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光の雫、影の帳  作者: 『光の雫、影の帳』制作委員会
十日祭の宴の影で/いうらゆう
7/38

07

 十日祭の見送り行列は、八日目の明け方にはじまる。

 社を出発した神輿は通りを練り歩き、主神たちは朱毛浜から船に乗って西の地の会議に出向くのだ。

 いよいよ行列を先導する祭囃子が聞こえてきて、小夜はきゅっと唇を引き結んだ。孝昭たちの父である稲葉屋の主人は世話役だと聞いたから、社からずっと行列の中にいるのだろう。緊張にかじかむ指先を、稲葉屋の奥方が用意してくれた火鉢で温める。

 様子を見に葵が戸口を開けると、朝靄が店に流れ込んできた。

 向かいの店に並ぶ人たちも、小夜たち同様、神使である兎の面を頭につけ行列の到着を待っていた。皆、思い思いに御影提灯を持ち、神々の向かう道行を照らしている。

 まだ辺りは薄暗く、御影提灯をいろどる影が、明かりの中でやわらかに揺れる。

「行けるか」

 燈史郎に聞かれ、小夜は頷く。ふと見上げると随分と可愛らしい面が兄の頭に載っていて、小夜は思わず顔を背けた。

「だい、じょうぶ」

「笑うなよ。自分でも、わかっているから。葵ちゃんのじいちゃんに言ってくれ。なんでこんなのばっかり選んでいるんだ」

 他にもあっただろうに、と文句を言いながら、燈史郎は懐から油紙の包みを取り出し、開いた。

「頼まれていた蝶だ。どうだ。いっとう上出来だろう」

「うん。いっとう上出来」

 礼を言って、小夜は包みごと蝶の型紙を受け取った。御影提灯に仕込むものよりも、ひとまわり大きくつくってもらった型紙は、いつにも増して細部まで繊細に仕上がっている。

「美しいですね」

 清一に背負われた孝昭が、覗き込んできて感嘆の息をつく。

 小夜は得意気に孝昭を見上げた。

「来たよ」

 例になく張り詰めた葵の呼びかけに応じ、小夜は傍に置いていた籐籠の蓋を開けた。

 事前にお願いしていた通りに外に出てきた蛍たちが、小夜が手にした型紙を吟味し、競い合いながら、一枚、また一枚と舞いあげ、蝶の羽をはためかせる。

 小夜は、蛍の連れた蝶に向かい、息を吹きかけた。

 孝昭のまわりでそわそわと揺れる影を誘い出す。

「さぁさ神様、行きましょう。お連れしましょう。皆々様のお見送りの日でございます。お好きな蝶にお乗りくださいませ。ご案内いたします」

 孝昭の鼻先に辿り着いた蝶の群れが、ふぅと紙を溶かして、影に変わる。ひらりと優雅に風に乗り、朝靄の漂う大通りに向かう。

「兄さん、行って。通りへ」

 孝昭は清一の肩を叩き、急かした。小夜は頷き返し、孝昭と揃って、蝶の影から離れないよう皆を手招き、表に出る。

 大通りをゆく神輿の行列はちょうど中盤に差し掛かっていた。通りで待っていた人たちと共に、小夜たちも御影提灯を手に行列に加わっていく。

 御影提灯が朝靄に溶けて連なる様は、どこかこの世とあの世のあわいのようで、小夜は寸の間、目的を忘れて見惚れそうになった。

 孝昭に憑いている神様も興奮しているようで、あちらの蝶、こちらの蝶、と飛び跳ね移りながら、影の間を縫っては、時折、無邪気に御影提灯や神輿に飛びついている。

 孝昭の急かすまま足早に進む清一を見失わないよう、小夜たちも先を急いだ。

「おや、蛍屋のお嬢ちゃんじゃないか」

 頭上から声をかけられ、小夜は飛び跳ねそうになった。

 振り仰げば、隣に並んだ神輿の窓が開いている。窓枠に肘をかけて興味深そうに小夜を見下ろしてくる女性の肩には、蜻蛉の影がのっていた。

 相変わらず美しい女性だった。あの日と違い、目の端に刷かれた色は朝焼けを映した黄色で、髪の結紐の青色はこれから向かう海を思わせる。窓枠に乗った袖は、朝靄を吸い込んだように滑らかで、時折、御影提灯の光に照らされ煌めいていた。

