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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
十日祭の宴の影で/いうらゆう
8/38

08(最終話)

「小夜さん」

 稲葉屋の店先から名を呼ばれ、小夜はほっとした。

 昨日の明け方に会った稲葉屋の奥方がいなかったら誰に話しかけようか、店じまいまでに間に合うだろうかと、不安に思いながらここまで来たので、見舞う予定だった当の本人が店先にいたのは僥倖だった。

 孝昭に手招かれ、小夜はそっと店の間にあがらせてもらう。店の内から見ると、商品を選んでいる客の表情は、御影提灯を選ぶ客にもどこか似ていた。

「外に出ていても平気なのですか」

「おかげさまで。まだうまく動けはしませんが、これからは練習を重ねなければいけませんので。兄が店まで連れ出してくれました。今日は、燈史郎さんは?」

「兄さんは、留守神様の宴会に呼ばれているのでお社です」

「あぁ、うちの兄も同じです。父に連れられて行きました」

 稲葉屋の主人は、祭の世話役として働いていたというから、まさしく宴会の最中だろう。

 上役の神様たちが出かけている間に開かれる留守神たちを労う宴会は、相当に賑やかなのだと聞く。五穀豊穣の祭事や見送り行列の時とは違い、社の奥に入ることができるのは、祭に深く関わった関係者だけだ。

 あんなに賑わっていた参道の屋台ももう跡形なく取り払われていて、兎野に住むほとんどの人は、見送り行列の後すでに日常に戻っている。

 家々の軒先に釣られた御影提灯だけが、十日祭がまだ続いていることを主張していた。

 夕暮れ時の通りに並ぶ御影提灯が、時を追うごとに、ほんのわずかずつ光を帯びていく。

 店のうちに差し込んできた夕日が、あらゆるものの影を色濃く伸ばした。それらと自分たちの傍らから伸びる影の色とを見比べて、小夜と孝昭は顔を見合わせる。

「本当に少しだけ、他の皆より薄いですね」

 秘密を共有するように孝昭から小声でささやかれ、小夜は頷いた。

 結局、お叱りのとばっちりを受けることはなかったが、しっかり影を取られていた。おそらく幼神様が、姿を現したあの時に巻き込まれたのだろう。

 葵の予想が当たっていたのか、それともあの時近くにいた他の皆も巻き込まれているのか。とにかく五人の影は等分したように同じだけ薄くなっていた。

 小夜たちがそうと気づいた時、清一はさっと青褪めて、葵はおもしろいと手を叩いていた。燈史郎などは「微妙だな」と言っていたから箔がつくには程遠い、かすかな変化だ。

 それでも気づく人が気づけば、気味悪がられることもあるかもしれない。

 けれども、蛍が光竹の光を弾く時に立ち替わる、影の変化の一瞬の淡さに似ていて、小夜はわりかし気に入っていた。口に出したら最後、兄に嘆かれるだろうから、心のうちに留めてはいる。

「結局、何という神様だったのでしょうね。針子だと仰っていたので、衣作りで有名な伊都綾比賣様に連なる一柱かと思いますが」

 小夜が話を振ると、孝昭が「そうですね」と隣で応じた。

「わかりませんが、針子というのは間違いないと思います。脚が痛んでいた時、本当に針で刺されているようだったので、小夜さんから話を聞いて妙に腑に落ちました」

 それは想像するだに痛そうで、小夜は顔をしかめてしまった。

「あまり叱られていないといいけど」

 軒先に釣られた御影提灯を見上げ、孝昭が穏やかに言う。

 通りを照らしだした他の御影提灯に釣られたのだろう。提灯の紅葉の影から羽ばたいた鳥が、ついの間、辺りをまわって、うちに戻って行った。今回は鳥が気に入ったらしい、と見上げれば、今度は紅葉に変わり桜が降っている。

 気がつけば、随分と辺りが暗くなってきた。客も一人二人と帰っていく。

 そろそろ店もしまいだろう。

「孝昭様」

 小夜は呼びかけた。

 孝昭はふと御影提灯から目線を戻し、首を傾げる。

「今日の宴会が終わったら、私たちは兎野を立ちます。きっと宴会に出ている兄さんたちはへとへとで明日はもう挨拶ができないと思いますので、孝昭様には代わりに私から」

「それはわざわざ、こちらこそ。大変お世話になりました」

 手をついて、二人は揃って頭を下げる。

「では、また来年ですね」

 孝昭に言われ、小夜は頷いた。

「なので、来年のお誘いに。私もまだ中に入れないので、ちゃんとしたお席をご用意はできませんし、社の外から覗くしかできないのですが。なんと言えばよいのか、あれは……本当にすごいので。孝昭様にも見てほしいんです。御影提灯がお好きなら、きっとあれも気に入りますよ」

 うまく言葉にできないまま、もどかしげに小夜が言い募ると、孝昭は苦笑した。

「それは、なんだか心惹かれますね」

「はい。なので、きっと一緒に覗きに行きましょうね」

 小夜は朗らかに誘う。

 目を丸くした孝昭は、次いで、店のうちから御影提灯が照らし出す外の通りへ目を向けた。もう間もなく日の落ちる大通りを、人々が談笑しながら行き交っている。十日祭が終わるのを惜しむようなその足取りは、心持ちゆったりとして見える。

「ええ」

 孝昭が頷いた。小夜を見つめ、楽しそうに破顔する。

「行きましょう。きっと間に合わせますので。留守神様たちの宴会を、必ず一緒に覗き見に」


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御影提灯という聞き慣れない不思議なものから始まって、お祭りの様子、そこに絡む人々の様々な思い、そして何よりみんながそれぞれ互いを大切に思っていて、あるべきところにおさまっていく、という大団円がとっても…
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