……………龍王歴1175年………………え?」
少女は信じられないものを見た。少女の記憶では、龍王歴143年だった筈。
それが1175年である。端末自体が壊れていることを期待するが、正常に動作している。
「なんだ? どうかしたのか?」
ダレンバートが喋っているが、それどころではなかった。龍王歴1175年? 確かに1000年以上経っている。
「……確かにあなたの言う通り、1000年ぐらい経ってる」
「お、信じてくれるか」
「1000年経っても人間がいるということは、“闇の眷属”との戦いには勝ったんだ」
「ダークスポーン? なんだそれは?」
「“闇の眷属”を知らない……ならやっぱり戦いには勝ったみたいだね」
「待て待て。一人で納得されても困るんだが」
「敵性魔法生物……そいつらを私達は闇の眷属と呼んでる。形状は多岐に渡り、犬型、鳥型、人型、ドラゴン型等。闇の眷属はそれぞれの種族で社会を作り、習性も種族によって違う。ただ一つの共通事項は人を襲うこと」
「それはひょっとして、魔物のことか?」
「魔物? そういう風に昔は呼んでたみたいだね」
1000年前も大昔だがな、とダレンバートは心の中で突っ込んだ。
「私達は“魔王”率いる闇の眷属と闘ってきた。かなり多くの犠牲を出して、ね」
「あぁ、ってことは1000年前本当に大戦はあったんだな」
正直なところ、ダレンバートはあったかどうか疑わしい、と思っていた。大戦が本当にあったということは、五大英雄も実在していたのだろうか。
歴史の生き証人が目の前にいる。それも1000年前の、だ。この遺跡の設備もかなり高度なものなようであるし、この少女次第で王国にかなりの利益をもたらすことができる。
そう思ったダレンバートは、更に質問をするため話しかけようとしたが、彼女の表情を見て止めた。
「ドクター……」
彼女は筆舌にし難い感情を顔に写していた。悲しみと、怒りと、憎しみと、慈愛と、懐古と……様々な感情が交じりあったような顔だ。
1000年も経ったのだ。彼女一人を残して。
ダレンバートにはどのような仕組みか分からないが、少女が入っていた装置は封印魔法のような効果があり、彼女の時が止められていたのだろう。
彼女の知る人達は間違いなく息絶えている。彼女は誰一人として彼等の死に目にも遇えず、また彼等が死んだことも知らずに1000年も眠っていたのだ。
彼女の胸中を思うと、今その質問をこの小さな少女にぶつけるのは非常に酷だと思えた。
「お前、名前は?」
「え?」
「名前だよ。俺は名乗ったんだ。お前も名乗らないと不平等だろ?」
とにかく話題を変えたかった。この少女の表情を変えたかった。
彼女にこんな顔をさせてはいけない。女の子に似合う表情は、いつだって笑顔なのだ。
が、しかし───
「名前は無いよ」
思惑外れる。
しかも地雷を踏んだ。
「え?」
「だから無い。一応他と区別するための製造番号はあるけど。ちなみに番号は87だよ」
「いやいやいや。製造番号ってなんだよ。それじゃまるで作り物みたいじゃないか」
「その通りだよ。私は闇の眷属と闘うために作られた対敵性魔法生物殲滅兵器、通称“殺戮の天使”だよ」
ダレンバートは驚いた。それはもう驚いた。驚愕の事実を一度に体験しすぎて、思考が停止してしまうほどには。
ようやく主人公登場。今後は彼女を中心に話を展開させていく予定です。