 少し先で、清一に負ぶわれた孝昭も、こちらを振り返り、驚いた顔をしていた。

 反対に、小夜の傍らにいる燈史郎は、気づいた様子もなく前を向いて絶えず孝昭の背を追っている。

「……伊都綾比賣(いとあやのひめ)様でいらっしゃいましたか」

 小夜は失礼にならぬよう目線を下げた。

 兎野の神輿に乗れるのは、西の地に赴く神様だけだ。伊都綾比賣は兎野の社で祀られている名のある神の一柱だった。

「うん。見送りご苦労。今年の催しもとても素敵だったよ。今持っている影提灯も綺麗ね」

「ありがとう存じます。皆に申し伝えます」

「ねぇ。あれって、うちの鈴の子かな?」

 どう思う、と聞かれ、小夜は血の気が引いた。

 どう答えるべきか迷いあぐねたものの、そもそも小夜の答えは望んでいなかったらしい。

 伊都綾比賣の指先が蜻蛉を弾く。行列をついと進んだ蜻蛉は、そのまま蝶にぶつかった。

 影を崩して元に戻った蛍から、一つの影が転げ落ちる。落ちた影は、辺りの影を吸い込むように急に色濃くなったかと思うと、形を結び、幼子に変わった。

 地べたに手をついて座り込んでいる幼子には、鈴の名で呼ばれた通り、頭上で結われた団子髪に大きな鈴が一つついている。

 小夜と同じものを視ているのだろう。

 先を行く孝昭の表情が驚嘆に満ちていた。

「まったく」

 小夜の頭上で、伊都綾比賣が息をつく。

「拾っておくれ」

 言われ、進んでいく行列の中で座り込んだままの幼子姿の神様を小夜は慌てて抱きあげた。

 三歳程に見えるその神様は、見た目よりもなお軽く、ひんやりとしている。

 小夜が狼狽えていると、神輿から伸びてきた手が、小夜の腕の中から幼い神様を摘み上げた。

 後ろ衿を摘まれた姿は子猫のようで、伊都綾比賣をきょとりと見つめ返すその様は、まるで状況がわかっていないようだった。

 伊都綾比賣は、つと切れ長の目を細める。

「一人足りないと思ったら。針子が一人減ると、仕事が増えて大変なんだよ? 衣装を作るのにどれだけ手間取ったと思っているんだい」

 伊都綾比賣は呆れたように諭しつけ、ぽいと幼い神様を後ろに放った。

 小夜がぎょっとしていると、弧を描いて飛んでいった神様を似たような姿の幼子たちがどこからか集まってきて受け止める。

 見上げれば、いつの間にか神輿の窓は閉まっていた。

 小夜は急に気が抜けて、傍らを歩く兄にしがみついた。

「小夜!?」

 そのままへたり込みそうになった小夜の両肩を燈史郎が慌てて掴む。

「お戻りになった」

 小夜は兄の着物にぎゅうとしがみついたまま、安堵に息をついた。

 燈史郎が怪訝な顔をする。

「お戻りになった。お帰りになった。もう、大丈夫」

 道向こうに目を向ければ、孝昭が清一の背から降りていた。小夜と同じようにしがみつきながらではあるが、葵にも腕を支えられ、こちらに向かってきているように見える。

 気がつけば、見送り行列も通りをとうに通り過ぎていて、遠くなった囃子の太鼓の音を聴きながら、五人は道に座り込んだ。


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