第一話 魔女の遺跡
ちなみにダレンバートは主役ではありません。悪しからず。
暗い、暗い、暗い。
寒い、寒い、寒い。
恐い、恐い、恐い。
誰か、誰か、ダレカ。
タスケテ
「大丈夫かい? 魘されてるよ」
瞼を開けると、白光が視界一杯に広がった。あまりに眩しいのでしばらく目を閉じ、光に慣れた頃おそるおそる目を開けた。
「おはよう。悪夢でも見たのかい?」
目の前には自分を柔らかい笑顔で見下ろす───がいた。
確かに悪夢を見たが、もう恐くはないし、どんな夢だったかも忘れてしまった。
自分を見下ろす───を安心させるため、笑うことにした。
「大丈夫そうだね。身体を起こそうか」
───は自分の体の下に手を差し込み、壊れ物を扱うかのようにそっと上体を起こした。そして今度は愛おしそうに自分の髪を撫で始めた。
「体調は良さそうだね……。このままならいけそうだ」
嬉しそうに微笑みながら、髪を撫で続ける。不快ではなく、寧ろ心地良いのでされるがままにしておく。
「あぁ……。もうすぐ、もうすぐだよ」
大切な僕の愛しい───
五大英雄の一人である魔女カタリナの遺跡は、王都から馬車で3日ほどの場所にある。鉄道でも走っていればすぐなのだが、残念ながら遺跡は辺境にあるため経済的な理由から鉄道を引いていない。
なのでダレンバートは碌に整備されていない道を馬車で移動することとなり、深刻な尻痛に悩まされていた。
「神聖な儀式に向かうというのに、何で安物の馬車で行かなきゃならねーんだよ……」
というのも、自費だからである。
しかしダレンバートの実家であるスナイダー家は下級貴族だが金だけはある。それが何故安物の馬車を使っているのか。端的に言ってケチだからだ。
ダレンバート自身はさほどケチではないのだが、ダレンバートの父親が「見栄を張るための馬車は1台で十分じゃね?」といって、倉庫に眠っていた馬車を引っ張り出してきたのだ。
乗り心地は当然最悪で、3日間の旅路に耐えられるかどうかも甚だ疑問だった。
「でもまぁ、何とか着いたな」
そう言って馬車の中から目的地を眺める。
魔女カタリナの遺跡は、最寄りの町から1時間程度の森の中にある、灰色の直方体の巨大な建造物だ。ダレンバートはこんな飾り気のない建造物を見たことがなかった。おそらく世界広しと言えど、こんな建造物はここにしか無いだろう。
目的地に到着したため、馬車の中から降りた。今のダレンバートは簡素な鈍色の鎧姿だ。何故かこの儀式は遺跡の中を一人で進むという掟があるため、全身を覆うような重装ではなく、要所だけを覆う比較的軽装と呼べる鎧を選んだ。貴族が身に付けるような鎧ではないが、これで十分だろう。
後は特に装飾されていない長剣を腰に帯び、携帯食料や医療品が入っている鞄を背負っているぐらいだ。
目的地にはすでにジークマイヤーを始めとして、貴族や騎士、王国の重役達数十人が待機していた。彼等は50年に一度という儀式を一目見ようと集まってきた暇人達だ。
一応、ジークマイヤーや一部の重役達は儀式を執り行う責任者ではあるのだが。
「ダレンバート・スナイダー男爵、よくぞ参られた。そなたはこれより我がアークス王国にとって最重要とも言える儀式を受けるのだが、覚悟はできているな?」
一応は公式とも言える場であるため、ジークマイヤーは普段の巫山戯た胡散臭い微笑みを引っ込めていた。
となれば当然ダレンバートも礼儀をある程度弁えてないとならないので、跪くことにした。
「無論です、殿下。必ずや魔女カタリナの遺産を持ち帰ってご覧にいれましょう」
心の中では、「メンドクセーからそこいらに落ちてるテキトーな石でも持って帰ってこよう」と考えているが、その他大勢には知る由もない。もしかしたらジークマイヤーだけは気が付いているかもしれないが。
「では、遺跡の鍵をそなたに預ける。健闘を祈る!!」
ジークマイヤーの激励(上辺だけ)と長方形の薄い遺跡の鍵を受け、ダレンバートは遺跡の入り口へと向かっていった。
入り口といっても建物の四方は灰色のっぺりとした壁であり、見た目にはどこが入り口なのかさっぱりわからない。しかし、ダレンバートが建物に近付いた時、壁の一部が独りでにスライドして中に入れるようになったのだ。
ダレンバートも原因はよく分かっていないが、とにかくジークマイヤーから渡された長方形の薄い鍵があれば中に入れるらしい。逆に、鍵が無ければ何人も入ることができず、またどのような兵器、魔法を持ってしても壁を打ち破ることはできないのだという。
