最終話:共鳴
わずかに色づき始めた木々の隙間から、金色の光が降り注ぐ。
乾いた葉が風に踊り、石畳の上をさらさらと流れていった。王都の喧騒から切り離された丘の上の墓地には、静かな祈りの気配だけが満ちている。
キアラは、両親の墓前に膝をつき、指を組んでそっと目を閉じた。
ユタス・バレルが引き起こした一連の騒動は、公には『狂信的な個人主義者によるテロ未遂』として処理された。
真実を知るのは、女王ルミエラと、あの夜あの場所にいた当事者だけ。地下深くで脈打つコアの存在も、それを統べる鍵の宿命も、平和を享受する国民は知る由もない。
王都の夜を彩るガス灯の明かりも、規則正しく運行される鉄道も、それらがわずか十五歳の少女によって守られているとは、誰も想像だにしないだろう。
ヴァイザー家は、どこまでも王国の影だった。しかし、正式に鍵を継承し、コアとの同調を果たしたキアラの視界から、あの砂嵐は完全に消え去っていた。
システムが正常に作動している今、キアラの双眸には、世界はかつてないほど精細に、そして鮮やかに映っている。
ふと、背後に柔らかな気配を感じて、キアラは振り返った。
そこには、黒いコートを端正に着こなしたロイが立っていた。無言のままキアラの隣に膝をつき、純白の百合を墓前へと手向ける。
「ありがとう」
心地よい秋風が、ふたりのあいだを吹き抜けていく。
「……ねえ、ロイ。わたし、少しは変われたかな」
ぽつりと、キアラが零す。その眼差しはどこか遠く、答えを探しているようだった。
「あの日……叔父さんの最期から、あなたがわたしを守ってくれた、あのとき。あなたのぬくもりを感じながら、わたし、思ったの。わたしはまだ、真実を直視することすらできない、非力な子どもなんだって」
キアラは、自分の小さな手のひらを見つめ、ゆっくりと握り締めた。
「そのとき気づいたの。わたしが子どものままでいたら、わたしの代わりに誰かが……あなたが、ずっと傷つき続けなきゃいけないんだって。守られるだけの子どもじゃいられない。わたしも、あなたやこの国を守れるくらい、強くならなきゃって」
キアラは顔を上げ、まっすぐにロイのアイスブルーを見つめた。
「ロイ。あなたはもう、自由よ」
その言葉に、ロイの眉が、わずかに動いた。
「陛下には、わたしから話すわ。もう、あなたの人生を縛りつけたりしない。あなたはどこへだって行けるし、誰のためにその力を使ってもいいの」
でも、と。
キアラは、ロイとの距離を縮めた。秋風に、ローズゴールドの髪が、ふわりとなびく。
「これは『命令』じゃないわ。わたしの、わがまま。……もし、あなたの心が許してくれるなら、これからも、わたしの隣にいてほしい。守られるだけじゃない、あなたと肩を並べて歩けるくらい、わたしも強くなるから。……だから、わたしの作る未来を、一番近くで見ていてほしいの」
それは、王国の鍵でもなく、貴族の当主でもない。ただひとりの人間としての、切実な願いだった。
ロイは、少しだけ目を伏せた。その睫毛の奥に、かつては存在しなかった感情の火が灯る。
自身を縛りつけていた『任務』。それが今、目の前の少女が差し出した『願い』によって、みずから選び取る『約束』へと塗り替えられたのだ。
「承知しました」
ふっと、空気が揺れた。
一瞬の沈黙。驚いたキアラが、その双眸を大きく見開く。
「……今、笑った?」
ロイはすぐに視線を逸らして立ち上がったが、その口元には、包み込むような曲線が、確かに残っていた。
キアラの胸に、喜びの波紋が広がっていく。
王国の中枢に鍵として生まれ、数奇な運命に翻弄された少女。
そして、命令に従順な機械であることを捨て、己の意思で、たったひとりの守護者となった男。
ふたりの紡ぐこれからは、もはや悲劇の延長ではない。
長い戦いと孤独の果て。互いの軌跡を重ね合わせながら、新たな季節へと一歩を踏み出す。
王都の空は、どこまでも高く、青く澄み渡っていた。
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