最寄りの町からさほど離れていないのにも関わらず、儀式以外で人間が入ることができないのはこのためである。
ダレンバートは軽く深呼吸をしてから、遺跡の内部へと入る。ダレンバートが中に入ると入り口は自動で閉まり、真っ暗闇になったかと思うと、すぐに内部が明るく照らし出された。内部も外壁と同じく灰色で、月日の経過のためかところどころ劣化してひび割れ等が目立ち、また多少散らかっている。
どのような仕組みかわからないが、遺跡の中は概ね明るい。事前にある程度聞いてはいたものの、実際体験してみるとますます不思議である。
「英雄の遺産、か。この明かりが勝手につく仕組みでも持ち帰れば、それだけで遺産になりそうだがな」
けれども仕組みがわかっていない以上、持ち帰ることもできない。仕方がないので、取り敢えず内部を適当にぶらついて適当にものを見繕って適当に帰ろうと判断した。
内部は他の一般的な遺跡とは違い、迷路のような複雑怪奇な構造はしていなかった。が、構造がシンプルすぎて逆に迷いそうだった。目印らしいものなく、ひたすら殺風景な遺跡だ。
他の遺跡であれば魔物が住み着いていたり、侵入者を撃退する罠が張り巡らされていたりするのだが。
まぁ、ダレンバートは騎士であり任務で遺跡を探索することもあるが、世間一般の冒険者ほど探索するわけではないので断言はできない。
「まぁ、入り口が開かないから、侵入も許さないんだろうな」
楽で良いが、それはそれで退屈だ。ダレンバートは戦闘狂ではないが、やはり騎士たるもの、体を動かしたい時もあるのだ。
「しっかし本当に何も無いな。適当にそれっぽいもの持って帰ろうかと思ったが、それすら無いってどういうことだよ」
ダレンバートは各階を隅々まで探索し、何も無いのを確認して上の階へ上の階へと進んだ。しかしあるのは崩れた壁や壊れたと思われる原型不明のモノ。
このままでは今日中に帰ることができない。
「疲れたな……。取り敢えずこの辺で一呼吸置こうかな」
壁に背を預け、一息つこうとしたときだった。
───カチ
何かを押したような感触を背中に感じ、咄嗟にその場を飛び退いた。
(まずった! トラップの仕掛けを発動させたか!?)
すぐに身構えるも予期した罠の類はなく、先ほどもたれ掛かった壁が開いただけだった。
中は大人一人が寝ころんで十分くつろげる程度の広さだ。
中に何も無いのを確認し、恐る恐るダレンバートは中に入ってみた。すると入り口が閉まり、若干の浮遊感をすぐに感じた。
(やはり罠だったのか!? しかもこれは……この部屋自体が下に向かってる!?)
得体の知れない部屋の中にあっさり入ってしまった自分の迂闊さを呪いつつ、次に何が来るか身構える。
しばらく浮遊感を感じた後、壁がまた開いた。
また罠か? と思ったが、このまま中にいても埒が開かないだろうと判断したダレンバートは外に出ることにした。
「ここは……」
今度は今までの荒れていただけの無機質な部屋とは違い、様々なものがあった。
用途不明の鉄製と思われる四角形のモノ。タイプは普段ダレンバートが使っているものとは違うが、椅子や机と思われるモノ。更には、人一人が余裕で入る円筒形の割れたガラス筒。
多少荒れてはいるが、先ほどまでとは比べものにならないぐらいに当時の状態が維持されていた。
「この遺跡にこんな場所があるとは……。こんな話は聞いたことがない」
つまり、ここに来たのはもしかすると自分が初めてなのかもしれない。そう思うと年甲斐もなく胸が少し弾んできた。
警戒心は残しつつ、少しの冒険心を胸にダレンバートは探索を開始した。
この階層は今までとは比べものにならないくらい広く、もしかしたら地下にある部屋なのかもしれない。そう思って更に奥へ奥へと進んでいくと、思わぬモノを発見した。
「こ、これは……」
人一人が入れるガラス筒の中に、腰まで伸びた白髪を持つ少女が瞼を閉じた状態で、その陶器のような滑らかな白い肌を晒して浮いているのを発見したのだ。
年齢にすれば13、14歳くらいだろうか。
眠っているのか死んでいるのか不明だが、とにかく神秘的な光景で、宗教に対して信仰心を持ち合わせていないダレンバートだったが、このときばかりはこの少女が天使ではないかと思ったのだった。
結局短いっていう・・・。一応第一章とはしたけれども、どうなることやら・・・。